変わり続ける社会の中で、企業はどんな役割を果たすべきでしょうか。社会と会社、そこで働く個人。それぞれが溶け合い、つながるようなあり方が模索されています。
雇用や不動産などの選択肢にある情報格差などの歪みをテクノロジーによって解決すべく、さまざまな事業を展開してきたリブセンスは、2019年「経営デザインプロジェクト」を始動。社内制度や組織の変革に取り組んできました。
今回、同プロジェクトを主導したリブセンス共同創業者の桂大介さんに、プロジェクトの経緯や目的、そして今後の企業のあり方について、ミミクリデザイン(現・株式会社MIMIGURI)の臼井隆志がお話を伺いました。
会社は、社会のコモンセンスに合わせて価値観を更新する場
臼井:リブセンスさんは2019年上期から『経営デザインプロジェクト』を実施しています。これはどういった取り組みなのでしょうか?
桂:リブセンスは「あたりまえを、発明しよう。」をビジョンに掲げ、さまざまな事業を展開してきました。一方、会社を取り巻く環境は加速度的に変化しています。社会が変化するように、リブセンスも変化すべきなのではないか、という課題意識がありました。そこで、従業員自身が企業としてのあり方を考え再定義するプロジェクトをスタートすることになったんです。
臼井:なるほど。社会が変化するように、会社も変化するべきではと考えた背景をもう少しお伺いできますか?
桂:いくつか背景がありますが、大きく二点の理由があります。
一点目は、明らかなハラスメントではなかったとしても、一部の人たちがやりづらさを感じる瞬間が社内に存在していたことです。例えば、若いという理由だけで仕事を押し付けられたり、結婚についての制度が法律婚だけを想定していたり。こうした状態を考慮した制度にはなっていなかったんですね。
例えば、全社納会の二次会の幹事を新卒の社員が担当するような習慣が見受けられました。
個人的には二点目のほうが大きいのですが、「社会のコモンセンスや価値観をアップデートする場が、会社にしか残されていないのではないか」と感じていたことがあります。これだけ社会の変化が激しくなると、義務教育などではコモンセンスが更新される速度には間に合わない。かといって、社会に出てからコモンセンスについて考える場はほとんど存在しません。昔は新聞などのメディアがその役割をになっていたのかもしれませんが。社会の中にそうした場がないのであれば、会社がなるしかないんじゃないか。そう考えたのです。
臼井:もう少し詳しく教えてください。リブセンスさんの社内制度が、現代社会のコモンセンスや価値観の変化に適応していない状態だったのでしょうか。
桂:例えば、社内で「同性婚に賛成か、反対か」というアンケートを実施した場合、多くの人は賛成を示すと思います。しかし、去年の制度改定時までは、結婚手当の支給対象が、事実婚や同性婚は対象外でした。なぜ、誰も反対しないものを実施していなかったのか、不思議ですよね。なので、実際に制度を変更するのは実にあっけないものでした。
臼井:なぜ、実際には反対意見のないものでも、制度が変更されずにそのままになってしまっていたのでしょうか?
桂:その理由の一つとして、こうした話題が経営層で話すには少しわかりにくいからというのが挙げられると思います。「わかりにくい」というのは、こうした対応をしたことで、どれだけ事業に影響があるかというのが見えにくいということですね。ただ、経営において、事業成長は、あくまでも目的の一つに過ぎないはずです。それなのに、「イノベーションを起こそう」としている会社の制度が古いままになっていて、コモンセンスと合わなくなっているという状態はすごく変ですよね。
臼井:一人ひとりはおかしいと思っていることでも、会社としてになるとなぜか対応されていなかった。
桂:そうなります。こういう話はプライベートな話だと思われているんだと思うんですよ。例えば、リブセンスが提供しているサービスを見ると、ユーザーが性別を選択する箇所が男女2択になっていたりするんです。これは現代社会の感覚からすると、おかしいし直さないといけない。個人としてはそれがわかっているのに、仕事になったとたんにその感覚が切り離されている感じがしていたんです。
思考のゆらぎを生むプロセスをデザインして方針を定める
臼井:リブセンスさんは、この経営デザインプロジェクトの中で、『わたしたちが変わるための9つの指針』を策定されました。指針として言語化して掲げたのは、会社として重要度や緊急性を高めることで、議論しやすくしたということですよね。
「わたしたちが変わるための9つの指針」
・特定の利益に偏らない
・事業価値の反復的見直し
・学びとキャリアアップの推進
・挑戦を後押しする機会の提供
・自律性のための情報共有
・多様な働き方の実現
・差別、ハラスメントの根絶と平等の実現
・公正で納得のいく評価
・事業以外でも社会に貢献する
桂:そうですね。指針を策定するプロセスでは、まずプロジェクトメンバーを集めて、次に社会的なテーマに沿った「対話」を重ねるスタイルを採用し、毎週3時間のダイアローグを、2ヶ月間かけて計8回行い、毎回約4つほどのテーマを取り扱いました。
臼井:テーマ選定も桂さんが行ったのでしょうか。
桂:はい、私が本など様々なインプットから、考えるべき11個のテーマを設定しました。「ポスト・シリコンバレー」や「シリコンバレーの疲弊」という大方針のもと、例えばGAFAとB Corporation、市場価値とウェルビーイングなどのテーマについて対話を進めました。
・GAFAとB Corporation
・市場価値とウェルビーイング
・ジェンダーとフェアネス
・透明性とプライバシー
・採用とシチズンシップ
・ヒエラルキーと主体性
・法令遵守とモラル
・ビジョンと事業制約
・年齢と孝悌
・変化と習熟
・マネジメントと自律
臼井:「透明性」と「プライバシー」、「ヒエラルキー」と「主体性」など、よくみると一対のテーマになっているのですね。
桂:そうなんです。最初、テーマ「透明性」のように「1テーマ」になっていました。しかし、最終的には、「透明性とプライバシー」のような一対のテーマにしました。「ロジカルシンキングと感性」、「ルールとクリエイティビティ」なども、不採用のテーマ案の中にありましたね。
臼井:一対の「透明性とプライバシー」とすると、単純な善悪の図式ではなくなりますね。「透明性」など一つのテーマの場合、受け手は言葉の範囲で考えるため、肯定を前提とした意見に陥りやすそうですが、これはダイアローグが盛り上がりそうなテーマ設定ですね。
桂:思考の揺らぎを生み出したかったんですよね。二つのテーマを合わせて、一つのトピックとした方が、より効果的な問いになるのではないかと考えました。こうした問いの設定背景には、若手から「次の世代にとって、魅力を感じる会社像」をヒアリングしたいという目的もありました。優秀な若手人材が集まらなければ、会社はすぐに時代に乗り遅れてしまいますよね。なので、プロジェクトメンバーも若手を中心に集めていきました。
参加したメンバーも、こうしたテーマについて会社で考えて、社内で時間をとって会話することはほとんどなくて。その観点でもプロセスに参加したことで、メンバーの仕事や生活のアップデートはあったかもしれません。あと、毎回の内容は発言者の名前だけ伏せて、議事録を全て社内に公開していました。すると、メンバーが社内で「この前こういうことを話してたね」と話しかけられることもあったようです。
会社の知覚プロセスに継続的に働きかけて変化を促す
臼井:『わたしたちが変わるための9つの指針』は、リブセンスのウェブサイト上でも公開されています。元々、公開する予定だったのでしょうか?
桂:実は、公開するかどうかはどちらでも良かったんです。もともと、この経営指針は内部向けに策定したものでした。9つの指針の内容って、ごくごく当たり前の内容なんです。一つ目の「特定の利益に偏らない」なども、大した事ではなくて、日本で昔から言われているような「三方良し」と同じことですよね。なので、公開したことで結果的に広報や採用に寄与している面はありますが、最初は公開するつもりはありませんでした。
なんだろう。競合優位性やユニークセリングプロポジション(USP)のようなものって、表面上だけ尖ろうとしても生まれないと思うんですよね。一つひとつは地道なことかもしれないけれど、自分たちが大切にしたいことの積み重ねによって、立ち上がってくるようなものが会社の「らしさ」だと思っていて。
臼井:確かに、一つひとつは「当たり前」といえるかもしれませんね。しかし、その「当たり前」を実行し続けられるかが難しい点かと思います。リブセンスでは、指針の策定後、どのようなアクションをとっていったのでしょうか?
桂:指針に沿って、どんどん制度変更に着手しました。具体的には、同性婚や事実婚への権利拡張やコーポレートサイトの性別欄の撤廃、リモートワークの上限撤廃、副業申請の廃止、有給生理休暇、社内インターン制度などです。これらを2、3ヶ月で進めていきました。
臼井:指針ができたことで、制度変更が行われていったんですね。最近では、ジェンダー平等の議論で、管理職や役員の女性の数なども議論されているかと思います。こうした観点についてはどうお考えですか?
桂:リブセンスも、まだ管理職比率はギャップがあるんですよね。圧倒的に男性が多くって。その辺は議論してますが、まだ難しいところですね。経営デザインプロジェクトでは、まず変えやすいところから着手しています。例えば、性別欄もコーポレートサイトは変えましたが、事業の方は変わっていないこともありますね。
ただ、管理職や役員の女性比率が少ないことは当然問題だと思ってますが、大切なのはバランスをとることではなく、女性がキャリアップ、昇進を目指して働けるか、相談しやすい状態は実現できているか、ですよね。そのあたりは同時に取り組んでいかないとなと思っています。
臼井さんと一緒に取り組んだ社内研修「“常識”を考え直すワークショップ」も、こうした課題に向き合う一環として行いました。
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臼井:制度変更だけではアプローチできない、人の認識の変化にアプローチしようという点が非常に興味部深く関わらせてもらっています。このバイアスに関する研修設計で、難しかった点は、人間の無意識にアクセスする事でした。例えば、人には「社長と聞いた時に、男性を思い浮かべる」ようなステレオタイプがあります。
エンジニアに男性、CSに女性が多いのはなぜ?
僕たちのアプローチは、ある問題に対してじっくり内省したり、考えたことのなかったトピックを熟慮していくことで認識を変えていくものです。一方でやっぱりジェンダーの問題は無意識にすごく根差しているので、熟慮で内省することが本当に可能なのかってところへの批判があるなというところはあって。そこはすごく難しいですよね。
そこで、今回のワークショップ内では、手を使って作るプロセスを組み込みました。例えば雑誌のカバーをリメイクするワークショップや、物語を作ったり、演じてもらうワークを通して、直感と熟慮の間としての知覚をいじるようなイメージです。
これはワークとしては機能しましたが、このとき知覚したものを言葉でリフレクションしてしまうと、アクションが「気をつけよう」になってしまうという問題が起こりました。言語化できているのは、感じていることの氷山の一角でしかなく、水面下ではもっと認識の変化が起きている。
この気付きや認識の変化を、社会を変えていくためのアクションに向けてほしいというか、自分の行動や選択が社会を変えられる方向に向かうといいですよね、というのが今議論しているところですよね。
桂:そうなんです。一つ、僕はこの取り組みについて、ダラダラとやっていくのが大切ではないかと思っています。人間の認識の変化は、何回も繰り返すことによって起こるものですよね。最短効率では進められない感覚はあるので、しぶとく粘り強くやっていくしかないのかなと。
臼井:おっしゃる通り、体感を通して反復して学ぶ事が大切です。研修やワークショップは、即時的なものになりがちです。会社には、日常的に人の知覚パターンに働きかける仕組みが必要です。
桂:続けていくためのアプローチとして、社内のSlackに「#beyond-diversity(ビヨンドダイバーシティ)」というチャンネルを作成しました。差別やダイバーシティについて、気軽な意見交換をしています。週に2、3本のニュース記事が投稿されて意見やコメントが交わされています。個人と同様に、会社も、ダラダラと認識が変化していく状況になると良いですよね。
企業は社会に適応し変化し続ける生命体
臼井:『わたしたちが変わるための9つの指針』の策定から、約1年強が経過しました。2019年8月から社内新聞『Livesense Times』を隔週で発行されています。発行の経緯を教えてください。
桂:「継続的に考える場を作りたい」という課題意識が生まれました。経営デザインプロジェクトにおいても、8人で、社会的なテーマについてディスカッションを行い、経営指針を策定しました。しかし、400名以上の社員にワークショップを開催するのは困難です。こうした場を全社に広げるために、新聞という手段を取る事にしました。
新聞は、一方通行のメディアですが、社会問題を認知したり、自分の意見を考えたりしながら読むものです。広げた際に見出しが目に入り、知らない物事を偶然に知れる点も魅力でした。
臼井:偶然から何かが生まれる、東浩紀氏のいう「誤配」に近い考え方ですね。新聞という手段をとったのにはなにか理由があるのでしょうか?
桂:新聞にしたもう一つの理由は、ジャーナリスティックに活動したかったからです。僕らは「オウンドジャーナリズム」と呼んでいましたが、例えば、男女給与格差など、社内の不都合な部分も取り上げました。
最近では、『Q by LIVESENSE』という企業ブログも立ち上げました。答えを伝えるというより、自分たちが葛藤していることや、悩んでいることも伝えていくような場所にできたらと考えています。
臼井:これまでの桂さんのお話からは、社会について考え続けるという意思を感じました。最後の質問ですが、社会と企業の接点について聞かせてください。最近はB Corporationなど、オルタナティヴな企業体を探る動きも進んでいます。現代の理想とするべき企業体について、桂さんのお考えを教えてください。
桂:本来、企業のあり方は社会に適応し変化し続けるものだと思います。自然体の言葉で語れるような、組織のあり方を模索したいですよね。
以前は、企業とは箱の中に入るようなイメージでした。しかし、今は「ゆるい広場のような生命体」を想像しています。企業の社員が社外と半透明の膜を以て交流しながら、自己変容していくような有機的な組織を考えていきたいですね。