市場環境や労働環境の目まぐるしい変化に適応するため、マネジメントにも大きな変革が求められています。
特に、組織変革や事業多角化による「両利きの経営」を推進していくにあたり、ミドルマネージャーが果たす役割は大きいとされています。しかし、現代の組織におけるミドルマネジメントの最適解は、未だ導き出されていません。
そこでCULTIBASEでは、ミドルマネジメントに関する知見を体系化し、伝えるための連載企画をスタート。MIMIGURI代表取締役 Co-CEOであるミナベトモミが、マネジメントのパラダイムシフトによって生じた「マネジメントの4つの矛盾」についての内容を解き明かした前回記事に引き続き、本記事ではその矛盾を解消するための方法をお伝えします。
矛盾を解きほぐし、「好循環のマネジメント管理」を実現するためには、マネジメントを捉える“レンズ”を変える必要がある──ミナベの提案を紐解いていきましょう。
プロフィール:
ミナベトモミ(株式会社MIMIGURI 代表取締役 Co-CEO)
早稲田大学第一文学部 ロシア語ロシア文化専修卒。広告ディレクター&デザイナー、家電メーカーPM&GUIデザイナーを経て、デザインファーム株式会社DONGURIを創業。その後に株式会社ミミクリデザインと経営統合し、株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEOに就任。デザインキャリアを土台にしながら、組織/経営コンサルティング領域を専門とし、主にTech系メガ/ミドルベンチャーの構造設計・制度開発を手がける。特に人数規模500名超えのフェーズにおける、経営執行分離・マトリックス型の構造設計と、それらを駆動させるHR制度運用を用いた、経営アジリティを高める方法論が得意。
現代のマネージャーが陥りがちな「4つの罠」
前回記事では、現代のマネージャーが向き合う「4つの命題*」と、そこで生じている「4つ矛盾」について解説しました。今回はすべての命題について120点と言える状態を実現する、好循環のマネジメントを実践するための方法を考えていきたいと思います。
*編注…「命題」という言葉について、「至上命題」など、「重要な課題」を意味する言葉として用いるのは本来的には誤用となりますが、本記事では講義の内容に基づき、その意味で「命題」という語を使用させていただきます。あらかじめご了承ください。
まずは命題間に矛盾を生み、続々と表れる事業/組織の現在/未来に関する課題への対応で疲弊してしまう「もぐら叩き」マネジメントを引き起こす、4つの「罠」についてお話しします。
①「ビジョン型」リーダーが陥りやすい、前進なき物語の罠
例えば、スタートアップで事業責任者を務めている方や、自ら手を挙げて新規事業のリーダーに就いている方は、非常に高いモチベーションで業務に臨んでいると思います。「事業を通して、こんな未来をつくりたい」「社会をこんな風に変えていきたい」と、自らの想いを事業に乗せて、力強く組織を引っ張っている。
しかし、そんな方はしばしば「前進なき物語の罠」に陥ってしまいます。雄弁にビジョンを語る一方、現在の事業の姿に目を向けきれておらず、経営層やメンバーの中に「未来はわかったけど、足元の問題はどうするの?」という問いが生まれてしまう。
また、「事業のビジョンを自らのキャリアをどう紐付ければいいのかわからない」というメンバーが現れる可能性もあります。一般的には、ビジョンを実現することによって社内にどのようなポジションが生まれ、どのような機会を提供できるようになるのかを語るべきだとされています。しかし、事業のビジョンを語ることにフォーカスしすぎるがあまり、個人キャリアとの紐付けをおざなりにしてしまう方が少なくありません。
事業の未来を語ることに夢中になるあまり、チームの状態に目が行き届かなくなってしまうことも。いくら魅力的な未来を語っていたとしても、チームのコンディションが悪ければ、その未来に向かっていくための推進力は生み出されません。そして、やがてビジョンに対する不信感が、チームの中に広がってしまいます。
②「行動先導型」リーダーが陥りやすい、理由なき指令の罠
自ら率先して手を動かし手本を示すと共に、メンバーたちに高い目標を課すことで成果をあげようとするタイプの方が陥りやすいのが、「理由なき指令の罠」です。現在の事業課題を解決するための行動は明確になっているし、マネージャーも含めてハードワークしているけれども、その理由が明確になっておらず、メンバーからの反感を買ってしまうような状態ですね。
この罠にはまってしまうと、経営層の中に「今の目標がはっきりしているのも、それが達成できそうなのもわかったけど、事業の未来にどう結びついているの?」といった問いが生じます。また、マネージャーからの指令によって動くことが当たり前になっているため、メンバーたちは事業の未来と現在を、あるいは、自らのアクションとキャリアを結びつけるための思考ができなくなってしまう弊害も生まれます。
③「関係性重視型」リーダーが陥りやすい、終わりなき合意の罠
チームや個人に寄り添うことだけにフォーカスしてしまうと、3つ目の罠、「終わりなき合議沼の罠」に陥りやすくなります。
チームとしての対話や、メンバーの意見に耳を傾けることを重視しているマネージャーは少なくないでしょう。対話というのはチームが同じ未来を見据え、事業を前に進めるために必要です。しかし、対話から「事業」という観点が抜け落ち、「みんなで話すこと」が目的化してしまうと、「対話のための対話」あるいは「関係のための関係」に陥ってしまいます。
心理的安全性がフューチャーされるようになって久しいですが、「心理的安全性が高い職場」というのは、本来タフな目標を達成するためにハードワークし、その中でお互いに厳しいフィードバックをし合ったり、ときに弱いところを見せたりしたとしても、関係性が揺るがない環境を指します。「みんなの関係性を良くするために、対話が大事なのであり、それが“心理的安全性”に繋がる」と誤解してしまうと、「対話のための対話」が繰り返されることになってしまいます。
④「育成支援型」リーダーが陥りやすい、梯子なき成長の罠
そして、4つ目は「梯子なき成長の罠」。簡単に言うと、メンバーの未来ばかりを見てしまっている状態です。
メンバーのキャリアに向き合うことはマネージャーに課された役割の一つなので、決しておざなりにしてはなりません。しかし、メンバーの未来ばかりに目を向けていると、現在の問題解決がおろそかになってしまうことがあります。
メンバーに望ましいキャリアを歩んでもらうために、未来の姿を描いてあげることは大事だけれども、必ず「今何をすべきか」もセットで提示しなければなりません。今どのようなことを任せ、次にどのようなことを託すのかを明確にし、「未来に到達するための梯子」を見せてあげる必要があります。
また、メンバーのキャリアと事業の成長を紐付けて考える必要もあります。そうしなければ、「成長のための成長」になってしまう。事業は今どのような課題を抱えているのか。それを解決することによって、どんな未来が生まれるのか。その未来に向かっていく過程には、どのような機会が生まれるのかを正確に捉える。そして、「あなたの成長が事業に何をもたらすのか」を丁寧に語りながら、メンバーがそれらの機会を生かし、望ましいキャリアを歩むための仕組みを構築しなければなりません。
4つの罠から抜け出すため「レンズ」
以上、マネージャーが陥りがちな「4つの罠」について解説しました。一つの命題に閉じてしまうと、他の領域における問題を生んでしまいます。「点」ではなく「面」でマネジメントを捉え、命題間に生じる矛盾を解きほぐすことは、「好循環のマネジメント」を実現するために不可欠です。
では、それぞれの罠を回避するためにはどうしたら良いのでしょうか。結論からお伝えすると、「レンズを変えること」が解決策になります。「一つの命題に閉じこもり、罠にはまっている状態」とは、特定の“命題のレンズ”で物事を見てしまっている状態だと言えます。レンズを変え、命題間に生じる矛盾を捉えることが、「もぐら叩きマネジメント」から抜け出すことにつながるのです。
①「前進なき物語の罠」から脱するための「デュアルOS的チーム理念」
まず、「前進なき物語の罠」。この罠にはまっているとき、マネージャーは「事業ビジョン」というレンズを通してしか、物事を見られなくなってしまっています。
例えば、KPIの達成度合いが芳しくないとき、「事業ビジョンに対する共感が得られておらず、浸透していないから」思うように数字が伸びていかない、と考えがちです。人材の問題に関しても、「メンバーのモチベーションが上がらないのは、ビジョンが浸透していないから」と思い込む。
しかし、重要なのは事業の未来とメンバーの未来を紐付けて捉え、包括的にマネジメントすることです。「事業のビジョン」というレンズを、「未来のマネジメント」というレンズに変えることで、社会課題などの外的な環境を踏まえて事業のビジョンを描くと同時に、メンバーたちの未来も描けるようになるのではないかと思います。
「デュアルOS的組織」という概念があります。自律分散型や階層型など、組織設計の根本をなすOSとも言える「型」それぞれが持つメリットを生かしながら、デメリットを抑制していくために、二つのOSを内包している組織のことです。
同じことが組織の理念に対しても言えるはずです。事業ビジョンの達成だけを組織の理念として掲げるだけでは、どうしても矛盾が生じてしまう。そうではなく「未来のマネジメント」というレンズで事業と組織を捉え、メンバーそれぞれが理想の未来を描くことも目指す、「デュアルOS的理念」を掲げることが大事だと思っています。
今マネージャーに求められているのは、事業と未来、それぞれの未来を矛盾なく包括的に語る、ストーリーテラーのような役割なのではないでしょうか。
②「理由なき指令の罠」から脱するための「登る組織のデザイン」構築
次は、行動先導型のマネージャーが陥りやすい「理由なき指令の罠」から脱する方法です。この罠にはまるとき、マネージャーは「目標達成状況」というレンズでマネジメントを捉えてしまっていると言えるでしょう。
事業のみにフォーカスするとしても、「現状の課題をいかに解決し、目標を達成するか」だけでなく、未来の理想像を提示し、実現するための道筋を示さなければなりません。進む方向さえはっきりしていれば、やるべきことを自ら判断することもできます。しかし、未来への道筋がわからないと、「とりあえず、言われたことをやっておくか」とならざるを得ません。
大事なのは、事業の現状とビジョンを踏まえた上で、「未来の地図にはまだ余白があり、その余白は自分たちが埋めなければならない」とメンバーが思えること。そういった状態を生み出すには、「目標達成状況」のレンズを「事業のマネジメント」のレンズに変え、事業の現在と未来の間に生じる矛盾を捉えなければなりません。
ポイントは、自律的に未来に登っていくための組織、つまり「登る組織」をデザインすること。「登る組織」を構成する要素は、以下のスライドに示した8つです。
まず「山頂」。チームとして1年後にどのような状態を目指すのかについて、しっかりと言語化しなければなりません。2つ目が「注力」。山頂に至るために、どのような課題の解決に注力すべきかを明確にし、メンバー間で合意形成する必要があります。さらに、注力課題は複数の小さな課題で構成される場合がほとんどなので、「分割」して担当を決めなければなりません。「Aさんはこの課題に注力し、Bさんがあの課題解決に力を入れましょう」と、役割を明確にしましょう。そして、それぞれの課題を解決するための「道筋」を見出していくことになります。
もちろん、課題を解決するためにはチームを組織しなければならない場合もあります。Aさんの元に誰を「配属」するかを決める。チームが決まったら、チームとしての意志を決定するための場、つまり「定例」会議を設定する必要がある。とはいえ、一つのチームだけでは壁を乗り越えられないこともあるでしょう。そういったときのためにチーム外からの「支援」の仕組みも整えなければなりません。そして、何かしらの課題を解決するために立てた当初のプランが、目論見通り進んでいくことは100%ないと言っても過言ではないと思います。プランの実行と見直しを繰り返し、アジャストさせていく仕組みを整えなければならない。これが「再計」です。
③「終わりなき合意沼の罠」から脱するための「問いかけ、立て直し、語りかける」
3つ目の罠は「終わりなき合意沼の罠」。この罠にはまってしまうときは、「人員リソース」というレンズでマネジメントを捉えていると言えるのではないかと思っています。
このレンズを「現在のマネジメント」というレンズに変えなければなりません。このレンズで、現在における事業と人材の課題を捉えるんです。このとき大事になるのは、組織開発に「ハレとケ」という概念を導入し、チームの関係性を非日常の場である「ハレ」と日常的な状況である「ケ」に分けて捉え、両立させることだと考えています。
かつてのマネジメントにおいて重視されていたのは、ハレの方でした。ケの場における関係性は変えられないから、ハレの場の非日常性を活用し、求心力を回復させよう、と考えられていた。飲み会などがその典型例でしょう。
しかし、現代の組織マネジメントにおいては、ケの場のデザイン、つまり日常的な場面で求心力を高め、関係性をつくるための仕組みづくりが重要になっていると思います。
つまり、その人のケにおける状態を総合的に捉える必要がある。今その人は事業のどのような部分に課題に向き合っていて、どのような課題を抱えているのかを知り、マネジメントしなければなりません。人としての関係性だけに、あるいは業務上の課題だけに閉じるのではなく、その双方に向き合いながら、葛藤を分かち合いつつ、お互いに前進できる状態を目指していくわけです。
MIMIGURIで僕と一緒に共同代表を務める安斎が「ミーティング・マネジメントの作法:問いかけ、立て直し、語りかける」という講義で解説していたコミュニケーションの枠組みが、「終わりなき合意沼の罠」から脱するためのヒントになるのではないかと感じたので、紹介させてください。
安斎が語ったのは、メンバーとの関係性だけに着目するのではなく、その人が事業や目標に向き合う中で、自身のこだわりを失いマシン化してしまっているようであれば、こだわりを引き出すような問いかけを繰り返し、揺さぶっていく必要がある。逆に自身のこだわりに固執してしまうあまり、事業にまっすぐ向き合えないような状態になっているのであれば、適切に介入して事業とその人自身が前に進むための支援をしなければならない、という話でした。
人としての関係性だけでなく、理念の体現度合い、事業目標の進捗度合い、あるいは成長目標の達成状況などを総合的に見立て、分析する。その上で、その人が自身の目標達成状況をどのように捉えているのかを把握し、コミュニケーションプランを立てることが大事なのではないかと考えています。
ミーティング・マネジメントの作法:問いかけ、立て直し、語りかける
④「梯子なき成長の罠」から脱するための「キャリア解像度と学習支援」
最後に、「梯子なき成長の罠」を乗り越えるためのレンズです。
メンバーのポテンシャルを感じたときにワクワクし、「こんな風に育てたい」という衝動を感じるマネージャーは少なくないと思います。ただ、人に対する期待値が高いということは、逆にがっかりしやすい状態でもあります。「こんなに素晴らしい才能を持っているのに、なぜキャリア形成に対する意欲が低いんだろう」と。
このときマネージャーは、「個人キャリア」というレンズでしか人を見られていないのではないかと思っています。大事なのは、マネージャーがメンバー個人の未来を規定することではなく、適度なストレッチ目標を課して、チャレンジすることを通して、メンバー自身が自らのポテンシャルに気づくことなのではないかと思っています。
現在、メンバーがどのような葛藤を抱えているのかを正しく認識し、その人が心地よい「ストレッチ感」を得られるアサインとはどのようなものかを捉え、適切な機会と支援を提供していく必要があると思っています。未来におけるその人の理想状態だけではなく、現在抱えている問題をクリアに認識する必要がある、ということですね。言い換えれば、「個人キャリア」というレンズを「人材のマネジメント」に変え、包括的に人材を見る、ということです。
そして、個人の未来における理想状態を描くためには、事業の未来と紐付けて考えるべきでしょう。将来的に組織内に発生しうる業務の解像度を上げ、個人がその業務に向き合うための学習環境を整える必要がある。また、その学習環境とは、マネージャーなどが設定した直線的な道筋を辿るようなものではなく、メンバー自身が「探求を重ね、結果的に理想の未来にたどり着けるような環境」でなければなりません。
未来に向き合う過程では、誰しもが悩みを抱えることになると思います。小学生でも高校生でも、「将来どうなりたいの?」と聞かれると心が揺らぐじゃないですか。僕も、最近娘から「お父さんは将来何になりたいの?」と聞かれて、ドキッとしたんですよね。もう“将来”になっているつもりだったけど、今が「過程」なのだとしたら、この先僕は何になりたいんだろう……と。メンバーたちも同じです。未来について問われることで、アイデンティティーが揺らぐことがあるので、マネージャーはその揺らぎをしっかり理解しながら支援する必要があります。
メンバーたちに「成長のための成長」を強いないようにするために、まずは互いに事業も含めた未来の解像度を上げ、マネージャーから絶妙なストレッチ目標を与えた上で、その目標を達成するための道筋を一緒に考えていく。そして現在抱えている悩みや心の揺らぎに寄り添いながら、それらをどう乗り越えるか、あるいはプライベートも含めて何を学習していくかについての相談にとことん付き合っていく。短期的な課題と中長期的な課題双方を捉えながら、支援することが必要だと思っています。
もちろん、お互いに悩むこともあるでしょう。キャリアに付き物の不確実性と向き合いながら、互いに葛藤や迷いを共有しながら、ディスカッションや対話をできる関係性をつくっていくことが大事なのではないでしょうか。
本記事は、現代組織におけるマネジメントをアップデートしながら、これまで不足していたミドルマネジメント向けの知識を体系化しようと試みたイベント「『課長の教科書』を書き換える:新たなパラダイムで現場マネジメントはどうなる?」の一部を記事化したものです。
90分に及んだイベントでは、記事の内容をより丁寧に掘り下げるミナベの講義、またMIMIGURIのファシリテーター・田幡 祐斤、同コンサルタント・濱脇賢一による講義内容の解説などが行われました。イベントの模様は、下記のアーカイブ動画より全編ご視聴いただけます。