企業内、教育現場、その他多くの分野で、自分たちの活動をふり返ることで学びを得ようとする所謂「リフレクション」という活動が実践されています。しかし、せっかく時間をかけて活動をふり返っても次に活かされないなど、うまくいかない「リフレクション」を経験したことがある方も少なくないのではないでしょうか。
本連載ではリフレクションの本質とは何なのか、背景にある理論を整理し、意味のあるリフレクションを実践するためのポイントを紹介していきます。特に、チームにおけるリフレクションの活用を軸に、チームの中の個人、そしてチームが属する組織へもたらす影響について触れていきます。
「リフレクションの技法」連載の第1回では、リフレクションとは何か、リフレクションの基本となる考え方や理論背景、理論を実践につなげていく上でのポイントをご紹介します。
リフレクション(reflection)とは何か
リフレクションは、日本語では「ふり返り」「省察」などと言われます。大事なことは、自分が経験した出来事について、その場の状況に埋め込まれている本質が何なのかを見出すことにあります。その結果、その後の行動をよりよくしていくことにつながる経験からの学びが得られるのです。
ただし、リフレクションは複数の分野で議論されてきており、意味の捉え方もさまざま存在します。リフレクション(reflection)の意味には「反射」「反映」「投影」などがあります。何かに「映し出される」自分の姿を見ることで自分を知る一連の出来事が、自分自身を省みる「省察する」ことにつながっていると考えられます。
なぜリフレクションが必要なのか?
リフレクションは、広く経験から学びを得る、すなわち経験学習に役立つということができます。
変化が激しい今の時代において、今日得た知見がこの先ずっと同じように使えるものにはなかなかなりません。日々これまで経験したことのない状況に直面し、その状況に適応し、新たな経験から学び、新しい知を自らかたちづくっていく必要があります。
まずは、個人・チーム・組織の3つのレイヤーでリフレクションがどのような学びに役立つのかを整理します。
①個人の学び
自分の経験についてリフレクションすることで、自分の行動パターンや考え方の傾向を自覚し、自分自身の強みや自分が大事にしていること、価値観への気づきが得られます。自身の専門性やアイデンティティの発達につなげていくことも可能です。
また、このような個人のリフレクションは、経験から学ぶ力を育てる意味で人材育成にも活用できます。
②チームの学び
チームの学びにつなげるリフレクションは、チームメンバーで一緒に行った活動についてリフレクションすることで、チームづくりやチームとしての成長につなげていくことができます。チームメンバーそれぞれが何を行い、何を感じ、何を考えているのかを共有していきます。このように、他者の価値観をわかろうとすることがチームのコラボレーション促進につながっていきます。
③組織の学び
日々新しい状況に適応しながら、新たな知をかたちづくっていくと、組織内には個人個人の知、チームや部署ごとの知が散乱していくことになります。組織の中で生み出された成果物だけを見ても、それをどのように生み出したのか、その背景はわかりません。本質的な知は共有されず、組織内に暗黙知がたまっていくことになります。リフレクションは、これらの暗黙知を明らかにし、組織内で知の循環をまわしていくために役立つものと言えます。
リフレクションの理論背景
現在実践されているリフレクションの背景には、いくつかの理論が存在します。リフレクションがこれまでどのように発展してきたか、ここではその理論背景の概要をご紹介します。
リフレクティブ・シンキング:「体験」と「省察」はセットである
まず、リフレクションの理論背景のベースとして登場するのが、経験主義哲学の思想で知られるジョン・デューイです。デューイは、ただ単に行為を積み重ねることが経験ではなく、行った行為とその行為の結果の関係性を見出すために思考することの重要性を主張しています。ここでいう思考のことをリフレクティブ・シンキング(反省的思考)と定義しており、リフレクションという考え方が登場しています。現代において、実践したことをふり返ってその意味を考察することなく次の実践をいくら繰り返しても、事業の成功や人の成長に繋がらないと言われますが、その部分に通じる理論と捉えられます。
デューイの経験学習の特徴とその捉え方の誤解については、組織学習の連載記事でも触れられています。
経験学習サイクルの3つの誤解:連載「組織学習の見取図」第2回
経験学習サイクルにおけるリフレクティブな観察(Reflective Observation)
経験学習サイクルは、デューイの理論を実務者にも扱えるように経験を活かした学習プロセスを「具体的経験」「省察的観察」「概念的抽象化」「能動的実験」の4段階でモデル化したものであり、デイビッド・コルブが提唱したモデルとして知られています。
この経験学習サイクルにおいて、具体的な経験から大事な要点を抽出し概念化する段階で、省察的観察(Reflective Observation)が必要とされています。省察的観察とは、個人が一旦実践の現場を離れ、自らの行為・経験・出来事の意味について俯瞰的にさまざまな観点から意味づけることを指します。
経験学習サイクルの「抽象的概念化」では、経験を他の状況で活用できる知をつくり出します。コルブによると、学習とは「経験と内省のプロセスを通じて、他で活用できる知を生み出す活動」といえます。
リフレクション・イン・アクション:行為の中で吟味し、とっさの判断でなんとか切り抜ける
次に、専門家の熟達の文脈からリフレクションの理論を主張したのがドナルド・ショーンです。不確実で複雑な問題状況に対応していくには、単に専門知識をインプットし実践でそのまま適用することで熟達していくとする専門家像(技術的合理性モデル)では不十分であるとして、リフレクティブ・プラクティショナー(省察的実践家)という専門家像を提唱しました。ショーンによると、専門家は直面する現場の状況の中で、いまいちしっくりこない違和感を感じたり、スッと腑に落ちた感覚を感じるなど、さまざまな感覚を感じとり、それまでの経験を総動員して状況を適切に読み取りながら、とっさの判断でその場をなんとか切り抜けています。このように、実践する行為のなかでさまざまなことを感じとりながら「これでいいのか?もっとよいやり方はないのか?」などと吟味し、判断していくことをショーンは「リフレクション・イン・アクション」と名付けています。
経験学習サイクルを発展させたALACTモデル
オランダの教師教育研究者であるフレット・コルトハーヘンは、コルブの経験学習サイクルをもとに、より具体的なリフレクションのプロセスモデルとしてALACTモデルを提唱しました。
ALACTモデルで肝となるのは、「③本質的な諸相への気づき」をいかに深められるかです。そのためには「②行為のふり返り」でしっかり行為の背景にある気持ちを表出させておく必要があります。
業務のリフレクションにおいて扱われるのは、行った行為が多くなります。行為と合わせて思考が語られることもありますが、感情やさらにそれより深くにある価値観まで扱われることは少ないものです。コルトハーヘンは、行動の背景にある感情や価値観まで扱うことで、それまで無意識だった経験の本質を見出そうとしています。この点からコルトハーヘンの理論は、リフレクションする人の主観を大事にしており、社会構成主義の考え方に基づいていると捉えられます。社会構成主義では、現実は個人の中に存在するのではなく、人びとの関係性の中で言語を通してつくられると考えます。例えば、チームでリフレクションの対話を行う場合、一人ひとりの感情や解釈に客観的な真実は存在しません。一人ひとりの主観的な感情を場に出しながらチームの関係性の中で見出された気づきが、そのチームにとっての「現実」として意味づけられていくのです。
社会構成主義については他のCULTIBASEコンテンツでも触れているので、ご参照ください。
ファシリテーターはなぜ「対話」を重視するのか:社会構成主義入門
『現実はいつも対話から生まれる』
強みに目を向けるコア・リフレクション
自分が行ってきた活動をリフレクションすると、どうしてもうまくいかなかった部分に目が行きがちで、ネガティブ思考になってしまうことも少なくありません。そこで、コルトハーヘンは成功体験を語り、自分たちの強み(「コア・クオリティ」と呼んでいます)に目を向けるアプローチとして「コア・リフレクション」を提唱しています。成功体験について語り、そのエピソードの中に埋め込まれている強み(コア・クオリティ)を見出していきます。ただし、成功体験を語るだけで終わってしまうと、過去の成功体験にしがみつき、新たな状況に適応できないことにも陥りかねません。リフレクションから見出されてきた強みを、さらに不確実な未来でどのように活かしていくことができるか、ポジティブ思考で未来へ目を向けて考えていくことが大事だというわけです。
このように、コルトハーヘンの理論は、より深い気づきと実践における行動の変化へ結びつけることを重視し、個人の主観や強みを大事にしていることが特徴です。コルトハーヘンのリフレクションモデルは、現在のあらゆる組織で活用できる方法論ですが、より具体的な方法はまたの機会に触れたいと思います。
リフレクションの理論を実践へつなげる
いまいち捉えどころが難しいとも思われるリフレクションですが、行動の変化へ結びつけ、これから先の未来に役立つリフレクションを実践する際に重要となるキーワードが「前提を疑う」と「メタ・リフレクション」です。
前提を疑う
リフレクションを実践するにあたってのキーワードとして「前提を疑う」があげられます。経験から学ぶには、前提を疑い、問い直すことが必要です。
リフレクションでは、まず、自分が経験した出来事が何だったのかをつかみます。その出来事について、自分の行為、思考、感情など事実や現象を表出させていきます。さらに、その行為や感情の理由にあたるものとして、どんな価値観を持っているのかに迫っていきます。すなわち、行為や感情の背景にある「前提」に迫っていきます。これは、自分が行った試行錯誤と向き合うこととも言えます。
この前提を疑い、問い直す考え方は、組織学習におけるダブルループ学習に通じています。未来に起こり得る異なる状況へ対応していくためには、価値観まで見直す可能性を視野に入れ、特定の考え方に固執しない態度で臨むことが求められます。
ダブルループ学習について詳しくは組織学習の連載記事で触れられています。
組織学習はどのようにして進むのか:連載「組織学習の見取図」第3回
メタ・リフレクション
自分が経験した出来事について、その場で主体的に動いていた自分自身を含めて、そこで起こっていた状況を読み取り、意味づけしていくことが重要となります。自分自身をリフレクションの対象にするという意味で「メタ・リフレクション」と呼ばれます。
リフレクションは、経験を客観視して考えるものと言われることもありますが、リフレクションを人がする限り、それはリフレクションする人の主観が入らざるをえません。そして、コルトハーヘンが主観によるリフレクションを大事にしているように、リフレクションの対象に自分自身の存在を含めてあくまで自分の主観で捉えることが重要なのです。過去の自分が何を感じていたのか?過去の自分について考える「今」の自分が何を感じているのか?過去と現在の二重構造による主観的な視点で経験を吟味し、意味づけをすることが大事だということです。
自分の経験を「三人称視点」で客観視することが困難であると捉えると、自分と関わりの深い関係性を持つ対象として自分を捉え直す、すなわち二人称視点で自分を視る「二人称的アプローチ」の考え方が重要ではないかという議論も出てきています。「一人称視点」では見えなかった意味づけが可能と考える「二人称的アプローチ」という方法論も今後さらに議論が進んでいくと考えられます。
ここまでリフレクションの理論と実践の概要を紹介してきましたが、リフレクションは、人材育成、組織学習をはじめ多くの分野で日々実践と研究がされ、発展を続けている領域です。リフレクションの方法も形式化されたものがいくつか存在しますが、状況によってやり方をアレンジすることも求められます。リフレクションの方法自体をリフレクションしながら、新たなリフレクションの知を生み出していく必要があるともいえます。この連載では、リフレクションの理論と実践に関するトピックを取り上げながら、リフレクションに関する知の探究を進めていきたいと思います。
参考文献
ドナルド・ショーン著, 佐藤学, 秋田喜代美 訳,「専門家の知恵 ―反省的実践家は行為しながら考える」, ゆみる出版, 2001
ドナルド・ショーン著, 柳沢昌一, 三輪建二 訳, 「省察的実践とは何か-プロフェッショナルの行為と思考」, 鳳書房, 2007
坂田哲人, 中田正弘, 村井尚子, 矢野博之, 山辺恵理子 著, 一般社団法人学び続ける教育者のための協会(REFLECT) 編, 「リフレクション入門」, 学文社, 2019
フレット・コルトハーヘン 編著, 武田信子 監訳, 今泉友里, 鈴木悠太, 山辺恵理子 訳,「教師教育学:理論と実践をつなぐリアリスティック・アプローチ」, 学文社, 2010
佐伯胖, 刑部育子, 苅宿俊文 著,「ビデオによるリフレクション入門: 実践の多義創発性を拓く」, 東京大学出版会, 2018