不確実性の高い現代では日常的な業務上の課題から組織崩壊レベルの危機まで、あらゆる困難がチームや組織に降りかかります。
そのような中、困難に強いチームが持っている特徴として「チームレジリエンス」という概念が注目されています。レジリエンスとは大きなダメージを受けても回復する力。個人のレジリエンスも重要であると同時に、チームとしてのレジリエンス、困難な状況からの回復力をいかに高めるかについて研究が進んでいます。
本記事では、株式会社サイバーエージェント常務執行役員 CHOである曽山哲人さんにお話しいただいた「失敗に強い「折れないチーム」の作り方:チームレジリエンスが育つ関係性構築の実践知」の内容の一部をご紹介します。
※上記インタビュー等を経て、2024年5月に池田めぐみ(株式会社MIMIGURIのリサーチャー/筑波大学ビジネスサイエンス系 助教)と安斎勇樹(株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO)の共著『チームレジリエンス:困難と不確実性に強いチームのつくり方』が発売されました。序文も公開しておりますので是非合わせてご覧ください。
退職率が高い時期に起きていた「二極化」
曽山さんはサイバーエージェントの上場前に入社し、一時期は社員全員が入れ替わってしまうほど離職率が高い状況に直面したといいます。当時、曽山さんや経営陣に近い方は組織づくりや事業に熱中していた一方で、退職率が高くなっていたという、2000年頃のサイバーエージェントの状況から振り返ります。
曽山「当時私は営業として働いており、人事にとっては本当に暗黒時代でした。特に2000年の上場からの3年間は、採用を積極的に進めていて従業員数は増えていたんですが、退職率が毎年30%と続き、組織崩壊寸前でしたね。
それを経験するまで僕は、退職率が高い会社は社員同士が全員仲が悪いのではないか?などと考えていたのですが、そうではないことがわかりました。当時、僕自身は百貨店業界からネット業界に転職して頑張るぞと意気込んでいましたし、仕事が楽しかったんですよ。一方で、隣の中途採用で入社してくる方は「こんなの会社ではない」などと怒っている。前の会社であった当たり前のもの、例えば福利厚生がないギャップを感じるなど、不満を募らせていたんです。期待値のズレがあったんですよね」
当時のサイバーエージェント社内は「会社に合って盛り上がっている集団」と「全く合わない集団」という二極化が起きていたといいます。なおかつ分断しているために、互いにその二極化に気づいておらず、経営陣に近かったり考えが合っている人は仕事が楽しく、会社の状況が良いと本気で思っているため、不満を募らせている人の様子がわからない。そのため会社の課題が見えていなかったと曽山さんは話します。
設立から5年後の2003年に、社長である藤田さんと役員陣で初めて1泊2日の合宿が行われました。
そこで「優秀な社員が長く働ける会社でないといけない」という課題と、社員を大事にすることが社員にとっても会社の業績にとってもプラスになるという共通見解が形成されたといいます。そして「21世紀を代表する会社を創る」というビジョンや、リフレッシュ休暇制度や新規事業提案制度など、7つほどの新しい人事制度を導入することが決定されました。「これが大きな転機だった」と曽山さんは語ります。
社長と役員陣の合宿は、現在でも経営課題と将来の方向性について意見を擦り合わせる場として、3ヶ月に1回程度行われています。
モチベーションを下げずにうまくやっていくチームの特徴
会社やチームの二極化や、人間関係の悪化はさまざまな課題を引き起こします。困難に直面したときに一丸となって動けなかったり、一人のネガティブな感情が全体に伝染してチーム全体が落ち込んでしまったりすることも多い中で、組織の分断を経験したサイバーエージェントでは、どのような工夫や施策で困難な局面を乗り越えたのでしょうか。
曽山「弊社で実践した3つのポイントをご紹介します。
一つ目は、ビジョンやミッション、中期計画などの目標といった「軸の明文化」です。組織の支えとなる軸があると、そこに向かって頑張ろうという気持ちが生まれます。これらを明文化し、浸透させる努力をすることが重要です。
二つ目は「横のつながり」。社員同士や経営陣と社員の関係性をつくることが重要です。関係性が良いと信頼関係が築かれ、ポジティブな情報交換が進むのはもちろん、不正が減る、問題が起きにくくなるなど、ネガティブな面が減ります。
三つ目は「個人への光」。具体的には、褒めることや表彰することです。営業、部長、アシスタントなど、どのような役職であっても、自分がこの会社にいる存在意義を感じられれば頑張れます。逆に、それを感じられないと退職したいと思いやすくなります」
いざとなったときに頼れる「横のつながり」をつくる
特に、横のつながりをつくるためにサイバーエージェントでは、さまざまな施策が行われています。そのひとつは、部活動の支援。横の関係づくりにおいて、上司部下だけに依存させないことがとても重要だといいます。仕事以外の横断的な人脈ができると、相談がしやすくなったり事業を跨いだ情報共有が自然に行われたりします。何かあったら相談できる人が多ければ多いほど、問題が起きたときに相談しやすくなり、問題が解決すればほとんどの場合は退職したいとは思わなくなるものです。
ほとんどの部活動は業務と関連がないものの、業務に近いものとして挙げられたのはエンジニアの社員がよく実施している「ゼミ」。大学のゼミのように、特定の技術や最先端分野について興味のある人が集まって勉強会を行ってるといいます。
曽山「技術力や知見が向上していくという点で、業務にもプラスになっています。こういった部活動やゼミ活動に対して一部費用支援をすることもありますし、単にそういった活動を認めるだけでも十分だと考えています」
もう一つの施策として挙げられたのは、メンバー同士の食事費の一部を負担する「懇親会支援」。同じグループや部署のメンバーと行く場合、一回の食事会で一人当たり5000円を支給しており、この支援金は月末で消滅してしまうため、月末になるとランチや飲み会が増える傾向にあるといいます。
曽山「一緒に食事をするという体験自体に大きな価値があります。食事会で仕事の話もしますが、仕事以外の話題、例えば『週末は何をしているのか』『はまっているものあるか』といった会話が生まれやすくなります」
横のつながりをつくるために重要な「仕事以外の話題」を話す機会。部活動や懇親会の支援といったイベントごとへの支援だけでなく、業務寄りの場の中でも曽山さんは、「個人が仕事以外の発話をする機会」を意識しているそうです。
曽山「私が社内でファシリテーションや研修をする時の冒頭では、Zoomのチャットに『みんなのマイブーム』を一分で書いてもらうこともしています。これがすごく面白くて、サウナ、ガーデニング、K-POPや韓流ドラマなどが挙げられます。私もABEMAでよくK-POPを見ていて、IVEというグループを応援しているので、そういうことを書くと、若手社員の中にもIVEファンがいて『誰推しですか?』って聞かれたりします。共通点が見つかるだけでも、親近感が湧くんですよね。私はメンバーから面白かった本や映画を聞いたら、その本を読んだり映画を見に行ったりして、次に会ったときに感想を伝えるようにしています。
一見これらの話はチームレジリエンスや「逆境をどう乗り越えるか」という話とは少し遠いように見えますが、非常に重要な観点です。「同じ釜の飯を食う」という言葉がありますが、部活動のような共通体験を通じて培った結束力は、辛い状況を乗り越える上で大切なファクター。学生時代の部活動などで経験がある方も少なくないのではないでしょうか」
「私」とは一つの分けられない個人であるという概念は西洋から輸入された考え方ですが、実際の自分というのは家庭での自分、部活をしているときの自分など、複数の「分人」が存在しているという考え方があります(参考:平野 啓一郎著「私とは何か」)。
仕事や組織においても単に「営業で資料作成が上手い人」といった一面的な理解よりも「ガーデニングも好きで、サッカーをすると人格が変わる」などといった、多様な面をもつ人であることを理解しあえていること、様々な自分を「知ってもらえている」ことが、チームレジリエンスを育むのでしょう。
全員が明確な目標を理解し、喜び・悔しさの感情を共有する
続いて「困難に直面したときに一人ひとりがオーナーシップを持って向き合うために必要なこと」をテーマにお話しいただきました。曽山さんは「大きな問題と直面した場合はトップが自ら陣頭指揮をとって細かく介入するしかないが、命令する側もマネジメントされる側も苦痛を感じるため、これは長くは続かない」と話します。
このような状況を早く収束させるためには、前段階での関係性をしっかりと築く必要があり、一人ひとりがオーナーシップを持ってチームの困難と向き合うために重要な、3つの「共通事項」を紹介いただきました。
一つ目に挙げられたのは「共通目標」です。例えば半年後や一年後に売上を一億円を三億円にするといった、事業目標を指します。サイバーエージェントでは、目標を決める前に全チームメンバーで半年後や一年後の目標を出し合う会議を行っています。この会議は「プロレポ」(プロジェクトレポート)と呼ばれ、ワークショップ形式で、半年後の自分たちの未来を描き、共通の目標を決め、キャッチコピーにします。例えば、顧客満足度と10億円の売上目標を合わせた『コキャマンテン』(顧客満足10億)といった言葉です。
上から目標を押し付けると、下の人たちは「自分には関係ない」と思いやすいです。しかし、みんなで意見を出し合って目標を決めると、当事者意識が高まり自発的に取り組みやすくなり、組織目標を個人目標に落とし込む際も納得感を持ちやすくなります。
二つ目は「共通言語」。実務ではどうすれば成功するのかを言語化することです。大きな意味では会社のミッションやバリューも共通言語ですが、さらに具体的に各部門レベルで、営業の受注ノウハウ、アイデアを考える際の企画の方法といった、ドキュメント化された知見などを含みます。困難な状況でもこの共通言語に立ち返ることで前進できます。
三つ目は「共通感情」。わかりやすい言葉にすると「共感」のことだといいます。喜びや称賛といったポジティブな感情はもちろん、悔しさをチーム全員で共有します。この共通感情というのは言われれば当たり前に感じるのですが、忘れられがちで極めて重要だといいます。また、共通感情を得るには目標が明確であることが不可欠です。同じ目標があって、共通する戦い方・共通言語があって、はじめて共通感情が生まれるといいます。
上司が悔しいと感じてもメンバーがそう思わない場合は、目標が違うからです。問題のある組織は目標が多すぎたり明確ではなかったりする場合が多いと曽山さんは話します。
曽山「感情は人によって感じ方が異なります。それを表現しにくい、『これは自分だけなのかな?』『傷ついているのは自分だけ?』といった不安を感じることもありますよね。氷山の水面を下げるように、表に出てこない感情を表現できるようにすることが非常に重要だと思います」
喜びを共有するという点では、サイバーエージェントでは毎月すべての部署で表彰が行われています。これは営業など数字でわかりやすい部署だけでなく、人事のような定性的と思われがちな業務も対象であることが特徴です。一ヶ月間何かしらの取り組みの中で頑張った人や途中経過であっても、一ヶ月間のプロセスに対する感情を表現したり褒め合ったりしているといいます。
小さな振り返りや共有の積み重ねが、レジリエンスを高める
チームレジリエンスのプロセスの中では、実際の困難の後に「振り返ること」が大切と言われており、曽山さんの著書の中でも失敗から学習することの重要性について触れられています。しかし、チームメンバーが変わったり時間が経ったりすると、徐々に風化してしまい、教訓が活かされないことがよくあります。失敗や失敗からの学びを継承するにはどのような工夫ができるのでしょうか。
曽山「 出来事や感じたことをシェアする仕組みが重要だと考えています。日報やSlackのチャンネルなどでも、定例会議の中で一週間を振り返る方法も良いと思います。私は定例ミーティングなどで『一週間の振り返りを今から一分間で書いてください』という『1分チャット』というのをやっています。例えば『〇〇さんと話した』『こんなことがちょっと難易度が高かった』でも十分です。そこに1分ずつ周りの人がコメントする。反応が得られると嬉しいから、少しずつ日々感じたことが表出されるようになる。これを毎週やるだけでも経験が蓄積されていきます」
合宿のようなロングミーティングでは、フォーマットを用いて今感じていることや課題認識をすり合わせていると曽山さんはいいます。このフォーマットは、縦軸に「中と外」、横軸に「ポジティブとネガティブ」になっていて、4つのブロックから構成されています。「中」はサイバーエージェント内部、「外」は社会、社会、法律、他者、それに対してポジティブな面とネガティブな面を書いて持ち寄り俯瞰します。
曽山「このように、日々の小さな振り返りと継承のサイクルを回すことが、レジリエントなチームをつくることにつながります。レジリエンスが柔軟に対応できることだとすると、コミュニケーションもアジャイルに短いサイクルでアウトプットをするべきだと思います。お互いに多面的に見られますし、変化に対する感度も非常に良くなりますね」
日々の日報、経営陣の3ヶ月ごとの合宿、毎週の役員ミーティングなど、サイバーエージェントでは定期的な習慣によって、状況の変化を常に把握できていることがわかりました。大きな問題が起こる前に回復の仕組みが組み込まれていることが、チームレジリエンスを高める一つのポイントなのではないでしょうか。
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この記事は、CULTIBASE Lab動画「失敗に強い「折れないチーム」の作り方:チームレジリエンスが育つ関係性構築の実践知」の内容の一部を編集したものです。動画では、サイバーエージェーントのチームづくりの実践について、より詳細に深掘りしています。ぜひ下記のアーカイブ動画をご覧ください。