日常の「破れ」をイノベーションに繋げるには:山内祐平さんが提案する2つのデザインモデル

日常の「破れ」をイノベーションに繋げるには:山内祐平さんが提案する2つのデザインモデル

水波洸

2021.11.25/ 9min read

2020年1月頃から始まった新型コロナウイルスの感染拡大により、私たちの生活は大きな変化を迫られる事態となりました。それから2年弱が経つ2021年11月現在、ZoomやTeamsといったオンラインツールが急速に普及する中、多くの企業がコロナ禍以降のリモートワークの継続を表明しています。他方で、国内の新規感染者数が減少傾向にあることを受け、コロナ禍以前の働き方へと回帰する動きも一部では見られ始めています。

次々に現れる課題をテクノロジーの力で対処し続けたコロナ禍の時代。その対処が「その場しのぎの応急措置」だったのか、それとも「新たな生活への変革の機会」だったのか、今まさに分水嶺を迎えているようにも思えます。はたして、その二つの道を決定づける要因とは何なのでしょうか。

本記事では、このテーマについて考えるための一つの手がかりとして、『学習環境のイノベーション』(東京大学出版会)の著者である山内祐平さん(東京大学大学院情報学環 教授)の見識をお届けします。“応急処置”からイノベーションを生み出すプロセスをいかにデザインするのか。日々進化する技術と向き合い、働く環境を適切にアップデートするためのイノベーション論とは。

プロフィール(敬称略)
山内 祐平(東京大学大学院情報学環 教授)大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程中退後、茨城大学人文学部助教授を経て現職。博士(人間科学)。情報化社会における学びのあり方とそれを支える学習環境のデザインについてプロジェクト型の研究を展開している。
主な著書に『学習環境のイノベーション』(単著、東京大学出版会)、『ワークショップデザイン論 ―創ることで学ぶ』(共著、慶応大学出版会)、『デジタル教材の教育学』(編著、東京大学出版会)、『学びの空間が大学を変える』(共著、ボイックス)などがある。

目次
「日常」と「イノベーション」を繋ぐ3層のデザインモデル
「問題解決的デザイン」のプロセス
「問題創出的デザイン」のプロセス
「問題解決」と「問題創出」の“両利き”のデザインは可能か?

「日常」と「イノベーション」を繋ぐ3層のデザインモデル

山内さんは、自身が専門とする学習環境のイノベーション研究に取り組む中で、日常からイノベーション創出までのプロセスを捉える「3層のデザイン」に思い至ったと話します。それらはそれぞれ「日常的デザイン」「問題解決的デザイン」「問題創出的デザイン」と呼ばれ、次の図にまとめられています。

3つのデザインのうち、まず起点となるのが「日常的デザイン」です。

山内 例えば教育者の場合、毎日授業を行いますよね。そして、その授業そのものが一つのデザインだと言えます。目標に沿って授業を設計し、かつ学習者の反応を見ながらリアルタイムに修正する。そのような日常的な行為がこのデザインに該当します。

ルーティンとして確立されたいつものやり方。おそらく仕事をする上での行為の大半が、この「日常的デザイン」に含まれるのではないでしょうか。しかしながら、何かしらのアクシデントによって、「いつものやり方」が使えなくなってしまう場合もあります。こうした「日常的デザイン」に揺らぎをもたらす状況の発生を、山内さんは「破れ」と表現します。

山内 たとえば「コロナ禍で対面での授業ができなくなった」などは、典型的な「破れ」が生じた事例だと言えるでしょう。そして「代わりにZoomを活用する」といった施策が、「問題解決的デザイン」に該当します。

「破れ」の発生は様々な課題を誘発し、緊急的な対処を必要とします。すぐに解決できる課題であればよいものの、コロナ禍のような終わりの見えない状況下では、「その応急措置でいつまで耐え続けるのか?」という問題と向き合い続けなくてはいけません。

山内 発生した「破れ」が、元々のデザインの前提を覆すほど重大なものである場合、「問題解決的デザイン」では解決不可能な問題も発生します。そのような困難に直面した時に、「そもそもこの対処では無理だ」ということが次第にわかってきます。そして「前提が変わったのだから、問題そのものから考え直しましょう」と、メタレベルのデザインが必要となるのです。これを私は「問題創出的デザイン」を呼んでいます。

注意すべきは、必ずしも「問題創出」にたどり着かなければイノベーションは実現しないかというと、そうでもないという点です。『学習環境のイノベーション』では、「問題解決的デザインによるイノベーション(問題解決的イノベーション)と、問題創出的デザインによるイノベーション(問題創出的イノベーション)の両方の事例が記載されています。ただし、「問題解決的デザイン」にしろ、「問題創出的デザイン」にしろ、プロセスが適切にデザインされていなければイノベーションの実現は望めません。各デザインにおける「適切なプロセス」とは、どのようなものなのでしょうか。

「問題解決的デザイン」のプロセスモデル

山内さんは昨今注目を集める「デザイン思考」を引き合いに出しながら、「問題解決的デザイン」のポイントについて解説します。

山内 デザイン思考は、ユーザーへの「共感」というデザイナー特有の姿勢を起点に問題解決案を生み出します。このストレート・モデルが普及してしまっているために誤解されている部分もありますが、本来はループするものであり、多くの問題解決的モデルと同様にPDCAサイクルのバリエーションの一つとして捉えることができます。このデザイン思考について、まずデザイナーが「共感」を大事にしているという発見自体は素晴らしいものだったと私は思います。

他方で山内さんは、「共感」を重視したことで、先行する研究や実践の分析の観点が抜け落ちていると指摘。その問題点を踏まえた上で、観察や分析の重要性を強調した新たなモデルを提示します。

右側の「試行的介入ループ」は、一般的なPDCAサイクルを踏襲しています。最初に「仮説的問題設定」として解くべき課題が設定され、「支援原理(『こうすれば問題を解決できるのではないか?』という原理)」が考案されたのち、「プロトタイプ」が作られ、最後に「形成的評価」が行われます。そして、最終的に得られた評価をもとに再び「仮説的問題設定」が行われます。

特筆すべきは、左側の「多元的理解ループ」です。このループこそがデザイン思考を始めとしたPDCAサイクル型の課題解決モデルが陥りがちな「観察や分析の不足」を補うものとして設定されています。山内さんは「仮説的問題設定が、もっとも難易度が高く、重要なポイント」だとした上で、次のように語ります。

山内 仮説的問題設定の質を高めるためには、「観察・調査・分析」を通して、問題と現実を多元的に理解するプロセスが欠かせません。そこをしっかりやることを、PDCAの中に組み込んだのが、この「ダブルループ型問題解決デザインモデル」となります。

『学習環境のイノベーション』では、「観察・調査・分析」の例として、観察データで得た文献の調査や、その過程で得られた別の概念が現場でどうなっているかをインタビューで確かめ、分析するなどの方法が紹介されてます。これらの取り組みを繰り返し行い、あらゆる人やモノから情報を集めた上で仮説を立てるプロセス、すなわち、現実を多元的に捉える行為が、問題解決を起点としたイノベーションの実現においては非常に重要だということが述べられています。

「問題創出的デザイン」のプロセス

しかしながら、問題解決的デザインではどうしても対処不可能な問題も存在します。例えば、冒頭で紹介した「どの程度(あるいは完全に)リモートワーク化することが適切なのか?」といった問いは、誰かが正解を持っているわけではありません。そのような状況に直面した場合は、前提や問題そのものを捉え直す「問題創出的デザイン」が必要となります。

山内さんは、問題創出的デザインのプロセスとして、次のモデルを提唱します。

大枠の「試行的介入ループ」に変わりはありません。ただし、このループの核である「仮説的問題設定」を構成する3つの要素が異なっています。問題解決的デザインでは、「観察・調査・分析」と、まず現実を正確に捉える行為によって問題設定を行っていました。しかし、問題創出的デザインの場合は、それらが「内省・概念化・対話」に置き換わっています。

すなわち、「問題創出」においては、自分を起点とした行為によって問題を設定し、それを現実に展開していくという流れが重要だということが示されています。

また、山内さんはこのモデルの元となる考え方の一つに、「意味のイノベーション」がある、と話します。意味のイノベーションとは、ロベルト・ベルガンティ教授(ミラノ工科大学)によって提唱されたイノベーションの方法論であり、「創り手個人の熟考から始めるプロセス」や「批判的アプローチ」などによって、創り手が届けるべき新たな意味を見出すことを主な特徴としています。

参考:動画「意味のイノベーション概論」より

山内 意味のイノベーションでは、まずは「私」が持っている違和感や不満などを表現し、ペアになって仮説として深めます。その後ラディカルサークルで新たな方向(ビジョン)を見つけたのち、さらに多くの解釈者を交えて疑い、洗練させてから、最後に世間一般の人々に提示します。つまり、徐々に外に出ていくベクトルを描きながらイノベーションを生み出していくのです。

また、『学習環境のイノベーション』では、意味のイノベーションのプロセスについて、「人々が新しいものやサービスを『なぜ』利用するのかを問う。それによって、取り組む問題は再定義され、一段上位のレイヤーでの議論が必要となる」と述べられています。この記述から、「私」を起点とした問題創出が、プロセスの中に埋め込まれていることがわかります。

山内 私は以前ミラノでベルガンティにお会いし、幸いにもお話しする機会に恵まれたのですが、その際に「あ、これだな」と思い、『学習環境のイノベーション』でも引用させていただきました。その後も研究を通して、やはり新しく問題を作り出すプロセスは「現実」ではなく「私」から始まるのだと、考えを深めていったかたちになります。

「問題解決」と「問題創出」の“両利き”のデザインは可能か?

デザイン思考的なプロセスを基盤とする問題解決的デザインは、外部にある対象を捉えることを起点とした「外から内(アウトサイド・イン)」のアプローチであると言えます。かたや、「意味のイノベーション」に代表される問題創出的デザインは、自身の内側にある思いや問題意識、ビジョンを起点に設計するため「内から外(インサイド・アウト)」のアプローチだと言えるでしょう。

『学習環境のイノベーション』では、問題解決的デザインと問題創出的デザインを異なる2つのモデルとして提唱していますが、CULTIBASE編集長・安斎とデザインリサーチャーの小田による共著『リサーチ・ドリブン・イノベーション』では「外から内」と「内から外」をあえて二項対立として捉えない、“両利き“のアプローチを展開しています。

CULTIBASEで過去に開催したライブイベント「学習環境のイノベーション:”両利きのデザイン”は可能か?」では、こうした捉え方の違いに着目し、その是非や可能性について、山内さんとCULTIBASE編集長・安斎勇樹が議論を重ねています。アーカイブ動画からその様子をご覧いただけますので、興味のある方はぜひこちらもご覧ください。

学習環境のイノベーション:”両利きのデザイン”は可能か?
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