KOEL DESIGN STUDIOは、NTTコミュニケーションズ株式会社内で2020年に発足したインハウスデザイン組織です。人間中心のデザインや社内のデザイナー育成を担うデザイン組織として成立し、社内のデザインにおける部門横断的な専門組織(CoE:センターオブエクセレンス)として、活動を続けています(NTT技術ジャーナル, 2024・金,2022)。

近年KOELがデザイン対象としているのが行政が主体となる「パブリック」と、企業が事業化できる「ビジネス」の中間に位置する「セミパブリック」と呼ばれる領域。このセミパブリックの場において、「人や企業に愛される社会インフラ」の実現を目指し、多岐にわたるデザイン活動を展開しています。その取り組みが高く評価され、2023年には「KOEL DESIGN STUDIO」が組織としてグッドデザイン賞を受賞しています(NTT技術ジャーナル, 2024)。
グッドデザイン賞:https://www.g-mark.org/gallery/winners/17841
KOEL DESIGN STUDIO:https://www.ntt.com/lp/koel
『ナレッジマネジメント事例集』の第三回では、KOELの事例を取り上げます。KOELのナレッジマネジメント推進にあたっては、株式会社MIMIGURIが一部伴走支援を行い、インハウスデザイン組織における知識創造活動のありかたを共に探究してきました。多様なデザイナーが在籍するKOELでは、社内のデザインCoEとして活躍する一方で、自組織内でのナレッジマネジメントに対する課題を感じるシーンが多くなっていったといいます。そこで、本記事ではKOELがどのようにナレッジを蓄積し、活用しているのかを掘り下げます。
今回は、KOEL代表の土岐哲生さん、そして2022年よりKOELのナレッジマネジメントチームをリードしてきたUI/UXデザイナーの冨田七海さんにお話を伺いました。土岐さんは、NTTグループのなかでデザインの重要性を説きながら、デザインの価値を浸透させる取り組みを推進してきました。冨田さんは、ナレッジマネジメントチームのリーダーとして、知識をKOEL内で共有・活用する仕組みづくりを担っています。
▼今回お話を伺った方(敬称略)

土岐 哲生
KOEL代表
ネットワーク、クラウド、アプリケーション、IoTのサービス企画・開発・運用から会社全体の人材育成まで幅広く担当し、KOELでは代表としてデザイン案件支援、組織開発・組織デザインを主導。

冨田 七海
UI/UXデザイナー
制作会社を経てKOELに参画。サイト・アプリケーション制作やデザイン人材育成のほか、KOELの組織づくりプロジェクト“ナレッジマネジメントPJ”のリーダーを務める。
1 なぜKOELにナレッジマネジメントが必要だったのか
KOELのナレッジマネジメントは、組織の成長を支え、デザインが持つ本来の価値を最大限に引き出すために不可欠な取り組みです。発足当初は基盤整備に奔走していましたが、約1年が経った頃から以下4つの課題が浮き彫りになりました。
(1)デザインの価値が正しく認識されない
KOELが目指しているデザインは、顧客の課題解決や新規ビジネス創出に向けた戦略的なプロセスであり、その価値がNTTコミュニケーションズ社内に十分に伝わっていませんでした。具体的な事例や成果を示すことで、デザインの価値を明確に示し、社内の認識を変えていく必要がありました。
(2)短期的な収益と持続的価値創出のバランス
NTTコミュニケーションズ内のビジネス現場では、サービスローンチや定期的なアップデートなど、短期間で結果を求められる状況が多く見受けられます。その一方で、デザインがもたらす中長期的な品質向上を目指した活動が後回しにされてしまうこともありました。短期的な目標と長期的な戦略の両立を実現するため、デザインの意義を体系的に整理し、他部門にも伝えやすい形にする必要が生じたのです。
(3)プロパー社員とスペシャリスト社員の連携不足
KOELには、二つの異なるバックグラウンドのメンバーが在籍しています。新卒入社のプロパー社員と、高い専門性を持つ中途採用のスペシャリスト社員、各自が持つ専門知識や現場経験は優れた成果を生んでいますが、それぞれの知見がプロジェクト単位内での共有に閉じており、部門全体での知識や経験の共有や相互補完が十分に行われていませんでした。
(4)個々の学びやノウハウの組織内共有不足
各プロジェクトで得られた経験や知識は、参加したメンバーに蓄積されるものの、組織全体で共有する仕組みが整っていませんでした。その結果、同じ課題に対して何度も初期状態から取り組む「車輪の再発明」が発生し、業務効率が低下していました。これを防ぐために、個々の知見を体系的に整理し、全体で活用できるプラットフォームが必要でした。
MIMIGURI VIEW:価値創出と業務効率への課題感
KOELでナレッジマネジメントが必要になった背景には、「価値創出」と「生産性最大化」という2つの観点が含まれていると捉えられます。

(1)他部門からデザインの価値が適切に認識されないと、(2)短期的な成果ばかりが期待され、中長期的な価値創出に取り組みにくくなってしまいます。こうなってしまうと、本来もっているデザインの価値を活かしきれず、価値創出ができない状態に陥ってしまいます。
また、(3)考え方が異なるプロパー社員とスペシャリスト社員の連携が不足すると、(4)部門内のナレッジ共有も不足し、「車輪の再発明」の発生など業務効率が悪化してしまいます。このように、デザイン組織としての価値創出と業務効率の両面からナレッジマネジメントが必要とされてきたのが、KOELの特徴と捉えられます。
2 KOELのナレッジマネジメントの軌跡
KOELは発足以来、組織の成長に合わせてナレッジマネジメントの形を模索してきました。その結果、プロジェクト遂行力の向上、ナレッジの共有、組織力の強化を実現しています。ここからは、模索する過程で直面した課題とその克服のプロセスをふり返ります。単なる情報の蓄積ではなく、組織を強くするための仕組みへと変わっていく様子が見えてきました。

(1)プロジェクト進行の体系化(2020年度)
発足1年目の2020年度、KOELはプロジェクト遂行力を高めるための仕組みと組織文化をつくることを目的とした「すくすくPJ」を推進し、プロジェクトの立ち上げから完了までのワークフロー「プロジェクトのしおり」を策定しました。これにより、メンバーが共通のメソッドを用いて業務効率化とアウトプット品質の向上を図りました。
さらに、プロジェクトの各フェーズでメンバーの意識を統一するために、互いのふり返りと学び合いを促進する「FLIGHT文化」の運用を開始しました。プロジェクト開始前の「pre-FLIGHT」、進行中の「mid-FLIGHT」、終了後の「post-FLIGHT」により、メンバー間での目標共有とふり返りが促進され、メンバー同士がともにふり返り、互いの学びあいが促進されていきました。
(2)部門全体でのナレッジ共有促進(2021年度〜)
プロジェクト単位での学びは蓄積されたものの、KOEL全体への波及が不十分であるという課題に対応するため、2021年度に「完走プロジェクト共有会」が開始されました。各プロジェクト終了後の「post-FLIGHT」で得たナレッジを、月次の共有会を通してKOEL全体に広げる取り組みです。
さらに、社内の多目的ナレッジシェアを推進する勉強会「こえるゼミ」と連携し、すくすくPJと統合した運営体制の下、毎週1時間定期的に開催されるようになり、「完走プロジェクト共有会」に加えて、個人が持つ専門知識や経験を共有する「個人会」や、メンバーが挙手制で自由に1時間枠を使用できる「自由会」など、多様な枠組みが生まれていきました。このように、組織内でのナレッジの横展開が促進されました。
(3)部門内の自走化と部門外への展開(2023年度初期〜)
2023年度の初期からは、KOEL立ち上げメンバーのみでの運営から新たにKOELにJOINしたメンバーも含めた運営へとシフトしました。また、「すくすくPJ」と「こえるゼミ」運営チームが統合され、KOELの総合的なナレッジマネジメントチームとして「ナレッジマネジメントPJ」が発足しました。現在は冨田さんを中心とする4名で運営しています。これにより、KOEL内だけでなく、NTTコミュニケーションズ全体へのナレッジ活用や外部への情報発信を推進し、業界全体へ影響を与えることを視野に入れて取り組んでいます。
MIMIGURI VIEW:現場主導とトップマネージャー主導を掛け合わせた体制づくり
KOELのナレッジマネジメントは、「今何を変え、どう実行すべきか」という即時的な判断の積み重ねにより、組織学習と成長を後押ししてきました。部門内での体系的なナレッジ共有の基盤を整えつつ、代表の土岐さん自身は経営層や他部門との連携を加速させました。ナレッジ共有のルーティーンといった運用はメンバー主体で推進するようになっています。このように、現場主導による部門内のナレッジマネジメント活動と、部門を跨いで社内外へ自分たちのプレゼンスを高めていく活動を両立させるアプローチは、国内有数の大企業内インハウス組織であるKOELの特徴と言えるでしょう。
3 現場主導のチームでナレッジマネジメントを推進
2023年度からの自走化フェーズより、KOELのナレッジマネジメントは、2021年に制作会社から転職してきたUI/UXデザイナー・冨田七海さんがリードしています。冨田さんは、今まで不足していた中途採用のスペシャリスト社員の目線を含めたナレッジマネジメントを推進してきました。
高品質なアウトプットが最重視される制作会社やフリーランスとは異なり、他PJや他組織への展開も考慮したアウトプットを生み出すプロセスとその再現性を勘案する必要があるのがCoEのインハウスデザイン組織でのナレッジマネジメント活動であり、その違いを意識しながらプロパー社員と中途入社のスペシャリスト社員の両方の背景や想いを反映することを心がけています。
KOELのナレッジマネジメントは、一人で主導するのではなく、チームとして推進されています。ナレッジマネジメントの推進に関わっているプロパー社員(以下写真の阿部さん)は、長年組織にいるため、自社組織の文化やKOEL立ち上げの経緯を理解しています。さらに、当時新卒入社したメンバー(以下写真の丹羽さん)も加わり、多様な視点から「ボトルネックの解消」や「現場負担の軽減」など、柔軟な議論が生まれていきました。

MIMIGURI VIEW:デザイナーが「チーム」として、ナレッジマネジメントを担う意味
KOELのナレッジマネジメント活動の特徴は、チームで推進していることと、デザイナーが推進を主導している点です。
チームでナレッジマネジメントを推進することで、各メンバーの多様な価値観が反映された施策が実行されやすくなります。また、デザイナーは、ユーザーの行動を観察し、課題を見出し、仮説を立てながら体験を設計する専門性を持っています。このプロセスは、社員の課題解決や組織施策の検討にも自然に応用され、KOELが大切にしてきた共創アプローチの一端を担っていると捉えられます。冨田さん自身は、デザイナーとして培った観察、多様な視点の取り込み、解決策の試行と改善というプロセスを実践していると言えるでしょう。
4 部門の成熟に伴う、ナレッジ循環の仕組みの見直し
KOELは部門内でのナレッジ蓄積・共有・活用の仕組みを整備してきましたが、組織の成熟により新たな課題が浮上し、改善を繰り返しています。ここからは、冨田さんをはじめたナレッジマネジメントチームが組成されたあとに、最近実施している3つの施策(学習観策定、アウトプットリストのデータベース化、完走プロジェクト共有会の形式変更)を紹介し、組織状況に合わせた柔軟なナレッジマネジメントの知に迫ります。
(1)「KOELの学習観」策定
ナレッジマネジメントの施策を改善するにあたって、まずは学びに対する価値観の多様性を踏まえつつ、「KOELの人材としてどのように成長していきたいのか」など、KOELのナレッジマネジメントの軸となる「KOELの学習観」の体系化をMIMIGURIも伴走しながら実施していきました。プロパー社員、スペシャリスト社員、メンバーからマネージャーまで参加して「KOELらしい学びとは?」という問いを起点に、一人ひとりの考えを自由に語り、互いの考えをじっくり聞いて受け止める哲学対話を行うことから始めました。そこから見えてきたことの中から、自らの強みに目を向けつつ、互いにナレッジを共有しあう上で大事にしたいビジョンが見えてきます。
その結果、プロジェクト進行の具体的な方法だけでなく、なぜその方法を採用するのかという背景にある思考や価値観としてのナレッジも共有されるようになりました。このように、「KOELの学習観」の策定を通して、一人ひとりの多様な価値観に対する相互理解が進み、部門としての組織学習の軸がつくられていきました。

(2)「アウトプットリスト」のデータベース化
完走プロジェクト共有会では、プロジェクトの実績や成果が示されるものの、発表内容を後から参照しにくいという課題が浮上してきました。そこで、各プロジェクトの成果を体系的に整理し、データベース化した「アウトプットリスト」を作成しました。これにより、経営層や他部門へ具体的な事例としてデザインの価値を示しやすくなりました。

(3)「完走プロジェクト共有会」の形式変更
従来の完走プロジェクト共有会は、プロジェクトリーダーにとってアウトプットリスト作成や発表準備の負担が大きく、ナレッジを提供したいタイミングと、受け取りたいタイミングが一致しない課題もありました。そこで、開催頻度を月1度から四半期に1度へ変更し、四半期内の全案件を短く共有する形式に再設計しました。これにより、発表準備の負担が軽減され共有会で話すハードルも下がりました。
また、社内勉強会の一貫で実施している「個人会」や「自由会」などは、共有したいことがあるメンバーが熱量をもって準備、発表できる場になっており、「こえるゼミ」は、多様なナレッジ共有のスタイルが受け入れられる場へと進化しました。

MIMIGURI VIEW:ボトムアップ型のナレッジマネジメントの特徴
KOELのナレッジマネジメントは、冨田さんを中心とする現場主導のボトムアップ型で、半公式的なチームが現場社員の声に寄り添いながら柔軟に改善されています。
これは、『知識創造企業』の中で語られている、世界的化学・電気素材メーカー3Mの15%ルールに象徴される自発的な知識共有に似ているように感じました(野中ら, 1996)。3Mでは、自発的に実務上の問題を解決しやすいように、全従業員が「就業時間の15%」を自由に新しいアイデア開発に充てられる制度(15%ルール)を用意し、特定の部署で生まれた知識も組織全体で共有する方針をとっています。また、トップマネージャーは現場社員の自発的な活動を妨げず、メンター、コーチ、スポンサーに徹して支援するスタイルと言えます。
そして、土岐さんをはじめとするKOELのトップマネージャーは、具体的な施策内容には深く干渉せず、ナレッジマネジメントチームの試みを見守りながら、メンターとして応援し続ける形になっています。まさにトップマネージャーによるナレッジマネジメントチームへの関わりは、3Mの中で語られている「船長は血が出るほど舌を噛む(The captain bites his tongue until it bleeds)」の成句にも通ずるものと言えます。
5 部門の枠を越えてナレッジを活用していく
他部門からのデザイン価値の認識課題に対しても解決の兆しが見えます。KOEL代表の土岐さんが中心となり、経営層や他部門との対話を進めた結果、KOELのデザイン実績が増え、その価値が広がりつつあります。特に、KOEL内で整備された「アウトプットリスト」などの仕組みが、具体的な事例としてデザインの価値を示す方法として機能しています。

今後さらにKOELが取り組もうとしていることは、部門内でのナレッジ共有と部門外でのナレッジ活用です。部門内のナレッジ共有では、デザインのプロセスや形式知だけでなく、各メンバーの経験や直感といった暗黙知の整理・共有の方法とその仕組みづくりです。部門外でのナレッジ活用として、一つは、KOEL流のナレッジマネジメントを「こえるゼミ」や「アウトプットリスト」などの仕組みを通じて、他部門でも応用していくことです。もう一つは、蓄積されたナレッジを資産として再整理し体系化し、NTTグループ全体でデザインの共通認識を形成していくことがあげられます。
土岐さんは、ナレッジマネジメントの推進には忍耐力と広い視野が必要と考えています。それは、ナレッジの共有を妨げている要因を探り、適切な方法を見極めていくことが求められるためです。またナレッジマネジメントは、KOELの当初計画の中でも「組織づくりの軸」としてきたポイントでもあり、そこに忍耐力を持って向き合っている冨田さんをはじめとするナレッジマネジメントチームの尽力に対し、「感謝しかない」と語っています。
MIMIGURI VIEW:部門の価値を示すためのナレッジマネジメント
ナレッジマネジメントの取り組みが、KOELという部門の「価値証明」につながっている点は、他社事例と比較してもユニークなポイントです。デザイン組織など、独自の専門性をもつ部門が、大企業の中でその存在意義を証明し、パフォーマンスを発揮し続けていくには、絶えず自分たちの価値を可視化し、伝え続けることが必要です。KOELでは、ナレッジマネジメントがこの価値を示す役割を担い、デザインの価値を経営層や他部門へ伝える重要なツールとなっているのです。
組織の成熟度に応じた柔軟な対応を、現場から主体的に実践していくことで、大企業内での存在意義とパフォーマンスの向上に寄与していると言えるでしょう。
サマリー:部門横断的な専門組織が価値を創出していくために
KOELのナレッジマネジメント活動は、大企業の中でナレッジマネジメントの仕組みを整えることで社内外へ知を波及させていくために参考となる事例と言えます。KOEL内では、冨田さんを中心にボトムアップアプローチでナレッジ蓄積・共有の仕組み化を整備、運用しながら、トップマネージャーである土岐さんが、経営層や他部門に対してエバンジェリストとしてKOELの知を波及させていっています。またKOEL内に蓄積されたナレッジを具体的なプロジェクトでのデザイン支援で活用していくことも進められています。このように「実際のプロジェクトを共にする」ことも、KOELの保有するナレッジを組織全体に波及させていくありかたなのです。
これらのボトムアップアプローチとエバンジェリストの連携を通じた知の波及の仕組みを整えることは、大企業における部門横断的な専門組織が価値を創出していく際に大いに参考になるのではないでしょうか。

そのため特徴として、KOELの実践における3つの要点を解説します。
(1)横断組織としてのナレッジ活用
KOELは、NTTコミュニケーションズ内で従来の文化や意思決定とは異なる価値観を持ちこみ、新たな価値を生む横断組織として、デザインの力を全社・グループ全体へ広げるミッションを担っています。
横断組織として価値創出していくためにKOELが取り組んできたナレッジマネジメントの工夫には、下記の4つがあげられます。
- 部門の立ち上げ時におけるナレッジマネジメントの目的は、業務効率化。 まず、部門共通の業務プロセスを整えることから始めた。
- 多様な専門性を持つメンバー同士が、互いの持つ「技術」をナレッジとして共有するだけでなく、一人ひとりの「価値観」と結びついたナレッジについても相互理解を深め、組織学習を促進する。
- ナレッジマネジメント活動の運営を人材育成と結びつけ、現場メンバーによる“共創型”でナレッジマネジメントを推進する。
- 組織のルーティーンにナレッジマネジメント活動が組み込まれてきたら、ナレッジの蓄積・共有の仕組みを効率化させ、無理なく誰もが参加しやすい組織文化へ育てていく。
このように、KOELでは、まず部門内でナレッジを蓄積・共有する基盤を整え、メンバーが持つ幅広い専門性を活かしながら価値を生み出し、他部門へKOELが創出する価値を示していく仕組みを確立してきています。
(2)業務効率化と人材育成を両立する現場主導の活動
ナレッジマネジメントチームは、現場のデザイナー主導で知識の蓄積・共有を進めてきました。暗黙知が個人に閉じにくい仕組みを確立してきたことで、業務効率化が進みました。同時に、ボトムでの自走化を通じて、現場メンバーのリーダーシップや組織マネジメント力の育成、部門全体のパフォーマンス向上に寄与する基盤づくりが促進されているのです。こうしたボトムアップ型のナレッジマネジメント推進は、現場の声を拾い上げるだけでなく、そこで育まれるリーダーシップやマネジメント力の向上にも貢献する側面があると言えます。
(3)現場と経営層の連携による推進体制
他の企業では、ナレッジマネジメントの推進を担う一人が中心となり、ナレッジ蓄積やナレッジ共有の仕組みづくりが進められる例が多くみられます。その一方、KOELでは、部門内でのナレッジ蓄積・共有は現場のナレッジマネジメントチームが担い、経営層や他部門への価値提示はトップマネージャーが担う仕組みが整えられています。これによって、現場の声を拾い上げるミクロ視点と、部門全体と企業全体も見据えたマクロ視点のバランスがとれた価値創出のためのナレッジマネジメントの仕組みが確立されてきていると言えます。この連携により、現場の実績や多様な専門性が効率的に他部門へ伝えられ、部門全体としての価値創出が加速されています。
このように、現場と経営層が連携し、組織全体としてナレッジマネジメントを推進していく体制づくりという面で、KOELの事例は比較的大きな組織にとって参考となる事例と言えるでしょう。
おわりに:メンバーの多様な専門性とナレッジを組織運営へ活かしていく
大企業の中で、部門内外、そして社外ともさまざまな調整が求められる難しさを抱えながらも、絶えず他部門からの期待に応え続けていくKOEL。困難を共創型の学習文化で乗り越えていく姿は、部門横断的な専門組織におけるナレッジマネジメントのロールモデルとなりうるのではないでしょうか。
多様な専門性を持つメンバーのマネジメントの難しさを調整しながら、一人ひとりの強みを認め合い、必要な仕組みを柔軟に実装していく姿勢こそが、ナレッジを組織運営へ活かしていく鍵となるでしょう。
今後、こうした取り組みがさらなる現場の活性化と知識循環をもたらし、KOEL自体の成長を加速させることが期待されます。今回の事例は、マネジメントのあり方やボトムアップの活動の意義を再考する貴重な参考例となるでしょう。今後も、これらの取り組みがどのように発展していくのか、注目されます。

参考文献
- NTTコミュニケーションズ. (2024). デザインスタジオKOELがグッドデザイン賞を受賞した「セミパブリックの課題を解決するデザイン」. NTT技術ジャーナル, 36(1), 56-61. https://doi.org/10.60249/24023101
- KOEL DESIGN STUDIO by NTT Communications. (2023). 愛される社会インフラを創造する——KOELこれまでの3年間、そして次の3年に向けて. note. https://note.com/koelnote/n/nebf878523bdf
- Nonaka, I., & Takeuchi, H. (1995) The knowledge-creating company: How Japanese companies create the dynamics of innovation. Oxford University Press (野中郁次郎・竹内弘高著,梅本勝博訳(1996). 知識創造企業. 東洋経済新報社)