新商品開発のための会議やワークショップを繰り返し、何十枚もの付箋やワークシートに「アイデア」が立ち並び、あとは「有望なアイデア」を選び、実行するだけ!こういったアイデア発想の「収束」をさせる場面では、いわゆる「合意形成」の壁が立ちはだかります。
イノベーションプロジェクトにおける「答え」とは、客観的な基準による「正解」ではなく、あくまでチームの主観的な「納得解」です。チームにおいて「これが私たちにとっての答えである」と合意できることが、何よりも重要になります。
しかしながら、イノベーションプロジェクトにおいてチームの合意を形成することは容易ではありません。同じチームのメンバーであっても、所属する一人ひとりのメンバーの価値観は多様であり、「絶対にアイデアAがよい!」という人もいれば、「Aには違和感がある。Bのほうが良いのではないか…」という人もいれば「Bだけは絶対にイヤだ!B以外なら、AでもCでもいいけど」という人もいる。これが、チームで実行するに値するアイデアを生み出す難しさです。
目次
納得解は「多数決」から生まれるのか?
違和感から納得解を導く「多様決」
磨けば光るポテンシャルアイデアが発掘される
違和感を「対話」を深めるきっかけにする
納得解は「多数決」から生まれるのか?
こうした場面では、一般的に「多数決」と呼ばれる民主的な合意形成の手法が用いられます。説明は不要かと思いますが、一人ひとりの意見を集計し、多数派の意見を採用し、意思決定する方法です。これは確かに合理的で、さまざまな場面で意思決定のために活用されています。
しかしながら、イノベーションプロジェクトにおいて「多数決」を用いることにはいくつかの問題があるため、筆者はおすすめしません。たとえば、15名のプロジェクトチームで、3つのアイデアA〜Cに以下のように投票が集まった場面を思い浮かべてください。
- アイデアA:8名
- アイデアB:5名
- アイデアC:2名
アイデアAが多数派ですから、このチームが実行すべき「答え」は、アイデアAということになります。しかし、この意思決定にはいくつかの観点からリスクがあります。
まず、約半数に近い7名が、アイデアAに賛成していないという状況は、軽視してはいけません。多数派の意見を採用することは、意思決定のロジックとして公平のように思えますが、意見が採用されなかった少数派を生み出すリスクと常に裏表です。
事業を成功させる道のりには、この先もさまざまなハードルが待ち構えているでしょう。その時に、チームが一致団結しながら実現したい未来に向かってコラボレーションすることは、必要不可欠です。それにも関わらず、チームの半分近いメンバーの意見を抑圧したまま進行することは、リスク要因でしかありません。
また、アイデアAに投票した8名が、心の底から納得しているとは限らない点も、大きなリスクです。先述したように「Bだけは絶対にイヤだ!B以外なら、AでもCでもいいけど」という人が、消去法でAにいれた可能性もあります。場合によっては、本当はCがよかったけれど、あまりに少数であることが明白で、多数派に同調した可能性もあるかもしれません。また「絶対にAがよい!」と強い意志で投票した人にとっても、アイデアAの100%すべてに共感しているかといえば、「実はこの部分は気に入らない」とか「もうちょっとこうなったらいいんだけど」といった「物足りなさ」を抱えたまま投票している場合も少なくないのです。
多数決の罠
・消去法で選択している可能性がある
・少数派が、多数派に同調している可能性がある
・物足りなさを抱えたまま投票している可能性がある
チーム全員がアイデアに100%納得している状況を「理想状況」としたときに、理想状況にかなり程遠い「チームにモヤモヤが蔓延した状態」のまま、プロジェクトを無理矢理前進させてしまう方法が、多数決なのです。
違和感から納得解を導く「多様決」
多数派の意見に対する反対意見や少数意見を抑圧したままプロジェクトが進行してしまうリスクを回避する合意形成の手法として「多数決」ではなく「多”様”決」と呼ばれる手法をご紹介します。この方法は、システム・アーティストであり、筆者(安斎)の父親でもある安斎利洋が提唱している実験的な投票方法です。
多様決では、多数派が賛同する意見を採用するのではなく、参加者の解釈や賛否が多様に分かれるアイデアに着目します。安斎利洋が展開する実験的なアート・ワークショップにおいては、「イイネ」という赤いシールと、「ヤバイネ」という青いシールを参加者が同標持ち、お互いの作品に投票しあいます。
多数決であれば、「イイネ」が最多の作品を採用することになりますが、多様決においては、「イイネ」と「ヤバイネ」の掛け算で、勝敗を決めるのです。「イイネ」が10票でも、「ヤバイネ」が0票であれば、結果は「0点」です。他方で「イイネ」が5票、「ヤバイネ」が5票であれば、「25点」ということになります。当然「ヤバイネ」という言葉の解釈自体が投票者によって多様です。けれども、傾向として人の共感や好感を誘う作品は「イイネ」を集め、刺激的な作品、物議を醸すような作品は「ヤバイネ」を集めます。
■多様決コンペ
http://renga.com/anzai/lab/多様決コンペ
磨けば光るポテンシャルアイデアが発掘される
筆者は、イノベーションプロジェクトにおいて、この多様決を応用しています。アイデアに対して率直に「良い」と表明するための赤いシールと、何らかの「違和感」を表明するための青いシールを用意して、それぞれの評価を可視化するのです。投票のラベルは、チームの文脈や風土に応じて、「イイネ」と「ヤバイネ」だけでなく、「賛成」と「反対」、「良い!」と「うーん…」、「素晴らしい」と「モヤモヤ」など、調整します。
多様決の良いところは、「磨けば光る」タイプのポテンシャルの高いアイデアが可視化されやすいところです。多様決に勝利するアイデアとは、多数が共感するものではなく、一定数が「良い」と感じるけれど、一定数が「どこか引っかかる」「そのまま世に出すのは微妙」だと思うようなアイデアです。
イノベーションは思いも寄らない切り口から生まれるため、多数決で残る”無難なアイデア”よりも、多様決で残る”物議を醸すアイデア”のほうが、ポテンシャルがある場合が多いのです。
違和感を「対話」を深めるきっかけにする
多様決の本領は、投票結果を可視化したあとの「対話」にあります。多様決で勝利したアイデアをそのまま採用するのであれば、多数決で指摘したプロジェクトリスクは払拭できません。大事なことは、投票結果をもとに、チームメンバーの違和感を場に可視化し、対話をすることです。
- 多様決で勝利したアイデアは、なぜ意見が分かれたのか?なぜその票を入れた?
- 多数決で勝利したアイデアと、多様決で勝利したアイデア、どちらを育てたい?
- 多数派のアイデアに、少数の反対投票が入っているけど、それはなぜ?
などと、投票結果に対する解釈を尋ねる「問い」を立て、チームメンバーの意見を述べ合いながら、対話をします。この対話のファシリテーションは骨が折れますが、「青いシール」をきっかけとして抑圧されがちな少数派の意見を引き出しやすいだけでなく、アイデアをブラッシュアップするための手がかりが得られる場合が多いのです。
Creative Cultivation Model(CCM)でいうところの、個人の内側に内在する「衝動」と、チームにおける「創造的対話」を接続させるための投票方法といってもよいかもしれません。シールで衝動を場に発露させ、チームの力へと変えていく多様決。是非プロジェクトで試してみてください。