コロナ禍によるリモートワーク環境への移行や、個人の価値観の多様化などを背景に、ここ1・2年において組織内のコミュニケーションを見直そうとする動きが高まっています。特に、今後さらに不確実性を増していく現代社会において、明確な正解を導き出すことは容易ではなくなってきています。
こうした中で、相手の立場や価値観を汲み取り、お互いの認識をすり合わせることを重んじる「対話」に着目し、組織に積極的に取り入れようとする動きが広がってきています。しかし、対話の本来的な効果を引き出すためには、根底にある理論や思想について、理解を深めていくことは欠かせません。
本連載では、対話を正しく行うために押さえておきたい知識や、対話の持つ集団の創造性を引き出す力に着目した「創造的対話」について、理論と実践の両面から学べる内容をお届けします。
第1回となる今回は、「対話」と「創造的対話」の定義や基本的な考え方、そして両者の繋がりについて解説します。
「対話」とは何か?
これまで私は多数のBtoBの理念創造・浸透や人材育成などのプロジェクトにファシリテーターとして参画し、対話型ワークショップを実践してきました。その際、対話について次のような定義で説明しています。
対話[DIALOGUE]とは…
あるテーマについての意見や意味づけ、経験、感情を共有し合い、お互いを深く理解し合っていくためのコミュニケーション手法
この定義にも改善や議論の余地は残されているかと思いますが、できる限り本質を外さず、かつ、ビジネスパーソンが対話を組織内で日常的に行っていく中で活用しやすい定義として、暫定的にこのような定義を用いています。
対話が成立するための3つの前提
続いて、対話の成立条件やプロセスについて見ていきましょう。上述の対話の定義を聞いたからといって、すぐに実践できるわけではありません。対話が安全に行われるためには、場において以下の3つの前提が守られていることが重要です。
(1) 対話は、「自分と相手の意味づけ・価値観は違う」という前提に立って行なわれるものである。
(2)対話は、意見の正誤や勝敗を判断したり、一つの答えを決めるための手法ではない。
(3)対話は、二人以上の他者との会話の中だけではなく、自己との会話の中でも成立する。
前提(1)と前提(2)で示されている通り、対話では、自分の意見を相手に押し付けるような説得的な態度は逆効果です。また前提(3)には「対話は自己のみでも成立する」と記されています。一見不可解に思えるかもしれませんが、たとえば、漫画やドラマにおける古典的な表現のひとつにある、葛藤するキャラクターの頭の中で天使と悪魔が正反対のことを口々に言うシーンを思い浮かべてもらえるとわかりやすいかもしれません。何か意思決定を行う際に、「自分はこう思うけれど、見方や立場が違えばこのような意見もありうるかもしれない」と、自分自身の中で複数の意見を想像し、その折り合いの結果として最終的な結論を出すことは、多くの人が日常的にやっていることだと思います。
私たちの意見や考えは必ずしも一つではなく、また、固定されたものでもありません。常にいくつかの観点による多様な解釈にさらされながら、揺れ動き、変化しうるものだと理解することが肝要です。
対話における「意味づけ」とは何か?
また、これまで紹介してきた定義や前提では、「意味づけ」という言葉が共通して用いられています。この「意味づけ」は、対話を理解する上で欠かせないキーワードの一つです。ここで一度、この意味づけという言葉について、改めて確認していきたいと思います。
対話を意識的に活用するためには、「客観的事実」と「主観的な意味づけ」を分けて捉えることが重要です。例えば、“コロナ禍によって売上が30%減少した”という状況に直面したとします。この「30%売上減」という客観的事実は、誰がどのタイミングで見ても、変わることはありません。
しかし、この事実をどのように「意味づける」かは、人によって異なります。「30%しか落ちなかった」と胸をなでおろす人もいれば、「30%も落ちてしまった」と青ざめる人もいるはずです。また、「なぜ売上が30%落ちたのか」と、その原因まで突き詰めようとすれば、さらに無数の意味付けが生じます。
人が客観的事実をどのように意味づけるかは、その人が置かれている状況や、大切にしているこだわり、価値観によって左右されます。売上を60%落とした同業他社の状況を知っている人は「30%“しか”落ちなかった」と思いやすい傾向にあるでしょうし、逆に何かしらの見込みを持って「大して変わらないだろう」と考えていた人は「30%“も”…」と思いやすいはずです。意味づけは状況やメンタルの状態によっても変化するものであり、常に同じだと決めつけず、その時々で丁寧に共有していくことが重要です。
こうした対話の心構えについては、下記の記事でも、「社会構成主義」という概念とともに詳しく解説されています。
ファシリテーターはなぜ「対話」を重視するのか:社会構成主義入門
「創造的対話」とは何か?
先ほどの対話の定義の話の中で、私は対話を相互理解を目的に行うものとして説明しました。一般的な対話に関して言えばその理解で概ね問題ないのですが、特に対話が深まった結果、相互理解を超えた新たな価値として、「創発」が生み出されることがあります。
CULTIBASE編集長・安斎勇樹による書籍『問いのデザイン』は、こうした対話の持つポテンシャルに着目し、「新たな意味やアイデアが創発する対話」を「創造的対話」と名づけています。
なお、対話が創造的な行為であるという指摘は、以前より複数の書籍で言及されていました。代表的な例として、次の二つの記述を紹介します。
「対話とは、言葉を通して率直に話し合う中で、なにか新しいものを一緒に生み出していく、共に創り出していくこと」
中野民夫・堀公俊(2009)「対話する力:ファシリテーター23の問い」日本経済新聞出版.
「(対話とは)共有可能なゆるやかなテーマのもとで、聞き手と話し手で担われる創造的コミュニケーション行為(である)」
中原淳・長岡健(2009)『ダイアローグ:対話する組織』ダイヤモンド社.
先述した通り、対話とは、複数の意見を深く聴き、相互理解を生み出す営みです。その結果、相手の事情や価値観を知り、自分の意見や考え方が大きく変化することもあるかもしれません。しかし、むしろ変化を創発の源泉として互いに受け入れることが、対話においては大切なのです。
「対話」が「創造的対話」になるプロセス
通常の対話が“深まる”ことで、創発を生み出す「創造的対話」へと変わっていきます。それでは、“深まる”とは、具体的にどのようなプロセスのことを指すのでしょうか。次の図は、「U理論」の提唱者として知られるオットー・シャーマーのモデルをアダム・カヘンが改変し、それを私が「創造的対話」に紐づけるかたちでさらに手を加えたものとなります。
※シャーマーやカヘンは、領域4を「創造的対話」ではなく「Generative dialogue(生成的対話)」や「Presencing(プレゼンス<存在>とセンシング<感じる>を組み合わせた造語)」といった言葉で表現しています。
各領域の特徴については次回の記事で詳しく解説しますが、コミュニケーションが深まるにつれて、振る舞いが過去にとらわれたものではなくなるという点は、対話の実践を考える上でも特に重要なポイントです。
最初の「儀礼的会話」や「討論」においては、過去の自分の意見や会話パターンをそのまま用いるケースが多いようです。しかし、「探究的対話」、そして「創造的対話」へと進んでいくにつれて、徐々に過去のパターンや価値観を手放し、“いまここ”に立ち現れてくる新たな意味づけに従って、未来を具現化しようとする傾向が強まるそうです。
これを対話の場のファシリテーションに当てはめて考えてみると、目の前の人の振る舞いから、現在のコミュニケーションの深度をある程度測ることもできるかと思います。現在行われている会話がどの領域なのかを俯瞰的にとらえながら、次の領域に進んでいくための働きかけを行うことが、対話の質を担うファシリテーターのやるべきことだと言えるでしょう。
今回は「対話」の基本的な知識から、「対話」の発展系である「創造的対話」の定義と発生プロセスまで主に紹介しました。次回の記事では、今回最後に触れた「会話における4つの領域」について、より詳しく解説します。どうぞお楽しみに。