多くの方がチーム・組織の一員として、仕事の目標に向けて日々取り組んでいらっしゃると思います。
しかし、組織の日々の活動の中で育まれているのは、単に「事業や組織目標に対する成果」だけではありません。
事業活動等を通じて、一人ひとりが学び、成長することはもちろん、関わる人々と経験を共有し、集団で学び合う機会でもあります。また、事業以外にも社内外における自主的な勉強会に参加されたことがある方もいるでしょう。
昨今の業務が複雑化しやすく、変化が速いビジネス環境の中においては、個人だけでなく組織全体として学習や成長に取り組む重要性が増しています。
このような環境下で着目したいキーワードの1つが「実践共同体(Community of Practice)」です。
CULTIBASEでは、これまでも共同体について、探究を深めてきました。
(参考:共同体の関連コンテンツ 検索ページにリンクしています)
家族共同体、職場共同体や第三の場所として「サードプレイス」が重要であるといった議論は、ご存知の方も多いのではないでしょうか。
では実践共同体とは何なのか。本記事では、「実践共同体」について314本の文献をもとに整理した今井・松本によるレビュー論文「経営学における実践共同体研究の展開と展望」をはじめ、参考文献を参照しながら「実践共同体」の定義や変遷について深めていきます。
実践的共同体の四つのタイプ
実践共同体とは、
「あるテーマに関する関心や問題、熱意などを共有し、その分野の知識や技能を持続的な相互交流を通じて深めていく人々の集団」
(Wenger et al.(2002) コミュニティ・オブ・プラクティス -ナレッジ社会の新たな知識形態の実践, 翔泳社より)と定義されています。

この定義は、レビュー論文の中で訂正が試みられており、その点については後半で触れていきますが、まずは上記のように実践共同体を理解しておきましょう。
実践共同体の特徴として、個人が単に知識を得るのではなく、共通の目的に向かって協力しながら学びを進めることがあります。
そのため職能や関心を軸にした多様な形態があるのです。
例えば、新しい技術の習得を目的としたエンジニアのコミュニティや、スタートアップの起業家が互いに学び合うコミュニティなどがあります。あるいは、学校の部活動のようなものをイメージするとわかりやすいかもしれません。
最新の研究(今井・松本, 2024)では、細分化が進む実践共同体を、参加者の関与の仕方や活動の目的、組織内外との関わり方に基づいて、四つのタイプに分類しています。それぞれ見ていきましょう。

1. 制度的実践共同体
制度的実践共同体は、組織内で公式に設けられた共同体です。制度的であるかどうかは、組織内の個人が組織の目的の達成のために、組織的にルール化(あるいは暗黙的に慣例化)された実践に従事しているか否かで判断されます。
やや複雑な表現となりますが、多くの場合、従業員は、上司や組織の指示に従って配属され、明確な業務や目標が設定されています。OJTや特定のプロジェクトチームなどがこの共同体に該当し、業務を通じてスキルや知識を身につける場として機能します。
2. 潜在的実践共同体
潜在的実践共同体は、個人の興味や自発的な動機に基づいて活動する組織内の共同体です。制度的実践共同体と異なり、組織による公式な承認を受けていない場合が多く、集まるメンバーの間でのみ共有されるニーズや課題が中心となります。
そのため、活動の正当性が必ずしも組織全体で認識されていないケースもありますが、自主性が高い特徴を持ちます。組織内の有志による勉強会などがこれに該当します。
3. 外部連携実践共同体
外部連携実践共同体は、組織の枠を超え、他社や外部専門家と連携して活動する共同体です。組織の指示で派遣される場合と個人が自発的に行う場合があります。組織の持続的な成長や知識創出のため、同業他社との協業や外部の専門家とのネットワーキングを活用して、知識やノウハウを交換します。
参加者は組織の代表として、外部との交流やコラボレーションの場で学びを深め、組織内に持ち帰る役割も担うことも少なくありません。
4. 独立実践共同体
独立実践共同体は、組織外で個人が自発的につくる共同体です。組織の枠に縛られず、特定の職能や興味関心を共有するメンバーが、自己の成長や知識の深掘りのために集まります。
最初に例示した「新しい技術の習得を目的としたエンジニアのコミュニティ」など、同じ職業の人たちが組織をこえて集まる専門家のネットワークがこの共同体に該当します。組織から独立しているため、活動の制約が少なく、自由にテーマや活動内容を設定できるのが特徴です。
これら四つのタイプの実践共同体は、組織や個人が、異なる学びのニーズに応じて知識共有やスキルの深化を進めるための基盤を提供しているといえます。
社会に広がる中で生じた「実践共同体」への批判的な視点
近年は、実践共同体については経営学の文脈で語られることが多くなっています。
実践共同体は「学習科学」の分野が出自ですが、実践共同体の考え方がナレッジマネジメントやイノベーション創出、キャリアやアイデンティティの確立など幅広い分野でも注目されるようになり、次第に経営学にも取り入れられるようになりました。
その結果、実践共同体の成果をいかに評価するかや、その成果をより効果的に生み出せるように応用が進む中で「公式組織はいかにして良い実践共同体を生み出せるか」が議論の中心になったのです。
経営において、成果をより生みだそうという点に関心が寄せられるのは、自然な流れであるようにも思えます。
他方で、実践共同体の概念がこうした広がりをすることに懸念を表明する人々も現れました。その中でも実践共同体への代表的な批判としては、「概念の曖昧化」と「核となる要素の欠落」の二つが挙げられます(今井・松本, 2024)。
実践共同体という概念が曖昧である
まず批判の一つ目となる「概念の曖昧化」について。
実践共同体の概念を実社会の中で使いこなすためには、一般的な他概念として「チーム」や「マトリックス組織」あるいは「職能別のグループ」などと何が違うのか、明確でなければ議論が困難になります。しかし、個々の研究が細分化したことで、その弁別ができていないまま、概念として用いられているという指摘です。
松本は「二重編み組織についての一考察」の中で、McDermott (1999b)を参考に、公式の「チーム」と「実践共同体」について、下図のような違いを整理しています。
身近なチームと対比させることで、実践共同体という概念が捉えやすくなるのではないでしょうか。

核となる要素が欠落したのではないか
もう一つの批判は、出自である「学習科学」の文脈で大切にされていた下記二点が、欠落してしまっているという指摘です。学習科学において実践共同体が語られる際には、根本的に重要だと考えられていた要素が、経営学的な用途に流用される中で、その意識が希薄になってしまっている、というものです。
学習とは、メンバーが深い関与を通じて自己のアイデンティティを形成し、全人格的なものであること
実践共同体とは、ある状況のもとで否応なくその参加の軌道に入っていくものであること
アイデンティティの形成や実践共同体は、作るものでなく、既にあるものだという指摘については、学習科学まで立ち返ることで、その理解を深めることができます。
経営学的な用途の中で薄れてしまったこれらの観点が、現代のビジネス環境や組織における実践を考える上で重要な示唆を与えてくれるように思われます。
以下でもう少し詳しくみていきましょう。
人々は”社会的に埋め込まれた状況”によって学びを深めている。──状況的学習論
学習科学では、1990年頃、学習観──どういうものを学習とみなすのか──について大きなパラダイムシフトが起こりました。
従来は「学習=頭の中で起こるものと捉える」という認知主義にもとづく捉え方が一般的でしたが、「学習=社会的営みと捉える」とする状況的学習論・状況論という考え方が生まれたのです。
状況的学習論においては、人の認識や行為は「状況に埋め込まれている」と考えます。これは、学びが単なる情報の受け取りではなく、特定の社会的・文化的な文脈の中での経験と結びつけられると考えるため、学習はその状況や実践活動と不可分となります。
例えば、ジーン・レイヴの『日常生活の認知行動―ひとは日常生活でどう計算し、実践するか』では、産婆や仕立て屋といった職業集団コミュニティの中で仕事をする人々が現場でどのように技術的な習熟を深めているのかを調査しています。
ここでは、以下のようなプロセスで、人々が社会的に埋め込まれた状況によって学びを深めていることがわかりました。

つまり、実践共同体において、メンバーは新参者として共同体の中で小さな役割を持ち、次第に熟達者として成長していくプロセスを辿るとされます。
ここでは、学習を単に知識やスキルが身につくこと(知識の内化)ではなく、実践共同体への参加度合いの増加と見ます。
新参者は作業の一部を担っていた業務遂行者からスタートし、他の成員と関わりながら、ある領域を任されたり、やがて一人前として高次の役割を担うにいたります。
このような中で、自己の認識(アイデンティティ)を「見習い」から「一人前」のように変容させながら、やがて共同体への関与を深め、やがて全人格的に参画するようになるのです。
またこのとき、実践共同体は組織の中で「新たにつくるもの」ではなく、組織の中に「自然に存在するもの」なのです。
学習論について、ここではこれ以上深く踏み込みませんが、興味のある方は以下の参考記事をご覧ください。
▼参考記事

構成主義ってなに?:ファシリテーターの学習観(前編)
このような初期の実践共同体の議論と比べて捨象されていた「状況に埋め込まれた学び」と「アイデンティティ」を捉え、今井らによるレビュー論文では実践共同体を以下のように定義し直しています。
実践共同体とは
『ある状況に置かれた人々が共通の目的、関心のために諸力を提供して関わり合うことによって、特定技能の向上や知識の創出、そしてアイデンティティの形成を行う集団』

批判的な指摘がなされたものの、実践共同体の重要性が減じたわけではありません。
実践共同体はチームという枠組みだけでは得られない、アイデンティティの迷いが生じやすい現代のビジネス環境において、より深い学習機会をもたらしたり、アイデンティティ形成の助けとなる重要な場になると考えられるのです。
実践共同体を公式組織(チーム)と重ねる「二重編み組織」は、公式組織の枠を超えた学びと価値共有の場を組織内に広げることで学びを加速させ得ると考えられます。
これがアイデンティティ形成や専門性の深化に繋がったり、イノベーションの可能性を高めたり、ナレッジマネジメントの観点からも着目できるでしょう。
※本記事は以下の動画を参考に執筆しています。あわせてご覧ください。

チームの限界を超えた学習を生み出すには?:“二重編み構造“による実践共同体の活用
▼参考動画

ナレッジマネジメント入門:知が循環する組織をつくる

私たちは何者か?組織アイデンティティ研究に学ぶ“一体感“のマネジメント

学習優位により、持続的にイノベーションを起こすメビウスモデル

働く大人の「アイデンティティ」の悩みと処方箋
実践共同体について知識を深める四冊
- 『状況に埋め込まれた学習: 正統的周辺参加』ジーン・レイヴ/ エティエンヌ・ウェンガー (著), 佐伯胖(訳)
- 『日常生活の認知行動―ひとは日常生活でどう計算し、実践するか』ジーン・レイヴ (著), 無藤 隆ほか(訳)
- 『Communities of Practice: Learning, Meaning, and Identity』エティエンヌ・ウェンガー
- 『コミュニティ・オブ・プラクティス: ナレッジ社会の新たな知識形態の実践』エティエンヌ・ウェンガー (著), 櫻井 祐子(訳)