Ubie株式会社 (以下、Ubie)は、「テクノロジーで人々を適切な医療に案内する」をミッションにしたヘルステックスタートアップです。AIをコア技術とし、医療機関向けの業務効率化サービス「AI問診ユビー」と、生活者向けの受診相談サービス「AI受診相談ユビー」を提供しています。
Ubieは創業から3年半のあいだにさまざまな組織改革を行い、そのなかでホラクラシーを採用しました。しかし事業のフェーズが変化していくにつれ、ホラクラシーだけではなく、一般的なヒエラルキー構造も取り入れたといいます。複数の組織構造を取り入れたのはなぜか、そして異なる組織構造をひとつの会社のなかでどのように両立させたのでしょうか。
優秀な人材を確保し、彼らにいきいきと働いてもらうためには、多様性を担保するマネジメントデザインが重要です。CULTIBASE Lab会員限定イベント「マネジメントゼミ」の12月の回では、Ubieの共同代表である久保恒太さんにご登場いただき、ドングリのミナベトモミとともに、多様な人材に活躍してもらうための組織デザインについて語り合いました。
事業、組織の拡大と共に生じる課題に向き合う
2017年5月に創業したUbieには、これまで大きく分けて4つのフェーズがあり、直面する組織課題には次のような変遷があったといいます。
第1〜第2フェーズまでは、事業面では苦労しつつも、徹底して人材要件にこだわり、リファラルを中心に優秀な人材を採用できていたと久保さんは語ります。その結果、自律的でフラットな組織になり、合理的に課題解決を図る「テックスタートアップ的な」Ubieのカルチャーも強固なものとなっていきました。
しかし第3フェーズに入ると、ビジネスの拡大を目指すうえで、Ubieのカルチャーにフィットする人材が見つからないという課題に直面しました。それは当時、採用基準として用いられていた「正面突破力」「ゼロベース思考」といった人材要件は、あくまで開発人材に特化したものだったからです。
久保「ビジネスを拡大するにあたり、強いセールス人材を採用したいと考えていましたが、スキルは満たしていても、これまで私たちが大切にしてきたスタンスとマッチしない方が数多くいらっしゃいました。人材要件を減らしたり、カルチャーを曲げたりするのも一つの手段でしたが、それは避けたかった。そこで実験的に、組織をDev(開発)、Scale(拡張)、Ops(運用)チームに分け、それぞれのミッションやバリューを再定義することにしたんです。」
そして第4フェーズになり、組織が拡大していくにつれ、新たな課題が出てきました。自律的でフラットな組織として成長してきたUbieですが、メンバー数が増えてきたことで、いかに合意形成するか、情報を集約していくのか、迅速な意思決定に支障をきたすようになったのです。
久保「一般的には『じゃあマネージャーを置こうか』となると思うのですが、そうするとメンバー一人ひとりの自主性が損なわれるのではないかという懸念がありました。フラットなチームだからこそ、みんなが当事者意識を強く持っており、『自分の知らないところで重要事項が決定されるのはイヤだ』という意識もありました。けれどもこのままでは、同意を得るのに時間がかかってしまうし、責任の所在が曖昧で浮いてしまう仕事が出てくることもある。そこで、マネージャーという『職位』を置くのではなく、責務や権限を明確化して『ロール(役割)』とする、ホラクラシーを導入することにしました。」
組織として大きな飛躍を狙うとき、「馬鹿にされるようなアイデア」も必要です。そのためには、それぞれが主体性を持って意思決定できる環境が求められます。一つひとつの行動に承認が必要なヒエラルキー型組織では、自主性が失われてしまい、斬新なアイデアを実現するのが難しくなってしまいます。自主性や当事者意識を担保しつつ、迅速な意思決定を可能にしたホラクラシー型組織は、0→1でアイデアを構想し、それを実現させていく開発チームに適した考え方と言えるでしょう。
あえて「組織デザインをチームごとに分ける」ことで職能を最大化する
とはいえUbieは、全社でホラクラシーを導入しているわけではありません。ホラクラシーを導入しているのはDevチームのみで、Scaleチームでは一般的なヒエラルキー型のマネジメント手法をとっているといいます。
久保「DevチームもScaleチームも、『テクノロジーで人々を適切な医療に案内する』という共通のミッションに取り組んでいます。ただ、そのミッションへの向かい方が異なり、Scaleチームは、サービスの普及によってそれを追い求めていくチームです。そういう意味では、何をどれくらい成し遂げれば優秀なのか、評価するべきポイントがDevよりも明確なので、ヒエラルキー型のマネジメントのほうが機能しやすいと考えました。」
ミナベも、ホラクラシーの得意とする領域とそうでない領域について、次のように指摘します。
ミナベ「ホラクラシー型の組織は、一人ひとりの権限が強く、環境にすばやく適応することを得意としています。一方で、セールスやマーケティングのように中長期的な計画を立て、PDCAを回していくチームでは、計画に基づいてメンバー一丸となって動くことが求められます。こうした組織では、むしろ従来のヒエラルキー型のほうが向いていることもあります。」
DevとScaleのチームごとの性質の違いを考慮することは、採用においても重要です。けれども一律に「ヒエラルキー型の組織で育ってきた人材は採らない」としてしまうと、採用できる人材の幅が大幅に狭まってしまいます。そこで「採用する人材の平均値を下げる」のではなく、「チームごとに採用要件を変える」ことで、さまざまなタイプの優秀な人材を採用しながら、Ubieらしいカルチャーを損なわないようにしているのだと久保さんは語ります。
このようにUbieは、チームごとに異なる組織構造を採用しています。一方で、「チームによって組織デザインを変えるのはよくない」という考えもあります。Ubieの場合、どうやって異なる組織デザインを両立させたのでしょうか。
久保「ScaleチームとDevチームでは、本当にカルチャーが違います。Scaleで重要視されるのは、誠実さや『GRIT(やり遂げる力)』。一方でDevでは、率直で建設的なコミュニケーションが好まれます。Ubieでは、メールアドレスやSlackも分けており、両者間でのコミュニケーションはほとんどありません。」
DevとScaleのカルチャーを混ぜないよう、両チーム間のやり取りはそれぞれの代表を通じて行うなど、最小限に設計されているのがUbieの特徴です。ただ、チーム間のやり取りをする人が限られているため、そこがボトルネックになってしまう場合も。Ubieでは今、パイプ役を増やすかどうかを議論しているそうです。
組織に多様性をもたらすために、Whyから考える
その後、スケール期における「同質性」の捉え方へと議論は移ります。Ubieは自分たちのカルチャーにこだわり抜いた組織ですが、それが人材の同質性を招いているのではないかと、久保さんは危惧しています。
久保「Ubieはどことなく“研究所”のような雰囲気。リファラル採用の割合が多いので、似たような性質を持つ人が多い。だからこそ建設的なコミュニケーションができますし、スピーディに開発もできるんです。一方で、世界で成長している企業は多様性を重視していますよね。組織が大きくなったとき、多様性をどうやって許容していくべきなのか、日々試行錯誤しながら組織運営をしています。」
久保さんの問いを受けて、ミナベは次のように語ります。
ミナベ「組織が拡大していくと、優秀な人があらゆるジャンルで必要になってきます。「いまあるカルチャーにはまらないけど、とても優秀な人がいる」というときにどうするのか。国内だと人材が不足している領域もあります。企業が成長するのに多様性が必要なのは、そういう背景がありますよね。」
人材が多様になればなるほど、組織のカルチャーを全員で共有するのは難しくなります。かといって、同質的な人材が揃う組織のままでは、海外展開やグローバルテックカンパニーをめざすことは難しいのも事実です。ミナベはこう続けます。
ミナベ「日本の企業の特徴だなと思うのは、超ハイコンテクストなんですよね。たとえば海外の人材を採るときは、ハイコンテクストとローコンテクストの合間をどう埋めていくかが課題になります。日本の企業はユニークな文化を創り出すこともあるけど、多様化という観点では、その文化が障害になってしまうこともある。」
組織がハイコンテクスト化してくると、そのなかでしか通用しない考え方や習慣が増えてきます。すると多様な文化の人材を採用しにくくなり、結果として優秀な人材を逃すことにもつながりかねません。
ハイコンテクストをローコンテクストに落とし込み、さまざまな価値観を持つ人に参画してもらうには、「Whyから考える」ことが重要だとミナベは語ります。
ミナベ「多くのグローバルテックカンパニーでは、最終的な目的が合っていればいいと考えられています。その目的については、話してわかりあおうとする文化があるんですね。Whyを考えていくと、どこかで噛み合うポイントがある。そこが意思決定をするうえで重要になります。」
日本のなかで、実際にグローバル化を推進し、海外人材を本気で採用しようとしている企業として、ミナベが挙げるのはメルカリです。メルカリはエンジニアの採用を海外でも行なっており、開発の現場では英語も用いられています。また、対話を実りあるものにするため、社内で無意識バイアストレーニングも実施しており、自分の思い込みや偏見(バイアス)が他の国の文化ではいかに通用しないのかを教育しているといいます。
これでもまだまだ道半ば。約半数が外国籍、メルカリ・エンジニア組織の挑戦——連載「クリエイティブ組織の要諦」第2回
それでも、お互いのカルチャーがぶつかりあってしまい、うまくいかなくなってしまうケースも想定されます。ミナベ曰く、シリコンバレーのスタートアップでのトレンドは、そもそもの評価方法をシンプルにすること。つまり「Whyさえ達成できていれば、どういう価値観を持っていたとしてもいい」というシステムです。
ミナベ「日本の場合、職種がいろいろとあって、人材要件もあって、スキルが細かく評価されるのが一般的ですよね。でも職種のラダーを1つに絞って、『ソリューションとインパクトが出せればなんでもいい』という状態にするんです。Ubieには優秀な人が揃っていると思いますし、いまの構造でも成長できると思います。ですがさらにスケールしようとするなら、一緒に追求するべきWhyを言語化しつづけ、その他はそれぞれのカルチャーでいいという方向に舵を切ることも考えられます。」
■参照
Ubie株式会社 (Ubie, Inc.)
ブライアン・J・ロバートソン(2016) 『HOLACRACY:役職をなくし生産性を上げるまったく新しい組織マネジメント』 瀧下哉代訳、PHP研究所
「スタートアップで、カルチャーが全く違う2つの組織を作った話」
「Ubie Dev カルチャーガイド (社外公開版)」
「フラットな組織の負債と向き合ったUbie Devが、ホラクラシー組織を採用した理由」
執筆:石渡翔
編集:大矢幸世