CULTIBASE Radioは、人やチームの創造性を高める知見を音声でお届けします。 CULTIBASE Radio プレイフルの2回目では、株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEOの安斎勇樹と立教大学経営学部 准教授でありMIMIGURIリサーチャーでもある舘野泰一が、「なぜ仕事に“遊び”が重要なのか?を考察する」をテーマにディスカッションしました。
- 同じ「遊び」という言葉であっても、 人によってその意味するところは様々。Playfulラジオで探求していくのは、目的と手段が瞬間ごとに入れ替わっていく、いい加減とも偶然との出会いとも言えるような「遊び」である。では、遊びは誰にとって、どう重要なのだろうか?
- 誰にでも、仕事や生活のなかで「頑張ってるのに、どうしても詰まってしまう」「どれだけ考えても、イノベーションを/ブレイクスルーが生まれる手がかりが見つからない」という経験はあるものではないだろうか。遊びは、このループから抜け出るための余白となる。
- 前回のラジオでも登場した『15の夜ワークショップ』は、目的からの逆算や合理性・機能性の観点からは絶対に生まれなかったアイデアだったが、結果的に目的であった参加者の自己理解はより一層深まったように思われる。目的とする成果が定量的・合理的に設計可能なものではなく、“ナラティブ”なもの、つまり参加者個人個人の意味づけそのものにあった点も、「15の夜」というフレームがうまく作用した理由の1つと言えるかもしれない。
- また、大切なのは、参加者の観点だけではない。例えば、『15の夜ワークショップ』の成功体験をもとにして、その後「ワークショップのフレームにはアーティストの曲を使おう」と決めきってしまうこともできたはずだ。確かにそれは参加者を高確率で満足させられたかもしれないが、作り手にとっては臨場感・ドラマチックさ・熱量に欠けてしまうものになる。何かが0から立ち上がる時には、作り手自身が遊んでいることも重要に思われる。
- 遊びを大切にしたいその根本に「人間は遊んでしまう存在だ、ということを前提としてシステムを考えられないか」という思いがあるという舘野。あの日の『15の夜ワークショップ』も、「どうして15の夜なのか」と問われれば答えられなかっただろう。しかし、その曖昧な“遊び”部分にこそ生まれる面白さがあるのだ。