事業多角化を支える経営人材を育てるには? マネーフォワードはいかにマネジメントの認識を変えたのか

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事業多角化を支える経営人材を育てるには? マネーフォワードはいかにマネジメントの認識を変えたのか

創業から約10年、飛躍的な成長を遂げる株式会社マネーフォワードは、現在60以上のサービスを手掛ける多角化企業です。急速な人材増加や人材の多様化の中では、既存の能力定義や評価制度が合わなくなったり、事業拡大のスピードにメンバーの成長が追いつかないなど、課題に直面してきました。

本記事では、同社のデザイン組織変革プロジェクトについて、株式会社マネーフォワードCDO(Chief Design Officer)・伊藤セルジオ大輔さんと、コンサルタントとして伴走した株式会社MIMIGURIのミナベトモミによる対談をお届けします。

さまざまな課題に向き合った中で、今回は特に、デザイン組織におけるマネジメント人材や経営人材の育成における課題とその実践知について紹介します。デザイン組織の能力定義や評価制度の変革や横断組織については、こちらの記事でご紹介しています。ぜひあわせてご覧ください。

■プロフィール(敬称略)

伊藤 セルジオ 大輔

伊藤 セルジオ 大輔

株式会社マネーフォワード グループ執行役員 CDO(Chief Design Officer)

2003年にフリービット株式会社に入社し、CEO室にて広報、ブランディング、事業戦略などを担当。2006年に同社を退社し渡米。ニューヨークにてアートを学び、フリーランスデザイナーとなる。2010年に帰国し、デザイン事務所である株式会社アンの代表を務める。2013年度グッドデザイン賞受賞。2019年からは、株式会社マネーフォワードのデザイン戦略グループのリーダーを務める。2020年、同社CDOに就任。

聞き手(プロジェクト伴走者)

ミナベ トモミ

ミナベ トモミ

株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO

早稲田大学卒業後、家電メーカー勤務を経て独立。現在は、MIMIGURIが提唱するCCM(Creative Cultivation Model)の理論開発を基盤に、大企業からメガベンチャーまで様々な多角化企業における、経営・組織変革の専門家として自社経営とコンサルティングにおいて実践を進めている。

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“鎧”を脱ごう。マネジメントへの認識が変化したきっかけ

マネーフォワードでは既存の能力定義や評価制度を変革し、それに基づいて「デザイナーマネジメント研修」を実施しました。研修のテーマは「鎧を脱ぐ」。研修のDay1ではセルジオさんがCDOを打診されてから1年間就任を保留し続けてきたエピソードが語られ、それがメンバーに気づきや触発をもたらしました。

セルジオ 「マネージャーは与えられた役割に応えようとするあまり、つい”鎧”を着込んで武装してしまいがちですよね。僕自身も当初そう考えていたところがありました。僕は日頃から日記を書いていて、CDOの打診を受けた時は断っている記述が確認できますが、CDOになることを決めた時の記述を読んでみると『ひとりで全てを背負わなくていい、一緒にやる仲間がいる』と記されていたんです。リーダーであれマネージャーであれ、役職の鎧を着込んでしまいがちですが、そんな必要はなくて。みんなで支えあっていこうというのが前提にあります」

ミナベ 「 実際にマネージャー研修後はミドルマネージャーの方たちが触発されて、こんな風にキャリアを進めていけばいいんだと、ポジティブに受け取っていらっしゃいましたよね。その後もチームでどんな反応や会話が生まれましたか?」

セルジオ 「嬉しい反応としては、ずっとプロダクトを作っていたいからマネジメントはやりたくない」と考えていたようなデザイナーから「マネジメントも面白そう」という声が出てきました。きっと、マネジメントはどこか得体のしれない印象だったのかもしれません。研修を通じて、マネージャーの誰もが葛藤を持ちながらも、仲間に寄り添いながら成長できるものだと捉え直してくれたんだと思います。ユーザーと向き合ってプロダクトやサービスをデザインすることと同様に、組織もメンバーと向き合ってデザインすることというのが根付いてきたのではないでしょうか。マネジメントがよりクリエイティブなものになった」

「マネジメントとは何か」という問いを重ねた結果、ユーザーと向き合いデザインすることとの共通性をみつけ、問いが置き換えられてきたことはとてもよかったとセルジオさんは振り返りました。

対話を重視することで、すれ違いや関係性の課題に向き合う

事業が多角化する中では「適応課題」と呼ばれる問題が発生することがあります。解決策が明確で知識や技術で解決できる「技術的問題」とは異なり、適応課題は当事者間の認識や関係性を変えなければ解決できない問題です。

多角的に事業を推進する場合それぞれの事業の前提が異なるため、形式的なコミュニケーションだけでは誤解や思い違いが生じてしまい、議論したり課題の共有ができなくなってしまうことがあります。マネーフォワードはこのような事態を回避するために、対話によって接点をつくり、丁寧に対応している感覚があったとミナベは振り返りました。

ミナベ「マネーフォワードのカルチャーは非常に対話的だと感じています。表層的な対話ではなく、相手がどのような前提で話を捉えているのか、会話の奥底にどのような課題があるのかなどを見極めながらコミュニケーションする意識があるのかなと思いました」

セルジオ「カルチャーとして対話が根付いているだけでなく、ミッションドリブンな企業だからこその特徴かもしれません。経営メンバーの目指す方向が同じなので、それぞれの景色は違うのでズレは多少あるのかもしれないけれど、調整が可能であると考えながら、事業に取り組んでいます」

対話が重要な場面の一つに、経営会議があります。セルジオさんは、経営会議の場のデザインも行っており、経営課題に対してどのように場の議論を噛み合わせていくかを考えワークショップ等も組み合わせながら、今の経営課題に対してどのように議論をしていくか準備しているといいます。ミナベは「経営会議のファシリテーションほど大変なものはない」と語ります。

ミナベ「キャリアバックグラウンドや思考プロセスの違いから、論理的コミュニケーションをとっているようで実は裏側で噛み合っていないことも起こりがちですよね。経営会議では心理的安全性が下がり、敵対的なコミュニケーションになってしまうこともありますが、マネーフォワードでは建設的であたたかい雰囲気の経営会議が行われている印象です。その秘訣はどこにあるのでしょうか?」

セルジオ「 私はデザイナーなので、経営会議ではデザイナーらしく臨みたいと思っているんです。それは『この場、この時間をよりクリエイティブなものにしたい』という思いです。どんな意見もポジティブな方向に積み重なるように設計をしています。経営メンバーの経験が違うので見ている景色も違うのかもしれないけれど、会社を良くしていきたいという思いは同じだと思うんです」

何を成し遂げたいか。その過程に経営という選択肢がある

経営会議でもデザイナーとしての姿勢を忘れないセルジオさん。事業多角化を推進する中では、多くの経営人材が必要になってきますが、今後は「経営を目指すデザイナーが増えてほしい」という思いを持っています。

セルジオ「デザイナーが、デザインマネージャーというキャリアを進むだけでなく、経営を目指すデザイナーが増えて欲しいなと思っています。デザイナーはコンセプトを導き出して具体的なヴィジュアルやプロダクトを作っていく仕事。職能的に『具体と抽象を行き来する思考』が得意だと思います。

でも、職能長から事業や経営に対しては、少しギャップが生じがちなのかなと思っているんです。経営は、組織課題、事業課題、さまざまな課題、すごく複雑性の中で一定それを抽象化して捉えないと捌ききれないところがあります。抽象的かつ課題を全体視点で捉えないといけません。またプロダクトやブランドのデザインだけではなく、組織や事業、いろんな視点で捉える視野が必要ですし、時間軸も異なります。3年、5年、10年スパンで会社の状態を見て、さらに社会との接点を見ていく感覚を身につける必要がある。でもこれも対話で鍛えられると思っています」

ミナベ「抽象化能力も対話で鍛えられていくものだと」

セルジオ「はい。全体視点や中長期視点は、経営メンバーとの対話の中で鍛えられるものなんだと思います。その場がないとなかなか身につかないと思っていて、僕自身もCDOになる前から、代表の思考の整理をお手伝いする壁打ち相手をする中で、マネジメントの視点を得たなと感じています。

会社のロードマップを作るとか中長期ビジョン作りをサポートすると、経営に貢献しやすいデザイナーになっていくのではないかと思います」

経営とは不確実性が高く、時にはおそれを感じることもあるでしょう。最後に、セルジオさんはどのように考えて、経営に向き合ってきたのか伺いました。

セルジオ 「経営に意思を持って臨むのは、誰かに言われてやることではありません。自分が大切にしていることを実現できるかどうかがそこにあるかが重要だと考えています。私の場合は『デザインで感動や驚きを届けたい』と考えています。そのためにはプロダクトそのものだけでなく、さらに大きな器にアプローチしないと実現しきれない。経営に向き合うには、自分自身が何を実現したいのか、解像度を上げる時間も必要かもしれません」

ミナベ「 成長のための成長ではなくて、自分自身が何を成したいのかが前提にあり、そこにHOWとして経営へのチャレンジをするということですね。その姿勢があるからこそ、しっかりと対話を行い捉え直しをした上で、経営人材としてのリーダーシップを培っていけるのかもしれませんね」


この記事は「組織づくりCASE FILE」の動画コンテンツを編集したものです。動画では、マネーフォワードの組織づくりの実践について、より詳細にご覧いただけます。動画の後半では、新時代の組織づくりにおける羅針盤「Creative Cultivation Model(CCM)」を見取り図に、本プロジェクトを振り返っています。ぜひ下記のアーカイブ動画をご覧ください。

多角化戦略で人が育つ?!マネーフォワードCDOが語る組織づくりの最前線

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