スペキュラティヴ・デザインとハリウッドが出合う場所──私がSci-Arc Fiction&Entertainment Studioで学んだこと:連載「世界のデザインスクール紀行」第5回

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約24分

スペキュラティヴ・デザインとハリウッドが出合う場所──私がSci-Arc Fiction&Entertainment Studioで学んだこと:連載「世界のデザインスクール紀行」第5回

「スペキュラティヴ・アーキテクト」という一風変わった肩書を名乗るリアム・ヤング。彼が率いる、南カルフォルニア建築大学フィクション&エンターテインメントスタジオは、建築系の大学でありながら異色のプログラムを提供しています。スタジオに在籍した、元建築家で現在はキャラクターアーティストをしている吉川学志さんが、スペキュラティヴ・デザインとハリウッドが出合うスタジオでの学びを振り返ります。

カルフォルニア独特の新しいモノを次々と試しながら実験していく文化は、時に突然変異的なモノを生み出す瞬間がある。そんな、常に何か新しいものを追い求める文化に憧れてこの地へ降り立った。

ロサンゼルスにはカリフォルニア芸術大学やアートセンター・カレッジ・オブ・デザインをはじめ、世界でも有数の美術大学が点在する。大まかにデザインを理論と技術に分けるとすると、これらの大学はより技術にフォーカスし、ロサンゼルスのエンターテインメント業界に数多くの人材を輩出している。

一方で、ヨーロッパや北米をはじめとするデザインスクールでは、理論やスキームにフォーカスするのが一般的であると思う。私が在籍した南カルフォルニア建築大学・フィクション&エンターテインメントスタジオ(以下Sci-Arc F&E studio)のユニークな点は、デザイン理論と同時にコンピューターグラフィックスを前提としたビジュアライゼーションにも焦点を当てるところにある。

理論と技術の中間地点にいる私たちは、もちろんデザインスクールほどしっかりとした理論は無いし、美術大学ほど技術は無い。一方で、その間にいるからこそ描けるものがあるのでないだろうか。

イギリスで誕生したスペキュラティヴな視座がロサンゼルスのエンターテインメント業界と出合うときどんな科学変化を起こすのか、そんな実験的な取り組みを読者の皆さんにシェアできたらと思う。

「建てる」ことの限界

子供のころから建築家を志していたし、ついこの間まではこのまま建築家になるものだと思っていた。あの頃の自分にいま自分がゲームのキャラクターアーティストをしていると言ったら絶対に信じないだろう。

私が大学に入学した2011年以降は、東日本大震災が発生し、建築家が新しく建物を建てる意味を問われることが増えていた。建物を設計することは楽しかったが、「建てる」の有効性や正当性を説明することがつねに求められ、6年間の学生生活ですっかりと疲弊してしまっていた。

大学で活動する傍ら、未来の都市にまつわる物語やドローイングを作り始めたのはその頃からだった。建築の文脈で言えば、1960年代のイギリスの建築家集団アーキグラムによる「Walking City」という未来の都市像が有名だ。都市に足が付いて移動するというそのアイデアや、彼らの活動に大きな影響を受けたのは間違いないが、テクノロジーが発達した現代だからこそ描ける未来があるのではないかと考えていた。

仮想現実、拡張現実といった社会基盤を書き換えてしまうほどのテクノロジーが産声を上げる中、新しいテクノロジーがどのように社会にインストールされるかデザインすることの重要性は理解しつつ、自分がどのような立場でどのように活動していくかは見当もつかなかった。日本にはそのような活動を許容する文化はなかったし、ロールモデルとする人も見当たらなかったからだ。

シブヤヤマロープウェイ(2016) Created by Takashi Kikkawa
再開発により高層化するシブヤにロープウェイをかけ、変容するシブヤを舞台にした物語

映像作品を通して「都市や建築の未来」を描く

私が修士課程を卒業したSci-Arcは建築の単科大学であり、建築においては世界でも有数の大学である。建築を辞めようとしている自分が何故、建築の大学に留学したのかと思われるかもしれないが、私がSci-Arcに留学を決めた一番の理由はリアム・ヤングに師事したかったからだ。

リアム・ヤングは、映像作品やミュージックビデオ、コマーシャル作品を通して未来の都市や建築像を描いている映像作家だ。彼がユニークなのは、自らをスペキュラティヴ・アーキテクトと名乗り“建築家”として映像作品の世界観を設計している点にある。

彼の作品を見た時に親近感を覚えたと同時に、日本では見つけることのできなかったロールモデルを見つけたと思った。彼が何を考えているのか、これからどうしていくのかが知りたいと思い、Sci-Arc Edgeプログラム F&E studioにアプライを決めた。

PLANET CITY_EXCERPT on Vimeo – liam young
100億人が住む高密度自給自足都市を舞台にした物語「Planet City」

「なぜ建築家がハリウッド映画やゲーム、VR、ミュージックビデオをデザインしないのだろうか?」

これは最初の授業で投げかけられた問いだ。この言葉から分かるように、リアム・ヤングは建築家の持っているデザイン理論やスペキュラティヴな視座とエンターテイメント作品を組み合わせることを目的としてこのスタジオを運営している。

リアム・ヤングがエンターテイメント作品にアプローチする理由は、その波及力にある。デザイナーやアーティストとして作品を通してメッセージを伝えることは重要な一方で、そのメッセージの波及力はどのぐらいなのだろうか? みんながギャラリーに行くわけではないし、デザインに興味がある人なんてそんなに多くはないと思う。私達はエンターテインメント作品を通して大衆にどんな未来を描けるか?どんなメッセージを伝えられるか?に挑戦している。

世界観の設計からストーリーを展開する「ワールドビルディング」

そんなSci-Arc F&E studioの定員は15名、国籍はさまざまでほとんどが建築のバックグラウンドを持っている。

ほぼ1年のプログラムは3セメスターに分かれており、それぞれにテーマ(1:ワールドビルディング/ 2:ストーリテリング/ 3:プロダクション)が設けられている。

1セメスター目では、スタジオの根幹である”ワールドビルディング”について理解を深める。”ワールドビルディング”はプロダクションデザイナーであるアレックス・マクダウェルが編み出したストーリーテリングの手法であり、簡単に言うと物語をストーリーから展開させるのではなく、世界観の設計からストーリーを展開する手法である。

世界観の設計とストーリーの関係性についての理解を深めるために一番最初に出された課題は、ロシアの小説家、ザミャーチン著の『われら』の世界をビジュアライゼーションするもので、小説から出てくるキーワードから作品の世界観である監視社会をビジュアライズすることが鍵であった。

ストーリー→ビジュアル化は原作作品の実写化でよく行なわれるものだが、想像以上に難しくビジュアル化の方法によってストーリーの伝わり方が全く変わってくることを実感した。ある学生は、ガラス製の集合住宅というキーワードから建物、道路が全てガラスでできた都市を描き、ある学生はカーデザインから監視社会を描いていた。どの学生の提案も、表現方法や着目した部分もさまざまでみんなそれぞれの『われら』の世界観があった。

『われら』でのビジュアライリゼーション課題。ガラスでできた都市。
Created by Andre Zakhya https://vimeo.com/andrezakhya

『われら』でのビジュアライリゼーション課題。
-Car design- Created by Gary Haimeng Cao

『われら』でのビジュアライゼーション課題。機械により全てが監視された社会をビジュアル化した。 Created by Takashi Kikkawa

ストーリー構築と技術の習得を両立する難しさ

スタジオでは、デザイン理論と同時にビジュアライゼーションのためのスキルセットも学んでいく。学生によって、ゲームやアニメーション、VR、ドキュメンタリーとアウトプットが異なるためカメラでの撮影やローケーション・ハンティングといった実写用のワークフローからMayaをはじめとする3DCGまで幅広く基礎知識を学んでいく。

私の場合、このスキルセットとデザイン理論の構築の両立に苦労した。3DCGはほぼ初心者で新しい技術の習得に集中するとストーリーの構築が疎かになり、ストーリーに集中すると技術の勉強が疎かになるというジレンマに苦しんだ。一方で、ビジュアライゼーション能力の向上がストーリーを加速させるような感覚を掴むことができたのは、二つに同時に取り組んでいるからこそだと思っている。

ロケハン、シューティングの課外授業

ライティングセットアップの授業

VR filmの授業では 映画Grand Butapest HotelのワンシーンをVR化した。

自分自身についてもストーリーテリングする

世界観の設計とストーリーの関係性を学んだ後、2セメスター目からは各々の卒業制作がスタートする。卒業制作では卒業後のキャリアパスとセットで考えることを求められた。

例えばゲームのレベルデザイナーとして活動したいのであればゲームを制作し、映画のコンセプトデザイナーならばコンセプトアートといったように、それぞれのキャリアにとって最適なアウトプットが異なるからだ。

一般的にアメリカのエンターテインメント業界(映像/広告/ゲーム)ではそれぞれの専門性に分業化している。例えば、ゲームのキャラクターを作るだけでも、キャラクターデザイナー/髪の毛のグルーミング/コスチューム/テクスチャーアーティスト/3Dモデリングというようにさまざまな仕事に分かれている。

一方で、卒業制作では一人ひとりが映画監督でありアーティストでもある。このようなユーティリティー性は、ワールドビルディングを行う上で大きな効力を発揮する一方、より専門性を重視する就職では大きな障壁であり、それは私達のスタジオが抱えるジレンマでもある。

週に一回行われるゲストレクチャーではロサンゼルスのエンターテインメント業界で活躍するアーティストを招き、彼らの実践やアドバイスを受けられる。特に、SNSの使い方を考えるセッションでは、自分をどのようにプレゼンテーションして仕事をゲットするのか深く考えさせられた。

ここでは常に自分が何処からきて何処へ行きたいのか、作品だけではなく自分自身についてストーリテリングすることが求められているのである。

未来のディティールを設計する

卒業制作のPuri Cityは2049年の渋谷を舞台にしたミュージックビデオで、AR(拡張現実)が一般的になった社会でリアルとヴァーチャルが混ざり合うミラーワールドはどうデザインされるべきか?という問題提起のもと女子高生に焦点をあて、彼女たち固有の「盛る」というビジュアルコミュニケーションによってシブヤという街が新しく書き換えられる物語を描いた。

ミラーワールドはまだまだ議論されなければいけない概念である。資本主義が進み世界の大都市はどこも似たような風景になり無個化が進んでしまったが、AR(拡張現実)によりデータが都市の風景に重なることで無個性化がさらに進むのではないかという危惧のもとこのプロジェクトを考えた。

Puri Cityは女子高生のみが見ることができるARチャンネルである。このチャンネルには実際にシブヤにいる女子高生とVRゴーグル:Puri Gearを装着した世界中の女子高生が、ドローン型プリクラPuri Puriに搭載されたカメラを通してアバターの姿でPuri Cityにアクセスする。

Puri Cityの概念図。女子高生だけがアクセスする事ができるPuri City。

Puri Gear/Puri Glovesのデザイン。視覚触覚が同期される。世界中からシブヤにアクセスできる。

アバターの見た目はリアルなルックス。

また、このプロジェクトでは、全く新しいかたちでプリクラをデザインした。機能面での設定はもちろんのこと、新しいプリクラの使い方やプリクラを取る意味、そしてプリクラロボットと女子高生の関係性など、テクノロジーと人間の幸せな関係性を求めたかった。

高解像度カメラ、スキャナーが内臓されたドローン型プリクラ「Puri Puri」のコンセプトデザイン。

ARは空間を自由に書き換えられる一方で、ルールがない限り無秩序な空間ができ上がってしまう。Puri Puri一機に対して空間をデコレーションできる範囲(Puri Sphere)を設けた。このPuri Sphereは同期される機体が増えるにつれ、デコレーションできる範囲が広がっていく。

Puri Sphere: Puri Sphereは数が増えるごとに都市を覆いつくしていく。

女子高生しか楽しむことができない都市と聞くと、排他的でありディストピア的に聞こえるかもしれない。世界に何処でも誰でも自由にアクセスできる時代がくるとしたら、どんな場所に行きたいだろうか? このプロジェクトでは、シブヤに既にあった女子高生というコンテクストを拡大解釈し、味気ない都市じゃなく個性的な都市を作りたかった。

Puri City on Vimeo
Created by Takashi Kikkawa

キャラクターデザイン、コスチューム、UI/UXデザイン、都市デザイン、社会設定、映像編集と全てをインクルーシブにデザインする中で、未来をビジュアライズすることはある意味で未来のディティールを設計することではないかと思うようになっていた。

そこはどんな街で、どんな法律があり、どんな人がいて、どのように生活しているか、ビジュアル化は曖昧な部分を逃がしてはくれない。ディティールを設計することで例えどんなに設定がぶっ飛んでいても、よりリアルに身近に未来を感じることができるのではないだろうか?

卒業制作を通して感じたのは、人種や文化に応じてそれぞれの未来観があるということだった。卒業制作で舞台や文脈を日本に設定したのはリアムから、作家としてのアイデンティティや自身のバックグラウンドを問われたからだ。

同級生の作品には、自国の難民問題をバックグラウンドにしたゲームや、食料危機からくる人類生存戦略を皮肉的に描いたアニメーション、仏教とテクノロジーの未来について考えるショートアニメーション、アメリカの広大な自然を背景にランドスケープとテクノロジーの未来を描いたVR Experience作品など、各々がそれぞれのバックグラウンドからくる未来観を描いていた。

共同作業や議論から、私に彼らの未来観を本当の意味で理解することは難しいし、彼らも私の未来観を理解することは難しいと感じた。日本という国は、平和で自由な国であると思うし、他国に比べてテクノロジーに対する畏怖は少なく独特なテクノロジー観を持っていると思ったからだ。そんな日本というバックグラウンドを持つからこそ、楽天的な未来を描くことができないかということを考えた卒業制作であった。

私たちの世界はあまりにも複雑で多角化しているため、決まりきった未来をデザインすることは難しい。リアム自身に聞いてみた事はないが、Sci-Arc Fiction and Entertainmentは、世界中からさまざまな文化や思想をもった人材を集め、複雑化した未来をサンプリングする彼にとって一つのプロジェクトなのではないかと考えている。

Where Turtles Fly – Teaser on Vimeo
Created by Andre Zakhya
レバノン出身のAndre Zakhyaは、実際の難民問題をコンテクストとして難民の少年がホームを求め旅を続けるアドヴェンチャーゲームを制作した。

Fifth Genesis Foreword Created by James Halliwell
アメリカ出身のJames Halliwellは、アメリカの広大な自然を背景にランドスケープとロボット、テクノロジーの関係を描いたVR Experienceを制作した。

卒業

卒業式は、仮想空間から。校長のHernan Diaz Alonsoのスピーチ。

1年の学生生活では本当に色んなことが起きた。コロナでほぼ半分がオンラインでの授業だったし、冗談抜きで何度か命の危険を感じた事もあった。Sci-Arcは本当に素晴らしい大学でこの状況に柔軟に対応し、ストレスなく学校生活を送ることができた。何より、同じ志を持った仲間が数多く出来たことは何よりも嬉しかった。

Sci-Arcの教育を受けて一番感じたのは、新しいテクノロジーとそれにまつわる議論について常に探求する姿勢であった。選択授業で受講したデザイン理論家のベンジャミン・ブラットンによる”Space in Place”という授業では、彼の近作である『The Terraforming』に関連し、地球外に対する建築的デザインを探求した。技術的、文化的、生物学的な側面から人類の未来に対して考察する機会となった。

Space in Place ベンジャミン・ブラットンによる授業。

テクノロジーと未来を考えるイベント「Fear and Wonder」では、ドラマシリーズ「ウエストワールド」のアートディレクター、AI研究者、プログラマー、Mixed Realityの研究者などを招きAIと未来について多角的な議論がなされた。

Fear and Wander:Futures of AI Symposium

建築の単科大学でありながら、テクノロジーと未来の関係性を思考するため哲学、デザイン理論、ゲーム開発者、映画監督を教育者として加えているのは世界でも稀である。ジャンルに囚われず分野横断していく姿勢は、カルフォルニアのフロンティアスピリットを体現したような大学だと思う。

Sci-Arc F&E studioは設立から5年を迎え、卒業生はアートディレクター、VFXアーティスト、映像プロデューサー、3Dアーティスト、ゲームデザイナーとして活躍し始めている一方でみな就職に苦労する。Sci-Arcはあくまでも建築の大学でありエンターテインメント業界では無名の大学だからである。そんな中でも同級生はゲームスタジオや映画会社、大学の教職など自身の道を独力で切り開いていった。

Sci-Arcに入学する前は自分のキャリアパスを想像することは難しかったし、建築業界に戻ってもいいかなという甘い考えも持っていた。だが、Sci-Arcのフロンティアスピリットは私の中に根付いており、新しい道を切り開く強さを手に入れられたと思う。

コロナ渦での就職活動は困難を極めたが幸運にもいくつかの会社で働くことが出来た。オンラインプラットフォーㇺゲームを制作しているReworldでは、卒業制作が評価されゲームのコンセプトデザインを依頼された。CEOからただの3Dデザイナーではなく革新的なビジョンを持ったデザイナーだと評価されたことはある意味、技術と理論の中間地点にいるからこそかもしれない。

Concept design for Reworld Inc Created by Takashi Kikkawa 未来のニューヨークをデザインした。

そして、現在はロサンゼルスのRouge Mocapでゲームのキャラクターアーティストインターンとして、雇用されるかどうかの瀬戸際でドギマギしながら働いている。

「名前のない職業」を目指して

そして今は、人間の顔がデジタルテクノロジーによってどのように変容するかに興味が湧いている。卒業制作で女子高生のビジュアルコミュニケーションについてリサーチをしている中で、彼女たちが自分の顔を変えて楽しんでいることに興味が湧き、テクノロジーが進んでいったらどうなってしまうのだろうと思考し始めたのがスタートだった。

そう考えている内に一から人間の骨格や筋肉の仕組み、毛穴の構成を分析しデジタルヒューマンを作成してしまった。これらの作品はまだまだ試作品で自分のプロジェクトはスタートしたばかりである。実は、このプロジェクトのおかげで今現在、キャラクターアーティストとして働けている。

さまざまなアジアのルーツをミックスしたデジタルヒューマンのデザイン。どこの国の出身かわからない女の子を作りたかった。

ジェンダーレスおじさんを作る前の試作品。

テクノロジーは常に進化しており、クリエーターは作品制作の時間短縮という恩恵を受ける。近年でいえば、アンリアルエンジンというゲームエンジンがレンダリングという、CGで一番時間のかかる作業を大きく短縮してしまった。今まで大きなチームで作っていたものをより小さなチームで作れるような技術革新が起こり始めている。

例えばCGアーティストのBeepleはSNSにEverydaysと呼ばれる映像作品を毎日アップロードしている。彼の作品は時に批評的でコンセプト、CG、映像制作までを一人で行っている。彼の活動は、一人で作るからこそできるストーリーテリングとビジュアライゼーションの両立の可能性を見せてくれている。

未来についてストーリーテリングするうえでビジュアライゼーションはとてつもない武器である。今まではこの二つを職能として成立させるのは難しかった。ストーリーテリングは小説家や脚本家の仕事であるし、ビジュアライゼーションはアーティストやテクニシャンの仕事だからだ。ハリウッドは特にこの傾向が強く細かく専業化されている。

この先10年、20年の間でテクノロジーの進化は、この職業の境界線を破壊していくだろう。これはハリウッドの地位を危うくしてしまうかもしれない。しかしハリウッドはまだ、世界のエンターテインメントの中心地で最前線である。ブレイクスルーが起こるかもしれない過渡期にここで得られるコネクションは何にも代えがたいものである。

本文の題名でもあるスペキュラティヴ・デザインとハリウッドが出合う時、この答えはまだ出ていない。師匠であるリアム・ヤングもまだ、ブロックバスター作品には関われていない。この活動はまだ種を蒔き始めたばかりだ。

私のキャリアはキャラクターアーティストという肩書きからスタートする。私は中途半端だがストーリーを作れるし、デザインもできる、3Dもできるし映像も作る事ができる。ストーリーテリングとビジュアリゼーションを掛け合わせた活動を通して、師匠であるリアム・ヤングが自分でスペキュラティブ・アーキテクトという職業を作ったように、私も今はまだ名前のない職業を作っていきたいと思う。

著者プロフィール
吉川学志
LA在住のキャラクターアーティスト。首都大学東京(現東京都立大学)建築学部、同大学院建築学域修了後、2020年9月に南カルフォルニア建築大学Fiction and Entertainment修了。LAにあるRouge Mocapにてキャラクターアーティスト・インターンとして勤務。現在は、仕事と自主制作でデジタルヒューマンを作成しながら人間の未来の姿に関するデザインを探求している。https://www.takashikikkawa.com/

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今、世界各地のデザインスクールでは、どのようなことを考え、何を教え、そこから学生は何を学び取っているのでしょうか。<br /> 特集「世界のデザインスクール紀行」では、世界各地のデザインスクールを卒業したばかりのデザイナーが、そこでの体験や学びを振り返り、紹介していきます。

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