本取材は2022年7月6日に行いました。
本記事は、デザインビジネスマガジン“designing”との共同企画で、双方の媒体に掲載されています。
連載「クリエイティブ組織の要諦」では、デザイナーをはじめとしたクリエイティブ職の組織作りのヒントを得るため、注目企業にインタビューを重ねています。国内メガベンチャーを中心に数々の企業のデザイン組織立ち上げを支援してきたMIMIGURI代表取締役 Co-CEO ミナベトモミを聞き手に、組織デザインと組織開発の両面からヒントを探っていきます。
第5回に登場するのは、デザインコラボレーションツール「Figma」や、オンラインホワイトボードツール「FigJam」を開発するFigmaです。2016年に正式ローンチされた「Figma」は、デザイナーを中心とする世界中のユーザーたちからの支持をまたたく間に集めました。ローンチからたった5年、2021年には企業評価額は100億ドルを突破。2022年3月に日本法人を設立し、7月27日には日本語版プロダクトをリリースしました。
本記事ではCPO(Chief Product Officer)としてFigmaを牽引する山下祐樹氏をお招きし、組織づくりやマネジメントの要諦を聞きます。その躍進の裏にあったのは、「ストーリーテリング」と「問いかけ」を重視したコミュニケーションデザインと、「全員がデザインにコミットする」稀有な組織でした。
あらゆるメンバーがデザインにフィードバックする組織
ミナベ:山下さんはFigmaに参画するまで、MicrosoftやGoogle、Uberなどを渡り歩かれています。世界に冠たる会社と比較した、Figmaという企業の特徴はどこにありますか?
山下:まず思いつくのは、コミュニティを大切にしている点でしょう。世界中のデザイナーたちによって構成されるユーザーコミュニティを何よりも重視し、そのニーズをプロダクトに反映し続けている点が、Figmaの特徴であり強みだと考えています。
ミナベ:Figmaはユーザーコミュニティの熱狂度がとても高い印象がありましたが、やはり会社として大切にしている点だったのですね。
山下:もちろんこのコミュニティには、エンジニアからPdMまで開発メンバー全員がFigmaを使っている、私たちFigmaメンバー自身も含まれます。Figmaコミュニティは、FigmaのDNAそのものなのです。
ミナベ:社内のメンバーもコミュニティの一員としてFigmaを使っていることで、組織にどのような変化がもたらされているのでしょうか?
山下:オープンで、透明性の高いプロセスでのプロダクトづくりが実現できていると思います。Figmaによってデザインプロセスが可視化されることで、プロダクト開発にかかわるメンバーが、デザインの進捗状況を瞬時に理解し、フィードバックできることは大きいです。
ミナベ:たしかにFigmaを導入してデザイナーのプロセスが透明化されると、エンジニアやPdM、場合によってはビジネス職もデザインに関与できるようになり、開発の全体の流れが大きく変わる印象がありますね。こうしてデザインのプロセスが共有されることによって、現在500人以上という決して小さいとは言えない規模の組織においても、情報の透明性を担保しながらプロダクトづくりを進めることができていると。
Figma, Inc. CPO(Chief Product Officer) 山下祐樹氏
「全員がデザインに関わろうとしすぎる」問題すら発生
ミナベ:ただ、デザインプロセスを公開したとしても、なかなか他職種のメンバーから活発にフィードバックをもらえる状態にはならないと思います。しかしFigmaでは、そうした環境になっているということでしょうか?
山下:はい。誰もがカジュアルにデザインに対する意見を言い、組織の垣根を越えて相互理解を深められる状態になっていると思っています。例えばSlack上に、あらゆるメンバーがデザインに関するアイデアを気軽にシェアし、コメントができる「Design Work In Progress」というチャンネルを設けていますね。
そもそもデザインに限らず、組織全体で「プロブレムレビュー」と「ソリューションレビュー」という2つのレビューを実施していまして。プロブレムレビューとは、いま解決すべき問題を優先順位付けするために実施するもの。問題の優先順位に対する認識は、人によって異なりますよね。プロブレムレビューを実施することで、全員で目線を合わせているんです。
そして、ソリューションレビューとは、問題の解決策をチェックするためのもの。実際にどのような打ち手を講じるか決定した後に、そのソリューションがうまく機能しているかをチェックするために、このレビューを実施しています。
ミナベ:部門問わずあらゆる領域をレビューし合う文化があるからこそ、デザインに関しても「デザイナーの仕事」とならず、全員がコミットする組織を実現できていると。
山下:私たちは「デザインとは、問題解決である」と捉えているんです。プロダクト、ひいてはユーザーが抱える問題を解決する手段として、デザインがある。となれば、全メンバーがそれにコミットするのは当然のことですよね。そうした認識が一つの哲学として組織全体に共有されているからこそ、全員がデザインにコミットする組織になっているのだと思います。むしろ、「全員がデザインに関わろうとしすぎる」という問題が起きているくらいです(笑)。
ミナベ:贅沢すぎる問題ですね(笑)。羨ましいと感じる経営者も少なくないと想像します。「デザインとは問題解決である」という考え方はデザイナーにとっては一般的ですが、それ以外の方にも浸透しているのは珍しいと感じます。なぜそのような認識が得られているのでしょう?
山下:「自社のプロダクトは、ユーザーが抱えるビジネス上の問題を解決する手段になっているか?」と問いかけ続けていることが大きいと思っています。そう問われ続け、各々がプロダクトの価値を考え抜くことで、「Figma」というプロダクトの力に対し確信を強く持てるようになる。だからこそ、その構成要素の大きな部分を占めるデザインにも関心を持つことができるし、コミットしようと思えるんです。
採用面接で必ず投げかける、2つの質問
ミナベ:全員がプロダクトの力を信じ、デザインにコミットする組織をつくるための、より具体的なポイントを聞きたいです。例えば、採用面での工夫などはありますか?
山下:私は面接で必ず、「これまで仕事の中で直面した問題のうち、最も興味深かったもの(interesting problem)を教えてください」という質問を投げかけています。その人の問題解決に対するモチベーションを測りたいんです。
「こんな問題が生じたから、こんな風に解決したんだよ!」と生き生きと語ってくれる人は、きっと難しい問題を解決することにモチベーションを感じる“Problem solver”。これを重要な採用基準にしています。
ミナベ:問題解決は、大多数の方にとっては後ろ向きになりがちなものです。どちらかというと「解決する必要があるから」解決しようとする人が多いと思うんですよね。でも、そうではなくてポジティブに、ある意味では楽しみながらそれに臨む人を採っているのだと。僕も今後、その質問を使わせてもらおうと思いました(笑)。
山下:この質問に対する回答を通して、候補者の「ストーリーテリング力」、すなわち何らかの物語を、他者にわかりやすく説明する力も見ることができます。
例えば、新たな機能を実装しようとする際、社内の関係者たちに「なぜこの機能が必要なのか」を説明する必要がありますよね。その機能によって「誰の」「どのような問題が」「いかに」解決されるのか……ストーリーが明確かつ魅力的なものであれば、組織全体のモチベーションは上がるはず。
組織の力を最大限に発揮し続けるためにも、自らのアクションの背景にあるストーリーをわかりやすく語る力を、全員が備えておく必要があると考えています。
ミナベ:この質問に対し、どのような回答だと高く評価しているのでしょう?
山下:具体的なイメージを喚起する回答が「いい回答」だと考えています。候補者から見れば、面接官は「社外の人」。その人が語る問題の背景や文脈を全く理解していない立場でも、問題発生の原因やその大きさなどを理解できれば高く評価します。
特にビジネスにおける問題は、外から見ると「なぜそれが問題なのか」がわかりにくいもの。社外は当然のこと、社内であっても、他の部署が抱えている問題の内容や緊急度はなかなか理解しづらいですよね。
でも、それを理解してもらえなければ、社内からの協力は得られないでしょうし、ひいては社外のユーザーからの共感を得ることもできない。単なる新機能の実装だとしても、その裏には解決すべき問題があるはず。どのような問題を解決する新機能なのかを担当者がわかりやすいストーリーとして語れない機能が、ユーザーに受け入れられるはずはありません。
ミナベ:なるほど。
山下:別の質問で、このストーリーテリング力を測ることもあります。シリコンバレーでの頻出質問の一つに「面接官である私をご自身の祖父母だと思って、『インターネットとは何か』を説明してください」というものがあります。この質問も結局は、当該の話題、この質問の場合は「インターネット」の意義やその実態を理解していない人に対して、いかにそれをわかりやすく語れるかを問うているんです。
いずれにせよ、聞く相手に対して「なるほど。たしかにそれは重要だ」あるいは「それは解決する必要がある」と、モチベーションをかき立てるような回答が理想的だと思いますね。
ミナベ:わかりやすく伝え、アクションに対するモチベーションを喚起するという意味では、デザインに通じるものがありそうですね。
山下:おっしゃる通りです。「いいデザイン」とは、見るものに何かを伝え、行動を喚起するものだと考えています。いくら見た目が美しくても、ユーザーに何の影響も与えず、アクションにつながらなければ、そのデザインは機能していないと私たちは考えます。
リーダーの役割は「ゴール設定」と「問いかけ」
ミナベ:お話をうかがっていると、問題解決を重視する企業文化が浸透しており、採用もその文化にフィットするか否かを重点的に見ているのだと伝わってきます。そうした文化を維持するために、山下さんをはじめとしたリーダーシップ層が意識していることはありますか?
山下:大前提として、組織を預かるリーダー自身が、問題そのもの、そして問題解決に対して好奇心を持って挑み続けることが重要です。その上でメンバーたちに向き合う際は、彼らが“正しい問題”、言い換えれば「いま解くべき問題」を解こうとしているかどうかを常に気にしています。
「問題を解決せよ」とただ言うだけでは、メンバーたちはいま解くべきではない“間違った問題”を解こうとしてしまう場合があります。だから、彼らが向き合っているのが“正しい問題”なのかに注意を払い、それが正しければ解決を後押しすることが大事だと思っています。
ミナベ:リーダー自らもProblem Soverであると同時に、チームが向き合う問題の妥当性を見ていると。
山下:もう一つ、CEOのDylan(Figma 共同創業者/CEO・Dylan Field氏)と常に話をしているのは、問いを投げかけ続けることの重要性です。
「その機能は、ユーザーのどのような問題をいかに解決するのか?」「どういったフィードバックを元に設計しているのか?」……抽象的なものから具体的なものまで、新たな機能の実装や改善を進めていく際は、担当するメンバーたちにありとあらゆる問いを投げかけ続けることを意識しています。
問いかけを重視することはリーダーシップ層のみならず、私たちの組織の重要な企業文化にもなっています。このカルチャーが根付いているからこそ、メンバーたちは自らのアクションの理由を常に意識し、社内外に対してしっかりと説明できるようになるのです。
ミナベ:問いかけによって、メンバーの創発性を呼び起こし、それをユーザーの問題解決につなげているということですね。昨今、「問いかけ」の意義は至る所で言及されていますが、それを有効に活用できている事例はあまり多くないと思っていまして。リーダーシップ層からの問いかけが、うまく機能しているのはなぜなのでしょう?
山下:一つは、「失敗してもいいんだ」というメッセージを常に発信していることでしょうか。すべてうまくいくことなんてあり得ないし、初めからうまくいくことよりも、リスクを取って新たなチャレンジをすることの方が価値があると伝え続けることが重要でしょう。
また、リーダーが「アイデアはボトムアップで生み出されるものだ」と信じることも大事だと思っています。トップダウンで「このアイデアを進めていこう」と方向付けるアプローチを取っている会社も少なくありませんが、それではメンバーたちは自らのアクションの理由を説明できなくなってしまいます。そうすると、「ワクワクした気持ち」が生まれなくなってしまう。
重要なのは、メンバーたちがワクワクしながらディスカッションしたり、解決策を話し合うこと。ボトムアップで生まれたアイデアは、メンバーたちが前向きに問題解決に取り組むためのエネルギーを生み出す。そのエネルギーが何よりも大切なんです。
ミナベ:僕もさまざまな組織に伴走する中で、問題解決に対する前向きな姿勢の重要性を感じていますね。
山下:トップが考えるべきは、アイデアではなくゴール。ゴールに至るためにどんな施策を進めていくか、どんな機能を実装するかは、ボトムアップで生じたアイデアをもとに決定していくのが私たちのやり方です。
このアプローチをとるためには、トップからの問いかけが重要になる。ゴールを決め、そこに至るためにメンバーが生み出したアイデアに対して問いかけ続ける。そうすることで、創発的なエネルギーに溢れる組織がつくられるわけです。
ミナベ:うまくいっていないスタートアップの場合、それが逆になりがちな印象を持っています。トップは発散的にアイデアを出すだけで、メンバーたちが合議的に「どれを形にするのか」を意思決定するようになっている。そうした状態が、メンバーたちから創発的なエネルギーを奪っている事例を目にすることは少なくないので、Figmaの考え方はとても参考になるのではないかと思いました。
徹底した可視化で「大企業化」を防ぐ
ミナベ:今のお話を伺うに、リーダーシップ層の果たす役割という観点でも、とても理想的な組織になっているように感じます。その組織文化は創業当初から根付いていたのでしょうか?
山下:いえ、そうではありません。私がジョインした頃は100人ほどの組織でしたが、当時は特にリーダーシップ層が働きかけずとも、全てのメンバーが主体的に問題解決に取り組める環境でした。例えば、週明けに出社してきたエンジニアが「週末にこんな問題を見つけたから、こんな風に解決してきたよ!」と共有してくれるのが当たり前に起こるようなイメージです。
規模が小さかったから、小回りも効きました。メンバーがTwitterからユーザーの不満を拾い上げ、それを即座に解決して顧客のロイヤリティを高めることもできていた。
ミナベ:……しかし、そうしたオーナーシップや小回りを、組織のサイズが大きくなっても維持するのは難しいですよね?
山下:おっしゃる通りです。会社の規模が大きくなるにつれ、一つひとつの問題解決に携わる人数が増えました。すると、従来のやり方では思うように進まず、エラーが起きるようになった。情報共有しながら、チームとして解決に挑むための仕組みを構築する必要が生じたわけですね。
そこで先程お話ししたような、リーダーがトップダウンで方向性を示す仕組みを整えはじめたんです。
ミナベ:スタートアップでは、だいたい300人を越えたあたりからいわゆる「大企業化」が始まりがちですよね。しかし、Figmaの場合はトップダウンな仕組みを整備することで、それを防いだと。
山下:それからまだまだトライの途中なのですが、最近取り組んでいることもいくつか紹介させてください。私たちは四半期ごとに事業計画書をつくり、それをもとに事業を推進しているのですが、最近は「FigJam」を利用して、全20チームで一つのファイルを共有しながら、その計画書を作成しています。
どのチームが現在どんなことにチャレンジし、何を目指しているのかを可視化することが狙いです。500人を超える規模になると、誰が何をやっているのかが見えにくくなり、連携が取りづらくなってしまう。この試みによって、そういった問題を解消したいと思ったんです。
また、会議以外の場で情報を共有するために、各チームが自分たちの取り組みを10分間のビデオにまとめ、発信するという取り組みも行っています。あらゆる情報が「会議で共有されるもの」になってしまうと、どうしても会議が多くなってしまいます。会議ではない方法で情報を行き渡らせるべきだと考え、この取り組みを始めました。
ミナベ:会議体を情報共有の中心に据えると、どうしても非対称性が生まれてしまいますよね。そういった「会議の罠」にはまってしまって、生産性を落としてしまっている組織も少なくありません。
次なる課題は、「問いかけ、手を動かす」ミドルマネジメント層の育成
ミナベ:これからさらに会社を成長させるために、現在の取り組みに加えて、今後挑戦していくポイントはどこにあると考えていますか?
山下:時間と空間を越えた効率的なコラボレーションを実現することですね。Figmaは全世界に6つの拠点を持つグローバルカンパニーに成長しました。さまざまなタイムゾーンに多くの仲間たちがいる状況の中で、いかに効率よい協働体制をつくるかが、組織としての次なる大きなテーマになると考えています。
ミナベ:お話しをうかがっていて、個人的には、メンバー層との間に立つミドルマネジメント層の役割が今後とても重要になるのではないかとも感じました。リーダーシップ層が決定したゴールに意味付けをし、メンバーたちに魅力的な物語として語る役割を担うのがミドルマネジメント層ではないかと考えているからです。
山下:おっしゃる通り、ミドルマネジメント層はより重要になっていくと捉えています。組織が大きくなるにつれ、リーダー層とメンバー層の間に距離が生まれ、情報伝達の効率が落ちることは避けられません。そのハブになるのがミドルマネジメント層です。
ただ、正直に言えば、まだまだ改善の余地が大きいと思っています。いつ、どのようなタイミングで、どのようにミドルマネージャーが介入するのかについては、まだ試行錯誤の段階。今後ベストな形を見つけなければならないと思っていますね。
ミナベ:ということは、ミドルマネージャーの育成も重視されている?
山下:はい。先ほど申し上げたように、リーダーの大きな役割は「問いかけること」。それと同時に、ときには実際に手を動かして問題解決に挑むことも大切で、ミドルマネジメント層についてはその比重が相対的に高くなる。
現在は、ミドルマネージャーがメンバーたちと共に手を動かし、私やDylanがそのアクションに対してレビューをすることが多いのですが、今後は徐々にミドルマネジメント層にレビュアーとしての役割を移管していかなければならないと思っています。そのバランス調整は、今後の大きな課題ですね。
ミナベ:Figmaの組織づくりにおける考え方から、これまでの試行錯誤や課題に至るまで、かなり詳しくお聞かせいただきました。スタートアップの見本になるような点も数多くあったのではないかと思います。
目的に対するディレクションと課題に対する距離感。課題が明確であり共感されるからこそできる、組織的な創造性の発揮。そしてそれを裏付ける文化や人材育成の考え方。どれもとても本質的で私自身、大変勉強になりました。
山下さん、本日はありがとうございました。
[執筆]鷲尾諒太郎
[写真]今井駿介
[編集]小池真幸