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最近、日本でも「イノベーションのためのアート思考」「美意識を磨くための対話型アート鑑賞」といったキーワードを目にすることが多くなってきました。欧米では「Artistic-Intervention」(アーティスティック・インターベンション)という呼び方で、アートを通じて企業組織の中に学びを生み出す試みをめぐって30年ほど実践と研究が重ねられています。

本稿では、アートをつくる/見るという経験を、組織の学習の中でどのように活用することができるのか、いくつかの研究を参照しながら、方法と注意点について検証していきたいと思います。

目次
なぜ組織開発においてアートが有効だとされているのか?
アートによる学びの歴史的背景
アートによる組織開発事例1:アイデアの生成
アートによる組織開発事例2:個人の認識変容
アートによる組織開発事例3:集団の関係性変容
アートによる組織開発の可能性と注意点


なぜ組織開発においてアートが有効だとされているのか?

ビジネスにおけるアートの活用は、「能力開発」「関係性の改善」「アイデアの生成」「マーケティング」といった4つの目的に分けられます。本稿では、組織開発におけるアートの有効性について考察していくため、「マーケティング」におけるアートの活用を除き、アートによる能力開発、関係性の改善、アイデアの生成についての事例をご紹介していきます。

組織開発の定義とは「“ヒューマンプロセスへの働きかけ”を重視した組織をworkさせるための介入方法」であると定義されています。この「ヒューマンプロセス」とは、「表面には可視化されていない集団の関係性の質や、人間の内面的なもの」を指しています。

「組織がworkしていない状態」とは、いわば集団の関係性や個人の認識が固着化し、創造的な活動ができなくなっている状態です。このような状況から集団の関係性の質や個人の行動が変化・改善するには、個々人の認識に「変容」が起こる必要があります。

お互いが普段考えているけれど口にしないことを語り合ったり、無意識に囚われていた思い込みを揺さぶって認識を変えたりすることで、組織の関係性や認識の固定化がほぐれ、よりよくworkするでしょう。このような「気づき」や「変容」を生み出すために、組織の構成員一人ひとりが「深い学び」に浸る必要があります。そこで有効なのがアートを活用した組織開発です。

アートによる学びの歴史的背景

本題に入る前に、ここで言う「アート」について定義しておきましょう。

例えば、現代アートの文脈で用いられる際の「アート」という語では、形式化された美や善、真理といった概念を疑い、批判的な問いを立てる多様な表現形式を意味します。

一方、組織開発で活用される「アート」は、絵画、ダンス、演劇、ダンス、音楽、小説や映画、グラフィックデザインや漫画表現、ファッションなども含めた幅広い表現様式を含みます。かならずしも狭義の「現代アート」を意味するものではありません

このようなアートによる学びを起こす試みの歴史はおよそ100年前にその源流を見ることができます。

プラグマティズムの哲学者であるジョン・デューイは、「表現様式のことではなくそれが内包する『経験』こそが芸術である」と述べました。芸術家がどのような経験を作品に込めているか。あるいは鑑賞者が作品の鑑賞経験をどのように捉え、どのように生きる糧へと変性させていくか。こうした経験と経験の相互作用を起こす触媒として芸術を捉えています。「経験としての芸術」という考え方は現在のアート教育や芸術療法の理論的源流となっています。

一方、1921年のバウハウスでは画家のカンディンスキーによる抽象絵画の教育活動が展開されていました。世界を写実的に描写することが重要であった絵画は、19世紀後半のカメラの登場によって新しいアイデンティティを必要としていました。そのなかで感情や意味を込めた形を配置する抽象絵画の発明は、その後の絵画史の発展において重要な功績です。カンディンスキーは、自らが抽象画を描くだけでなく、ゲシュタルト心理学に照らして理論化し、さらには教育方法の開発・実践も行なっています。このカンディンスキーによる教育技法はのちのデザイナー教育にも大きな影響を与えています。

また、ゲシュタルト心理学を学び、芸術心理学を創始したルドルフ・アインハルムは、デューイらの考え方を引き継ぎながら、アート教育を通じて「視覚的思考」が人々の一般的な道具となることを目指していました。「視覚的思考」とは、描いたり、動いたりして環境を知覚することで得られた心象的を表現することを指します。現在の「グラフィック・レコーディング」を想像していただければ、イメージしやすいかもしれません。誰もがグラフィックレコーディングのような可視化の技術を用いて思考し対話できる世界を目指していたのです。

このような描画をベースとした学習方法の開発・研究は、知識伝達学習から知識創造学習へといち早く舵を切った事例であるだけでなく、その学習のベースを言語から知覚へと深化させたものであると言えるでしょう。

また、アーティスティック・インターベンションにおいて重視されるのが「コンフリクト」という概念です。組織のマネジメントにおいて、様々な場面での意見や立場の「対立」と「衝突」が起こります。その対立や衝突という事象を論理的に理解するだけでなく、別の仕方で理解し、対応する方法がアートによって学べるというのです。

こうした「対立」についての学習の源流には、劇作家のベルトルト・ブレヒトがいます。ブレヒトは「教育劇」というかたちで、思想の対立を生み出すような2つのシナリオを上演し、どちらのシナリオが倫理的に正しいと思うかを演者や観客に議論させました。学校で教育劇を上演する際は、生徒たちに演じさせ、終わった後に議論させるという方法をとりました。価値観や考え方の違いから起こる倫理的な問題について、演じることと対話することの双方で学習する場のつくりかたは、現在のワークショップに通底するものがあります。

このように、先行する実践者たちは、造形・創作教育だけでなく、鑑賞、歴史、対話といった様々な方法を通じたアート教育の礎を築いています。

アートによる組織開発事例1:アイデアの生成

こうした先行するアート教育の手法が、組織において個人・集団の能力開発や関係性の改善、あるいは新規事業や商品のアイデア生成を目的として活用されています。数日間のワークショップを実践することで短期的に成果を出す方法もあれば、数ヶ月~数年間にわたってアーティストが組織に雇用されることでじわじわと変容を生み出していくアプローチも取られています。

アーティスティック・インターベンション研究の第一人者であるBerthoin Antalによれば、アートによる組織開発とは「bringing people,products,and practices from the world of the arts into organizations(人、実践、製品を、アートの世界から組織の世界に持ち込むこと)」とされており、その具体的なアプローチは多岐に渡ります。

たとえば、スウェーデンのNPO「TILLT」は、アーティストが週に一度企業で勤務し、企業の問題に取り組む従業員をサポートすることを目的としたプロジェクトを展開しています。スウェーデン政府の文化部門によって2005年から2008年に公的に支援されたSKISSというプロジェクトでは、アーティストが1年間の間、ハーフタイムの契約で勤務する実践が行われました(八重樫,2015)。

こうしたアーティストの滞在・雇用型の実践では、アーティストが新規事業開発に参加・思考プロセスをリードすることによって新たなアイデアの生成を促すとともに、これまでのアイディエーションの方法に対する認識の更新を促していると言えるでしょう。

アートによる組織開発事例2:個人の認識変容

アーティストはこうした長期滞在だけでなく、さまざまなワークショップも展開しています。個人の能力開発を目的とした事例として、Sayers,& Monin(2008)では「パロディ漫画」の創作を取り入れています。ここでは、ファーストフード店の従業員が勤務中に目にした顧客との理不尽な出来事を「パロディ漫画」として描くことで、サービスマネジメントへの知覚的な理解を深めることを目的としています。

類似した事例として、Wick&Rippin(2010)では、マネージャーがリーダーとしての自己理解を目指して人形を創る活動を行い、Tayleor&LAdkin(2009)では、自分自身のリーダーシップの本質を理解するために、仮面を造形する活動が展開されています。

こうしたメディアを用いた表現を行うことで、従業員が「サービスマネジメント」「リーダーシップ」あるいは「コンフリクト」といった概念に対して、知覚的に認識することを促します。Springborg and Ladkin (2018)では、これまで論理的に言語で理解していた概念を、造形や演劇といった知覚的な活動を通じて理解し直すことで、新たなパターンでの認識が生まれ、ひいては行動変容が促されることが報告されています。

アートによる組織開発事例3:集団の関係性変容

アートを使った組織開発は、個人の認識変容を創作表現活動によって生み出していくだけではなく、集団の関係性にも影響を与えていきます。

Sorsa, Merkkiniemi, Endrissat, and Islam (2018) では、チームの成績が低迷していたフィンランドのアイスホッケーチームにバンドを組ませ、それぞれのメンバーに楽器を担当させるという介入を行なっています。この介入により、言語では言い表せなかった感情やエネルギーをマネジメントすることに役立ち、チームの関係性が改善されたことが報告されています。

組織における集団の関係性変容を目的としている場合、音楽やダンス、演劇といった複数人での身体表現活動が用いられることが多いです。言語による対話のみならず、空間、身体、時間をもちいた集団での共創経験を通じて、個人の認識の変容に加えて、関係性の変容を引き起こすことが可能となると考えられます。

アートによる組織開発の可能性と注意点

アートによる組織開発は、それまでの組織のルーティンに新たな扉を開く可能性を持っていると言えるでしょう。

つまり、論理的・言語的な思考ではなく、知覚や審美的判断力をもちいた思考をひらくことで個人及び組織の創造性を開花させることができると、さまざまな論文で報告されています

では、単に組織に造形的な活動を取り入れれば良いのかというとそうではありません。

まず、アーティストをファシリテーターとして招聘する場合、アートとビジネスを媒介するコーディネーターの存在が不可欠となります(参考:八重樫, 2015))。

次に、ビジネスの目的とアーティストの目的が符合するようコーディネートすることはもちろん、ワークショップを用いる場合は参加者の学習・創発が起こるように、精緻なワークショップデザインが必要となります。知覚的・審美的な経験を、安易に実務に結びつけ、言語化させることが学習を阻害することも報告されています(鈴木, 2018)。通常、企業組織で行われているワークショップで展開するような言葉を用いた「ふりかえり」とは異なる形で活動をデザインする必要があると言えるでしょう。

最後に、アートを活用することの倫理を問うておきたいと思います。ビジネスにアートを活用することは、アートそれ自体の発展に寄与するのでしょうか。アーティストが組織におけるファシリテーターになることは、そのアーティストのキャリアにとってどのような意味があるのでしょうか。アートの力を搾取するのではなく、ビジネスとアートが、その経験を媒介に互恵的な関係を結んでいくことが、アートによる組織開発の未来を明るくしていくと、私は考えています。

参考文献
Ariane Berthoin Antal(2017)Meaningful work and artistic interventions in organizations: Conceptual development and empirical exploration

八重樫(2015)アーティスティック・インターベンション研究に関する現状と課題の検討

八重樫(2019)ビジネスにおけるアートの活用に関する研究動向

山木朝彦(2019 )米国芸術教育界におけるルドルフ・アルンハイムの貢献

Ralph Bathurst,Janet Sayers,Nanette Monin(2008), Finding beauty in the banal:An exploration of service work in the artful classroom

Wicks, P. G., & Rippin, A. (2010). Art as experience: An inquiry into art and leadership using dolls and doll-making

Taylor, S. S., & Ladkin, D. (2009). Understanding Arts-Based Methods in Managerial Development

Claus Springborg,Donna Ladkin(2018). Realising the potential of art-based methods in managerial learning:Embodied cognition as an explanatory view of knowledge

イノベーション推進の取り組みが盛んに行なわれる昨今、「組織の創造性をいかに高めるか?」といったテーマに対する社会的な関心が高まっています。こうした問いに応えるかたちで、CULTIBASEは、イノベーションを起こし続ける組織づくりの見取り図として、“Creative Clutibvation Model(CCM)”を提唱しています。

組織の創造性を高める:Creative Cultivation Modelの提案

本動画では、CULTIBASEの全コンテンツの基盤であるCreative Cultivation Model(通称CCM)について解説を行っています。 CCMとは、ミミクリデザインとドングリが2020年3月に制作・公開した創り手の創造的な衝動を起点としたボトムアップ型のイノベーション・プロセスの見取り図です。 本…

CCMは、主に次の6つの要素で構成されています。

1. CREATIVE IMPULSE:個人の創造的衝動
2. CREATIVE DIALOGUE:創造的対話
3. PHILOSOPHY:哲学・パーパス
4. Sense-making:意味の生成
5. Meaningful Organization:意味深い組織
6. Meaningful Product:意味深い事業 

本シリーズでは、CCMにおける6つの要素について解説します。今回のテーマは「2. CREATIVE DIALOGUE:創造的対話」です。前回の記事で解説したように、イノベーションを起こし続ける組織づくりでは、メンバーの一人ひとりが創造的衝動を発揮できているかどうかが鍵を握ります。しかしながら、いくら個人で力を発揮したところで、チームにその衝動を活かすための仕組みや環境、風土がなければ、エネルギーは集約されず散り散りになってしまいます。

また、創造的衝動が発揮されるきっかけはメンバーによって異なります。今回の記事では、こうした個人の創造的衝動をチームの創造性へと昇華させる「CREATIVE DIALOGUE:創造的対話(以下、創造的対話)」について解説します。

目次
対話とは、「意味の共有」を通じた創造的行為である:デヴィッド・ボームの思想
創造的対話の基盤となる考え方:「社会構成主義」とは何か
組織の創造的対話を阻害する二つの問題:「認識」と「関係性」の固定化
「固定化」を解きほぐす鍵となる”衝動”:創造的対話を起こすためのファシリテーション


対話とは、「意味の共有」を通じた創造的行為である:デヴィッド・ボームの思想

ここ数年、「対話」に対する世間的な注目度が日に日に増しています。ライフスタイルや働き方、考え方の多様化が進む現代社会において、「価値観の違う他者同士が”わかりあう”」ための手段として、「対話」を必要とするケースが多いようです。たしかに、企業や学校、地域などあらゆる領域において、集団が一致団結して共通の目的に向かっていくためには、強固な信頼関係が必要不可欠であり、そうした関係性を築くために、深いコミュニケーションを行なう場を設けたいと考えるのはごく自然のことのように思えます。

しかしながら「対話」とは本当に「わかりあうためだけのもの」なのでしょうか。そもそも、何をどうすれば、私たちは「わかりあった」と言えるのでしょうか。「創造的対話」を深く理解するためには、まずは「対話とは何か?」という問いについて、もう少し精緻に見ていく必要があります。

対話について論じた古典的名著のひとつに『ダイアローグ -対立から共生へ、議論から対話へ』という本があります。この本の筆者であるデヴィッド・ボームは、誰もが異なった「想定」や「意見」を持っていることを前提とした上で、重要なのは対話を通じて「意味の共有」が行なわれていることだと主張しています。「意味」も輪郭を掴みにくい言葉ではありますが、ボームは『ダイアローグ』で、「意味」を「意義や目的、価値」と言い換えています。つまり、やや乱暴な解釈でいうと、ボームは、対話とは「自分自身が特定のヒトやモノ、コトに対して、どんな意義や価値を感じているかを共有すること」であると述べています。

ここまで読んで、「なるほど、対話とは『意味の共有』を行なうことなのか」と、ボームの考えをわかった気になってしまうのは、いささか早計です。『ダイアローグ』におけるボームの対話論の特筆すべき点は、ボームがこうした「意味の共有」を、単なる相互理解にとどまらず、新しい何かを生み出す創造的な行為として捉えているところにあります。

ボームは対話の重要な前提に「自分と他者が異なった『想定』や『意見』を持っていること」を挙げています。ここでいう「想定」や「意見」は、ひとまずの理解として「価値観」と言い換えてしまっても良いと思います。当たり前ですが、私たちの価値観は十人十色です。そして対話では、こうした価値観の違いが重要な役割を果たします。異なる価値観を持つ他者が、想定外なアイデアや意見を投げ返してくれるからこそ、私たちは純粋にコミュニケーションを楽しみ、新たな気づきを得ることが可能となるからです。そして自分が何を気づいたのかを相手に語り、共有することで、その気づきは両者にとって「共通の気づき」となります。ボームはこのように対話の中で共通のものが絶えず生まれ続ける現象を、このように述べています。

対話では、話し手のどちらも自分がすでに知っているアイデアや情報を共有しようとはしない。むしろ、二人の人間が何かを協力して作ると言ったほうがいいだろう。つまり、新たなものを一緒に創造するということだ。(『ダイアローグ -対立から共生へ、議論から対話へ』p.38 )

対話を創造的な行為として捉えるボームの考え方は、組織学習の大家であるピーター・センゲをはじめ、幅広い領域の識者たちに大きな影響を与えました。他方でボームは、「コミュニケーションで新しいものが創造されるのは、人々が偏見を持たず、互いに影響を与えようとすることもなく、また相手の話に自由に耳を傾けられる場合に限られる」とも記しています。詳しくは後述しますが、誰しもが大なり小なり抱えている偏見、あるいは固定観念は、創造的対話によるコラボレーションを阻害する要因となり得ます。とはいえ、偏見や固定観念を完全になくすことは不可能です。そのため、創造的対話を組織的に活用していくためには、「自分やチームメンバーの偏見や固定観念とどう向き合うか」という点に留意しなくてはいけません。

創造的対話の基盤となる考え方:「社会構成主義」とは何か

もうひとつ、対話の源流として紹介したいのが、「社会構成主義」と呼ばれる考え方です。

ファシリテーターはなぜ「対話」を重視するのか:社会構成主義入門
https://cultibase.jp/1961/

社会構成主義は、対話の基盤となる考え方と言われています。ケネス・ガーゲンによる書籍『現実はいつも対話から生まれる』を開くと、冒頭に社会構成主義について、このような記述がされています。

(前略)私たちが「現実」だと思っていることはすべて、「社会的に構成されたもの」です。もっとドラマチックに表現するとしたら、そこにいる人たちが「そうだ」と「合意」して初めて、それは「リアルになる」のです。(『現実はいつも対話から生まれる』p.20)

これだけ聞いても、今ひとつピンとこないかもしれません。まず「社会的に構成される」とはどういうことでしょうか。またやや雑な言い換えになりますが、平易な言葉で言うと「関係性の中で構成される」ということです。そして関係性」ということは、ここでも「自分」だけでなく「他者」の存在が想定されていることが伺えます。つまり、「自分と他者との間で合意されたことだけが、自分と他者にとっては現実である」ということが社会構成主義の要旨となります。

例えば、上述の社会構成主義入門記事にも関連して、新型コロナウイルスを例にとると、組織におけるコロナウイルスへの対策を講じるにあたって「コロナによって組織崩壊は十分に起こり得るから、できる限りの対策をすべきだ」と考える現場の代表者・Aさんと、「コロナは風邪と変わらないのだから、それほど厳重な対策は必要ない」とする経営層のBさんとで意見の対立が起こったとします。その瞬間、AさんとBさんとの間にコロナに対する認識の差異が浮き彫りになり、対話の余地が生まれます。

先ほど述べたように、対話とは「(異なる価値観を持つ者同士による)意味の共有」です。Aさんは万が一組織のメンバーが罹患した場合、現場がどれほど混乱するかを言葉を尽くして説明するでしょうし、Bさんは対策を講じることで引き起こされる組織的な負担を詳らかにするかもしれません。語り合ううちに、きっとお互いに知らなかったコロナや組織に関する情報も出てくるはずです。時には「そんな可能性もあり得るのか」と衝撃を受けることもあるでしょう。AさんとBさんは、そうしたショッキングな事実によってコロナウイルスとの向き合い方に関するイメージを互いに変容させ合いながら、新しい認識の創造と共有をともに経験します。こうした対話による共創のプロセスは、先ほどボームの考えを説明する中でも見てきた通りです。

そして、仮にこの対話が、「〇〇といった段階までの対策は講じるが、それ以上に厳重な対策は組織の状況的に不可能である」という新たな認識で合意を得たとします。その時、社会構成主義に基づいた言い方をすれば、「そのような現実が、AさんとBさんの関係性の中で創り出された」と言えるのです。

逆に言えば、Aさんが一人で「コロナに対して、組織として最大限の対策を講じるべきだ」と勝手に思っているだけでは、「Aさんが“コロナが組織崩壊を招き得る”ことを現実だと感じているが、Bさんとの間では、まだそのことは現実として構成されたわけではない」という段階にとどまっていると言えます。このように、「自分はそう思っているが、あくまで自分がそう思っているだけに過ぎず、誰かとの対話を通じて今後変化する可能性があることも理解している」といった”半身の姿勢”こそが、言うなれば社会構成主義的な態度であり、創造的対話に求められる心構えでもあります。

CULTIBASE編集長の安斎勇樹による共著『問いのデザイン -創造的対話のファシリテーション』では、こうした社会構成主義の考えを踏まえた上で、創造的対話を「新たな意味やアイデアが創発する対話」と定義しています。とてもシンプルな定義ですが、シンプルだからこそ、正確に使いこなすためには本質を押さえた理解が大切です。そういった理由から、これまで創造的対話の基盤となる考え方に触れてきました。やや回りくどかったかもしれませんが、社会構成主義を理解し、対話的な態度を身につけることは、ファシリテーターとしては欠かせないスキルでもあります。

ここまで創造的対話の基盤となる考え方を重点的に紹介してきました。次節からは実際的な観点として、「なぜ多くの組織は創造的対話を起こせていないのか」と「困難さを乗り越え創造的対話によるコラボレーションを起こしていくために何ができるのか」という二点について、触れていきたいと思います。

組織の創造的対話を阻害する二つの問題:「認識」と「関係性」の固定化

冒頭でも示した通り、組織は「わかりあえなさ」に満ちています。チームメンバーとどこか温度差を感じる、コミュニケーションが上滑りしていて、本音で話せている気がしない…など、価値観の相違によって冷え込んだ関係性は、次第にメンバーの自律的に活動する意欲を奪い、ただでさえ解決の難しい組織や事業における複雑な課題への対応をより困難にしてしまいます。こうした「わかりあえなさ」は、何に起因して生じているのでしょうか。

『問いのデザイン』では、現代社会にはびこる「わかりあえなさ」の原因として、「認識と関係性の固定化」が指摘されています。「認識の固定化」とは、様々な経験を積み重ねるうちに、多くのことに慣れ、「当たり前のもの」として認識するようになることを指しています。これは決して悪いことだけではなく、この暗黙の前提があるからこそ、効率の良い所作を身につけていくことが可能となります。しかし、時にはこうした暗黙の前提が、「偏見」として誰かを傷つけたり、「固定観念」として新たな学習を妨げたりすることもあります。

こうした「認識の固定化」をさらに深刻にしてしまうのが、「関係性の固定化」という問題です。集団で活動する以上、組織には様々な関係性が溢れています。これらの関係性も、様々な経験を積むことで、徐々に固定化していきます。信頼関係が深まるなどプラスの側面ももちろんありますが、双方が認識のズレを抱えたまま関係性が固定化してしまうと、容易には解決できない問題を引き起こすこともあります。また、認識の固定化も関係性の固定化も、無自覚に行なわれるため表面化しにくいことが、この問題の厄介さに拍車をかけています。

企業でよくあるパターンを例にあげると、「これくらいできて当然だろう」と考えているマネージャーと、「頑張ってやり遂げたのだから、高い評価が得られるはずだ」と考えているメンバーでは、認識のズレが生じます。こうした認識のズレは次第に「わかりあえない」という諦めに近い感情に変わっていくと同時に、コミュニケーション機会の減少をもたらします。そのような冷え切った関係性が一度常態化してしまうと、なかなか最初の関係性に戻ることは難しく、ますますわかりあえない状態が固着化してしまう。これでは創造的なコミュニケーションを起こるはずもありません。現在、こうした関係性の固定化によるマイナスの側面に多くの企業が悩まされています。

こうした、「認識」と「関係性」の固定化の問題は、こちらの記事でも詳しく解説されています。

「問いのデザイン」が解決するもの:組織に蔓延する2つの病い | CULTIBASE | 組織イノベーションの知を耕す。

会議が盛り上がらないとき。良いアイデアが浮かばないとき。チームメンバーと「わかりあえない」と感じるとき。部下のポテンシャルを引き出せないとき。組織全体の求心力が薄れているとき。 これらの原因はチームメンバーやマネージャーの能力不足ではなく、 チームが向き合っている「問い」がうまくデザインされていない …

先立ってボームの主張を説明するにあたり、ボームがコミュニケーションで新しいものが創造される条件として、「人々が偏見を持っていないこと」「互いに影響を与えようとしないこと」「相手の話に自由に耳を傾けられること」の3点を挙げていることを紹介しました。その指摘から鑑みるに、現代の組織において創造的対話が困難となっている原因の一つは、固定化された認識のズレによって生じる「あの人はわかってない」という偏見に固執し、相手とのコミュニケーションを拒否してしまっていることだと考えられます。

「固定化」を解きほぐす鍵となる“衝動”:創造的対話を起こすためのファシリテーション

こうした「関係性の固定化」を脱し、創造的なコラボレーションを起こすために、何ができるのでしょうか。CCMにおいては、ファシリテーターの存在と、前回の記事で取り上げた「創造的衝動」がその鍵を握ると考えています。

組織変革は「個人の創造的衝動」から始まる─“CCM”の最初のステップ
https://cultibase.jp/286/

簡潔に言えば、メンバーがどんな時、どんなモノ・コトに対して衝動を湧かせるのかを共有するワークショップや対話の場をファシリテーターが設けることで、特定の人への固定化した認識のアップデートや既存の関係性が問い直しが行なわれ、固定化された関係性を解きほぐすきっかけをつくるのが、CCMにおける創造的対話の骨子となります。

衝動に火がつくポイントはメンバーごとに異なります。そのため、差異から新しい関係性を生み出す創造的対話のきっかけとして、衝動は非常に適した素材でもあります。対話というと、”腹を割って話す”といった慣用句にも見られるように、どこか身を切るような痛々しさが想起されます。しかし、創造的衝動を起点とした創造的対話では、それぞれの衝動がくすぐられるポイントをプレイフルに探索し合いながら、新しい関係性を築き上げていくことが可能となります。そういった組織の問題を語り合う際の切迫感を軽減できることも、CCMによるアプローチの大きな特徴のひとつと言えるでしょう。

また、創造的対話を起こすための技法として、「問いのデザイン」も効果的です。問いのデザインに関しては、本メディアCULTIBASEでも理論と実践の双方からノウハウをまとめています。興味のある方はこちらの特集も合わせてご覧ください。

問いのデザインの技法 | CULTIBASE | 組織イノベーションの知を耕す。

CULTIBASEでは、「イノベーション」「経営・マネジメント」「デザイン」「学習・人材育成」「ファシリテーション」を切り口として、「組織のポテンシャル」を引き出し、クリエイティビティ溢れる組織づくりやイノベーティブな事業の創出に役立つ様々な考え方やノウハウを紹介していきます。


今回は、CCMにおける「創造的対話」とは何か、というテーマで解説を行いました。今回紹介しきれなかった、創造的衝動を起点としたワークショップの具体的な事例などに関しても、機会があればのちのち記事にしていきたいと思います。次回は、個人のチームの組織アイデンティティを支える「PHILOSOPHY:哲学・パーパス」をテーマに、イノベーションを生み出し続ける組織に必要なエッセンスを紹介します。

また、会員制オンラインプログラム「WORKSHOP DESIGN ACADEMIA(WDA)」では、CCMの関連領域であるワークショップデザイン・ファシリテーション・イノベーション開発・組織開発・組織デザインなどについて学べる動画をほぼ毎日配信しています。動画以外にも、会員限定イベント(月4〜5回程度開催)やメールマガジン、また会員専用のオンライングループでの交流を通じて、日々学びを深めています。興味のある方は、こちらより詳細をご確認ください。

困難や逆境の中での回復力や弾力性を意味する「レジリエンス」。個人だけではなく、地域社会や組織においても重要な概念として注目を集めつつあります。公衆衛生の専門家であり、社員の健康づくりの支援や組織内で医療について研究されている医師の舟越優さんに「組織のレジリエンス」をテーマに寄稿してもらいました。

目次
そもそもレジリエンスとはなにか?
ビジネスにおけるレジリエンスの重要性
「危機は変革の好機」


そもそもレジリエンスとはなにか

「レジリエンス」という単語を聞いたことはあるでしょうか。

レジリエンス研究の世界的権威であるミネソタ大学のマステンによれば、レジリエンスはシステムが持つキャパシティで、システムの機能や生存、発達を脅かす危機に対する適応を可能にします。ここでいう「システム」は個人、家族、経済や地域社会など種々のレベルを指します。強風の中でも柔軟にしなることで折れずに風をやり過ごす柳をイメージしていただくと分かりやすいでしょうか。

レジリエンスは戦争や飢餓、保護者との別離などの幼少期の逆境体験に関する研究から発展してきた概念です。第二次大戦後、アンナ・フロイト(ジークムント・フロイトの娘、児童精神分析分野の開拓者)を含むさまざまな分野の臨床家が、精神的に傷ついた子どもたちのケアにあたりました。高いリスクにある子どもたちの研究から、同様のトラウマ体験であっても幅広いアウトカムが生じることが明らかになり、逆境やリスク因子を持っていても良好な発達をとげる子どもたちに関するリサーチへの関心が高まりました。

言うまでもなく、戦争や飢餓などの危機は子どもに身体的、精神的なダメージを与えることがあります。しかし、同じような逆境体験を経験しても深刻なPTSD(心的外傷後ストレス障害)を経験する人は必ずしも多くないこと、一部の人にとっては逆境体験が能力を伸ばす機会ともなること、特に幼少期には一定の「よいストレス」があると後に逆境への耐性が高まること、などが明らかになってきました。このような知見を統合しながら生まれてきた概念がレジリエンスであり、ラテン語の動詞「resilire (to rebound)」にルーツを持ちます。

個人に対してだけでなく、地域社会にもレジリエンスの概念は適用できます。例えば、被災し悪化した社会状況からいかに迅速に被災前レベル(またはそれに近いレベル)まで回復するかには、地域ごとに差があることがわかってきており、日本でも震災などの災害時に同様の傾向がみられました。回復過程をはやめるために地域の人々の社会資本を高め、地域のレジリエンスを高めることが有用であることが示唆されています。

ビジネスにおけるレジリエンスの重要性

もともとは心理学、社会学、災害学などで探求されてきたレジリエンスが、近年ビジネスでも注目を集めています。その理由を端的に言えば、私たちを取り巻く環境がよりダイナミックで予測が難しくなっているからです。

環境の変化が激しくなった原因としては、技術的な進化、グローバル経済の高い相互関連性、さらには拡大する不平等、種の消滅、気候変動といった現象があげられます。今回の新型コロナウイルス感染症のパンデミックでも明らかになったように、私たちの生活は多くの相互につながった複数のシステムに依拠して成り立っており、組織のレジリエンスは組織やつながりあった他の組織の存続にすら影響します。

したがって、現代社会で危機から完全に免れることを志向するのは現実的ではありません。むしろ危機を受け止めつつ機能を維持し、被害を最小限にしていくことが組織の存続には不可欠であり、レジリエンスの概念が役に立つと考えます。

「危機は変革の好機」

レジリエンスを一朝一夕に養う方法があるわけではありませんが、ボストン・コンサルティング・グループのリーブスらは、下記の6つの点をレジリエントな組織になる要件としてあげています。彼らは企業が生物界から学ぶことの重要性を主張しており、レジリエンスも学ぶべきことに含めています。

1. 逆境下で強みを探す

単にリスクや被害を小さくすることは望ましくありません。むしろ新たな現実に適応し強みの創出を目指すことが、レジリエンスを高めるためには必要です。    

2.前を見る

長期的に見れば、危機は競争相手の無力化により新たな需要を作り出します。リーダーの重要な役割のひとつに、組織の時間軸を引き伸ばすことがあります。    

3.協調とシステムの視点をもつ

安定した時期においては、ビジネスとは規定の文脈とビジネスモデルで最大限のパフォーマンスを上げることと捉えることも可能でしょう。対照的に、レジリエンスはストレス下で環境が変化する中で、ビジネスの構成要素間の関係性に焦点を当てます。するとシステム思考と体系的な解決策が必要となり、うまくいくかは従業員、顧客、その他の利害関係者の間の協働にかかってきます。    

4.パフォーマンス以外で測る

ビジネスの状態は後ろ向きに利益だけを測定しても捉えられません。過去の成功は未来を保証しません。持続的な発展のためには、柔軟性、適応性などのレジリスンスを構成する要素の測定も必要になります。

5.多様性を尊重する

レジリエンスは、状況に対して異なった対応方法を生み出せるかにかかっています。そのためには、新鮮な視点でものごとを捉えることが求められます。レジリエントな組織は、認知傾向の多様性を尊重し、変化や逸脱をいといません。    

6.変化を常態にする

レジリエンスは極端な状況下での場当たり的な調整ではなく、定常的な変化や試行錯誤を前提とした組織と周辺システムを作ることにあります。組織の硬直性を避け、段階的な調整を繰り返し行うことが一例です。レジリエンスを高める試みは危機が起こる前から始まっています。

まとめ

レジリエンスは生態学的、生物学的にも妥当性が示されており、人類の文明より遥かに長い過程で選択されてきた頑健なキャパシティといえます。レジリエンスを高める施策は企業に限らず組織の危機対応力の底上げ、組織の多様性維持、中長期的な企業価値の上昇、などさまざまな副次的効果を持ちえます。

今後もやってくるであろう危機への備えとして、あなたの所属する組織でレジリエンスを高める方法を考えてみてはいかがでしょうか。

ライター:舟越 優(Yu Funakoshi)
東京医科歯科大学 国際健康推進医学分野 博士課程。東京都出身。私立武蔵高校卒、群馬大学医学部卒、ボストン大学公衆衛生大学院修士課程修了。小児科専門医。沖縄県立中部病院、東京都立小児総合医療センター、国立感染症研究所感染症疫学センターを経て、現在は博士課程での疫学研究とともに、医学教育と都内クリニックでの小児科診療に従事している。ミミクリデザインでは医学と公衆衛生の知見を活かした実践を通して、メンバーの健康づくりを担う。