「強い個人の集団」から「自律的なチームづくり」へ。個の尊重を掲げるリクルートの組織マネジメントの転換点

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「強い個人の集団」から「自律的なチームづくり」へ。個の尊重を掲げるリクルートの組織マネジメントの転換点

2021年4月、複数の領域に展開してきた国内7つの事業会社を統合することを発表した、株式会社リクルート(以下、リクルート)。同社は「社内外の垣根を超えた協働・協創」を目指し、新たな人材マネジメントポリシーとともに「CO-EN」構想を立ち上げました。

CULTIBASEでは、2022年にリクルート人材・組織開発室室長・堀川拓郎さん(肩書は動画公開当時)をゲストにお迎えしたイベントを実施し、同社を創業期から支える経営論「心理学的経営」について講義をしていただきました。

▼リクルートを創業期から支える経営論「心理学的経営」に学ぶ──個の創造性と自律性を育む組織文化

リクルートを創業期から支える経営論「心理学的経営」に学ぶ──個の創造性と自律性を育む組織文化

リクルートを創業期から支える経営論「心理学的経営」に学ぶ──個の創造性と自律性を育む組織文化

同社は、変化する時代に適応しつつ、柔軟で大規模な組織変革を進めています。ただし、これほど大規模な変化に対して、所属する各個人がすぐに理解し、適応することは容易ではありません。特に「これまでの組織の価値観のうち、何が変わり、何が変わらないのか?」という点については、個人ごとに異なる解釈が生じるため、組織・チーム全体で密なコミュニケーションが不可欠です。

新しく発表された「CO-EN」構想でも、これまでリクルートが大切にしてきた「個の尊重」が引き続き重要視されています。一方で、以下のような問いも浮上しています。

・「『個の尊重』を重視しながらも『社内外の垣根を超えた協働・協創』を実現する」という、一見矛盾する二つの方針を両立するマネジメントのあり方とは?
・これまで伝承されてきた「心理学的経営」は、新たに立ち上げられた「CO-ENモデル」の中でどのように活かされているのか?

これらの問いについて一人ひとりが理解を深め、「CO-EN」構想が従業員の日々の仕事を支える思想として浸透するために何ができるのでしょうか。リクルートでこれらの課題の解決に向けて実施されたのが、2022年から2023年にかけて行われた「CO-EN Book」プロジェクトです。このプロジェクトでは株式会社MIMIGURIがパートナー企業として参画し、「CO-EN」構想における心理学的経営の本質を読み解きながら、その内容をわかりやすく組織全体に伝えるためのコンセプトブックを制作しました。

▼「CO-EN Book」はこちらからご覧いただけます
https://www.recruit.co.jp/blog/assets/CO-ENBOOK.pdf

今回は「CO-EN Book」プロジェクトで中心的な役割を果たした堀川さんと、株式会社MIMIGURI代表取締役Co-CEO・安斎勇樹によって新たに行われた対談の模様をお届けします。プロジェクトの過程で見えてきた、新生リクルートが新たに掲げる新時代のマネジメント論とは。ぜひ最後までお読みください。

※本記事は2023年10月配信『「心理学的経営」のアップデートを探る:新生リクルートが掲げる新しいマネジメント論』の内容を一部抜粋したものです。フル動画をご覧になりたい方は、下記リンクよりCULTIBASE Labにご登録ください。
https://www.cultibase.jp/videos/14463

なぜ新たな人材マネジメントポリシーを設立したのか?「自律・チーム・進化」への転換を決めた理由

新たな人材マネジメントポリシーでは以下の3つがキーワードとして掲げられています。

・自律
・チーム
・進化

堀川さんは、これらのキーワードに決めた理由について、今回新たな人材マネジメントポリシーが必要とされた背景を踏まえながら、次のように語ります。

堀川「現在リクルートには1万8000人強の従業員がいて、その規模は以前よりも大きくなっています。

その中には、副業や兼業をしている人や、子育てや介護をしながら働いている人など、いろんな従業員がいるんですよね。そうなると、一律で会社が成長を定義して要望するようなやり方ではなく、『今は子育てと仕事のバランスをこういうふうにしよう』とか『今はこれにチャレンジしたい』といったように、一人ひとりが状況に合わせて自己決定することが大切だと考えるようになりました。そうした思いが、一つ目の『自律』というキーワードには込められています。

加えてもう一つ大切したい観点が、『(個人だけではなく)チームで勝っていくんだ』という姿勢です。それぞれが自身の強みを持ち寄って、強みを生かし合う関係をつくり、個人で成し遂げるよりも大きな成果を上げてほしい。やがて、チームから影響を受けて個人が進化し、チームもさらに発展していくといった相互作用を起こし続けてほしいという思いを(今回のポリシーには)込めています」

安斎「『自律・チーム・進化』の3つのキーワードは、単純なようにも見えますが、実は経営チームの内でもかなり議論を重ねて決定したものだったと伺っています。これまでのリクルートは、『圧倒的当事者意識』や『起業家精神』などのフレーズでも知られているように、『成長』を強く意識した企業だという印象が強かったと思います。今現在もそれらは大切にされているとは思うのですが、今回は『成長』ではなく『進化』という言葉がキーワードとして掲げられていますよね。これに関しては何か意図があるのでしょうか?」

堀川「そうですね。『進化』については、『(個人に求めるのは)連続的な成長ではなく、非連続な成長だろうと。それなら《進化》という言葉の方がフィットするんじゃないか』というのが議論のポイントとしてはありました」

個人が「自律」して動くこと。そうした個人が「チーム」として集い、一人ひとりの弱みではなく“強み“や”らしさ”を生かし合うような関係性をつくること。そして変化の激しい環境の中で非連続的な「進化」を続けていくこと。それがこれからのリクルートに必要なチームビルディングのあり方なのだと堀川さんは語ります。

他方で、この新たな人材マネジメントポリシーは、これまで大事にしてきたものをすべて捨てるようなものではもちろんありません。特にリクルートが創業期から継承してきた「心理学的経営」のエッセンスは新たな方針においても息づいているはず。堀川さんが安斎とともに進めた「CO-EN Bookプロジェクト」は、まさしくそのつながりを確かめるプロジェクトでもありました。

そこでイベントの後半では、プロジェクトを通して心理学的経営の読み解きを担当した安斎から、現在のリクルートのマネジメント方針に心理学的経営がどのように活かされているのか、話題提供が行われました。

心理学的経営を読み解く:「個の自己実現」をいかにマネジメントするか?

安斎は、「CO-EN Bookプロジェクト」を通して得た気づきとして、書籍『心理学的経営』の副題にもなっている「個をあるがままに生かす」という方針について、次のように語っています。

安斎「著者である元リクルート専務取締役・大沢武志さんは、心理学的経営のゴールの一つに『個の自己実現』を掲げています。もちろん、最終的には企業として価値を生み出していくことが重要なので、これがゴールではありません。それでもリクルートにとって『個の自己実現』は、目指すべき永遠のテーマだとはっきりと書かれているんですね」

その上で安斎は「個の自己実現」を実際のマネジメントを通して実現するためには、人間の心理のうち、論理や合理性に基づく「表側」と、非合理的な感情や無意識などに基づく「裏側」を両方に目を向けることが大切だと語ります。

安斎「人間は必ずしも、常に合理的に意思決定できるわけではありません。時に矛盾したことを言ったり、その人自身も常に自覚できていない無意識の衝動に突き動かされて行動してしまったりすることも少なくありません。そして、そのような『裏側』があるからこそ人間は人間的であるといえるのです。マネジメントするにあたって、人間の『表』と『裏』の両方を尊重してはじめて、その人の個性を『あるがままに生かす』ことが可能になるのだと、大沢氏は述べているんですよね」

それでは、無意識や非合理性をマネジメントするとはどういうことなのでしょうか。安斎は、現在のリクルートの中で起こりがちな、心理学的経営に対する誤解の観点から、それについて語ります。

安斎「たとえば、これもリクルートの有名なフレーズのひとつですが、『あなたはどうしたいの?』という相手の意志を問うものがありますよね。これはまさに『個の自己実現』を意識した、心理学的経営の考え方に則った、リクルートらしい表現だと言えます」

ただし、このフレーズだけが独り歩きした結果、ある種の誤解が生んでいる部分もあるのではないかと、安斎は語ります。

安斎「この『あなたはどうしたいの?』という問いは、一見すると『やりたいことをそのままやらせてあげる』といったメッセージに聞こえます。しかし、実は『心理学的経営』に『リクルートはやりたいことを何でもやらせてあげる』といったことは一言も書いてありません。

当人のやりたいことは、もちろん意志として尊重する──するんだけれども、その人がまだ自覚できていない無意識の中にも何かしらの個性が眠っているはずで、心理学的経営は今自覚されている意志と同じくらい、潜在的な個性が覚醒することを大事にしているんですよね」

​また、こうした個の自己実現を支援する組織づくりも欠かせません。安斎は個人と組織の相互作用の中で、秩序を生み出す均衡化と、無秩序を生み出す不均衡化のあいだで揺れ動き続けるように働きかけることこそが、心理学的経営の本質であり、リクルートのマネジメントにおける”秘伝のタレ”なのではないかと解説します。

キーワードは「好奇心」。そこに込めた思いとは?

こうした心理学的経営の「個の自己実現」のエッセンスは、新しくつくられたコンセプトブックの中で、どのように反映されているのでしょうか。

安斎「自律した個、好奇心を持ちながらも個性を磨き続ける個を尊重する、それが意志をもってどうしたいのか、どうなりたいのかに意志をもって向けて向かっていくんだけど、無意識の中の思わぬ自分との可能性にも目を開いて、自分のやりたいことを探って、新しい自分との出会いを楽しみながら、脱皮をしていくのがリクルートが想定する個人像であるし、その思いが従業員の方にもちゃんと伝わるように、絵本にしているんですよね」

堀川「左下の『おもわぬ自分に出会う。』というのはまさにその通りの表現だと思います」

安斎「このフレーズは弊社のコピーライターによるものなのですが、読んでいただいた入社年数の浅い従業員の方から、『この言葉を聞いたとき、新しい自分に出会えるんだと思ってすごくわくわくしました』という声をいただきました」

絵本は、好奇心を擬人化した「ハートくん」がさまざまな出会いを経験する物語として描かれています。好奇心は新しいマネジメントポリシーでも中心を担う概念でもありますが、その実、大沢氏の『心理学的経営』にはあまり見られない言葉でもありました。それでもなお「好奇心」にこだわった理由について、堀川さんは次のように語ります。

堀川「人間が一番パフォーマンスが高まるのは、やはり何かに夢中になっている時だと思いますし、その点で通底する考え方は変わらないと思っています。その中で好奇心は自分自身が駆動するエネルギーとして大切にしたいな、と。

『心理学的経営』では、好奇心よりも『内的動機づけ』などの言葉のほうがどちらかというとよく使われています。しかし、これからのリクルートにおいては、内的動機の手前にあるちょっとした感情──たとえば、これって何なんだろう、もっと調べてみたい、気になる、もやもやする、など──も大切にしたいと思ったんですよね。なので、今までそうとは言われていなかったけれども、『好奇心』と改めて言い直しているんです。

組織というものは、どうしても論理性や合理性を中心とした『表』のマネジメントに流れてしまいがちです。だからこそ、あえて『裏』のマネジメントである、感情や好奇心、まだ無意識下にあるものを大切にしたいという思いが、根底にはありますね」

安斎「誰にでも持っている種として好奇心というものがあるというのが興味深いなと思ったんですけど、今回コンセプトブックを制作する中で、相当書き直したのがこの一枚なんですけど・・・(笑)」

堀川「『あっ!から、ん?まで。』という一文がありますよね。あっ!と気がつくことも好奇心だし、ん?と疑問に思うことも好奇心」

安斎「必ずしもポジティブで前向きなものでなくてもよいし、関心があります!というほどのものでなくてもいいんですよね。ちょっとした心の動きをすべて新たな価値の起点になるものとして全肯定しているという……」

堀川「そうですね。前提として、三人集まったら三人の好奇心はそれぞれ違うだろうし、しかも、個人の中にある好奇心も、時間とともに変わっていくものです。そうした違いを集団に持ち込むことによって、一人ではできない新たな発見をしたり、新たな価値やサービスを生み出していくことにつながるのだと思っています」

“Willの神格化”による問題と向き合い方

安斎はこうした好奇心を原動力に行動が移されるとき、本人の「Will(意志)」が必要になると言います。このWillという概念はリクルートでは以前から「Will・Can・Mustシート」などで広く知られているキーワードです。

そして今回のプロジェクトの過程で、このWillが”神格化”されているのではないかという話が上がったといいます。

堀川「分社化していた時からリクルートのいうWillに対して、『立派なWillでなければならない』や『自分が生涯をかけて追い求めるべきもので、一回決めたら変えてはいけない』というように捉えられているケースが増えてきているように見えたんですよね。まだゆるい状態ではWillとは言えないというか、どこか遠い未来にある絶対変えてはいけない夢みたいなものとして捉えられているというか……。

今回のプロジェクトを通じて、改めてWillとは何か、数多くの議論を重ねたのですが、最終的に、Willとはありたい姿だけではなく、あくまで意志である、と。好奇心を意志の力に乗せて行動を変えていくのだという話になって。好奇心が『ちょっと知りたいな』という感情だとしたら、『だったら調べてみよう』となるのが意志なんですよね。それぐらいでいいはずなのに、なぜか立派なWillに囚われることからいかに逃れるのかというところが、今、求められているように感じているんですよね」

安斎「やはりWill・Can・Mustシートというすごく良くできたフレームワークが定着した結果、Willを記入して、マネージャーにチェックしてもらわないと……みたいな状況になると、ともすれば、『何を書いたらマネージャーはOKしてくれるだろうか』と思う人ももしかしたらいるかもしれないし、やはり内的動機やキャリアゴールなどを大切にするマネジメントをするうえで、そこが形骸化しやすいのかもしれないですね」

堀川「夢を持つことを否定しているわけではないんですよね。スポーツ選手になりたいという夢があって、その夢に向かって行動を起こせるならそれはすごく立派なWillだし、他方で、ちょっとこれ調べてみようという気持ちや、チームに自分の強みを活かして貢献したいと思う欲求もWillだと思うんです。そんなふうに、立派でなくてはいけないというよりも、みんなが自然と抱いたものを大切にしてもらえるといいですね。だから、Willが変わっていくことも普通で、今自分は何に興味が湧いているのか、何に意志を持とうとしているのか、メタ認知していくことが大切なことなんだよ──って、そういうことが伝わればいいなと思いながら、今回のように整理させてもらいました」

時代の流れとともに、「強い個人の集団」から「自律的なチーム」への転換を決めたリクルート。変化の激しい時代の中で、個々の自己実現と組織全体の進化との調和を目指すリクルートの取り組みは、多くの企業が注目するところであり、これからの時代の組織づくりを象徴するものとなることは間違いありません。今後の動向に注目が集まります。

本記事は動画『「心理学的経営」のアップデートを探る:新生リクルートが掲げる新しいマネジメント論』の内容を一部抜粋し、記事化したものです。対談の模様をフルでご覧になりたい方は、有料会員制サービス「CULTIBASE Lab」にご登録ください。

「心理学的経営」のアップデートを探る:新生リクルートが掲げる新しいマネジメント論

「心理学的経営」のアップデートを探る:新生リクルートが掲げる新しいマネジメント論

執筆:水波 洸

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著者

株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO

東京大学大学院 情報学環 客員研究員

1985年生まれ。東京都出身。私立武蔵高校、東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO/東京大学 特任助教授。

企業経営と研究活動を往復しながら、人と組織の可能性を活かした新しい経営・マネジメント論を探究している。主な著書に『問いのデザイン』、『問いかけの作法』、『パラドックス思考』、『リサーチ・ドリブン・イノベーション』、『ワークショップデザイン論』『チームレジリエンス』などがある。

X(Twitter)noteVoicyhttp://yukianzai.com/

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