近年、「組織における多様性が重要である」という認識は、ずいぶん浸透してきたように思います。複雑化する現代社会の課題に対処しようと、今では多くの企業や団体が、多様性のある組織づくりに奮闘していることでしょう。
しかしながら、単に多様性のある組織をつくるだけでは、創造的な成果につながるとは限りません。むしろ、多様な価値観がもたらすコンフリクトが、議論の停滞や組織の破壊を生む場合もあります。
本記事では、多様性から価値を生み出す組織開発の方法を探るべく、「多様性とは何か」について改めて確認し、多様性が組織にもたらす2種類のコンフリクトと、コンフリクトから創造的な成果を生み出すための基本的な考え方について解説します。
目的としての多様性、手段としての多様性
本論に入る前に、組織における多様性の議論には、2つの異なる観点があることを確認しておきたいと思います。
その2つの観点とは、「目的としての多様性」と「手段としての多様性」です。
たとえば、組織の多様性を高める上で、最初に取り入れられやすい取り組みに、「メンバーの年齢や性別を多様にする」パターンがあります。従来ベテランメンバーが主導していたプロジェクトに若手の視点を取り入れたり、チームの男女比に偏りが出ないようにしたりする、といったものですね。
こうした年齢・性別・人種などの多様性のことを、「人口統計学的(デモグラフィックな)多様性」と言います。
先行研究では「人口統計学的な多様性が、必ずしも創造的な成果を生むとは限らない」ということが言われています。しかしながら、それでは年齢や性別の多様な組織をつくることは無意味なのかというと、そうではありません。
なぜなら、企業が女性の活躍を推進したり、女性や若者の議員比率を高めることには、「社会における平等を実現する」という倫理的な意味があるからです。言い換えれば、人口統計学的多様性には「目的として」実現すべき側面があるのです。
「目的としての多様性」と「手段としての多様性」は、いずれも大事な観点ですが、どちらの観点に立つかによって論理の展開が変わってきます。そのため、組織の多様性について考える際には、(しばしば混同して議論される)「目的としての多様性」と「手段としての多様性」を区別することが重要です。
本記事では、主として多様性を「手段」と位置付け、多様性から価値を生むための組織開発の方法論について検討します。
「多様性がある」組織の状態とは?
そもそも、「多様性がある」とは、どのような状態を指すのでしょうか。
さまざまな定義の仕方がありますが、筆者が個人的にしっくりくると感じるのは「人が持つ『異なる性質』が認識されている状態」という定義です。
人が持つ性質には、さまざまな種類があります。
多様性の議論において、人種、民族、性別、年齢などの「人口統計学的」な性質が注目されやすいことは先ほど書いた通りですが、他にも、物事の捉え方・知覚や思考の仕方などの「認知スタイル」、教育的背景や業界経験に基づく「技術・知識」、性格や文化的価値観などの「価値観」、ある組織や世代に一定期間所属することで得られる「集団共通因子」などによる分類があります。
これらの性質は、それぞれ独立しているわけではなく、「◯◯な集団に所属していたから、XXな価値観を持っている」という具合に、相互に影響し合っています。
では、単にさまざまな性質を持っている人が集まれば、「多様性がある」と言えるのかというと、そうではありません。
多様な性質を活かすには、その性質が周囲によって「認識」される必要があります。そして、周囲の人が相手のどの性質に焦点を当てるかによって、成果は大きく変わってきます。
たとえば、ある商品開発のプロジェクトにおいて、子供を持つ女性社員Aさんに「ママの目線でコメントがほしい」と意見を求めた場合、「子供を持つ親」という性質に即したコメントが得られるはずです。
一方、同じAさんが相手であっても、「前職でやっていたウェブマーケティングの観点からコメントがほしい」と意見を求めた場合、先ほどとはまったく別のコメントが得られるはずです。
以前、CULTIBASEでデザインファームIDEO Tokyoの方にお話を伺った際には、「多様性は『作る』ものではなく『見いだす』もの」というお話がありました。多様な人を採用するのではなく、個人の中に眠る多様な性質を見いだすことこそ、真に多様性のある組織をつくる上では重要なのです。
参考記事:
IDEOに聞く、とにかく時間を掛け“対話文化”を醸成する姿勢:連載「クリエイティブ組織の要諦」第1回
多様性がもたらす健全なコンフリクトが、創造的な成果を生む
また、単に多様性のある組織をつくるだけでは、創造的な成果にはつながりません。
なぜなら、どれだけ有益なInput要因(=多様性のある組織)があったとしても、その後にプロセスロスが発生すれば、Output(=成果)にはつながらないからです。
多様性から価値を生むためには、「メンバーの多様性」というInputと、その多様性を活かせるようなプロセスの両方を揃える必要があります。
では、多様性のある組織には、その後どのようなプロセスが起きるのでしょうか。
まず、さまざまに異なる性質は、衝突・対立・葛藤といった「コンフリクト」をもたらします。多様性とコンフリクトは、表裏一体の関係にあるのです。
コンフリクトは、作業に関する議論や討論に関わる「コトに関するコンフリクト」と、対人関係に関わる「ヒトに関するコンフリクト」の、大きく2つに分けることができます。
「業務やプロジェクトに関する意見が噛み合わない」「データの解釈が異なる」「成果物の品質や求める水準に対する認識のずれがある」といった状態は、「コトに関するコンフリクト」が起きている状態です。
また、「相手と性格が合わない」「メンバー同士で常に緊張関係がある」といった状態は、「ヒトに関するコンフリクト」が起きている状態にあたります。
コンフリクトは必ずしもネガティブなものではなく、先行研究においては、「コトに関するコンフリクトが適度にある状態は、創造的な成果を生み出す上で有効」ということが言われています。
一方で、「ヒトに関するコンフリクトは、成果に対して悪影響を与える」ということが言われています。
議論が白熱すると「コトに関するコンフリクト」は、しばしば「ヒトに関するコンフリクト」に向かい始めます。
そのため、創造的な成果を生むためには、視点を「ヒト」から「コト」に引き上げ、健全な衝突を起こす必要があるのです。
多様性を活かした組織開発のカギは、「分化」と「統合」の振動を繰り返すこと
多様性を活かし、適度にコンフリクトがある状態を実現するには、どうすればよいでしょうか。
以下の論文*では、帆船が向かい風の中で船を前進させていくときに用いる「タッキング**」という手法になぞらえて、多様なメンバーによるチームが、発散と収束を繰り返すこと、言い換えると「分化」している状態と「統合」している状態を切り替えていくことが創造性促進の鍵であると提案しています。
*Wilson, S. R., Barley, W. C., Ruge-Jones, L., & Poole, M. S. (2020) Tacking Amid Tensions: Using Oscillation to Enable Creativity in Diverse Teams. The Journal of Applied Behavioral Science.
**タッキング:風向きが帆の片側から反対側に変わるように船を回転させることで、風の方向へ進むことができるようにする手法。クルー同士の緊密な連携が求められる、バランスが重要な手法。
発散と収束はアイデア創出のプロセスでよく耳にしますが、この論文のユニークな点はそれらを通じた「分化」と「統合」という状態に着目している点、また「タッキング」というメタファーを通じて両状態を切り替えることを提案している点にあります。
この論文はチームにおけるアイデア創出のプロセスに着目していますが、さらに解釈を深めると、チームや組織が「分化」している状態と「統合」している状態を繰り返すことが、多様性を活かす組織開発において有効であると考えられます。
この場合の「分化」とは、いわば個人やチーム間の「差異に着目するモード」、「統合」とはチームや組織内の「同質性に着目するモード」を意味します。「差異に着目するモード」と「同質性に着目するモード」をタイミングよく切り替える、つまりタッキングするところがポイントです。
大きく進行方向を切り替える帆船のタッキングでは、クルーの全員が協力して重心を動かす必要があり、しばしば落下の危険を伴います。これは、組織開発においても同様で、2つのモードを切り替える際には、しばしば不快感や不確実性といったストレスが生じます。
そのため、組織が創造的な成果を生み出すためには、2つのモードの切り替えを丁寧にプロセス設計しつつも、ファシリテーターが現場の“風”を巧みに捉え、即興的に対応していくことが重要です。
CULTIBASE Labで公開中のアーカイブ動画では、MIMIGURIで実際に行っている組織開発の実践例や、ファシリテーター目線で実践のポイントについてもご紹介しています。より詳しく知りたい方は、ぜひご覧ください。