「地図」が旅行者の動きをコントロールする時代に、「状況論」から学べること:連載「計画を超えて」 第3回

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「地図」が旅行者の動きをコントロールする時代に、「状況論」から学べること:連載「計画を超えて」  第3回

「事前に計画すること」は、わたしたちのいま・この瞬間に焦点をあわせる感覚を弱体化しているのではないか? そんな問いを起点として「計画」に対抗して生きるための知を探索していく、上平崇仁さんによる本連載。その第3回では、「状況論的アプローチ(状況論)」を起点に、生活者がデザイナーの意図に従うのではなく、世界に応答するなかでよりよくデザインしていく術について考えていきます。

ものごとを「事前に計画すること」。現在のビジネスや教育において支配的な考え方です。しかしながら、計画による先回りが過度に進むと、周囲の余白は消え、いま・この瞬間にしかないライブな感覚は軽んじられていきがちです。

加速するための“前のめり”の姿勢が是とされるなかで、本連載では、あえて常識とは逆の思考フレームに切り替えて今の時代の問題を眺めてみます。わたしたち生活者は、いかにして生起する一回限りの世界に対して応答できるのでしょうか。

プラン(計画)と状況的行為

〈状況〉と漢字で書くよりも、カタカナの〈シチュエーション〉のほうが言葉の意味をイメージしやすいかもしれません。古来から、人は「その場のありさま」、すなわちシチュエーションの中で、そこにある資源を使いながらサバイバルしてきましたが、学問の世界において、人の内側ではなく、人の行為を取り巻く外側のほうに目が向けられるようになったのは、比較的最近です。

1980年代、ゼロックスのパロアルト研究所に招聘された人類学者のルーシー・サッチマンは、コピー機とそれを利用する人間のやりとりの分析を通して、デザインにおける根本的な問題を指摘しました[*1]。

当時の最先端の技術を搭載した知的な機械(コピー機)は、人間の事前の行動を予測して、そのプラン(計画)のモデルに基づいて手続き的に人間に教示し、実行していくようにデザインされています。

ところが実際に人間がコピー機を使う手続きをつぶさに観察してみると、UIやマニュアルに示された内容を誤解したり、操作を失敗したりするなかで、周囲の環境や横にいる人との会話などで得た手がかりをあれこれ取り入れながら、その都度その都度、行為を即興的に紡いでいるのです。

この時の研究の映像の一部は、YouTubeで今でも見ることができます。高名なコンピュータ科学者(Allen Newell とRon Kaplan)が「両面コピーを取る」というタスクに対して、二人で悪戦苦闘しています。逆に(知的なはずの)コピー機のほうは、二人が何をしようとしているか全くわかっていません。

事前のプランは、自分のやったことを他人に説明したり、言い訳をしたりするためには有効ではあっても、人間の行動を生みだすものでもなければ、行動を導くプログラムでもない。プランは、状況の中で参照される単なるリソース(資源)にすぎない。サッチマンは、そう言い切ります。

状況的行為に関する実際の研究のいくつかを見れば、状況的行為が行為者と随伴的事物の間のローカルなインタラクションに依存することがわかる。このインタラクションはプランによって説明可能ではあるが、本質的にはプランの及ぶ範囲の外側にある。地図が旅行者の動きをコントロールしているなどと字義どおりの意味で主張することがばかばかしいのと全く同様に、プランが行為をコントロールすると考えるのは間違っている。

―ルーシー・A・サッチマン『プランと状況的行為―人間・機械コミュニケーションの可能性』佐伯胖 監訳 P180,下線は引用者

欧米の合理的行為者たちによる説明の方法として普及してきた「プラン(Plan)」と、人類が古くから携えてきた「状況的行為(Situated Actions)」。サッチマンは、この両者は敵対しあうものではないけれども、そこにある大きな断絶を指摘し、それまで支配的だったプラン中心のユーザ・インタフェースのあり方を痛烈に批判します。単純化して言えば、デザイナーが想定した理想的な段取りと、それを使う人の行為は、実際には関係がないのです。

学びも創造も、〈状況〉の中に埋め込まれている

こうした知見が影響して、その後市販されたコピー機は、ユーザーへ言葉での教示よりも、故障の際にはどこがおかしいのか、自力で学習しながら修復していけるような方向性になったとされます[*2]。

用紙切れや紙詰まりなどの軽度のトラブルに対処した経験のある人は多いと思いますが、確かに、必要な範囲でマシンの内部にアクセスできる手段や、ひと目見て今の状態がわかるような手がかりが工夫されています(一方で、この研究によって操作をわかりやすくするための「緑色の大きなスタートボタンが付いた」のはデマだとパロアルト研究所が否定しています[*3])。

このような、実際に現場で為されている行為に着目し、それらをとりまく〈状況〉の中に埋め込まれたものとして人々の認知や学習の姿を捉えようとする学際的な研究の潮流は、その後「状況論的アプローチ(状況論)」と名付けられ、1990年代に活発になりました。

状況論の第一人者であった上野直樹によると、状況論とは「認知、学習といったものを個人の頭の中に何かが出来上がるといったことに還元せずに、実践や相互行為、道具の組織化として見ていこうとする」アプローチです[*4]。ちなみに、本連載の題名である『計画を超えて』も、サッチマンの言う「プラン」から借りたもので、私自身、状況論の視点には大きく影響を受けています。

人はなぜプランに縛られるのか

さて、本題です。状況論は「実際にどう為されているか」を読み解こうとするものであり、歴史的な因果関係やその是非について論じるものではありません[*5]。しかし、サッチマンが論じた当時(1980年代)と現在(2021年)では、コンピュータの浸透度合いはまったく違うわけで、多様なデバイスや情報があふれる現在の様子と比較して眺めると、なんだか疑問が湧いてくるのです。

サッチマンは「地図が旅行者の動きをコントロールしているなんて、ばかばかしい」と書いていますが、(この連載初回で書いたように)現在では地図の役割は変化し、多くの現代人は、事実上スマートフォンの地図アプリやソーシャルメディアによって行動を決められています。いつのまにか行為の主体性は入れ替わってしまっているかのようです。

また「プランは言い訳に有用だ」というのも、新規事業のプロポーザルや増えすぎたデザインメソッドがしばしば自己目的化してしまう理由を鋭く言い当てていますが、今の時代を眺めてみると、アリバイ的な言い訳を目的としたプランづくり―いわゆる”ブルシット・ジョブ”[*6]―までが正当化されているようです。

こうした様子を見れば、まるで現代人は自らプランに縛られにいくような構成を選んでいるようにも思えます。「プランは本来、状況の中で参照される単なるリソース(資源)にすぎない」とサッチマンが喝破しているにも関わらず。それは、なぜなのでしょうか?

いろんな答え方ができると思いますが、まっさきに思いつくのは、そのほうが「ラクだから」でしょうか。そもそも人間は、ラクする以前には、使えるものはなんでも使い、何万年も昔から周囲と知恵をやりとりして生き延びてきたはずです。試行錯誤しながら協働的に達成していくことは豊かな学習そのもので、そんな現場の中で起こることは、状況論的に説明がしやすかったとも言えます。

一方で、それだけでは説明がつかないことも多々あります。毎度の試行錯誤は、とてつもなく負荷がかかり、再現性を高めるわけでもありません。そういった問題への解決方法として、誰もが手続き的に知識を使えるように、いわば「みんなでラクできるように」、コミュニケーションによって知識を継承しながら積み重ねてきたことも、学びの共同体のもうひとつの側面なのでしょう。初回で例示した料理のレシピなど、まさしく。

こうしたジレンマには、どうやら人間が進化の過程で獲得した特性が映し出されているようです。わたしたち現生人類(ヒト)は、他の霊長類と比較して、物理的な世界に対する認知能力はそれほど違わないけれども、社会的な世界に対する認知能力、すなわち他者を模倣し、学ぶ力については飛躍的に差がある。そんな実験結果があります[*7]。

同時に、そんな社会的知性がありすぎるがゆえに、他者から習うがままにコピーしてしまい、意味もよくわからず文化として継承してしまうケースも多いようです[*8]。良くも悪くもこれらの特性が、前もって準備された計画に対して、それを修正する余地や手放す勇気からいつのまにか距離をとらせてしまうのかもしれません。

縛られすぎないために

状況論の視座は、人の活動は決して個人の頭の中だけの問題としては捉えられないことを教えてくれます。人は、ひとりぼっちで存在しているわけではなく、他者と関わり合い、空間、技術などの多様な人工物の布置の仕方次第で、発揮される能力の構成も変化させるのです。

そして本当は、わたしたちは権力的な秩序の中にあっても、いま、この瞬間にチャンスに変わる状況を捉え、一瞬のうちに「なんとかしていく」創意工夫を行うことができる。そんな弱い者ならではの戦術[*9]をもつ。別の言い方をすれば、生活者はデザイナーの意図に従ってただ使うのではなく、世界に応答する中でよりよくデザインしていくことができる。そんな可能性を眠らせてしまっているのではないでしょうか。

深い霧が立ち込め、方向感覚を見失いやすい時代です。そんな中で状況を捉え、知を働かせていくには、自分が事前に思い描いたことや他者によって思い描かれたことに「縛られすぎない」態度が大事になります。

具体的な方策については次回以降で綴っていく予定ですが、それはイスに座った状態で頭で考えても限界があるでしょう。原初的な感覚を呼び覚ますためにも、まずはその場その場に微細な変化があり、刻々と状況が変化していく環境に(たとえ時折であっても)身を置いてみることからだ、と思うのです。私達の身体的な基盤は、いまでも狩猟採集民族だった頃のままなのですから。

[*1]ルーシー・A・サッチマン『プランと状況的行為―人間・機械コミュニケーションの可能性』佐伯胖 監訳 産業図書 1999 P180
[*2]佐伯胖「そもそも「学ぶ」とはどういうことか:正統的周辺参加論の前と後」
組織科学 48(2), 38-49, 2014
[*3] Mythbusting: Corporate Ethnography and the Giant Green Button
[*4]上野直樹編『状況のインターフェース』金子書房 2001
[*5]土倉英志『創作プロセスと創作におけるプランの役割のモデル構築 : 相互行為論にもとづく集団創作活動のフィールド研究』首都大学東京博士論文2017
[*6]デヴィッド・グレーバー『ブルシットジョブ ―クソどうでもいい仕事の理論』岩波書店 2020
[*7] E.Herrmann, J.Call, M.Victoria H.Lloreda, B.Hare, M.Tomasello, Humans Have Evolved Specialized Skills of Social Cognition: The Cultural Intelligence Hypothesis, Science 07 Sep 2007:Vol. 317, Issue 5843, pp. 1360-1366
[*8]G. Gergely,G. Csibra, Sylvia’s recipe: The role of imitation and pedagogy in the transmission of cultural knowledge, N. J. Enfield & S. C. Levenson (Eds.) Roots of Human Sociality: Culture, Cognition, and Human Interaction, pp.229-255, Oxford: Berg Publishers, 2006.
[*9]ミシェル・ド・セルトー『日常的実践のポイエティーク』山田登世子訳 ちくま学芸文庫 2021 P124

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「計画」を超えて

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著者

専修⼤学ネットワーク情報学部教授。大阪大学エスノグラフィーラボ招聘研究員。グラフィックデザイナーを経て、2000年から情報デザインの教育・研究に従事。近年は社会性への視点を強め、デザイナーだけでは⼿に負えない複雑な問題や厄介な問題に対して、⼈々の相互作⽤を活かして⽴ち向かっていくためのCoDesign(協働のデザイン)の仕組みや理論について探求している。15-16年にはコペンハーゲンIT⼤学客員研究員として、北欧の参加型デザインの調査研究に従事。単著に『コ・デザイン― デザインすることをみんなの手に』がある。

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