現代では、働き方やキャリアの志向性など、価値観の多様化が進んでいます。個人のキャリアにおいては、従来の会社中心のキャリア形成から「自分の人生」を中心に据えたキャリア形成にシフトする人も増えました。企業組織も個人の変化に合わせて変革が求められたり、一方で従来のやり方を守りたい場合もあるかもしれません。
このように価値観が多様化された現代では、組織としての”一体感”が失われることが少なくありません。異なる考え方や背景を持つ人同士が一つの組織に集まれば、コミュニケーションの難度が高まったり、組織内で対立が発生したりなど、組織と個人の方向性がバラバラになってしまうことがあります。
一体感が失われた組織では、従業員の満足度が低下することで離職が増えたり、社員が帰属意識を持たなくなってモチベーションが下がり、生産性の低下に繋がるおそれもあります。
ではどうしたら組織と個人が一体感を持つことができるでしょうか。本記事では、組織と個人のアイデンティティの観点から考えていきます。
※本記事内で出てくるスライド画像は、CULTIBASE Lab動画「私たちは何者か?組織アイデンティティ研究に学ぶ一体感のマネジメント」より引用
一体感の弱さは、組織にも個人にもよくない影響がある
アイデンティティとは、平たく表現すると「自分らしさ」です。
そして、個人と組織の一体感が強い状態とはつまり、組織と個人のアイデンティティ(らしさ)が一致している状態を示し、それを「組織アイデンティフィケーション」と呼びます。自分の一部が組織と思えている状況が、組織アイデンティフィケーションが高い状態(=一体感が強い状態)と言えます。
個人の組織に対する一体感の感じ方は多様です。組織と一体感が強い人であれば、会社のビジョンが自分のやりたいことと一致しており、組織のために努力することに積極的です。よりよい仕事のやり方を考えたり、周りのメンバーが困っているときに助けたりします。結果的に、組織に長く所属したいという意識が高まり、組織全体の活力向上につながるでしょう。
一方で、一体感が弱い人は、会社のビジョンや価値観に共感できず、組織の目標や周りのメンバーのために積極的に努力する意識が希薄です。より良い条件の企業があればすぐに転職してしまうでしょう。そのようなメンバーが多く集まっていると、組織全体の活力の低下につながります。
一体感が弱いことは、組織だけでなく個人にとっても矛盾と混乱が生じ、良くない影響があります。例えばある人が「介護業界の現場で働く人を笑顔にする」というビジョンに共感して入社し働いていたのに、組織が「介護業界のバックオフィスで働く人の支援」を重視する方向に舵を切る、つまり組織アイデンティティが変わってしまうとします。そうすると、自分と組織のアイデンティティとの重なりが少なくなり、一体感が弱まり、働きがいを感じにくくなります。
このように、一体感が高まれば、組織としても社員に安定して長く働いてもらいやすくなり、個人も働きがいを感じて働けるようになります。一方で、組織と個人の一体感が強すぎると、組織の間違いや不正を隠蔽したり変化を拒み保守的になるといった、問題が生じる可能性もあるのを注意点として補足しておきます。
「我々は◯◯である」という意識が明確だと、一体感が強くなる
では、個人と組織の一体感を強める、組織アイデンティフィケーションを高めるためには何が重要なのでしょうか。
まず組織アイデンティティは「我々は◯◯である」で定義づけられます。例えば、「我々は業界の異端児として新しいチャレンジをする会社である」「我々は日本の伝統を守る職人集団である」などです。この「我々は◯◯である」が明確だと、組織アイデンティフィケーションが起こりやすいと言われています。
組織アイデンティティは個人やチーム・部署によって解釈が異なることもあるため、異なることを前提に、多くの人たちが感じている組織アイデンティティを「中核的アイデンティティ」として、浸透させていくことが重要です。
中核的アイデンティティは、創業者の想いに共感するメンバーが集まっている、事業の数が少ないなど、経験や価値観が近いメンバーが多い場合は浸透しやすい傾向があります。一方で、組織が拡大して事業が多角化すると、想いや経験が異なるメンバーが増えることが多いため、浸透しにくくなります。
例えば、スポーツ業界のメディア運営から始まった企業が、BtoCで別の事業をしたり、BtoB向けのコンサルティングや、研修事業など、業態の異なる事業を展開していくとします。事業展開に伴い、それぞれの事業領域に特化した人材を採用していくと、持っている想いや価値観が異なるメンバーが増えていきます。
そのため、事業を多角化していくなど、成長フェーズであるほど継続的に中核的組織アイデンティティの浸透に注力する必要があります。
組織の一体感を強める4つの要因
では具体的に、組織アイデンティフィケーションを高めたい時、どのような観点を持つと良いでしょうか。Weisman et al.(2023)のレビュー論文によると、組織アイデンティフィケーションが起こる要因として「組織の特徴」「経営方針と慣行」「対人関係」「個人属性」の4つが挙げられています。ここではその中でも「経営方針と慣行」「対人関係」の2つのポイントについてご紹介します。
まずは「経営方針と慣行」の観点についてです。
メンタリングやオープンなコミュニケーションが行われていることで従業員は「大切にされている」という気持ちが高まり、組織との一体感につながります。また、心理的契約(文書の契約以外にも従業員と組織が相互に、期待していることを共通認識として持てていること)の履行がされていると、「組織が自分を大事にしてくれている、報いたい」という気持ちが育まれます。期待値の調整は、採用や配属、新しい業務のアサイン時にマネジメントとメンバー間の対話が必要です。
もう一つ重要な観点として「対人関係」があります。
リーダーが従業員の強み、幸福や成長に関心を示すことを意識していたり、肯定的なフィードバックがあると、「組織が好き、組織のために頑張りたい」という気持ちが高まる傾向があります。
経営学で上司と部下の関係性の質を示す「LMX(leader-member exchange)」という概念があります。メンバーはリーダーに手厚く支援してもらうと、それだけリーダーへの信頼や忠誠が高まると言われています。
過去にCULTIBASEでLMX理論を紹介いただいた伊達洋駆さんによると“「上司は私のニーズを理解してくれている」「上司は自分を犠牲にしてでも、私を助けてくれる」といった感覚が部下にあれば、LMXが高い”と言えます。
引用:https://www.cultibase.jp/articles/11181
つまり、上司部下の関係構築や対話が、組織アイデンティフィケーションにつながります。職場での関係構築を放置したまま、トップダウンで全社的に組織アイデンティフィケーションを起こすのは難しいでしょう。例えば、全社的にワークショップをやったとしても、職場の関係がなければこの上司と働きたくないという気持ちから、組織へのネガティブな感情が生じてしまいます。
チームの一員である意識やチームとの一体感を強く感じることが、組織全体に対する一体感を育む一助となることもあります。中核的な組織のアイデンティティは必要でありつつ、一つひとつのチームアイデンティティが形成されている必要があるということです。そのためには、チームビルディングや対話で、チームアイデンティティと組織アイデンティティのつながりを確認する手段、仕組みがあることが重要です。
メンバーとの関係性の質(LMX)を高めることの重要性
本来持っている個人の特性によって差はありますが、個人属性と職場づくりも密接に関係しています。日頃からマネージャーがメンバー一人ひとりとのLMXを高め、個性や存在意義を肯定するコミュニケーションをとれていないと、組織アイデンティフィケーション以前に仕事に意義を感じられないメンバーが増えてしまいます。
そのため、リーダーがメンバーそれぞれのこだわりや才能、ポテンシャルに気づき、引き出すことが大切です。こうした関係が築かれると、メンバーの自尊心が満たされ、自分に合った、意義のある仕事をしたいという気持ちが芽生えるでしょう。
また、職場づくりは「半径5mのファシリテーション」と言われているように、リーダーやマネージャーだけでなく、メンバーも魅力的な組織を探そうという考えを持つのではなく、自身が所属しているチーム・職場をより良くするために努力する姿勢が必要です。チームアイデンティティや個性にスポットライトが当たる職場づくりを自ら率先して実現することで、まわりまわって自分にとっても働きやすく、チームとの重なりを感じられ、組織との一体感も高められると考えられます。
-----
本記事は、CULTIBASE Lab動画「私たちは何者か?組織アイデンティティ研究に学ぶ一体感のマネジメント」の一部を記事化したものです。下記からアーカイブ動画をご視聴いただけます。