研究と実践をいかに行き来するか。これはCULTIBASEでも継続して追いかけているテーマです。CULTIBASEのLab会員向けオンラインプログラム「組織マネジメントゼミ」2020年10月の回では、この問いに向き合う時間となりました。
第5回のゲストとしてお越しいただいたのは、株式会社ビジネスリサーチラボ(以下、ビジネスリサーチラボ) 代表取締役 伊達洋駆さん。
伊達さんは、神戸大学大学院経営学研究科 修士課程課程を修了し、ビジネスリサーチラボを起業。2020年3月には『組織論と行動科学から見た 人と組織のマネジメントバイアス』を出版されており、まさに、研究と実践の両方の領域でご活躍されています。伊達さんと、「組織マネジメントゼミ」の主宰者である安斎とミナベの二人で、「仮説の精度の高め方」について語った模様をお届けします。
伊達洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。共著に『組織論と行動科学から見た 人と組織のマネジメントバイアス』(ソシム)や『「最高の人材」が入社する 採用の絶対ルール』(ナツメ社)など。
仮説の精度を高めるヒントは「エビデンス・ベースド・マネジメント」にある
伊達さんは、大学の学部時代は教育心理学を専攻、大学院で経営学専攻に転じ、組織における心理や行動を明らかにする組織行動論を研究していました。そこで、研究と現場にある溝に課題を感じるようになったといいます。
伊達:大学院で学び始めてから、研究と人事の現場の間に距離があることを課題に感じるようになりました。「RR問題」と呼ばれる、Rigor(科学的な研究)とRelevance(実務的な有益性)が離れているという問題です。その後、RR問題を解決したいと、博士後期過程に進学したタイミングで、ビジネスリサーチラボを立ち上げました。研究の知見を使った事業を展開しようとしたものの、最初は正直、勢いだけだったので、悪戦苦闘していましたね。その後数年かけて、紆余曲折をしながら、事業が現在の形になっていきました。
ビジネスリサーチラボの活動を通じて、伊達さんは多くの人事パーソンと接する中で、優秀な人事パーソンの共通点は課題に対する仮説の精度が高いことではないかと考えるようになりました。
伊達:A社から若手の離職を抑制したいという相談をいただいたときのケースを紹介します。その企業の人事の方は、最初の打ち合わせのときから、本当に深刻なのは離職ではなく上司と部下の関係性なのでは、という仮説を持っていました。
上司は部下と知り合って約数ヶ月で部下の優劣を判断し、優秀だと評価した部下にはチャンスを与えるものの、そうではない部下には与えないという事象が起きてるというのです。
実際にアンケートとインタビューを行った結果、上司が早期に選抜をしているために、優秀と評価された部下はモチベーションが高く、評価はされなかったが本当は優秀な部下がやる気をなくし離職に対する気持ちが高まっている、ということがわかりました。
課題に対する仮説の精度をあげることができれば、解決策も妥当なものになります。では、精度の高い仮説を生み出すためにはどうすればいいのでしょうか。伊達さんが、参考になる考え方として挙げたのが、「エビデンス・ベースド・マネジメント」です。
エビデンスに基づくアプローチを初めに本格的に取り入れたのは医療分野であり、「Evidence-Based Medicine」と呼ばれます。そこで挙げられている用いるべきエビデンスは、4つに分けられます。
伊達:4つのエビデンスがすべて揃っているような完璧な状態を作り出すのは難しいですが、エビデンスを揃えることで仮説の精度を高めることができるのではないかと考えています。エビデンス・ベースド・マネジメントは、これらの4つのエビデンスを集め、仮説の精度を高めて意思決定を行う考え方です。
これらのエビデンスの種類を伊達さんが紹介したところ、参加者から「④利害関係者への倫理的配慮が含まれていることが意外」「④が含まれている理由と具体例を聞きたい」といった質問が寄せられました。
伊達:特定の課題を解決するために施策を実施することが、多くの人にとっては利点だったとしても、一部の人には弊害をもたらしてしまい、別の課題が発生してしまう可能性があります。だからこそ、施策が行われた場合に、様々な関係者にどういった利害が発生するかを考え、リスクを最小限に抑えることが必要になる。なので、④利害関係者への倫理的配慮が重要なのではと考えています。
ミナベ:実は、私が最も納得したのは④利害関係者への倫理的配慮なんです。例えば、採用育成研修を人事だけで考えて実行すると、事業部と齟齬が生まれてしまう。実際に働くのは事業部なので、構造理解、業務プロセスを的確に理解し、多角的に調整することが必要になります。他にも、従業員が足りないという課題に対して、一気に採用すると現場のマネジメントに負荷がかかるという問題が発生するということもよく起こりますよね。
実践知のバイアスを外すには『判断の留保』が鍵
4つのエビデンスを集めるのがなぜ重要なのか。それは、人事パーソンが実践知のバイアスから逃れるためです。4つのエビデンスを集めることで、①の実践知による判断を相対化し、健全に疑うことが可能になると伊達さんは語ります。
伊達:自分のバイアスを外すには、目の前の課題を無条件で信じないこと、そして判断を即座にせずに3分でもいいから判断を遅らせること。3分待ってもう一回考えることで、誤りをおかす可能性を下げられます。
実践知があると、バイアスも生じます。組織の中で生じている、他者の実践知によるバイアスをどう指摘するのか?という安斎からの質問に対して、伊達さんは「判断を留保すること」が大事だと語ります。
伊達:相手の実践知によるバイアスを外すには、相手が言ったことをすぐに判断せずに、どうしてそう考えるようになったのかを聞きます。その考えにたどり着いた、裏付ける経験などがあるはずなんです。実際に聞いていくなかで、ほころびが生じて、途中で本人が違うかもしれないと気づくケースも多いですね。
「判断の留保」というキーワードを受け、安斎は「その場でジャッジしない、判断を保留するというやり方は、非常に対話で大事な考え方と近いですね」と語りました。対話との類似点の話になり、伊達さんは「知的好奇心」を刺激することの大切さについても話します。
伊達:みんなで「正解」を発見しようとするモードで話していると、ガチな議論になってしまい、若い人が発言できなくなってしまいます。そこで、できるだけ知的好奇心を喚起するように働きかけています。
例えば、研究知見は結論だけ伝えると非常にシンプルなので、なかなか興味を持ってもらうのは難しい。『エンゲージメントが下がっていると離職します』を伝えても、それだけで話が終わってしまいますよね。
なので、具体的にどのような研究が行われたのかを伝えます。すると、興味関心を持ってくれることが多いんです。テクニックになってしまいますが、『興味深い研究があるんですよ』『この研究は面白くて』といった言葉を始めに付け足すだけでも、相手に『面白そう』というフレーミングができるので、前のめりになってくれます。
エビデンス・ベースド・マネジメントと知的好奇心を刺激するというアプローチは、CULTIBASEでも度々キーワードとして扱っている「プレイフル」にも通じる点があるように感じられました。
伊達さんはエビデンス・ベースド・マネジメントにおいて4つのエビデンスを用いたとしても、「完璧な答えにはたどり着かない」ということを強調しました。しかし、エビデンス・ベースド・マネジメントを用いることで、仮説の精度を高め、上質な意思決定をすることができます。
エビデンス・ベースド・マネジメントを実践していく上で、いかに研究知見を内製するのかという質問に対して、伊達さんはこう語ります。
伊達:特におすすめなのは、大学の教科書を読むことと、大学院などで論文を読み慣れている人を巻き込むこと。本や論文は読み始めると終わりがないですが、知見を得れば得るほど意思決定の精度や質を上げられるので、とにかく読むことは悪いことではないと思います。
エビデンス・ベースド・マネジメントの実践のためには、まず読むことから始めてみるのはいかがでしょうか?
2022年4月16日10時より、伊達さんをゲストにお迎えしたイベント「ミドルマネージャーの行動科学:エビデンスに基づく処方箋」を開催します。関心のある方はぜひご参加ください!
ミドルマネージャーの行動科学:エビデンスに基づく処方箋
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執筆:外山友香
編集:モリジュンヤ