ブランドに潜在する「物語」を発見し、新たな意味として伝える:DONGURI(現・株式会社MIMIGURI)デザイナーと「意味のイノベーション」の観点で読み解くブランドデザイン事例
ブランドに潜在する「物語」を発見し、新たな意味として伝える:DONGURI(現・株式会社MIMIGURI)デザイナーと「意味のイノベーション」の観点で読み解くブランドデザイン事例

ブランドに潜在する「物語」を発見し、新たな意味として伝える:DONGURI(現・株式会社MIMIGURI)デザイナーと「意味のイノベーション」の観点で読み解くブランドデザイン事例

2020.08.15/9

市場リサーチなど、組織の外側に目を向けてイノベーションの糸口を探る「Outside-in(アウトサイドイン)」型のプロセスではなく、個人の創り手としての思いを起点に新たなアイデアを生み出す「Inside-out(インサイドアウト)」型のイノベーション・プロセスの代表格として、「意味のイノベーション」という概念に注目が集まっています。

意味のイノベーションとは、イタリア・ミラノ工科大のロベルト・ベルガンティ教授によって提唱された新たな方法論で、「批判性を伴ったアプローチ」や「ユーザーへの共感ではなく創り手個人の熟考から始めるプロセス」などを特徴としています。

2020年7月15日に開催された意味のイノベーション研究会Vol.02「創り手の姿勢を起点としたブランドデザインのプロセス」では企業・プロダクトのCIやVIなどのデザインを手掛ける株式会社DONGURI(現・株式会社MIMIGURI)のブランド・デザイナー吉野拓人が登壇しました。

「意味のイノベーションを意図したわけではないが、その文脈で読み解き甲斐のある事例」として今回取り上げられたのは「葉山シャツ本店」のブランドサイトリニューアルの事例。意味のイノベーションの研究・実践を行う株式会社ミミクリデザイン(現・株式会社MIMIGURI)の小田裕和がスピーカーとなり、事例を読み解くことで意味のイノベーションへの理解を深めていく、実践的な知見に富む研究会となりました。

目次
製品機能の「コモディティ化」をどう乗り越えるか
ブランドの中に無意識的に潜在する“意味”を探る


製品機能の「コモディティ化」をどう乗り越えるか

吉野からは今回のテーマについて、「デザイナーの吉野」を作り手とし、「吉野自身の内発的動機、衝動」を起点に「ビジネス戦略と感情訴求を両立させた上で、様々なタッチポイントでブランドの理念を浸透させていく」ことがブランドデザインであるとして説明されました。

今回対象としたのは、神奈川県にある「葉山シャツ本店」ブランドサイト制作の事例です。葉山御用邸の前に本店を構えるドレスシャツ専門店で、フルオーダーメイドシャツや26サイズを展開する「葉山スケール」の既製シャツなど、日本人の体型に合う高品質シャツを提供しています。

「オーダーメイドのスーツを着た瞬間に人生が変わったと感じた」という創業者の思いは、独自の「葉山スケール」に代表される製品のクオリティのみならず、スタッフ一人ひとりにまで行き渡っていることから、「社内においては、既にブランド訴求・醸成ができている状況だった」と吉野は説明します。

今回、ブランドサイトのリニューアルの依頼があった背景としては、「若手向けの既製カスタムオーダーシャツの購入層を拡大する」という目的があったそうです。

当時のブランドサイトについて吉野は、フルオーダーラインの顧客である50代以上に合わせた重厚感あるデザインだったことに触れた上で、「独自の『葉山スケール』など、ブランドの強みとなる機能的な情報に到達しにくく、情報設計に課題がある状態だった」と、ブランドサイトの課題を再定義したことを振り返ります。

吉野はここで、ブランドサイトの役割を「認知を獲得した新規ユーザーに対して新しいブランド醸成する」ことであるとしながら、「既存のコアなファンを大事にする」という前提があることを強調しました。

インサイト調査やカスタマージャーニーの設計などを行ったところ、「カスタムオーダーシャツを商品群とするソリューションとしても、30代〜40代の役職を持つビジネスパーソンをターゲットとすることも、訴求ポイントとして確かに正しいことが導き出されたと言います。

ところが、葉山シャツ本店が持つこれらの強みをいざ言葉として表に出そうにすると、他のブランドと似た言葉になってしまい、差別化が難しい状況だったと吉野は語ります。

この現象について小田は「本質を追求すればするほど強みが似てしまう『コモディティ化』は、意味のイノベーションでも言及されている」と、ブランドとして正しくあろうとすることの宿命でもあると解説しました。

吉野もまた、ソリューションや強みとしては間違っていないことを改めて強調しながらも「葉山シャツ本店の場合、多くのオーダーシャツのブランドが都心に乱立している中で既にコアなファンが付いているため、ブランド醸成はできている状態でした。そこで、今のファンがわざわざ葉山シャツを選ぶのは『品質以外の理由もあるのではないか』という問いを立てました」と、ブランド独自の要素を見つけ出す糸口を探し始めたと語ります。

その独自の要素を見つけ出すことも含め、最終的にデザインで目指していく方針は3つあったそうです。

(1)新規ユーザーに対しては「自分だけの体験が得られそう」な予感をもたらすサイト

(2)既存ファンや社員の方に対しても、ブランドをより好きになってもらえる、「葉山シャツを選ぶ理由を振り返る」ことができるサイト

(3)ご当地ならではの特色を生かし、地方創生へ貢献できるサイト

葉山シャツ本店の持つ訴求ポイントは共通させながらも、新規ユーザーには「自分だけの体験が得られそう」な予感をもたらし、既存ファンは「葉山シャツを選ぶ理由を振り返る」ことができるという、それぞれのユーザーが異なるストーリーを体験できるデザイン方針としたと言います。

ブランドの中に無意識的に潜在する“意味”を探る

「既存ファンが葉山シャツを選ぶ理由」について吉野は「顧客自身も無意識で、普段から言語化して考えていない領域」とした上で、「自身が他社でシャツを購入した時の体験と照らし合わせて探っていった」と説明しました。

以前から他社でセミオーダーシャツを作り続けていたという、吉野自身の経験を振り返ることで、着用時だけではなく、注文や移動中の時間などのプロセスに価値を感じていたことを発見したのだそうです。

また、仕事上で高いパフォーマンスを発揮する手段として「着た瞬間に強くなれる」感覚も得ていたとして、葉山シャツ本店の創業者の原体験とも重なるものがあったと語りました。

吉野はこれらの分析を元に、「既存ファンは葉山という土地、葉山シャツ本店の立地が持つ独自の物語に惹かれているのではないか」と仮説を立てたと言います。

これらの仮説を元に、吉野は自ら申し出て、同じく案件を担当するチームメンバーと共に葉山シャツ本店へ実際に足を運んだと言います。店舗の雰囲気と合わせて周囲の環境や風景を写真に撮影していったところ、海のある風景や穏やかな街並みが「自分自身も体験したい」と思うイメージと一致したと言い、購入者は製品そのものだけでなく、その前後のプロセスや周辺にある物語に惹かれているのだという仮説に確信を持ったのだそうです。

実際のブランドサイトの開発についても、コンバージョンの指標となる「葉山スケール」のページへの導線などビジネス戦略としての設計と合わせて、ビジュアルでの感情訴求に重きを置いたと説明しました。

サイト全体のトーンとしては海辺の街らしい爽やかな白を基調としたデザインとしながら、トップページのキービジュアルでは葉山シャツ本店がオーダーメイドシャツを受け渡す際に使用する桐箱を中心に据え、演出として桐箱が開けられるインタラクションを加えることで、「開封するまでが葉山シャツ本店の購買体験である」という訴求を狙ったと吉野は語ります。

コンセプトページについては、店舗の外観にある風景から店内に入店しシャツを受け取るまでの一連の場面を撮影し言葉を添えることで、葉山シャツ本店でしか得られない体験を伝える物語性の強い世界観を構築。シャツだけではなく、歴史ある店内の様子や年代物の時計など空間を作り上げる様々な調度品にもフォーカスを当てることで、まるで実際に店内に足を踏み入れたかのような体験を提供しています。

合わせて、吉野がデザインをする中での最終的な目標は「インナーブランディング」であるとし、そのプロセスを次のように説明しました。

「プロジェクトを通して、クライアントと共に振り返りと対話の時間を多く共有していきました。これは、ブランドサイトの開発を通して社員の方自身に『自分たちの“らしさ”はここにあるんだ』と気づいてほしいためです。もちろん、より本格的にインナーブランディングを行うのであれば、CIリニューアルやビジョンの策定などの施策が適していると思います。今回はあくまでもブランドサイトのリニューアルであり、プロセスも限られていましたが、コンテンツ企画を通して少しでもインナーブランディングに繋げられないかと考えて進めていきました」

リニューアル後の成果として、クライアントから「ブランドサイトの内容が、すべての葉山シャツの行動の軸になっていることは間違いない」と伝えられたと言います。吉野は「ブランドサイトのリニューアルではあったが、少しでもインナーブランディングに繋げることができたのでは」と振り返りました。

吉野からの話題提供を受けて小田は、ベルガンディが意味のイノベーションに必要であるとした「ギフトを贈る」マインドに触れながら、次のように語りました。

「吉野さんの話はビジネス戦略が軸にありながら、その店を体験しその場所に行き、自分自身がブランドを好きになり、魅力や価値だと感じたところをブランドサイトに落とし込んでいったことが大事なポイントだと思います。意味のイノベーションで重要とされる『批判的なアプローチ』は、対象への好意がないと成立しません。クライアントの結果をどう出すか、KPIをどう設定するかというソリューションに限定するのではなく、創り手個人の思考とクライアントとの対話を大事にしたからこそ生まれた成果なのではないでしょうか」

吉野は「依頼が来た瞬間に自分がやりたいと思った」と自身に強い動機があったことを補足した上で、「最初の打ち合わせ時は機能的な内容が多かったものの、コンセプトページの提案を行ううちに、葉山シャツの歴史など情緒的な話題に寄っていった」と、クライアントとの間に築かれた関係性がやはり重要であったことを振り返りました。

都会の喧騒から離れ、穏やかな潮風を浴び、多くの文豪が通った老舗の跡地で自分だけのシャツをオーダーする。ブランドに潜在していたこれらの「物語」をタッチポイントとして発見し、新たな意味としてブランドデザインに落とし込んだこのプロセスは、クライアントワークにおける意味のイノベーションのひとつのあり方を示す事例となりました。


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ライター:田口 友紀子
フリーランスのライター・編集者。東京都在住。FICCにてプランナー・ディレクターとしてプロモーション企画やコンテンツ制作に従事。やがて自身の文章への執着心に気づき、PR会社勤務を経てライター・編集者として独立。人の動機や感情に焦点を当てながら、伝わる言葉を紡ぐことを目指している。

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