顧客ニーズの多様化や激しい社会変化を背景に、「事業多角化」に取り組む企業は少なくありません。しかし多角化経営の過程では、さまざまな課題が伴います。その一つに、組織としての一体感を失うという課題が挙げられます。多角的な事業展開をしながらも、一体感を持ち続けて成功する企業は、どのような組織づくりを実践しているのでしょうか。
※なぜ一体感が重要なのか?については組織アイデンティティ研究に学ぶ、組織の生産性を向上させる“一体感のマネジメント’’をご参照ください
今回は、アドベンチャー業界の先駆者である株式会社プロジェクトアドベンチャージャパン(PAJ)の多角化経営下にある組織変革プロジェクトについて、その実践知をお届けします。同社代表取締役の小澤新也さん、経営企画の伊藤歩美さん・高野哲郎さんと、プロジェクトに伴走した株式会社MIMIGURIの塙達晴による対談を行いました。
“各部門へ所属している感覚”から、組織の一体感を醸成したい
株式会社プロジェクトアドベンチャージャパン(以降、PAJ)は「器の大きな人間社会の実現」をミッションに掲げ、教育、施工などの事業に取り組みながら、日本最大級のアドベンチャーパーク「PANZA」を運営しています。一見順調な事業展開を見せる同社ですが、多角化の副作用として、組織全体の一体感が薄まってしまったといいます。小澤さんは当時を思い返し、このように語ります。
小澤「独立採算で各事業部がそれぞれ動いていましたが、PAJという会社にいながらも組織全体としての一体感があまりない状態でした。PAJという会社よりもその部門に所属している感じが強かったんですよね。それを打破するために、PAJらしさを社員一人一人にもっと伝えたいという思いがありました」
各事業部が独立採算で力をつける中で、PAJという組織全体の調和や連携が難しくなり、組織の求心力が損なわれてしまったのです。その結果、掲げているミッションもいつしか形骸化してしまう事態に。そこで、この難題を解決するため、PAJという組織の”らしさ”を浸透させ、事業間シナジーを創出することを目的に、PAJとMIMIGURIのプロジェクトが始まりました。
対談内容は、以下動画でもご覧いただけます。
組織の“らしさ”を取り戻す。アドベンチャー業界の先駆者が挑む部門間連携の新機軸
「ロジックではなく、砂遊びをしてミッションを考える」ワークショップで視覚化された共通点
組織全体のブランドを再構築するために、まず「PAJのコアは何か」「理念と事業のつながり」を整理する最初の取り組みが行われました。砂遊びを用いたワークショップを通して各事業部の”らしさ”を視覚的に表現し、共通認識が形成されていきます。
塙「実際にカラフルな砂を用いて、PAJの理念や各事業のミッションという抽象的な概念を造形していただいたんですよね。ロジックではなく、砂遊びをしてミッションを考えることの良さについて、みなさんはどう感じましたか?」
伊藤「感覚的に考えることができる点がよかったです。色や形を用いながら、潜在的に思っていることを表現できたのかな、と。また、作りながら話すプロセスで『なぜその色なのか、その形なのか』という問いから、それぞれが思っているイメージを共有できて、共通認識が持てました」
小澤「3つのグループに分かれてワークを行ったにも関わらず、出てきた色や形が似ていたというのが新たな発見でしたね。みんなイメージするものは一緒なんだ、と感じました。
また、どんな思いでその色を選んだのか、対話をしながら色をつけていたのは良かったですね。例えば、施工事業ではアドベンチャーの施設を安全に支えるという観点でグレーを使っていましたが、灰色の中でも根を張るような絵を描かれていて、PAJの施設だけでなくお客様の施設も含めてとても広く取り扱っているから業界のハブのイメージなんだよ、という話もあって、印象的でした」
塙「このプロジェクトでは事業間のシナジーを考えることも重要なポイントでしたが、ワークの中でシナジーの観点で気づきはありましたか?」
高野「私自身としてはまず、プロジェクト以前は『シナジー』という視点で他の事業部を見ていなかったな、ということに気づきました。それが新たな発見でありスタートでした。
その後、対話の中で、自分たちが担っている教育事業では、数千人に価値を届けていて、さらに施工事業を合わせると年間、何万人という人にアドベンチャーを届けられていることに気づきました。自社を客観的に見つめることができ、これを活かさない手はないよね、ポテンシャルだよね、と思えたんです。
そこからは何かを考えるときにもっとシナジーを生むためには?と自然と考えるようになりましたね」
事業全体を見渡し、複数の事業があるからこその価値を考える。シナジーを生むための事業部づくり
プロジェクト後、事業のシナジーを考えた結果、新しい部門「アドベンチャーコンサルティング」が設立されました。PANZAと既存事業の関係を再構築し、シナジーを生み出すための新たな取り組みです。新規事業の誕生により、企業全体の求心力が高まったといいます。
伊藤「施工と運営と教育のシナジーを生むための新しい事業部を作りました。これまで既存の施設運営者から『運営がうまくいかない』という相談があった時に、施工部門が直接受けて話を聞くことはしていましたが、PAJから情報提供をすることはなかったんです。しかし、アドベンチャーコンサルティングができたことで、運営視点での情報提供が少しずつできるようになりました。事業全体を見渡し、3つの事業があるからこそ生まれる価値を考え、それ自体が少しずつ事業になりはじめたんです」
既存事業のシナジーによって生まれた新規事業。大きな変革を組織一丸で考え、受け止めるにあたり、PAJは、全社での合宿型研修にも取り組みます。
伊藤「前段階でまとめたミッション、ビジョン、事業部ごとのミッションは社内で伝えていましたが、なかなか社員一人一人まで浸透しなかったので、改めてミッションやビジョンに向き合ってもらう2泊3日の合宿型の研修を実施しました。この合宿のコンセプトやプロセスの整理もMIMIGURIさんにお手伝いいただきました。
前半はアドベンチャーについて考えてもらうために、グループでアドベンチャーの体験をしながら、アドベンチャーとは何かを対話しながら語ってもらいました。
3日目には、MIMIGURIさんとオンラインで繋いで、自分たちの事業を紐づけて改めてミッションを解釈してみるワークショップを実施しました」
塙「事業部に所属している感覚があってPAJに所属している感覚が弱いかもしれないという話がありました。歴史もあるからこそ、これまでの良さや、とらわれてしまっている部分もあるのではないかという仮説もあったりして、理念を改めて捉えた時にどういうふうに進めていくかのワークショップを開催しました」
合宿の中では「器の大きな人間社会の実現」というPAJの理念にまつわるエピソードを「ラジオ」として音声配信し、小澤さんと高野さんが出演する場面も。入社当時、小澤さんがアメリカの施工チームに派遣され、英語も話せない中で”アドベンチャーな経験”をしたことが「器が広がった経験」として語られました。理念について知る機会があったからこそ、その後の作る作業が盛り上がったと、伊藤さんは語ります。
伊藤「ラジオの後には、今やっている事業の得意な手を封じて他の技を出すとしたら、どんなことができるかという話をしました。特に新しく入った若いメンバーは、何も前情報がなかったら、何を考えているか分からなかったかもしれませんが、小澤の個人的な体験から「器の大きさ」をイメージでき、自分にとっての体験は何かを気軽に出せたのだと思います」
ワークショップを通じ、組織に変革を浸透させたPAJ。現在は、整理した理念や事業部ミッションを踏まえて、事業にも着手しはじめています。そうした中で無機質な数字を積み木で表現し、さまざまな観点で考えるように工夫しているといいます。
高野「今まさに、事業部ごとの具体的な20年、30年を考えようとしています。その中でも、アドベンチャーエンターテインメントという施設運営を中心に置くことで、やるべきことを整理しています。各事業部のコンセプトやミッションが出ているので、それを基に数字を考えやすいし、方向性も確信があります。
数値系の話をするときには、積み木でメタファーを使いながら考えることでPLを引いたりもしています」
塙「実際に積み木を作ってみてどうですか?」
高野「私は数字があまり得意ではないので、形あるものにすることで把握・理解しやすいなと思いました。他社の例を出して、その会社の特徴が積み木の形に現れているのが感覚的に確認できました。また、他社との違いだけでなく自社の他の事業との違いも分かりやすく表現でき、ビジネスモデルの違いなども立体的に見えてきます」
組織にシナジーを生み出した過程を、組織づくりの見取り図で振り返る
各事業部がシナジーを出すことで、事業も組織も変革することができたPAJ。このプロジェクトを振り返るべく、MIMIGURIの塙と原が、今回のプロジェクトを、MIMIGURIが提唱する組織づくりの羅針盤「Creative Cultivation Model(CCM)」を見取り図に、シナジーを生むための取り組みを分析しました。
参考:
CCMとは何か? 新時代の整合性モデル “Creative Cultivation Model”は、冒険的組織づくりの羅針盤 | CULTIBASE
https://www.cultibase.jp/articles/14773
組織づくりにおいては、各事業のらしさや理念を表現し、文化的な整合を図ることが重要です。経済性だけでなく、事業や社会的価値の探究の中で組織文化を大切にすることがPAJにとって重要でした。CCMを見取り図にして考えることで、潜在的にあったが言葉になっていないもの同士が結びついたような感覚があったと、小澤さんは話します。
小澤「私自身は元々、施工系出身ということもあり、組織開発に長けていたわけではありません。しかし、一社員だった時に感じていて、言葉にできていなかったことが図示されることでこういうことだったのか、と結びつきました」
また、プロジェクトを改めて振り返る中で見えてきたことは、対話の時間を増やし、経営チームが一枚岩になったことが大きな変化のポイントだったということです。
PAJの組織変革は、会社のカルチャーや数値を抽象的な遊びに落とし込み、対話を重ねることで、理念や価値観を再確認し、それを具体的な行動に移すことで実現しました。
「変化」と「整合」、その間を行き来しながら、組織にとってちょうどいいバランスを見つけるのが、成功の鍵の一つなのではないでしょうか。
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本記事は、CULTIBASE Lab動画「組織の“らしさ”を取り戻す。アドベンチャー業界の先駆者が挑む部門間連携の新機軸 」の一部を記事化したものです。動画ではCCMを用いたより詳しい解説等がご覧いただけます。