昨今、出版業界やメディア業界にとどまらず、あらゆる業界・業種のビジネスにおいて情報発信の重要性が高まり、ビジネスにおける「編集」力の重要性が議論されることも増えました。そして、実はこの「編集」、CULTIBASEの注力テーマであるファシリテーションと通ずる点が少なくありません。
編集とファシリテーション、関連する点はさまざまありますが、今回はCULTIBASE編集長のMIMIGURI代表取締役Co-CEO・安斎勇樹の著書『問いかけの作法』でも論じた「フカボリ」の技術にフォーカス。相手の中に眠っている個性や価値観、ポテンシャルを引き出す「フカボリモード」の要諦は、編集の技術から学べる点が大きいのではないか──。
そんな問いに対するヒントを得るべく、CULTIBASEでは「編集の技に学ぶ 他者の魅力を引き出す“フカボリ”の技術」と題して、CULTIBASEの編集パートナーを務めるモリジュンヤさん(株式会社インクワイア代表取締役社長)と、CULTIBASE編集長・安斎勇樹による対談を実施。安斎が聞き手を務めたこのイベントのレポートから、ファシリテーションにも通ずる編集の“フカボリ”術の真髄に迫ります。
テキストや映像を超え、拡張する「編集」の対象
インクワイアは、メディアやコミュニティ、事業、組織、プロジェクトなどを幅広く編集するクリエイティブカンパニーです。モリさんは、編集がもたらす価値において「問い」や「探求」こそが根源的に重要だと指摘したうえで、「人や組織、社会の変容のきっかけをつくる手段として編集を用いている」と語ります。
しかしながら、そもそも「編集」とは何なのでしょうか。モリジュンヤさんは、まず辞書的な定義を引き合いに出します。
「一定の方針に従って資料を整理し、新聞・雑誌・書物などにまとめること。また、撮影済みの映像を映画などにまとめること。また、その仕事」
(出典:デジタル大辞泉 小学館)
しかし、「編集という概念はもっと幅広く捉えられる」とモリさん。例として参照したのが、編集者・松岡正剛さんが代表を務める編集工学研究所の定義です。編集工学では、編集を特定の職業スキルと考えるのではなく、「広く情報を扱うこと」だと説明。「情報のインプット・アウトプットにかかわる行為すべて」を編集と捉えているのです。また、他の例として『僕たちは編集しながら生きている』の著者である編集者・後藤茂雄さんによる、「生活編集術」という言葉を紹介し、生活すら編集できると論じていると言います。
このように、編集者が扱う領域は多岐にわたります。テキストや映像にとどまらない「広義の編集活動」へと、自身も手がける仕事の幅が広がり続けるなかで、モリさんは「編集者が提供する価値の源泉や核を定義することが重要だ」と考えるようになりました。
モリ メディアの立ち上げや運営、モデレーター、コピーライティング、SNS運営からイベントの企画運営、そしてリサーチやフィールドワーク、ワークショップやファシリテーションまで……。編集の技術を用いて、本当にいろいろな領域の仕事を手がけるようになりました。ただ、そうするうちに、『自分たちは何者なのか』とアイデンティティを見失いつつあるような感覚もありまして。だからこそ、インクワイアでは独自に編集者の定義を取り決めることで、アイデンティティの基盤を強固にしているんです。
キュレーター、メディエイター、カタリスト──編集者の3つの役割
では、インクワイアが定義する「編集者」とはどのような存在なのでしょうか。
モリさんは「編集」を分解すると、①調査 ②企画 ③調達 ④開発 ⑤流通の5つの工程に分けられると考えているそう。まずは編集する対象の人や組織を「調査」し、どのような切り口で切り取るかを「企画」します。その後、取材をはじめとした素材の「調達」を経て、執筆・コンテンツ編集といったアウトプットの「開発」を行います。最後に、メディアなどでの「流通」に載せることによって、受け手が記事やプロジェクトといった情報を享受できるようになるのです。
こうした5つのプロセスを、デザイナー・フォトグラファー・ライターといったスペシャリストをまとめあげて推進していく、ジェネラリスト的な役割を果たすのが「編集者」なのです。
特筆すべきは、インクワイアではアウトプットとして見えやすい「コンテンツ」だけではなく、制作に至るまでの「プロセス」まで編集する視点でプロジェクトを進行していることです。かかわる人たちの価値観や関係性や手法、手順を編集的に捉えて整理することで、再現性を持って良いプロジェクトを生み出すことができると考える、「プロジェクトの編集」という視点を取り入れているのです。そのため、「コンテンツエディター」と、「プロジェクトエディター」、軸足が分かれた二つのキャリアパスが存在します。
これらを踏まえ、モリさんは編集者の役割を大きく3つに分けて捉えています。
モリ 編集者には、キュレーターとメディエイター、そしてカタリストとしての役割が求められると考えています。情報の収集・分類・再構築を行い、ネットワークを繋いでいくキュレーター。間を繋いで対話や協働の機会を作り出し、知識の翻訳を手がけていくメディエイター。そして問いかけなどを通じて、新たな価値が生まれる触媒として関わり、社会実装していくカタリストです。これらの役割を担うことで個人や組織に伴走し、社会を変容させていくことを目指しています。
価値観をすべて言語化できている人はほとんどいない
キュレーター、メディエイター、カタリストの3つの役割を軸に、扱う対象を拡張している「編集」。そのプロセスでは、いかなる「フカボリ」が行われているのでしょうか?
まず話題に挙がったのは、「相手のルーツや真善美」の深堀り。人は誰しも、正しさ/善さ/美しさに関して、独自の価値観を持っています。例えばインタビューなら、インタビュイーがどのような「真善美」にもとづいて話しているのか、語られている具体例の位置付けから紐解いていきます。その際、「誰もが自分の真善美を言語化できているわけではない」ことがポイントだとモリさんは語ります。
モリ 自分の価値観を全て言語化して整理できている人はほとんどいません。だからこそ、編集者は「その人がまだ言語化できていないが、大切にしていること」の輪郭を探り、深堀りします。そこで着目すべきなのは、相手が強く言い切っていること。その言葉はどういった判断基準から出ているのか、そこにファクトやデータがあるのか、経験上強い手応えを感じているのか……そうした点を深堀りする問いを投げかけていきます。
安斎はこれに対して、自著『問いかけの作法』を参照しながら、ファシリテーションとの共通点を指摘。相手が何かを評価する発言を観察することで、その裏側の物差しや「とらわれ」を判定することは、ファシリテーションにも求められる技術だと言います。
さらにモリさんは「言語化されていないが重要なこと」を探るためには、相手が語りやすい場をつくることが大切であると話を続けます。
モリ 人はまだ頭の中で整理できていない言葉を話す時、「これを言って伝わるかな」と迷います。でも、面白い話を引き出したいのであれば、とにかく思うがままに言語化できていないものを語ってもらうことが大事です。ですから、『気にせず話してください、あとはこちらで何とかしますので』というように、相手の心理的ハードルを下げるよう働きかけることを大切にしています。
フカボリ術はマネジメントにも応用できる?
さらにモリさんは、仮説や対立しそうな意見をぶつけてみることも、価値観の深堀りに効果的だと語ります。
時には世の中一般に普及している概念も引き合いに出しながら、「相手がこう考えているのではないか」という仮説をぶつけてみると、相手の考えのコアがくっきりしたり、差分が浮かび上がったりします。また、「こういう観点からだとどうでしょうか?」と、あえて相手とは対となる立場を挙げつつディベートを仕掛けることで、その人の価値観を相対化して位置付けることができます。
これに対して安斎は、以前のモリさんとの会話を回想しながらコメントしました。
安斎 以前モリさんが「編集者の仕事は、本当はその人が言語化したがっているが、まだできていてないことを引き出してあげること」と語っていたのが印象的でした。編集者は、取材対象者に「実はこういうことやりたいのではないですか?」と自分の仮説をぶつける。すると、相手の思考や欲求が喚起され、相手がそれまで気づいていなかった思考や関心を引き出すことができます。
さらにこうした深掘りの技術は、マネジメントにも応用できるのではないかと、安斎は仮説を重ねます。
安斎 例えば、部下との1on1で編集者的にかかわり、「この人が次にこうした経験を積むと、キャリアが違うフェーズに進むのではないか」と仮説を立てて提案してみる。すると、自らが変化の触媒となり、部下の変容や成長を促すことができるようになるのではないでしょうか。
求められる「イタコ力」
こうした技術は、ファシリテーションに応用できる側面もありますが、安斎は「コンテクストを物語にすることは編集ならではなのではないか」と推察します。例えば、「インクワイアが制作するインタビュー記事は、ただ意気込みが語られているものではなく、『この企業はどんな歩みを進めてきたのか』と物語的な時間軸を持っている印象を受ける」と安斎。
モリさんは松岡正剛さんの「カナリゼーション(運河化)」という言葉を引用して説明します。編集の役割は、時間軸を持った線として文脈や流れを整理して、相手に伴走しながら関わっていくことだというのです。
また、メディエイターの役割も編集者ならではです。編集者はメディアとして書き手や話し手と読者をつなぐ立場にいるため、常にそこにいない読者を想定しながら深堀りを行わなければいけないと、モリさんは語ります。
モリ 例えばインタビューの際は、最終的にいろいろな読者が読むことを想定し、聞き手としてのモードを使い分けています。取材対象者が強気な発言が多い人だとすれば、それをそのまま言葉にすると引け目を感じてしまう読者がいるかもしれません。ですからそれを見越して、取材の段階で記事の完成像から逆算して、「そのあなたの発言に引け目を感じてしまう読者もいるかと思いますが、そういう人にはどのような言葉で話しかけますか?」と、読者の心情をカバーするような質問を差し込んでいきます。
ここで重要なのは、「イタコ力」だとモリさん。イタコ力とは、自分の中に誰かを「降ろす」、すなわち様々な立場の人の考えをトレースしながら発言することを指します。
例えば、取材中に全く前提知識のない人の視点をトレースすることで、「そもそも」を聞く「素人質問」を投げかけることができます。また、競合他社など反対意見を強く持っている立場の人の視点をトレースすれば、取材対象者の意見を別の方向から相対化できます。
この点について、安斎は『問いかけの作法』の「芸風タイプ」の話を参照しながら補足します。
自分がチームに説得的な切り口を提案し、思考を促進する提案タイプ。チームに前向きな空気をもたらし、衝動をくすぐる触発タイプ。メンバーの意見を客観的に受け止め、思考をまとめる整理タイプ。メンバーの本音に耳を傾け、共感的に対話を深める共感タイプ──こうしたタイプを時と場合に応じて切り替えながら自分に憑依させ、問いを投げかける。この方法により、問いかけに幅が生まれると言います。
さまざまな応用可能性を持つ「編集能力(エディターシップ)」
問いかけにおける編集の技法の可能性として、モリさんは「あえて問わない」聞き方についても言及します。
編集者は「問いかける」立場の人間です。しかし、私たちが普段の日常において会話の中で自ら語り始めるように、問わずとも他者に語りを聞くことは可能です。このように、編集の可能性はまだまだ未開拓のまま残されているのです。
社会環境が激変し、経済のあり方や会社のあり方の変化スピードも速い現代社会。だからこそ編集者には「コンテンツを制作して出す」という役割を超えて、事業や組織の変容にかかわり、経営にも寄与していく視座が求められていると、モリさんは締めくくってくれました。
モリ 「編集能力(エディターシップ)」には、まだまだ応用可能性があります。ファシリテーション、コーチング、キャリアカウンセリング……多くの職能の中に、編集的な要素が散りばめられています。編集力をコンテンツ制作における限定的な振る舞いとして捉えるのではなく、ブリコラージュ的にさまざまな職能に編集スキルを掛け合わせることで、日常や仕事のあらゆるシーンで役立てることができるはず。今後はこの編集能力を、さまざまな職能の人たちにインストールしていきたいと思っています。
モリさんと安斎によるフルでの対談は以下からご覧いただけます。
編集の技に学ぶ 他者の魅力を引き出す“フカボリ“の技術
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Text by Tetsuhiro Ishida
Edit by Masaki Koike