2000年以降、組織の現場に生じた変化とは?「組織行動論」から見る4つの最新研究トレンド

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2000年以降、組織の現場に生じた変化とは?「組織行動論」から見る4つの最新研究トレンド

人と組織、互いがどのような関係であるべきなのか。環境の移り変わりの影響も受けて、絶えず変化する関係に対して、私たちは向き合っていかなければなりません。今回、『CULTIBASE』がゲストでお招きしたのは、このテーマにずっと向き合ってきた研究者の服部泰宏さん(神戸大学大学院経営学研究科准教授)です。

2020年9月に『組織行動論の考え方・使い方』を出版された服部さんに、組織行動論の基本的な考え方と最新の研究動向について、『CULTIBASE』編集長・安斎勇樹と副編集長・東南裕美がCULTIBASE Labの会員も参加した公開インタビュー形式でお話を伺いました。

目次
個人と会社のリベラルな関係を考える「心理的契約」
「組織の中の人間行動を探る」のが組織行動論
2000年以降に現場で生まれた組織に関する4つのトレンド

個人と会社のリベラルな関係を考える「心理的契約」

安斎:『組織行動論の考え方・使い方』のご出版、おめでとうございます。服部さんとは、数年前から何度かやりとりをさせていただきましたが、出版のタイミングで改めてお話をお伺いしたいと思って、今回は公開インタビューを依頼させていただきました。

服部:こちらこそどうぞよろしくお願いします。

東南:服部さんは、ずっと経営学の中でも組織に関することを研究されてきていると思いますが、どのような経緯で今の研究テーマにたどり着いたのでしょうか?

服部:私の主な研究テーマは、「人と組織の関わり方」です。コアテーマはずっと変わっていません。最近、話題となることも増えたホラクラシーやティール組織などのテーマも、ずっと学術的に見つめてきました。

最初は、「社員の組織へのコミットメント」で修論を書き、「日本企業の心理的契約」の研究に取り組みました。その他、「オランダのサッカークラブの人材育成」「ビジネスパーソンの時間的展望」など、いろいろな研究を行ってきました。

2013年頃から、研究の実践とのつながりを考えるようになり、「経営学的知識の普及と帰結」「日本企業の採用に関わる研究」などに取り組むようになりました。ここ数年は、「日本企業の知識マネジメント」「日本企業におけるスター社員の生態とマネジメント」に関する研究などをしています。

東南:出発点とされていた、心理的契約に興味をもたれたきっかけはどのようなものだったのでしょうか?

服部:原体験としては、公務員だった自分の父親から仕事の話を聞いたときに、会社とは違う世界を目指そうと思ったことがきっかけだと思います。学部時代は議員インターンシップを経験したこともありました。職業として会社員とは違う働き方を模索する中で、心理的契約の話が個人的にはピンときたんですよね。

心理的契約が土台であることは、いまも変わっていません。最初に研究した「コミットメント」は、個人的にコミュニタリアニズム的だなと感じていたんです。自分にとって、その感覚に違和感があって。個人と会社の関係は、もう少し、ドライで、フラットな関係性がしっくりくる。心理的契約は、とてもアメリカ的でドライなんですよね。自分にとってこれがとてもしっくりきて、これをリベラルな関係と表現しています。

安斎:以前、別の取材で服部さんのお話をお伺いしたことを思い出しました。一点、聞いてみたいと思ったのがエンゲージメントと心理的契約の関係についてです。ちょうど、CULTIBASE Labのゼミでエンゲージメントについて掘り下げる機会があり、心理的契約との関係はどのように位置づけられるのかなと。

服部:心理的契約は、個人が会社に何を求めるのかという人事管理のような意味合いを持ちます。例えば、会社が言っていることとやっていることが違うときに、昇進を嫌がったり、退職するなど、キャリアに関連するものとして位置づけられている。エンゲージメントは、会社で上司とどういう関係を築くかなどのテーマとして捉えられています本来、これらはつながりがあるはずですが、別々で語られることが多いですね。ただ、エンゲージメントはここ数年の重要テーマのひとつになっています。

「組織の中の人間行動を探る」のが組織行動論

東南:改めて、今回出版された書籍のテーマでもある、組織行動論についてお伺いできればと思います。組織行動論とは、どのような学問なのか簡単にご説明いただいても良いでしょうか?

服部:組織行動論(Organization Behavior)は、大まかにいえば、「組織の中の個人や集団の行動の研究」です。あらゆる人間行動を対象とするのではなく、企業などの経営組織の中での人間行動が考察の対象となっています。

組織行動論は、心理学を始めとして社会学、経済学、人類学など、基礎学問分野の科学的知識を積極的に参照したり活用したりするため、学際的な学問領域です。また、研究方法としてサーベイ、実験、フィールドワークなど社会科学のあらゆる手法を用います。

組織行動論において、モノの見方は社会心理学者のクルト・レヴィンが提示している考え方を参照しており、下記のように表現されます。

Behavior = f(Person, Environment)

つまり、「人の行動は個人と環境の2つの関数によって成立する」というわけですね。人の要素とは、年齢・性別・学歴などのデモグラフィックな要因や、パーソナリティ、欲求、キャリア志向などの個人特性、組織の成果に貢献する仕事遂行能力やスキルです。環境は、物理的・心理的環境や組織風土などが含まれ、「上司には恵まれているのか?」「人事制度はどうか?」などの意思決定や役割状態などが該当します。

組織行動に関する要素をマッピングしてみると、下記のようになります。

東南:「組織行動」という言葉でありながら、個人の成長などに焦点が当たっていることが気になりました。組織ではありながら、個人について考えるというのが基本になるのでしょうか?

服部:実は、「組織行動」という言葉は問題視されてきたんです。厳密には、組織の中における行動、「Behavior in Organization」なんですよね。「経営が求める成果につながる行動と、個人の幸福。どうやったらこれらを融合させられるか?」が組織行動の問題意識でした。

時期によっては合理性が流行ったり、人の幸福が重要視されたりと、循環してきたなかで、最近はウェルビーイングや人の全体性を重視する時期に入っています。組織行動論は、タスクとヒューマンの間で、関心が揺れ動いてきた学問なんです。

そのため、さきほどのエンゲージメントのような概念との相性もよく、心理学の中で経営に関心ある人々が取り組む、産業組織心理学と重なる領域は大きいですね。経営学から心理学的に研究する領域が組織行動論になります。

安斎:少し学問領域の話になりますが、組織行動論に組織学習や知識創造といったプロセスが出てこないのはどこかに境界線があるのでしょうか?

服部:組織学習や知識創造は、よりマクロな経営組織論での議論になっていますね。組織行動論はよりミクロなテーマで、領域がタコツボ化してしまっている状態です。

最近では、「マイクロファウンデーション」という考え方が出てきています。会社のイノベーションなどのマクロ変数と、現場の人たちのミクロ変数を融合していかないとねという考え方が2000年以降注目されてきています。

ただ、図の右下にあるように、個人の成果が上がると、会社の成果が上がるかというと、実は研究している人がまだいないんです。実際に、一人ひとりの能力が集まったら会社が伸びるかというと、立証が難しい。このあたりも今は過渡期ですね。

2000年以降に現場で生まれた組織に関する4つのトレンド

安斎: 今回、出版された著書『組織行動論の考え方・使い方』の内容も踏まえ、もう少し組織行動論についてお伺いできますか?

服部:今、お話したような組織行動論の位置づけについて紹介したのが書籍の第1部になります。2000年以降、どのようなトレンドがあるのか?リーダーシップの研究は重要だが、どれくらいのシェアを占めているのか?研究は実務においてどのような意味を持つのか?など、研究に寄せられる批判等も束ねて回答しているのが第1部です。

第2部は、組織行動論においてどのようなコンセプトがあるかを網羅して紹介しています。例えば会社でリーダーシップについての現状を計測をする場合、どうすればいいのかを、コンセプトごとに紹介しています。

第3部で触れているのは、実務家の方々とどういった関係になれば、研究者は価値が発揮できるのか?を考察しています。組織行動論という社会科学はどのように社会に役立つのか?を重層的に考えていこうというのがこの本です。

安斎:この本は、研究者と実務家のそれぞれに刺激を与える本ですよね。私も研究者としての立場で非常に刺激を受けました。自分は研究と実務の間で揺れ動いているので、大変考えさせられました。現場の問題意識に合わせてどこを参照すればいいかをまとめている内容となっており、実務家にとっても参考になる内容にまとまっている印象を受けました。

服部:ありがとうございます。せっかくなので、書籍で取り上げているトレンドについて簡単にここでも紹介できればと思います。第一部で2000年以降、北米を中心にどのような議論がされているかを紹介しました。登場している組織行動研究のトレンドは、大きくくくると以下の4つになります。

1.個人の能動性への注目 (proactivity)
2.会社への業績の分散が非正規 (non-normal distribution)
3.会社との関係が不均一 (heterogeneity)
4.科学的厳密性と実践的有用性の緊張関係 (rigor and relevance)

それぞれどのようなトレンドなのかも合わせて紹介します。

(1) 個人の能動性への注目 (proactivity)

これは、組織の中の個人が、組織側の施策や上司の指示に受動的に反応するだけでなく、自ら思考し、自身をマネジメントする側面への注目です。「プロアクティブ行動」「ジョブ・クラフティング」「自己調整」などの研究が含まれます。

※プロアクティブ行動:個人がとる自分自身や環境に影響を及ぼすような先見的な行動であり、未来志向で変革志向の行動
※ジョブ・クラフティング:個人が自らの仕事のタスク境界もしくは暗勁的境界においてなす物理的・認知的変化
※自己調整:広義には、反応性、興奮性、覚醒を抑える神経的・認知的・感情的・行動的プロセスの調整

(2) 会社への業績の分散が非正規 (non-normal distribution)

2000年代以降、「スター社員」の研究が盛んになっています。ここでいうスター社員とは、①きわめて高い生産性②労働市場における高い顕在性③組織内の他のメンバーにとっても有益・有用な社会関係資本の保有といった特徴を持つ社員のことを指します。

これまで組織行動研究は、組織内の個人の業績が正規分布に従うという仮定がありました。それがスター社員の登場等により、見直されつつあります。スター社員の研究には、スターの形成、スターのマネジメント、周囲への影響、スターの流動性、スターの処遇および他者との公平性といったテーマがあります。

(3) 会社との関係が不均一 (heterogeneity)

スター社員の登場により、特定の社員をひきつけ、つなぎとめるための、特別扱いにかかわる研究もあります。エグゼクティブ層に限らず、一般的な労働者にも、特別扱いの可能性が開かれるようになっている。2000年より以前は、組織と個人の良好な関係を保ち、従業員のポジティブな行動・態度を導くためには、従業員の処遇の公平性を担保する必要があると考えられてきました。その前提も変わりつつあります。

(4) 科学的厳密性と実践的有用性の緊張関係 (rigor and relevance)

組織行動の研究においても、研究の「権威」や「正統性」が認められるためには、同じ分野の専門家による相互評価をクリアするか否かによって決まります。そのため、組織行動の研究者は、自らの理論が実務家に対してどのような影響を与えるのかに対して関心を持たなくなってしまい、実践に対する無関心が広がっていたのです。

こうした状況に対して、体系的で、事実に基づいたマネジメントの実践であり、意思決定の中身とそのプロセスにおいて科学的知識を取り込む「エビデンス・ベースド・マネジメント」に関する議論も活発化しています。こうした議論は、研究を評価する際、科学的・統計的な厳密性という基準に加えて、実務家にとってどこまで有用であるかという重要な基準を提示しました。

4つのアプローチを武器に、仮説の精度を高めて組織を改善する「エビデンス・ベースド・マネジメント」とは

今回出版した本では、こうした昨今の研究トレンドに触れるところから始めています。

安斎:2と3のトレンドについてお伺いさせてください。これは、現場の現象として生まれてきており、それが研究から明らかになっているという状況なのでしょうか?

服部:そうですね。経営学は基本的に現場先行で動きます。それが研究で明らかになってきている。2と3に関係するのが「I-Deals」という概念です。日本語で表現するなら、「特別扱い」ですね。

「I-Deals」は、2つの言葉を組み合わせた造語。1つは、「idiosyncratic(特別な、特異な)」、もう1つの意味は「ideal(理想的)」です。つまり、「I-Deals」とは、人の能力や適性に応じて働き方や環境を特別に用意する。昔の考え方からすると特別扱いは「えこひいき」のような印象でしたが、特別扱いが周りにも組織にとっても理想的であるという価値観が醸成されつつあるんです。

安斎:大変興味深いです。最近発売された石山さんの『日本企業のタレントマネジメント』 のなかでも、選別的なスター社員を増やしていこうという話と、包摂的に社員全員のポテンシャルを伸ばしていこうとする動きなどの思想が存在していると語られていました。今のお話だと、選別的なアプローチが優位になってきているという理解でいいのでしょうか?

服部:アメリカの場合はそうですね。ただ、スターに対するアンチテーゼも存在していて。スターの虚構性や、スターの危うさ、スター本人の立場で生まれる苦悩などに向き合おうとする立場もあります。スター社員についても、バランスを考えようという動きがありますね。

服部泰宏さんによる新刊、『組織行動論の考え方・使い方』が好評発売中です。2020年現在の組織行動論領域において学術的に確立された理論を概観しています。リーダーシップ、組織内の公正、欲求とモチベーション、人的資本や社会的資本、組織と個人の心理的契約、組織コミットメントなどのテーマを網羅した、ビジネスパーソンも必読の書です。

組織行動論の考え方・使い方 — 良質のエビデンスを手にするために

また、本取材のフルでのアーカイブ動画をCULTIBASE Lab限定で配信しています。

後編ではコロナ禍の組織研究で明らかになった「無駄や冗長性(リダンダンシー)」の重要性などの具体例を交えて、経営学を今なぜ学ぶのか、について議論を深めます。

経営学は現場の“役に立つ”のか?良い研究と実践を方程式から考える

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*1 ※心理的契約:企業において従業員が雇用される場合に、暗黙の了解において結ばれるような契約のこと
*2インディアナ大学のアーネスト・オボイルとジョージ・ワシントン大学のヘルマン・アグイニスによる
O’Boyle,E.<Jr.<andAguinis,H[2012]“The best and the rest : Revisiting the norm of normality of individual performance,”PersonalPsychology,vol.65,no.1,pp.79-119.
編集:モリジュンヤ

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