多くの企業やビジネスパーソンにイノベーションを生み出す「既存の枠組みにとらわれない自由な発想」が求められるなか、私たちは「創造性」をどのように測定し、育てていけばよいのでしょうか?
いま潜在的な創造性を表す「拡散的思考」という概念が、再び注目を集めています。拡散的思考が高い子どもは、IQが高い子どもよりも大人になってから創造的な成果を残すことが多いと言われていますが、こうした潜在能力を私たちは教育によってどのように促進できるのでしょうか。
今回、教育心理学や創造性教育を専門とする石黒千晶さん(金沢工業大学情報フロンティア学部講師)をゲストにお招きしてCULTIBASE Labのイベントを開催。創造的な人材育成に必要な「拡散的思考」の歴史を辿りながら、創造性を計測して伸ばす研究や、社員が創造的な成果を生み出す条件について語っていただきました。
石黒千晶(金沢工業大学情報フロンティア学部講師/株式会社MIMIGURI リサーチパートナー)
2017年東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学.博士(教育学)。日本学術振興会特別研究員(DC2)、玉川大学脳科学研究所嘱託研究員を経て、現在金沢工業大学情報フロンティア学部心理科学科助教.創造性や芸術に関わる心的過程の測定、また、芸術活動や創造性教育の効果測定について研究している。
拡散的思考は、IQよりも創造的成果を予測できる
拡散的思考(Divergent Thinking、以下DT)は、ある状況に対して、多様な解決策を考える力を表す概念です。1960年代にDTの概念を提起した心理学者ジョイ・ギルフォードによれば、DTが高い人は眼前の状況に対して臨機応変に対応できるだけでなく、美術からビジネスまでさまざまな場面で創造的な成果を残す可能性が高いとされます。
これを受けて、心理学や脳科学、神経科学などの創造性研究の領域では、DTを「創造性の潜在能力」を表す指標として数値化することで、将来その人が創造的な成果を残す可能性を予測する研究が進められてきました。
そして、現代においてDTの計測に使われているのが「拡散的思考課題(Divergent thinking task)」と呼ばれるテストです。CULTIBASEの講義では、石黒さんから視聴者に向けて、拡散的思考課題の一つであるAlternative Use Test(Guilford, 1967)が実施されました。
「テストでは、これから挙げるお題について、出来るだけ多くの答えを制限時間内に出していただきます。お題は『レンガの新しい使い方を考えてください』です。普通、レンガは家をつくる用途で使われますよね。拡散的思考課題では、そうではない使い方を考えていただきます」
チャット欄では、「重石として使う」「踏み台にする」などの回答から、「レンガを投げて遊ぶ」「ドット絵にする」「筋膜を剥がす」といった突飛なものまで、さまざまな回答が寄せられました。
制限時間終了後、石黒さんはDTテストの採点基準として、「どれだけ数多く回答をしたか」「他の人とは違う回答ができているか」「多様なカテゴリーの発想が出来ているか」といった観点が挙げられると説明。実際に一人ひとりを採点すれば、視聴者のDTを数値化できるとしたうえで、「DTとIQは何が違うのか?」「本当にDTは創造性を予測できるのか?」などの疑問に回答します。
「DTも知性の一部なので、IQと相関します。つまりDTが高い人は、IQも高い傾向にある。しかし、DTのテスト方法によっては、IQとDTを区別することも可能です。例えば、ゲーム形式で実施すると、より拡散的思考を反映した課題になると言われています。
また、DTが高い子どもと、IQが高い子どもを比較すると、DTが高い子どものほうが知的好奇心が強い傾向があります。それだけでなく、IQよりもDTが高い子どものほうが、大人になった時に創造的な成果を残す確率が高いという研究結果も出ています」
石黒さんは「あくまでDTはアイデアを生成する潜在能力であり、DTが高い子どもが必ずしも創造的な成果を残すとは限らない」と前置きをしながら、DTの計測によって数十年後に子どもが創造的な成果を残す確率を予測できると説明します。
ただし、DTは全く目新しいものを発想する「新奇性」の測定には使えるものの、課題解決や人間の役に立つものをつくる「有用性」の測定には不十分だと石黒さんは付け加えます。
「新奇性は評価しやすいのですが、有用性は定義しづらいんです。たとえば、『レンガで人を殴る』という答えは、新奇な回答であるという意味では高評価ですが、倫理的には不適切です。『どういう意味で有用なのか』を定義しなければ測定しづらいんです」
DTは新しいものを発想する力を測れるが、有用性は測定できない。この観点は、創造性を発揮する領域を考えるうえでも重要です。美術、デザイン、ビジネス、科学……さまざまな分野において、それぞれ求められる創造性や、「有用である」という定義が異なるからです。
DTが高い人は「創造的な成果」を残す可能性が高い傾向にあります。しかし、本当に創造的な成果を残せるかどうかは、その人が置かれた環境や、取り組む領域に大きく左右される。この点に留意しながら、DTの計測と、才能の適正配置こそが教育や企業活動において重要であると石黒さんは語ります。
イノベーションを生み出すのは、その前段階の「創造性」が必要?
DTの測定によって、その人の発散的な思考力や、アイデアを生成する創造的な能力を計測できるとお伝えしてきました。しかし、そもそも創造性は誰もが持っており、かつ日々発揮しています。たとえば、「料理で美味しい味付けができる」ことも、ひとつの創造性であるはず。
では、ビジネスの現場で必要とされるイノベーティブな創造性と、日常生活で創意工夫に活かされる創造性は、どのような違いがあるのでしょうか。石黒さんは、創造性は4つのタイプに分類されると説明します。
①Mini-c:個人の学習プロセスとしての創造性。勉強中などに、新しい発見やアイデアが生まれる瞬間に、個人の中で起こる学習などを意味する創造性
②Little-c:他者への貢献がある日常的な創造性。アクセサリーをつくり、友達にあげて喜んでもらうなど、誰かの役に立っている創造性
③Pro-c:専門分野での創造性。携帯電話をつくるメーカーの人たちが日々、もっと使いやすい商品を追求して開発を繰り返しているような創造性
④Big-C:社会を変える革新的な創造性。スマートフォンを発明するように、革新的なイノベーションを起こす創造性
※Kaufman & Beghetto(2009)より
また、①〜③までの創造性は「Everyday Creativity」と呼ばれ、④のBig-Cは「Embient Creativity」と呼ばれると石黒さんは補足します。後世に残る事例や伝記、特許など超越的な創造性を指す「Embient Creativity」は、日常的に発揮される創造性とは区別されるのです。
そのうえで、石黒さんはBig-Cを生み出すためには、Mini-c、Little-c、Pro-cといった、「Everyday Creativity」を大切にすることが重要な条件だと語ります。
「たとえば、Aさんは趣味で個人的にものづくりをしています。ある日、Aさんはものづくりを仕事にしようと思い立ち、大学に入学して勉学に励みはじめる。その後、Aさんは5年間の下積みを経て、ようやくプロとして活躍しはじめます。小さな創造性を積み重ねることで、時間をかけてBig-Cが花開きます。
昨今、企業ではBig-Cに分類されるような創造性が求められています。しかし、大きなイノベーションを起こすには、その前段階にある、従業員が日常的に発揮しているさまざまな創造性に目を向けることが大切なのです」
企業活動では、利益をもたらすBig-Cを近視眼的に追い求めがち。しかし、社員がEveryday Creativityを普段から発揮できていなければ、企業に創造的な発明が生まれる土壌が育たないと石黒さんは指摘します。
偉大なBig-Cを発揮したスティーブ・ジョブズも、昔は個人的にインドで禅や瞑想の修行をしており、試行錯誤の末にAppleの創業や、iPhoneの発明に辿り着いている。創造性は深化していくのです。
最後に、創造性を計測して分類する限界として「将来役に立つかもしれないことを、私達は今の時点ではわからない」という問題について石黒さんは触れます。
「スティーブ・ジョブズがiPhoneを発売した時、多くの人々は『本当に役に立つのか』と懐疑的だったはず。Eminent Creativityは周囲から理解されづらいため、世の中に現れるまでが困難なんです。これからの創造性研究は、実現にまで辿りつかず、頓挫して埋もれてしまった創造的な発明にも、きちんと目を向けていく必要があると思っています」
創造性研究の歴史──DTという指標活用の現在地
拡散的思考の概念は、知能研究の第一人者である心理学者ジョイ・ギルフォードによって1960年代に提起されました。注目を集めたきっかけは、ギルフォードがアメリカ心理学会の会長就任式で「創造性はもっと注目されるべきだ」と語ったこと。
その後、ギルフォードはDTを計測する拡散的思考課題を開発します。その背景にあったのは、ベトナム戦争中の軍から要請された「軍人向けの適性検査を開発してほしい」という依頼でした。
刻一刻と状況が変わる戦場においては、IQを中心とする知能検査だけでは「臨機応変な対応ができるか」を計測するのに不十分でした。眼前の状況に対して、柔軟に解決策を考える力として、拡散的思考を測定することが求められたのです。
しかし、拡散的思考課題の発明は「本当に検査として使っていいのか」という論争を引き起こしました。たとえば、子どものDTを数値化することで、「この子には能力がない」という教育上の切り捨てが起こりかねないからです。
この批判を受けて、創造性研究は「state」と「trait」の両側面からの研究が行われてきたと石黒さんは語ります。
「1960年代以降は、State、状態としての創造性の研究が進みました。『どうすれば、人間はアイデアが浮かびやすくなるのか』といったようにです。拡散的思考をしている脳の状態を測定し、どのような介入がアイデアが浮かびやすい状況を促進するのか、さまざまな試行錯誤が行われてきました。
一方で、Trait、能力や特性としての創造性の研究は批判された時期があります。DTが高いか低いかという数値化によって、安易に他者の能力を決めつけることは、人間の伸びしろの否定や倫理上の問題に結びつきかねないからです」
また1960年代には、「DTをTraitとして扱うには、実証的なデータが足りず時期尚早だ」という批判があったと石黒さんは語ります。すなわち、「DTが高い子どもが、本当に創造的な成果を残すのか」が分かっていない。そこで数十年間の長期にわたる実証研究が実施され、子どものDTと、大人になってからの創造的な成果の相関性が検討されてきました。
「近年、『DTはIQのように一般的に使用してよい指標である』という再評価が進んでいます。それは、この長期研究の結果が出てきたことがひとつの理由として挙げられます。前述したように、 『DTが高い人は創造的な成果を残す可能性が高い傾向にある。しかし、本当に成果を残せるかどうかは、その人が置かれた環境や、取り組む領域に大きく左右される』ということが判明してきたからです」
DTという指標の見直しと再評価により、能力や特性(Trait)としてのDTの研究は、ようやくスタートラインに立ちました。その人のDTに適した教育法の考案や、他の能力・特性との関係性を活かす研究が、いま活発に行われはじめていると石黒さんは今後の研究への期待を語りました。
創造的な「態度」がクリエイティブな成果に結びつく
DTはその人のアイデア生成の潜在能力を測定できます。しかし、高いDTを持つにもかかわらず、創造的な成果を残せる人とそうはない人がいるのは、なぜでしょうか。
この疑問に答えるヒントとなるのは、「DTと創造的行動は必ずしも結びつかない」という点。いくらポテンシャルがあっても、その人がやろうと思っていなければ行動に結びつかないのです。つまり、創造的な「態度」が重要になると石黒さんは言います。
「創造的な態度として注目されているのが、『創造的自己』という概念です。英語名で“Creative Self(Karwowski & Kaufman, 2017)”と呼ばれるこの概念は、『私たちが、創造性とは何で、自分自身の創造性をどのように考えているのかに関する信念』です。つまり、創造的な行動について、どのような信念を持っているかが、創造的な結果に結びつくのです。
それに加えて、特にビジネスの分野で注目されているのが「創造的自己効力感」(Creative Self Efficacy)です。これは『自分は創造的なことを達成するだけの能力がある』と信じていること。創造的自己効力感を高いと、仕事での創造的パフォーマンスも高くなることが研究から明らかになっています」
DTが現実社会での創造的な成果に結びつくとき、「創造的自己」や「創造的自己効力感」が大きく影響します。すなわち創造性を発揮できるかどうかには、態度が影響するのです。
さらに、「日本人の創造的自己は⻄洋人よりもネガティブだ」と石黒さんは指摘。日本人は自分の創造性に比較的自信がないことが、イノベーションの停滞に繋がっているのではないかと仮説を展開したうえで、DTを用いた創造性教育の可能性について期待を込めながら語ります。
「DT自体を大きく伸ばすことは難しいですが、創造的自己は他者からの介入で変えられます。たとえば、創造的自己のうち創造的マインドセット(Karwowski, 2014)には『創造性は伸ばせる』という成長マインドセットと、『創造性は生まれた時から決まっている』という固定マインドセットがありますが、前者のマインドセットを持つ人のほうが創造性によるパフォーマンスが高くなります(Karwowski et al, 2019)。学校や企業での教育に創造的自己を高めるカリキュラムや研修を盛り込むことで、日本人全体の創造性の発露を向上させることができるかもしれません」
創造的自己は大人になってからも変えられます。従業員にクリエイティビティを大切にする環境を用意することで、企業もイノベーションが起きる組織へと深化していく。DTや創造的自己は、データに基づいた創造性開発の新しい地平を切り開いてくれるかもしれません。
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本記事は、CULTIBASE Labのイベント「拡散的思考の歴史」の一部を記事化したものです。90分におよぶイベントの模様は、下記のアーカイブ動画より全編ご視聴いただけます。
拡散的思考の歴史
参考文献
- Guilford, J. P. (1967). The nature of human intelligence. New York, NY: McGraw-Hill.
- Kim, K. H. (2008). Meta‐analyses of the relationship of creative achievement to both IQ and divergent thinking test scores. The Journal of Creative Behavior, 42(2), 106-130.
- Kaufman, J. C., & Beghetto, R. A. (2009). Beyond big and little: The four c model of creativity. Review of General Psychology, 13(1), 1–12.
https://doi.org/10.1037/a0013688 - Karwowski, M., & Kaufman, J. C. (Eds.). (2017). The creative self: Effect of beliefs, self-efficacy, mindset, and identity. Elsevier Academic Press.
- Karwowski, M. (2014). Creative mindsets: Measurement, correlates, consequences. Psychology of Aesthetics, Creativity, and the Arts, 8(1), 62.
- Karwowski, M., Royston, R. P., & Reiter-Palmon, R. (2019). Exploring creative mindsets: Variable and person-centered approaches. Psychology of Aesthetics, Creativity, and the Arts, 13(1), 36.
Text by Tetsuhiro Ishida