複雑で不確かな現代社会、通称「VUCA」の状況下では、組織は絶えず変化の波にさらされ続けます。急激な技術進化や市場の飽和、新興市場の拡大などの要因により、企業は過去の高度成長期のような線形的な成長から脱し、非線形的な成長において断続的な停滞や変動を受け入れる必要が生じました。
同時に、個々の働き方が多様化する現代において、組織は柔軟性と対応力の高さを求められています。個人と組織が両方とも変化し続けながら持続的に成長するためには、どのような要素が必要なのか──この課題にチャレンジしているのが、2022年に人材マネジメントポリシーを刷新した株式会社リクルートです。
先日CULTIBASEが公開した動画『「心理学的経営」のアップデートを探る:新生リクルートが掲げる新しいマネジメント論』では、リクルートの人材・組織開発室室長・堀川拓郎さん(肩書は動画公開当時)をゲストに迎え、この新しい人材マネジメントポリシーの基盤にあるエッセンスや、それを全社に広く伝えるためのコンセプトブック「CO-EN Book」の制作プロジェクトについて、プロジェクトに参画した安斎勇樹(株式会社MIMIGURI 代表取締役 Co-CEO)との対談をご紹介しました。
▼「心理学的経営」のアップデートを探る:新生リクルートが掲げる新しいマネジメント論
「心理学的経営」のアップデートを探る:新生リクルートが掲げる新しいマネジメント論
また、前回の記事では、リクルートの創業期を支えた元専務取締役・大沢武志氏の著書『心理学的経営』の内容を踏まえて、「個人」と「組織」の両側面から構成される新生リクルートの組織づくりの本質のうち、特に「個人」に焦点を当て、組織に所属する一人ひとりが自律的に駆動するためのマネジメント論についてまとめました。
▼前回記事
「強い個人の集団」から「自律的なチームづくり」へ。個の尊重を掲げるリクルートの組織マネジメントの転換点
こちらの記事の中で安斎は、「個の自己実現」と「組織の活性化」の両立がこれまでのリクルートの変化と成長を支えてきた“秘伝のタレ”であると強調しています。本記事では、そうした「個の自己実現」と「組織の活性化」を実現するための鍵となる「自己組織化」と呼ばれるキーワードや、自己組織化を現代に必要な組織づくりに活かすための取り組みについて解説します。
個と組織を繋ぐ、「自己組織化」とは何か?
そもそも自己組織化は何なのでしょうか。本来生命論やシステム論などでよく使われ、wikipediaにも載っているこの言葉は、「物質や個体が(中略)個々の自律的な振る舞いの結果として、秩序を持つ大きな構造を作り出す現象」として定義されています。
安斎は私たちの身体に喩えて、自己組織化とは何か、また、自己組織化が活発に行われる場面について、以下のように説明します。
安斎「たとえば、私たちが風邪を引いた時、免疫システムが働いて、自然とウイルスを追い出そうとしますよね。このように、自分で自分の秩序を保とうとすることが、自己組織化と呼ばれる働きです。
そしてこの自己組織化が活発になる時があります。それは、システムが部分的に壊れるなど、何かしらの”ゆらぎ”がもたらされる時です。先ほどの風邪の例では、風邪を引くことによって一度身体は弱りますが、免疫を獲得し、結果的により強い身体を獲得できることもあるでしょう。あるいは、筋トレもそうですよね。意図的に筋肉に強い負荷をかけて、一時的に筋繊維を損傷させはするものの、しばらくすると自然回復し、より肥大化した筋肉を得ることが可能となります。
何かしらの要因によって既存のシステムにゆらぎが生じ、秩序の一時的な破壊と再構築を経て、新たな均衡状態が自ずとつくりだされること──それが自己組織化が活性化するプロセスです」
こうした自己組織化が組織論においてなぜ重要なのでしょうか。『心理学的経営』では、自己組織化がエネルギーを生み出すメカニズムとして、次のように論じています。
生命は秩序形成によって発生する一方、人間の存在は自然の条件に反抗し、自然を破壊していくことによって周囲からエネルギーを摂る事ができる。(中略)つまり、エネルギーがある状態から別の状態に変るときに使用可能なエネルギーが失われ、そこにエントロピーが増えるという関係にある。(中略)人間という生命体は無秩序な状態から秩序化された状態を自己組織化する過程で、無秩序を放出し、エントロピーを増大させるという矛盾した存在なのである。(中略)
秩序化された状態であっても、それが静止している限り、活性化とは無縁といわざるをえない。活性化の原点は、混沌とした無秩序でかつ不安定な状態のなかにあり、そこから秩序化へ向かって外部環境に働きかける過程に、動的な活性化された状況が見出されるのである。それはエントロピーの増大を伴い、再びカオスへと突き進む循環が予定されている自己組織化の過程なのである。
──『心理学的経営』pp.82-83 ※原文ママ。改行・太字は筆者による。
秩序が破壊され、エントロピーの増大が起こった結果獲得されたエネルギーによって動的な活性化が生じる──そしてこの自己組織化のメカニズムを組織論へも応用し、次のように続けます。
(組織の)活性化は、既成の構造としての秩序を破壊することからはじまる。秩序の内側に眠りこけている人間の自然の生命力を挑発することで、組織の中にゆらぎが起こる。既成の価値体系、暗黙のうちに容認された行動規範に疑問が提示される。(中略)こうした現状の自己否定が組織に葛藤と緊張を引き起こし、組織内の均衡状態を崩していく。これがカオスの演出という活性化のための最初の戦略として認識されなければならない。(中略)
平穏無事な、波風の立たない、行儀のよい組織に現状否定の自己革新能力は望みえないだろう。ときには、相互批判があり、対決があり、トラブルさえ避けられないような組織にこそ、活力が期待できるのである。これがゆらぎであり、カオスである。このゆらぎが増幅され、一定のクリティカルポイントを超えたときに、破壊や革命が起こる。組織活性化の最終ゴールは破壊のための破壊ではなく、新しい創造のための破壊である。安定の自己否定、規制の秩序と現状の価値の自己否定、それらによってもたらされる混沌のなかにこそ活性化の土壌があるといってよいだろう。(中略)
組織化のパラダイムは、不均衡の理論にその基本的概念をおいている。すなわち、カオスの創造、ゆらぎの創出が、活性化への出発点なのである。
──『心理学的経営』pp.84-87 ※原文ママ。改行・太字は筆者による。
先日の記事でも語ったように、リクルートは従業員の一人ひとりの「個の尊重」を掲げ、論理や合理性だけでなく、感情や無意識といったその人が暗々裏に抱えるものも「あるがままに生かしていく」ことを重要視しています。
「個の自己実現」と「組織の活性化」、あるいは「均衡化」と「不均衡化」。これらの矛盾する二つのものを同時にマネジメントしていくことが心理学的経営の本質であり、ゆらぎからエネルギーを生み出す自己組織化の力で実現していく経営のあり方が示されているのです。
自己組織化を組織づくり・マネジメントに活かすには?
それではこうした自己組織化を組織づくりに活かしていくには、具体的にどのような施策が有効なのでしょうか。堀川さんは、リクルートでの20年以上のキャリアを振り返りながら、実際の業務や取り組みのなかでこうした心理学的経営のエッセンスを感じられる場面がいくつもあったと振り返ります。
堀川「たとえば部下に“つま先立ち”するような身の丈を少し超えるような仕事を任せてみたり、これまでとは異質な人を採用したり……。また、リクルートは、7年から10年ぐらいの間隔で組織単位の大きな変革を意図的に起こしています。それらを振り返ると、やはり均衡と不均衡で揺さぶるということを定期的にやっているなと感じますね」
安斎「人事異動も多いですよね」
堀川「そうですね。私も2001年に新卒で入社してから、約2年に一度、合計12回くらいの異動を経験しています。私自身も常に揺さぶられ続けていますね」
極端とも言える頻度で異動を経験しながら、それでも堀川さんはその体験によって、興味・関心が広がった部分もあったと語ります。
堀川「新卒のときは『これがやりたい』と思って入ったはずだったんですが、今はそれはどこかに行ってしまっている(笑) 気がついたら別のことがやりたくなっている。今は人事をやっていますが、ずっと人事だったわけではなく、むしろ人事の経験のほうが少ないくらいですね」
安斎 「面白いですよね。それでも今は人事の組織長をされてるんですもんね。まさに人事異動というシステムによって、堀川さん自身も認識していない、無意識下にあった個性が揺さぶられているうちに発現したのかなと」
こうした人事異動の取り組みについては、『心理学的経営』でも次のように詳しく記されています。
異動の人事決定がくだされることによるカオスの創出が活性化への契機となり、さらに異動が実行されることで、カオスが極大化して修復へと向かう。“あの人がいなければ考えられない”と思われていた職場が、役割や機能上で然るべき別人によってカバーされ、支障なく動き出すようになる場合が多い。“なるようになるものだ”という一種、自己組織化のメカニズムが人間の組織においても働くとみられる。
(中略)もともと人事異動の頻度の高い組織と低い組織とでは、明らかに前者の方が活性度が高いものである。最初に配属された部署のなかで構成員のほとんどに異動がないという組織もある。こうした安定的関係は固定的な融通のきかない沈滞した組織風土に当然なりやすい。
── 『心理学的経営』pp.95-96 ※原文ママ。改行・太字は筆者による。
他方で、ただやみくもに人事異動を繰り返し、カオスを生み出せばよいというわけではありません。『心理学的経営』でも、「経営の目指すべきビジョンとの整合性」との結びつきが大事であり、「脈絡のない異動の頻発は、長期的な構えで仕事に取り組む姿勢をメンバーから奪うだけである」として、警鐘を鳴らします。
定期異動のみならず不定期異動ともいうべき人事異動が経営の要請によって臨機応変におこなれる組織もある。(中略)この動きのなかに、経営の目指すべきビジョンとの整合性が存在し、さらに人材育成の観点から、自己申告制度が活かされていれば、柔軟な人事異動が活性化策として機能しうる組織となる。
それぞれの組織の成熟度に応じて変化を受け入れる許容範囲があり、一定のクリティカルポイントを超えた変動は単なる破壊であって自己修復を不可能にする。(中略)この観点からも異動の頻度がある限界を超えると環境適応能力を弱める結果を招来することも、大事な留意点である。
── 『心理学的経営』pp.95-96 ※原文ママ。改行・太字は筆者による。
あまりにも大きなカオスの創出は、組織崩壊のきっかけになり得ます。自己組織化を組織の活性化の軸として活用する際には、その点に留意し、どの程度の破壊であれば修復可能であるのかを考えながら、大胆かつ慎重な姿勢が求められると言えるでしょう。
個の限界を超えて、チームで価値創造する
昨今、働き方も含めたライフスタイルや人材の多様化など、あらゆる組織・チームがますます大きなゆらぎに直面することが予想されています。「CO-EN Book」では、こうしたゆらぎを組織としてエネルギーに変えるプロセスについてもわかりやすく記述されています。
安斎「個人ではなくチームとして価値創造を行うことが求められる中で、多様性をいかに活かしていくか。そうした中で、チームとしても『まとまり』と『カオス』を往復しながら、多様性が活きていく状態をつくっていくことが大事なのではないかと考えて、絵本ではこのように表現しました。
書籍『心理学的経営』のなかでも、たとえばミーティングの最中に意見がまとまりつつあるのであればあえてちょっと奇抜なアイデアを出してみてもよいといったふうに、まとまりったり揺さぶったりしながら価値を生み出していくことが大事だと書かれているのですが、創業期から今もなお大切にされている価値観であることがわかります」
安斎は、こうした考え方は、リクルートが新たに掲げる人材マネジメントポリシーにも活かされているところであり、構造的にも一致するといいます。
安斎「下半分の『強みを解放する』が個人起点ということで、左下の『I Wil』や右下の『I Can』──まだ見ぬ強みや自分らしさが結びついています。そしてそれが上半分のチームとしての「強みを活かし合う関係性をつくる」にも繋がっていて、チームが一丸となって『We Will』としてまとまったり、多様性を活かして新しい価値を共創する『We Can』になったりする。このサイクルを回すためには、対話やフィードバックが不可欠であり、それがリクルートの人材開発・組織開発なのだということが示されているんですよね」
創業者の価値観を継承し、時代に合わせてアップデートしながら成長を続けるリクルート。今後も「不確実性の時代」はますますその色を濃くしていくなかで、どのような変化と成長を続けていくのでしょうか。その過程と成果に注目が集まっています。
—
本記事は動画『「心理学的経営」のアップデートを探る:新生リクルートが掲げる新しいマネジメント論』の内容を一部抜粋し、記事化したものです。対談の模様をフルでご覧になりたい方は、有料会員制サービス「CULTIBASE Lab」にご登録ください。
「心理学的経営」のアップデートを探る:新生リクルートが掲げる新しいマネジメント論
執筆:水波 洸