現場で使えるマネジメント理論とは?​​伊達洋駆さんが語る、研究知の活かし方

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現場で使えるマネジメント理論とは?​​伊達洋駆さんが語る、研究知の活かし方

ビジネスの現場では、「上司と部下の関係を改善したい」「部下がなかなか育たない」といった課題が発生しがちです。これらの多くは、現場の経験知や勘に頼って対処されがちで、そうした蓄積がない人は「どうすればいいかわからない」と悩むことが多いのではないでしょうか。

他方、「上司と部下の関係はどうあるべきか」「どのように優秀なミドルマネージャーを育てるべきか」といった問いに対しては、すでにエビデンスに基づく研究と、実践的なマネジメント理論の構築が進められています。

CULTIBASEでは、『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』の著者で、​​研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している伊達洋駆さんを招待してイベントを開催。「上司サポート」や「LMX(leader-member exchange)」といったマネジメント理論を紹介していただき、理論を参照しながら組織やチームのパフォーマンスを改善する方法を探りました。

伊達洋駆(株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役)
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。

部下の満足度や愛着、離職率を左右する「上司サポート」

「上司がどれだけ自分を支援してくれるか」は、部下のモチベーションを大きく左右する重要な要素です。自分のキャリアを気にかけてくれるか、有益なフィードバックをくれるか、なにかを達成した時には評価してくれるか……上司のサポートによって部下の働きやすさは左右されます。

こうした「自分の上司がどれだけ自分を支援しているか」について部下が抱く認識を、「上司サポート」(supervisor support)と呼ぶと伊達さん。上司サポートの度合いが高い場合、部下はより会社や仕事に満足し、会社への愛着が高くなり、離職しようと思う可能性が低くなることが分かっていると言います。

「上司サポートは、上司側ではなく、部下側の認識である点がポイントです。上司が部下のことを考えているつもりでも、それが部下に伝わらなければ、上司サポートは発生していることにはなりません。上司にとっては厳しい定義だと言えます」

マネージャーにとって、部下をサポートすることは当たり前のミッションです。しかしながら、現実には「サポートされやすい部下」と、「サポートが行き届かずに放置される部下」がいます。その差はどこから生まれるのでしょうか?

「人間は自分と同じカテゴリーにいる他者に対して共感を覚えます。それゆえマネージャーは、自分と共通点がある部下をサポートしやすいのです。同じ学校出身であったり、同じ年代の子供がいたりなど、ちょっとした共通点があるだけで、上司は部下を『同じカテゴリーの仲間』だと認識して、サポートの意欲が高まります。裏を返せば、部下はマネジャーとの”共通点探し”をすることで上司サポートを引き出すことも可能です」

また、人事の施策によって組織内の上司サポートを高めることもできると言葉を続けます。例えば、マネージャーの評価項目の中に「部下へのサポートが出来ているか」を設定することが有効です。また、社内の制度を正しくマネージャーに伝えることで、上司サポートの度合いは高まると言います。

もちろん、薬に主作用があれば副作用もあるように、マネージャーの行動に関する理論にもリスクがあります。上司サポートを高める際の注意点についても、伊達さんは言及しました。

「上司サポートがあると、『お返ししなければ』という互恵性の感覚が形成されます。すると、部下が上司をサポートする関係性が生まれ、その結果、上司のために非倫理的行動をする恐れがある。例えば、上司のネガティブな情報を隠したり、上司の働きぶりを誇張して伝えたり。上司サポートは、上司と部下が個人的な関係性になりすぎるリスクと表裏一体なのです」

上司と部下の関係性の質を示す「LMX(leader-member exchange)」理論

伊達さんは「上司サポート」に続いて、マネージャーのあるべき姿をより多面的に考えるために、LMX(leader-member exchange)という別の理論も紹介してくれました。

LMXとは「上司と部下の関係性の質」を指します。上司サポートと同じく、部下が上司との関係性の質を評価するのが一般的です。「上司は私のニーズを理解してくれている」「上司は自分を犠牲にしてでも、私を助けてくれる」といった感覚が部下にあれば、LMXが高いと言えるのだと伊達さん。

またLMXの効用も、上司サポートと似ています。LMXが高いと、会社に対する満足感や公正感を得やすく、会社を辞めにくくなるそう。また、自分の仕事上の役割が明確になるため、複数の役割の間で板挟みになりにくいとも言います。

「LMXを高めるために、まず部下側ができることには『能力の高さを示すこと』があります。能力が高いとみなされた部下は、上司も目をかけてくれることが明らかになっています。さらに部下が熱心で楽観的であり、不安や疲労でネガティブな感情を示さない、自責の感情で仕事に取り組むといった要素を持つ場合も、LMXは高まります」

一方で、上司側からも、LMXを高めるために取れるアクションがあります。努力や成果に対して部下を褒めて報いる、ビジョンを示してやる気を引き出す、部下の成功を期待する、といった方法です。しかし、同じ上司のチーム内でも、部下とのLMXに差が生じることがあることには留意すべきと伊達さんは語ります。

「同じマネージャーのチームでも、かわいがられる部下と、そうではない部下がいますよね。人間は他人と比較する生き物。同僚よりも自分が特別な扱いを受けていればエンゲージメントが上がりますし、自分は無視されて同僚ばかりかわいがられる姿を見せられればエンゲージメントは下がります。こうしてチーム内でLMXにばらつきが生まれると、チームにまとまりがなくなり、全体のパフォーマンスが下がります。そうならないよう、マネージャーには配慮が求められるのです」

マネージャーが何も配慮せずに過ごしていれば、「能力が高く、熱心に働く部下」を重宝してしまいます。しかし、そうした部下よりも、普段気にかけていない部下の方がサポートを求めている可能性が高いのです。部下を「あいつは問題があるから」とラベリングせず、「環境を変えれば活躍するかもしれない」と思いながら、じっくりその人の長所を探してみることが大切だと伊達さん。

さらに伊達さんは、LMX研究が陥りがちな“落とし穴”についても語ってくれました。

「LMX理論は、上司と部下の関係性の質が、部下のパフォーマンスを上下することをうまく説明している理論です。その一方で、あまりにも上司と部下の二者関係に閉じて物事を考えて、部下のエンゲージメントを下げうるその他のファクターを無視してしまいかねない側面があります。LMX理論は社会的な『交換理論』から発祥しており、上司と部下の間でなにが交換されているのか、いわばギブアンドテイクの関係を明らかにするものです。それゆえに、二者間の外にある変数は優先順位が下がるのです」

ミドルマネージャー研究の可能性──「経営者からの働きかけ」や「愛着形成」が重要?

ここまでお伝えしてきた上司サポートとLMX研究の内容は、マネジメント全般に有効な理論。それゆえ、ミドルマネージャーのパフォーマンス向上にも効果を発揮すると伊達さんは言います。

「ミドルマネージャーの特徴は、トップマネージャーが能力発揮を促すほど、自発的に提案を行うようになり、イノベーションや変革を進めてくれることです。裏を返せば、トップマネージャーたる経営陣がミドルマネージャーに意見を言ってもらうよう働きかけないと、組織変革は起こりづらい。







特に集団主義志向のミドルマネージャーの場合、周囲との協調を重んじるため、経営者からの働きかけが効果的です。ミドルマネージャーは会社への当事者意識や愛着を持つことによって、業務改善に向き合いはじめやすい。そのため、意見を言いやすい環境の醸成が、組織変革において非常に重要だと分かっています」

なお、ミドルマネージャーに特化した研究は、現状幅広く行われているわけではありません。現実の事象や人間を扱う研究は、実証しづらく研究が難しいからです。また、上司サポートやLMXのような分かりやすい理論が確立されていないことも、研究結果が蓄積されていかない原因のひとつです。

「ミドルマネージャーは、トップと現場の結節点として、板挟みに合いやすい立場にいます。それゆえ、上司サポートや、LMX研究とミドルマネージャー論と掛け合わせながら、板挟み向き合う研究などさらなる深掘りの余地があると思っています」

理論は副作用や限界も踏まえ、マネージャーが「意志」を持って活用すべし

ここまでお伝えしてきたマネジメント理論は、常に現実をうまく説明できるとは限りません。

「『こうすれば良い』と絶対に言い切れる行動はありません。理論を盲信せず、リスクまで理解した上で、現場に取り入れていくことが重要です」

さらに伊達さんは、マネジメント理論が過大評価されている可能性を指摘。その背後には、研究者と産業界が持つバイアスがあるといいます。

「例えば、エンゲージメントについて研究している人は、『エンゲージメントには意味がある』と思い込む傾向があります。産業界も同様に、エンゲージメントに関するサービスを提供している事業者は、エンゲージメントのリスクは語らない傾向にある。学術界も産業界もネガティブなことを言わないことで得をする構造になりやすいので、今後は副作用も含めた研究が大事になるでしょう」

最後に、「経験や勘もマネジメントにおいて重要ではないか」という質問に対して、伊達さんは「マネージャーに関する理論は完璧ではないし、エビデンスが説明できる範囲は広くない。なにも分からず適当にやるよりも、知っていた方が良いというもの」と答えます。

理論はあくまで「こうしたほうがいい」と選択肢を示してくれるものでしかないと前置きしながら、伊達さんは次のように語ります。

「最も大事なのは、マネージャーの意思です。すなわち『自分はこうしたい』『部下とこんな関係を築きたい』という意志を持つこと。その気持ちがあってはじめて、LMXや上司サポートといった理論や、経験や勘が役立ってくるのです」

理論を参考にしつつ、現場の経験と勘も十二分に活用しながら、多角的な視点でチームを構築していく。マネジメントの語源となる「manage to」とは、もともと「なんとかする」の意味。「色々な人がいる中で、みんなが協働するためにうまく関係性を調整するのが、マネージャーの腕の見せ所であり、組織が存在する意義です」と伊達さんは話を締めくくりました。

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本記事は、ミドルマネジメントのパフォーマンス・育成に関する知見についてエビデンスに則ってお話しいただいたイベント「ミドルマネージャーの行動科学:エビデンスに基づく処方箋」の一部を記事化したものです。90分におよぶイベントの模様は、下記のアーカイブ動画より全編ご視聴いただけます。

ミドルマネージャーの行動科学:エビデンスに基づく処方箋

ミドルマネージャーの行動科学:エビデンスに基づく処方箋

Text by Tetsuhiro Ishida
Edit by Masaki Koike

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