新たな価値創造のための3つの文化を活かしたTimeTreeのナレッジマネジメント:【連載】ナレッジマネジメント事例集(2)

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新たな価値創造のための3つの文化を活かしたTimeTreeのナレッジマネジメント:【連載】ナレッジマネジメント事例集(2)

株式会社TimeTreeは、予定の共有や相談をグループ(家族・カップル・バイト仲間など)で容易に共有可能なカレンダーアプリを開発しています。2024年4月時点で5500万ユーザーを越え、いまや日本国内に留まらず、アジア・ヨーロッパ・北米にもユーザー層を拡げているTimeTree。「アジア太平洋地域における急成長企業ランキング2024」でも196位(国内26位)にランクインしています。その躍進の背後にはどのようなナレッジマネジメントの取り組みが存在するのでしょうか。

TimeTreeで実践されているナレッジマネジメントには「失敗を恐れない文化」「学習する文化」「エンジニア文化」の3つの文化の側面があります。それぞれの文化のもとで実際に行われている具体的な施策と、それらがナレッジマネジメントの観点でどのような意味を持つのかについて紹介していきます。


▼今回お話を伺った方(敬称略)

里見玲爾

里見玲爾

株式会社TimeTree COSO(最高組織責任者)

2009年にヤフー株式会社のエンジニアとしてキャリアをスタートし、カカオジャパンやワイズスポーツ株式会社を経て、2018年にTimeTreeに入社。現在の肩書であるCOSOは「企業文化やミッションアラインメントの仕組み、社内コミュニケーションの仕組みといった「組織のOS」ともいえる領域を担う」役割。


▼【連載】ナレッジマネジメント事例集(1)はこちら

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1 組織の基盤にある「失敗を恐れない文化」

創業当時よりTimeTreeは世界中の予定管理をアップデートするため、世の中に未だかつてない価値やサービスの創造に取り組んできました。しかし「新しい価値を創る」ことに挑戦するうえでは、必ずすべてが成功するわけではなく、失敗を恐れないマインドを持つことが重要になっていきます。

そもそも「失敗すること」はマイナスな側面だけでなく、「学習が促進される」「ナレッジが蓄積される」という良い側面もあります。TimeTreeではたとえ失敗をしたとしても、失敗から得られた学びを次の機会に活かしていくことが重要という価値観が共有されています。

この「失敗を恐れない文化」をつくるために積極的に取り組んでいることとして、マネージャー陣が率先して失敗している姿を見せることが挙げられます。挑戦と失敗を繰り返す背中を見せることで「失敗してもよいのだ」という安心感を社内に醸成することができると里見さんは語ります。その結果として「うまくいっていないこと」も社内の会議でも普通に開示することができるような組織が形成されているといいます。

MIMIGURI VIEW:「失敗」は学習を最大化する機会である

TimeTreeでは、迷ったときにはまずは進み、その中から学びを得ていく姿勢を大事にしてきました。事業開発において期待通りの結果が出ないことは「当たり前」のことと見なし、素早く実行、結果から学び、修正するというサイクルの高速化を掲げています。とはいえ「失敗を恐れない」というのは言うが易し。失敗してしまうと自分の評価が落ちるのではないかと危惧し、失敗した事実を周囲に開示するのが怖くなってしまうものです。

しかし新規事業開発における「失敗」を扱う研究者であるPetrucciらによれば、事業開発における失敗直後は、新たなチャンスに繋がる可能性のある活動が生まれる重要なタイミングであると位置づけており(Petrucci, 2021)、むしろ失敗こそが発展のリソースとなる経験や蓄積が獲得されるタイミングでもあると考えられています(Petrucci, 2019)。TimeTreeは「失敗」という事実よりも、その後の「学習」に比重を置くことにより、失敗から獲得される機会を最大化することを組織的に心掛けているように感じられます。またマネージャー陣などが率先して「失敗から学習する」という姿勢を示すことは、組織文化として「失敗を恐れない」を定着させる試みとして他の組織でも参考になる観点といえるでしょう。

2 「学習する文化」を促進するため多様な施策を組み合わせる

TimeTreeでは、組織の「学習」をより促進するために様々な施策を組み合わせています。ここではTimeTreeの「学習する文化」促進に向けた3つの取り組みを紹介します。

1つ目は、全社ワークショップです。TimeTreeでは、創業時から半年に1度のペースで、必ずメンバー全員で組織状況を感じ取り、対話し、得られた学びを次の組織へ活かしていくサイクルを回しています。これは、経営陣から組織の今後の方向性を社員へ発信する機会となっています。同時に、経営層が思い描く未来像に対する社員からの生の声を得る場となっています。

2つ目の取り組みは、任意参加型の全社ミーティング「JUBILEE Friday(ジュビリーフライデー)」です。このイベントでは、金曜日の夜に30分ほど、社員が取り組んだ仕事とそこから得られた学びを共有します。深い学びを得るためというより、他のチームがどのようなことに取り組んでいるか、どういうことに関心を持っているかを気軽に聞きにくる場として重宝されています。

3つ目の施策は、四半期毎のOKRの見直しです。OKRとは企業経営における事業目標の立て方のひとつですが、TimeTreeでは3ヶ月に一度のタイミングでOKRを必ず見直すようにしています。OKRを見直すふり返りの場では、一般的によく用いられるKPT(Keep/Problem/Try)にLearnを加えた「KPTL」を用いています。つまりKeepとProblemを洗い出して、次に何をTryするかを考えるだけでなく、「Learn」学びとして、そのOKRに向けた取り組みを通じてわかったこともふり返るようにしています。

その他にも元々はコロナ禍の社員同士の交流のために社内ではじまり、現在は社外にも展開されているポッドキャスト「タイムツリーラヂオ」、iOSエンジニアが技術情報について話す社内ラジオなど、自分の学びや考えを発信する機会が豊富に存在します。

MIMIGURI VIEW:実践からの学びを次へ活かす”経験学習”の仕組みづくり

ここで取り上げた、学習を促進するための施策では、社員同士が集まる場づくりと対話が重視されていることが伺えます。ドキュメントに書かれたナレッジを読むだけでは受け取りきれない細かな実践知について、直接話を聞く機会があれば、どのような背景でその方法を用いたのかなど、ナレッジの前提にある考えや価値観まで理解を深めやすくなります。

特に「JUBILEE Friday」は、社員の業務実践からの学びが語られる場として数年に渡って運営されており、日々の業務から得られた学びを次に活かしていく考え方が組織文化として定着されていることの現れと言えるでしょう。

実務上の活動での試行錯誤を通して学び、その学びを次の活動へと活かしていくことを繰り返していく様子は、デイビッド・コルブの経験学習サイクルに通じるものがあります。

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3 ナレッジ共有を下支えする「エンジニア文化」

TimeTreeの学習する文化を支えているものとして、「エンジニア文化」が挙げられます。TimeTreeには、SRE、iOS、Android、Frontend、Backendといった幅広い領域のエンジニア(2024年8月時点で39名)が在籍していますが、業界でエンジニアが広く持っている意識や習慣が多く取り入れられています。

TimeTreeのエンジニア文化の特徴として1つ目にあげられるのが、チームで働く意識を持ち、助け合いながらチームが自律的に活動していることです。TimeTreeでは、社内で誰かが困ったと言うとすぐ助けてくれる人が現れ、助け合いが起こります。これは、困っている人を助けた方がチーム、組織として生み出す価値を増幅できるという考えが土台にあるためです。また、強みが異なるメンバーが、一人ひとりの強みを組み合わせながら自律的に活動し、組織として新たな価値を生み出すプロダクト開発を目指す組織感を持っていることも、チームでプロダクト開発を進めていくエンジニア組織の特徴と言えます。

特徴2つ目は、エンジニアリングの力を借りながら個人が持つナレッジをオープンに共有しあっていることです。たとえば、TimeTreeでは社内のドキュメントツールとしてNotionが使われていますが、データベースのアプリケーションであるNotionにはドキュメントに「いいね」する機能がデフォルトではついていませんでした。そこで社内のエンジニアが「いいね」機能を追加するブラウザ拡張を社内で配布し、社内のNotionトップページで「いいね」が多い順にドキュメントを参照できるようにしました。このように、「いいね」機能を追加したことで、社内で注目度の高いナレッジを可視化する仕組みがつくられています。

エンジニアリングの力を借りて社内ツールを改善し、組織づくりに繋げていくということに引き続き取り組んでいきたいと里見さんは語ります。里見さんの肩書がCOSO(最高組織責任者)で、「組織のOS」を担う役割が課せられるほどに、TimeTreeではエンジニアリングと組織づくりが不可分に結びついているのです。

MIMIGURI VIEW:エンジニア文化の背景にあるのはアジャイル開発の価値観と知識創造理論

TimeTreeがエンジニア文化として大事にしている特徴を端的にまとめると、①チームで助け合いながら自律的に活動すること、②自分が持っている知識をオープンに共有すること、の二点があげられます。

これらの特徴は、ソフトウェア開発の手法であるアジャイル開発の価値観と共通しています。アジャイル開発では、情報をオープンに保つ仕組みが積極的に取り入れられ、自律性を尊重したチームづくりが行われます。何をつくるべきか不確実性の高い現代のプロダクト開発チームが、顧客にとって価値のあるプロダクトを開発しようとすると、失敗を恐れず、失敗からの学びを次に活かすことが必要となります。そこで、試した結果の情報など自分が持っている情報は、組織の誰もがアクセスできるようオープンにした方が良いという考えに至るのです。

また、アジャイル開発は、知識創造理論を提唱した竹内弘高と野中郁次郎が新製品開発のプロセスについて論じた論文がもとになって生まれたものです(Takeuchi, 1986)。そう考えると、新たな価値の提供を目指すプロダクト開発において、TimeTreeが実践している情報をオープンに共有しあうことや、助け合いをはじめとするエンジニア文化は、新たな価値創造を目指す組織にとって、ナレッジマネジメントを促進するために有効なアプローチと言えます。

4 「賞賛」というインセンティブ

丁寧に学習文化づくりに取り組んでいるTimeTree。その結果としてTimeTreeでは報酬といった具体的なインセンティブがなくとも、ナレッジの共有が行われるようになっています。むしろインセンティブを与えてしまうと、ナレッジの共有もインセンティブが目的になってしまい、自発性が薄れてしまいかねないとも考えられているほどです。

強いて言うなら「賞賛」がインセンティブの代わりになっているといいます。

例えば、エンジニア文化で紹介したNotionの「いいね」機能も賞賛のための仕組みとなっています。ドキュメントを読む側にとっては、「いいね」が多くついているものを読んでみようと思うレコメンドとなり、書く側にとっては、「いいね」がつくと書いてよかったと思える賞賛を受けていることを実感する仕掛けになっています。

また、TimeTreeでは社内のコミュニケーションツールとしてSlackを使用していますが、スタンプによるリアクション機能が多く活用されています。例えば、Slackの投稿の中にジュビリーフライデーで詳しく聞きたい話題があれば、「じゅびふら」スタンプを押すことでその知見を欲している人がいることが可視化され、その投稿が役立つ知見であるという賞賛になります。勉強になると思った投稿には「勉強になります」スタンプを押すと、そのスタンプが押された投稿が「#learn-a-lot」チャンネルに転送され貯まっていくなど、Slackのスタンプを活用した賞賛の送り合いがされています。

社内ツールに実装したリアクション機能は、社員同士の尊重・共感・尊敬を可視化し、実感しやすくするものとして機能しているのです。

MIMIGURI VIEW:賞賛は「あなたの学びを応援している」というメッセージ

ナレッジマネジメントの実務的な課題の一つとして、社内にナレッジを残したところで、誰の役に立っていて、どのように利用されうるかなど、社内の反応が分からないというものがあります。時間をかけてドキュメントを残したとしても、リアクションがなければ自分の知識が役に立ったのかわからないため、ナレッジを残すモチベーションも湧きにくくなり、仕組みが形骸化してしまうことも少なくありません。

しかしTimeTreeのナレッジマネジメントの特徴は、SlackやNotionのリアクション機能を活用し、良いナレッジを残した社員に対する「賞賛」の可視化を進めている点にあります。たとえ失敗があったとしても、「あなたの学びを応援している」という賞賛のメッセージを送り合うことで、次の学習を効果的に動機付けているといえます。

5 組織拡大、人材の多様化に伴うナレッジマネジメント施策の変化

組織拡大によって生じた、学習の場づくりの課題

ここまでのTimeTreeでは、ボトムアップで「みんなで意見を出す」「みんなで決める」文化がありました。しかし企業規模が大きくなり、人材の多様性が高まる中で、全員の納得を前提とした合議的な意思決定を行うことが難しくなってきたといいます。そこで、2024年には「経営陣での意思決定をメンバーに示す」という「みんなで決める」とは異なる新たなスタイルでミッション・ビジョン・バリュー(MVV)の策定が行われました。9月26日に新たなMVVがWeb上で公開されています。

株式会社TimeTree、創業10周年を機に ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)を刷新

この組織拡大はTimeTreeのナレッジ共有の仕組みにいくつかの課題を生じさせたといいます。例えば創業期から行ってきた全社ワークショップの場合、人数が限られていた時代では、メンバー同士が「よく知った関係」だったため、ランダムにグループ分けをして学びを共有しあっても深い学びを持ち帰ることができました。しかし、2024年現在では、職種が多様化し、メンバー同士が互いをよく知らない状況で対話する場面が増えています。また、職種間の前提知識の違いから、同じワークショップを通じて「共通の学び」を得ることが難しくなってきました。そのため、全社ワークショップの役割を「学びを持ち帰る場」から「関係性を築く場」へと再定義し、運用が行われています。

またJUBILEE Fridayも、元々は全社向けのナレッジ共有の場として位置づけられていましたが、社員が持つ前提知識が多様化する中で、異なる職種のメンバーへ向けて前提知識の違いを話すところから始めると、なかなか深い学びにまでつながりにくいという課題が出てきました。事業に活用できるような深い学びを得たいメンバーにとっては、少し物足りない場になってしまいます。

新たに生まれた学習スタイル「オープン会議」

深い学びを得る場づくりが難しいという課題に向き合う中、里見さんを含めた組織のOSを扱うチームが新たに導入した仕組みが「オープン会議」です。

きっかけは、TimeTree内で行った大きな事業プロジェクトの振り返り会でした。プロジェクトメンバーに加え、TimeTreeの2名の代表も交えて「プロジェクトを進めていく中でお互い何を感じていたのか」を率直に語り合う場です。その場は、メンバーから語られる一言一言が重く、建設的で、とても示唆深い学びに溢れていました。そして、このふり返り会は、社内で誰でも視聴できるようにライブ配信が行われ、会議の録画も社内向けに共有されました。

このとき、プロジェクトメンバーである当事者同士が互いの思いを深く対話している様子は、そのプロジェクトに直接関わっていないメンバーにも深い学びにつながる可能性が見出されました。組織拡大を続けるTimeTreeにおいて深い学びを得ようとするならば、従来取り入れられていた社内イベントの方式ではなく、生の会議の録画を共有しあう形式の方がよいのではないかという気づきから「オープン会議」の導入につながりました。

「オープン会議」では、社内の誰に見られてもよい会議を「オープン会議」として設定することで、会議の録画を全社員が閲覧権限を持つ仕組みになっています。最初は、定例会議で活用されることをイメージしていましたが、新たに開発した機能に関する説明会を「オープン会議」形式にして全社へ展開しやすくするなど、当初想定していなかった活用も生まれてきています。そして、この仕組みは里見さん自身が開発したもので、TimeTreeの創業当初からあるエンジニア文化は変わらずここでも活きています。さらにこの自由かつオープンに会議録画を見ることができる仕組みは、TimeTreeの「だれもためらわない環境を―オープンコミュニケーション」という新バリューとも、シナジーがあるものになっています。

MIMIGURI VIEW:組織拡大に伴う変化にも、組織文化を活かして立ち向かう

Goodpatchの事例でも見られたように、ナレッジマネジメント施策は組織状況の変化にあわせて施策を調整し、改善していく必要が生じるものです。TimeTreeでも組織拡大のタイミングに合わせて人材多様性の高まりに伴う難しさに向き合いながら、学習の仕組みを調整していました。

TimeTreeに特徴的なのは、新しい仕組みを導入する際、何のためにそれをやるのかをしっかり説明することで、社員も比較的新しい施策に乗ってきてくれる人たちが多い点です。このような組織の仕組みの変化に対してそれを最初から否定せず、まず試してみようとする風土は、新たな価値を生み出していくために仮説検証を繰り返していくプロダクト開発に代表されるエンジニア文化も影響しています。

このように、MVVが変わっても、もともとあった組織文化で大事にし続けたい部分は継承しながら、新たなナレッジマネジメントの仕組みへと更新し続けていくことが、組織拡大に適用しながらナレッジマネジメントを推進いくために求められてくると言えるでしょう。

サマリー

TimeTreeのナレッジマネジメントの特徴を整理すると、次の3つのポイントが浮かび上がります。

  • 「世の中に未だかつてない価値を創造する」という創業当時から目指していることのために、経営層が率先して失敗する背中を見せながら、失敗を恐れず失敗から学ぶ文化を醸成してきている。
  • 失敗から学び、新たな価値創造を目指すために、学びを共有しあう対話の場づくりと情報をオープンに共有しあう仕組みづくりの施策を組み合わせて、学習する文化を醸成してきている。
  • 個人やチームの学びを社内で共有しあう対話の場づくりが継続されている背景にはエンジニア文化が存在する。ここでいうエンジニア文化とは、チームで働く意識が高く、また技術力を活かして独自の情報共有システムをつくりあげ、社内で情報をオープンに共有しあう行動習慣である。

TimeTreeは創業時から現在にかけて新たな価値創造を目指す手段として学習文化を育み続けてきた、とても稀有なナレッジマネジメント事例です。これらの特徴は、TimeTreeと同様に世界に羽ばたくプロダクト開発をめざすスタートアップ企業はもちろんのこと、エンジニアの割合が多いIT企業や、大企業においても更なる価値創造を目指す事業部の組織づくりの観点で学べる部分が多いのではないでしょうか。今回の事例で伺えたナレッジマネジメント運用に向けて参考となる点を3つ解説します。


(1)あらゆる業務から学びを得られる仕組みを整備する

組織開発を非日常的なアプローチに該当する「ハレ」と、日常的なアプローチに該当する「ケ」の双方を使い分けることが重要であるということは語られてきました(CULTIBASE, 2021)。TimeTreeの特徴は、この組織開発のハレとケの両輪駆動であるということです。

実際に、普段使用するコミュニケーションツールを活用し、学びをオープンに共有しあえる「ケ」の仕組みをつくることで、誰もが日常的にナレッジに触れやすくなります。特に2024年では新しいMVVに「オープンコミュニケーション」が含まれ、オープン会議という仕組みが取り入れられることで、一層、ナレッジに触れるためのインフラが整備されていきました。

加えて、対面で集まって対話をしたり、皆の前で業務でやってみたことから得た学びを語る「ハレ」の機会を継続的につくることで、語られるナレッジの具体的な実践文脈の理解を深めながらナレッジを分かちあうことができます。今回紹介した施策には、業務一つひとつの経験すべてから学びを得ようとする姿勢が表れています。

このように、「ハレ」と「ケ」の両方を活かし、業務上のあらゆる活動からの学びを社員同士が互いに分かちあえる仕組みを整備していくことが、ナレッジマネジメントの仕組みづくりをする上で重要と言えます。

(2)学びを得やすい仕組みづくりと場づくりを掛け合わせる

メンバー同士の関係を深めながら、業務上の経験からの学びを組織内で共有しあい、次の機会へ活かすために、TimeTreeでは全社ワークショップやナレッジシェア会「JUBILEE Friday」などの対話の場づくりを取りいれつつ、notionやslackを活用した情報共有の仕組みづくりを掛け合わせたナレッジマネジメント施策が実践されている点が特徴です。

情報共有の施策として、ナレッジをデータベース上に蓄積していく仕組みづくりはよく行われます。ナレッジに誰もがアクセスできる仕組みをつくることは重要ですが、せっかくナレッジを貯めても蓄積されたナレッジが活用されないケースも少なくありません。また、ドキュメントなどで共有された情報に目を通すだけでは、そのナレッジにおける肝の部分まではなかなかわからず、他者がそのナレッジをうまく活用できないことも多々あります。情報共有の仕組みづくりだけで不十分な部分は、対話の場をつくり、ナレッジの背景にある考えや価値観にも触れていくことで、文脈に合わせてナレッジをどのように応用したらいいかがわかってくるようになります。

このように、組織内で情報をオープンに共有しあえる仕組みづくりとナレッジの意味を深める対話の場づくりを掛け合わせることで、組織内のナレッジ共有、活用を活性化させることができます。

(3)学びを強要はせず、「気軽さ」を大事にする

TimeTreeでは、業務でやってみたことから学ぶ組織文化がある程度根付いていますが、JUBILEE Fridayなどのナレッジシェア会はあくまでも任意参加の場。「ちょっと他のチームがやってることを知りたい」と思ったメンバーが気軽に参加できる場になっています。また「オープン会議」も強制的な視聴を求められず、濃い学びを求めるメンバーや、情報をしっかりキャッチアップしたいメンバーが任意で視聴できる仕組みとなっています。

このように、組織として学びを大事にしながらも強要はせず、個人やチームがそのとき気になるナレッジに気軽に触れられる仕組みをつくっておくことが、結果的に組織全体として学習文化を育んでいくことにつながると考えられます。

ナレッジシェアをした社員に対して金銭を伴う報酬や評価などのインセンティブを設ける企業もありますが、明確なインセンティブ制度がなくとも、ナレッジシェアに対する賞賛がインセンティブとして機能するTimeTreeのような企業もあります。ナレッジシェアを促進するためにインセンティブ制度を導入することは、学びを共有しあう学習文化を根付かせていく初動として有効な手段です。ただし、人によっては、「やらねばならないこと」として重く受け止めてしまい、逆に学びが起こりにくくなる懸念もあります。重くなりすぎず、気軽さを残しながら学びあう組織文化をいかに醸成していけるかが肝となるでしょう。

おわりに

実は「ナレッジマネジメント」を意識していない

ここまで、TimeTreeで実践されているナレッジマネジメントを紹介しましたが、実はTimeTreeではこれらの施策が「ナレッジマネジメント」という概念を全く意識せず実践されています。

里見さんも「僕らは体系立てて(ナレッジマネジメントを)意識してというよりかは、その時々で必要なことを考えて実行してきました」と語ります。すなわち創業時から組織アイデンティティとして「失敗を恐れない文化」があり、それを実現するために必要なことを考え、実践と改善を繰り返すなかで、本質的に重要な「組織のOS」を社内で運用できるに至っています。

学びを共有しあう仕組みづくりも対話の場づくりも、すべては顧客に新しい価値を届けることを目指して、そのための手段として行われているのです。

その意味ではTimeTreeにおけるナレッジマネジメントは、創業期から時間をかけて樹木のようにじっくりと育てられてきたものであり、後発的にナレッジマネジメントの導入を試みた企業事例とはまた異なるアプローチといえます。しかし「組織に必要とされるものを適宜実装していく」というオープンかつ試行錯誤的な姿勢こそ、ナレッジマネジメントに取り組む際の肝と言えるかもしれません。


参考文献

  • CULTIBASE. 「組織開発概論:関係性を耕す“ハレ“と”ケ“のアプローチ」. CULTIBASE. https://www.cultibase.jp/videos/7193. (アクセス日: 2024年10月9日)
  • Petrucci, Francesco, and Matilde Milanesi. "It Ain’t Over Till It’s Over: Exploring the Post-Failure Phase of New Ventures in Business Networks." The Journal of Business and Industrial Marketing, vol. 37, no. 13, 2021, pp. 64-76.
  • Petrucci, Francesco. "The Phenomenon of New Venture Failure from a Business Network Perspective." 35th IMP Conference, Paris, France, 2019.
  • Takeuchi, Hirotaka, and Ikujiro Nonaka. "The New New Product Development Game." Harvard Business Review, vol. 64, no. 1-2, 1986, pp. 137-146.
  • 平鍋健児, 野中郁次郎, 及部敬雄. 『アジャイル開発とスクラム 第2版 顧客・技術・経営をつなぐ協調的ソフトウェア開発マネジメント』. 翔泳社, 2021.

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連載

ナレッジマネジメント事例集

本連載では、ナレッジマネジメントが行われている企業へMIMIGURIが取材を行った内容をもとに、各企業の事例を紹介すると同時に、企業規模や組織状況に応じた導入の要点について解説します。

本連載では、ナレッジマネジメントが行われている企業へMIMIGURIが取材を行った内容をもとに、各企業の事例を紹介すると同時に、企業規模や組織状況に応じた導入の要点について解説します。

著者

東京大学大学院情報学環客員研究員。東海大学経営学部非常勤講師。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。専門は実践研究方法論。現在は企業組織のナレッジマネジメントに関する研究活動に従事している。電子情報通信学会HCGシンポジウム2020にて「学生優秀インタラクティブ発表賞」、電子情報通信学会メディアエクスペリエンス・バーチャル環境基礎研究会にて「MVE賞」を受賞。

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