近年、職場における人々の関係性を語る上で頻出するキーワードが「心理的安全性」です。最近は、ビジネスの現場だけではなく、日常生活においても心理的安全性というワードを耳にする機会もあります。
そのように広く耳目を集めるからこそ、昨今「心理的安全性を高めるために否定・批判はNGなのか」「ぬるい職場になるのではないか」といった誤解が生じやすいと語られてきました。しかし、ここ数年で議論されてきたこのような「心理的安全性の誤解」という主張自体に、ある種の誤解があるのではないか?とこの記事では問題提起します。
この問題について、組織や人事領域の専門家であり、アカデミックからビジネスの現場を横断し活動する伊達洋駆さんにお話をうかがいました。改めて心理的安全性という概念を整理し、「心理的安全性の誤解の誤解」を解きほぐした上で、いかに職場の人間関係を捉え直すことができるかについて考えます。
心理的安全性とは、対人関係のリスクを取っても安全であると感じられること
心理的安全性は、ここ数年で台頭し、いまや職場の関係性について語る上で欠かせないキーワードのひとつです。伊達さんは心理的安全性について以下のように解説します。
伊達さん(以下、伊達)「心理的安全性を一言で言うと、対人関係のリスクを取っても安全であると感じられるということです。対人関係のリスクとは、鬱陶しいと思われないか、非難されないか、無視されないか、雰囲気が悪くならないかといったものが挙げられます。
元々は、組織学習の文脈で使用していた概念ですが、組織行動論の研究者であるエイミー・C・エドモンドソンが、職場の人間関係に位置づけし直すことで、広く語られるようになりました」
対人関係のリスクをとっても安全ということは、つまり「人を気にせず本音で発言ができる」ということ。それができれば、その職場は心理的安全性が高く、そうでなければ低いと言えます。
エドモンドソンが職場の人間関係における心理的安全性を提唱してから20年以上が経ちましたが、心理的安全性について、今なおさまざまな職場で議論がなされています。心理的安全性は、なぜ注目され続けているのでしょうか。
伊達「注目され続ける理由は二つあります。一つ目は、心理的安全性は人間関係の”質”を捉えることができる、数少ない概念だからです。私たちが人間関係について語るとき、その質を評価するためには、心理的安全性を経由すると語りやすくなります。もう一つは一定の研究の蓄積があることです。心理的安全性は注目を集める状態が持続しているため、研究知も実践知も蓄積されています」
人間関係の質を表す概念として台頭した心理的安全性ですが、これまでの概念とどのように違うのか、伊達さんは以下のように説明します。
伊達「そもそも組織の人間関係の質をきちんと捉える概念は、これまでそんなに提案されていません。心理的安全性以外で人間関係に言及した概念として、例えば、関係性コンフリクトや信頼性などがあります。
心理的安全性が、これらの概念と違うのは、チームにおける人間関係を示す概念である点で、適用される単位がはっきりしていることです。『チーム』という範囲に限定されているため、具体的な人の顔が浮かび、他の概念よりイメージが湧きやすいのかもしれません」
信頼関係を表すニュートラルな概念。高まることで職場の元の性質が強調される
心理的安全性はその概念が広がると同時に、捉え方も多様化しています。例えば、「心理的安全性があるということはぬるいってこと?」「なんでも言えてバチバチやりあう関係性?」といった認識を持つ人もいるでしょう。これらは心理的安全性の誤解でもあり、一部の要素を表しているものとも言えます。心理的安全性はニュートラルな概念だからこそ、主張する人の思想が入り込みやすいと伊達さんはいいます。
伊達「心理的安全性とは、人間関係の質を表す概念です。しかし、どのような人と関係を築くのか言及されていない、ニュートラルでフラットな概念なんです。現実には『パフォーマンスの高い人』と関係を築く場合、『怒りっぽい人』と関係を築く場合など、どのような人と信頼関係を築くのかで、その意味合いや結果が変わってきますよね。
人それぞれに『こういうチームの方が上手くいく』という職場観やチーム観があるために、その考え方が反映された『心理的安全性の誤解』が主張され、誤解の誤解が生まれているのではないでしょうか」
語る人の色に染まりやすい心理的安全性。活用する場面においては組織特性との相性の良し悪しがあり、副作用もあると伊達さんは指摘します。
伊達「心理的安全性は集団主義の組織と相性が良く、失敗に対する恐怖が低下するなどいい効果があります。一方で個人主義の組織だと、個人の意見を自由に言うことができすぎてしまうため、集団としてまとまりがなくなりモチベーションを低下させることがあります。誰でも意見が言えることでアイディアが発散してしまい、問題解決の効果を弱めてしまう場合もあります。心理的安全性によって、良くも悪くも職場の元の性質が強調され、“ぬるま湯”的な職場ならよりぬるく、逆に熱い職場であれば熱湯のようになります」
「場をデザインしていく」という発想を持つ。心理的安全性との上手な付き合い方
心理的安全性は、必ずしも「高ければ良い」というものではありません。活用する際のポイントは、組織が本来持つ性質を捉えることだと伊達さんはいいます。
伊達「組織が持っている性質を捉え、それを拡大させたらどうなるかを想定してみるのがおすすめです。例えば、アイデアが活発に出る組織なら、意見が活発に出ることが極限までいくことを考えてみます。そうすると、アイデアが発散しすぎて仕事が進まない、といった問題が見えてきますよね」
状況によって心理的安全性の適切なレベルは異なります。職場に必要とされるのが、心理的安全性ではない場合もあり、その逆である緊張状態が必要な場面もあります。
伊達「緊張状態であることはお互いに気を遣いあっているということでもあり、必ずしも悪いことではありません。例えば、私は一定の緊張感を持ってこの収録(※)に臨んでいますが、もし、お酒を飲んで同じ内容を話したら、話す内容は大きく変わると思います。後者の方が心理的安全性は高いかもしれませんが、あまりにざっくばらんすぎて動画として成立しない可能性もあります」
※本記事はCULTIBASE Lab動画『「心理的安全性の誤解」の誤解』を記事にしたものです。
心理的安全性が高い状態と緊張した状態には、トレードオフな関係がある中でどのように使い分けたらいいのでしょうか?この問いに伊達さんは以下のように答えます。
伊達「現在の組織の状況と組織のありたい状況をセットで考えることが重要です。職場やチームに対して、今どういう緊張、心理的安全性がある状態なのか、見立てをつけるといいでしょう。緊張と心理的安全性の程よいバランスを考え、その見立てを元に場をデザインしていく、という発想で付き合っていくのが良いと思います。
心理的安全性について、これまでの研究で組織にいい効果を生み出すというのは、事実としてわかっています。基本はいい概念と思っていただいて良いのですが、だからこそ、バランスが重要です」
フラットな概念だからこそ、さまざまな“色”の組織の性質を高める心理的安全性。引き続き、人間関係の質を評価する概念として、広く活用されそうです。職場やチームのありたい姿を実現するために、ぜひ、本記事を参考に心理的安全性を活用してみてください。
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本記事は2023年11月配信『「心理的安全性の誤解」の誤解』の内容を一部抜粋したものです。心理的安全性に関する詳細解説や実践的な活用方法を深めるパネルトークを含んだフル動画(以下に一部の内容を抜粋)をご覧になりたい方は、下記リンクよりCULTIBASE Labにご登録ください。