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CULTIBASEが掲げる“Creative Clutivation Model”(以下CCM)でも語られている通り、組織がポテンシャルを発揮するためには、個人の「創造的衝動」や、チーム内の「創造的対話」を起点としたボトムアップ的なアプローチが効果的です。

しかしながら、組織開発や新規事業開発など、一定以上の創造性が求められる業務において充分な成果を生み出すためには、これらの方法が組織的に支援されているかどうかも、欠かせない視点のひとつです。

チームの全員が社会に届けたいと思える魅力的なコンセプトが立てられたとしても、組織の方針と合っていなければ、世に生み出すことは格段に難しくなります。場合によっては、個人やチームだけの思いを大事にしすぎるあまり、組織的な視座の欠いたアイデアになり、「チームが創造性を発揮すればするほど、組織との軋轢が大きくなっていく」といった事態にもなりかねません。個人の創造的衝動を原動力としながらも、それらを全社的な成果として結実させていくためには、組織全体の方針や目的も視野に入れた議論が必要不可欠です。

このように「個人」と「組織全体」の協調関係を作り出すことも、組織ファシリテーターの重要な役割のひとつです。今回の記事では、こうした組織全体の一体感を生み出すための方法論である「理念浸透」を題材に、理念が組織の力となるためのファシリテーションのポイントを解説します。

目次
企業理念の二つの機能:「企業統合機能」と「社会適応機能」
社会的につくられた「場」が個人の主体性の発揮を促進する
理念を”お飾り”ではなく、あらゆる組織活動の指針として活用する
理念が「哲学」として定着するために -ファシリテーターとしていかに関わるか
急速に変化する社会の中で、「学習」によって組織の哲学をアップデートする

企業理念の二つの機能:「企業統合機能」と「社会適応機能」

組織レベルの創造性を引き出していくためには、企業の価値観や方向性がチームレベルで尊重されているかどうかが、重要なポイントとなります。現代では、非常に多くの企業がそれぞれ独自の理念を掲げています。
※企業理念・基本理念・社是・経営指針・信条・ビジョン・スローガンなど、様々な呼称がありますが、本記事ではこれらを総称して「企業理念」と呼ぶことにします。

しかしながら、これらの理念がただの言葉として形骸化しているケースも多く、必ずしもメンバーが常に理念を意識して業務に取り組んでいるとは限りません。

あらためて、「理念」の役割とは何なのでしょうか。企業理念の一般的な主な役割としては、「メンバーの行動の規範や指針として機能する」あるいは「組織全体の施策の一貫性や求心力の向上に繋がる」などがよく言及されているように感じます。また、現在では企業理念をテーマとした学術的な研究活動も盛んに行なわれています。それらを紐解くと、企業理念がメンバーの一体感の醸成といった内側への作用を持つと同時に、組織の外側、すなわち社会に向けても重要な役割を担っていることが語られています。

例えば、小玉(2012)では、先行研究の知見を紹介するかたちで、企業理念における代表的な機能として、「企業統合機能」「社会適応機能」の二種類を挙げています。企業統合機能については、「組織文化の良質化、従業員の動機づけ、行動規範、従業員の一体感を醸成する機能であり、組織の従業員の働き方に影響を及ぼすとされる」と述べています。他方で社会適応機能については、「企業の存続意義や将来の方向性を示す機能」とシンプルに定義しています。

まず組織の内側に作用する企業統合機能に関してですが、先に紹介した主張とも重なることもあり、それほどわかりづらいものではないかと思います。他方で、組織の「外側」に働きかける社会適応機能は、組織の中にいても今ひとつ実感する機会が乏しく、それゆえにその重要性も理解しにくいと感じるかもしれません。

しかしながら、組織に求心力をもたらす企業統合機能が充分に効果を発揮されるためには、前提として、この社会的適応機能が正しく働いている必要があります。そのため、組織内で活躍するファシリテーターとして、企業理念の役割や効果を深く理解し、使いこなすために、社会適応機能に対する明確なイメージを持っておくことはとても大切です。次節では、この社会適応機能の観点から、個人の主体性の発揮や組織の求心力向上に理念がどう関係するのか、そのメカニズムに迫っていきたいと思います。

社会的につくられた「場」が個人の主体性の発揮を促進する 

なぜ社会適応機能が充分に働いてることが、組織の一体感の醸成の前提になるのでしょうか。その手がかりを掴むためには、企業を「場」として意識してみるとわかりやすいように思います。今回は、同じ「場」である「公園」を引き合いに出しながら考えてみます。

公園とはどんな「場」でしょうか。多くの人は、子供が様々な遊びに興じていたり、散歩中の人がベンチに座って休んでいたりするシーンを思い浮かべるかと思います。また、国土交通省管轄のWEBページ内で公園を設置する第一の目的として「人々のレクリエーションの空間」が挙げられていることからも、「遊ぶこと」や「休むこと」が公園の存在意義通りの行動であることがわかります。

これらの「遊ぶこと」や「休むこと」は、公園以外の公共の場では基本的に禁止されています。道路で子供がボール遊びや鬼ごっこをしていては危険ですし、休むにしても座るところがありません。つまり、公園とは、「個人が遊んだり休んだりしても良いことが社会的に認められた場」と言えます。そして、公園のような社会的な場は、多くの人の承認を得る手続きを経て設けられます。その承認を得るためには、まずその公園を新設する必要性が、関係する人々に十分理解されなくてはいけません。そうした調整の結果として獲得された社会的な承認の上で、私たちは公園内で安全に遊んだり休んだりすることができるのです。

やや前置きが長くなりましたが、これを企業に置き換えて考えてみます。書籍『経営理念浸透のメカニズム』では、企業理念の外側に対する機能の一つとして、組織の存在意義や方向性を外部に明示し、活動の正当性の獲得を目指す「正当化機能」が挙げられています。公園であればその存在意義は概ね共通して理解されていますが、企業の場合、その社会的な存在意義は企業ごとに異なります。そうした中で、自分たちが「社会においてどのような役割を担う存在なのか」を宣言したものが、企業理念ということになります。

理念を”お飾り”ではなく、あらゆる組織活動の指針として活用する

これまで企業理念が組織にもたらす効果について、説明を重ねてきました。ただし、これらの効果を引き出すためには、企業理念を掲げるだけでは当然不十分です。掲げた企業理念は、メンバーによって深く理解され、チームの実践哲学として浸透し、意思決定や行動の判断軸として活用されてはじめてその真価を発揮します。そのように考えると、中川(1972)が「企業内部に対する指導原理はむしろ『経営哲学』の問題であり、『企業理念』の問題ではないように思われる」と述べているように、「企業理念としてどんなメッセージを掲げるのか」という問いとは別に、「そのメッセージをいかに意思決定や行動、製品コンセプトとして体現していくのか」という問いが新たに立ち現れてくることになります。

そして、企業理念を体現するあり方は、時代の流れや社会的な状況に応じて、常に問い直し、アップデートし続けていく必要があります。こうした観点を踏まえた上で、CCMでは掲げた理念が実際の認識や行動、意思決定の軸となる「哲学」として組織内に浸透し、自己生成的に生まれ変わり続けることが重要だと考えています。

掲げられた理念の文言は同じでも、その捉え方・意味づけの仕方は、一人ひとりによって大きく異なります。しかし、そうした違いをネガティブに捉える必要はありません。むしろ、違いに目を向け、お互いが理念をどう捉えているのかを共有することで、理念に対する理解をさらに深めていくことが可能となります。

理念が「哲学」として定着するために -ファシリテーターとしていかに関わるか

それでは、理念はどのように哲学として浸透するのでしょうか。『経営理念浸透のメカニズム』の内容を参考に、「若手」と「マネージャー」における理念浸透のプロセスを紐解いていきたいと思います。

まず若手社員においては、「観察」「相互作用」「経験」の3つの要因が理念浸透において大きな影響を持つとされています。具体的なシーンとしては、「自分自身が理念に基づいて業務に取り組む様を背中で示すこと」、「期待や支援を通して若手の行動を後押しすること」が大きな意味を持つほか、「部下に組織全体の流れや他部門の動きを伝え、仕事と組織との繋がりを自覚する」ことも、若手の理念浸透に寄与すると考えられます。

他方でマネージャーの場合は、若手時代の経験を振り返り、特に自分にとって転機だった経験を想起したのち、その経験の意味を見出すことで、理念に対する理解が進むとされています。マネージャーの業務は「話す」ことが中心であり、例えば先述の若手による理念への疑問に対する応答も、その一環となり得ます。これらの機会の度に理念と向き合い、言語化しながら、マネージャー自身も理念に対する理解を深めていくことになります。

またマネージャーになっても、若手のときと同様、周囲やモデルとなる人物への観察学習は継続されます。同僚や、上司にあたる経営者や役員の働き方から、その組織の状況にふさわしい行動を学習したり、行動の背後にある原理・原則を学習していきます。こうした点から、マネージャーの企業理念の浸透は「転機となる経験(本人にとって意味が見出だせる経験)」「部下対応」「観察学習」の3要素を中心に進行していくと述べられています。

ここまで述べてきた理念浸透の要因は、そのほとんどが個人的に獲得するものではなく、周囲との関わり合いの中で得られるものです。そのため、ファシリテーターとして働きかけることで、理念の浸透を促進させることも可能だと考えられます。

一般的に理念浸透の方法として知られるトップダウン的なアプローチも、経営者・役員層からマネージャー層へと理念を伝達する上では一定の効果が見込めると言われています。しかし、現場の若手メンバーにとっては、それだけでは今ひとつ納得感を持ちにくいのもまた事実です。だからこそ、組織をより活発に、創造的にしていくためには、企業理念を個人の経験と紐付けたり、チーム内での対話を通じて分かち合う場を設けたりといった、ボトムアップ的な理念浸透のプロセスを担うファシリテーターの存在が重要となるのです。

急速に変化する社会の中で、「学習」によって組織の哲学をアップデートする

最後に、組織に内在化された「哲学」をアップデートし続けるため取り組みについて、「組織学習」と呼ばれる方法についても検討していきたいと思います。

コロナ禍をはじめ、私たちの社会は様々な要因により日々変化しています。また、変化のスピードは今後ますます早くなっていくだろうと予測されています。これらの状況に対して、組織の中で是とされている哲学がいつまでも古いままでは、時代の流れに取り残されてしまいます。とはいえ、このスケールの問題となると個人や個別のケースに対する場当たり的な対処は難しく、組織レベルで新しい風が入ってくる仕組みを設ける必要があります。


その仕組みづくりの一環としてCULTIBASEでは、組織の慣習や価値観、何気ない行動に変化をもたらす方法論である「組織学習(organizational learnig)」に着目し、特集しています。これまでも、編集長・安斎勇樹による連載「組織学習の見取り図」をはじめ、たびたび題材として取り上げてきました。

組織学習の見取図

組織学習は「組織と個人を内包するシステム全体における組織ルーティンの変化」と定義されます。「組織ルーティン」とは、今まで組織が暗黙に囚われていたやり方や価値観のことであり、本記事における「哲学」と関係します。

組織学習の詳しい解説は上記で紹介した特集や記事に譲るとして、重要なのは、企業理念という確固たる指針を大事にしながら、一方で実践における哲学を緩やかに変化させ続けるといった、一見矛盾するような振る舞いを一人ひとりが身につけることです。たとえ今のやり方が上手くいっていたとしても、向こう5年・10年成功し続けるとは限りません。他方で、あまりに急激にやり方を変化させても、内部のメンバーがついていけずに疲弊してしまいます。状況に応じた無理のない緩やかな変化を促していくことが大切です。

今の哲学も大事にしながら、組織の内外に散在する変化の兆しを柔軟に取り入れ、今後自分たちはどうあるべきかを対話的に模索していく。その際に軸となるのが企業理念であり、企業理念という絶対にぶれない指針があるからこそ、安心して様々なやり方を主体的に試すことができます。組織と個人の両方がそれぞれ大事にする要素を活かし合いながら、常に組織が生まれ変わり続けるために、企業という「場」を耕し続ける。それが「組織レベルの創造性」を実現するファシリテーターに求められる振る舞いといえるでしょう。


以下の動画コンテンツ「組織ファシリテーション論 最新講義:組織の創造性を賦活する見取り図」では、CCMを実現するための総合知である「組織ファシリテーション」の全体像について解説しています。是非あわせてご覧ください。

組織ファシリテーション論 最新講義:組織の創造性を賦活する見取り図

会議の話し合いが活発にならず、なかなか良いアイデアが生まれない。
何かアイデアを思いついても、組織が動かず、なかなか実現されない。
メンバーの個性や才能が活かされていない。チームにまとまりがない。
組織が近視眼的で、イノベーションどころか、職場がなかなか変わらない。

こうした悩みの真因を探ると、必ずと言っていいほど、人とチームの「創造性」の問題に行き着きます。すなわち、メンバーひとりひとりのポテンシャルが発揮されていない状態。チームの関係性が固着化し、深いコミュニケーションが生まれなくなっている状態。さまざまな制約によって、組織全体が変わりたくても変われなくなってしまっている状態です。

本記事では、組織の創造性を阻害する要因について整理することで、組織の創造性を取り戻すための突破口について検討していきます。

目次
組織が創造的である状態とは
組織の創造性を阻害する4つの要因
解決の鍵は、ミドルマネージャーのファシリテーションスキルにある!?

組織が創造的である状態とは

そもそも、”組織が創造的である状態”とは、どのような状態でしょうか。「創造性(creativity)」に関する先行研究を読み解くと、個人に関する知見、チームに関する知見、組織そのものに関する知見など、階層的である点が特徴的です。

個人レベルの創造性

創造性研究の系譜を辿ると、最も蓄積があるのは「個人の創造性」に関する知見です。特に心理学領域においては、1960年頃から実験研究が盛んに行われ、人々が創造性を発揮するための要件について研究が重ねられました。大掴みに概略すると、固定観念にとらわれずにアイデアを生み出せることや、内発的動機(衝動)に基づいて行動できていることなどが、個人の創造性の象徴として捉えられてきました。

チームレベルの創造性

しかし組織の事業活動において、個人が創造的であるだけでは十分ではありません。2000年代になると、チームのコラボレーションに関する関心が高まり、集団のコミュニケーション(対話)を通して新しいアイデアが生まれるメカニズムや、それを支えるチームの多様性や環境設定など、チームレベルの創造性が重視されるようになりました。

組織レベルの創造性

また、最近では、イノベーションの前提として「組織学習」や「両利きの経営」の概念が注目されている通り、組織の理念・アイデンティティ・ルーティンが刷新され続けていくことが、組織レベルの創造性として、重視されるようになってきました。

以上から、組織が創造的である状態とは、個人・チーム・組織のそれぞれのレベルにおいて創造性が発揮され、接合している状態といえるでしょう。

具体的には、個人が衝動に基づき柔軟な発想を生成し、それがチームの創造的な対話の源泉となっている状態。そうした現場の活動と、組織の理念の相互作用が起き、理念が納得されながらも、刷新され続けるような状態。これによって、個人・チーム・組織にとっての「新結合」が持続的に生まれやすくなっている状態。それが、組織からイノベーションが生まれ続ける土壌となるのです。

組織の創造性を阻害する4つの要因

このような階層的な組織の創造性は、さまざまな要因によって阻害されます。筆者は、特に以下の4つの要因が、多くの組織に蔓延する“現代病”のようなものだと考えています。

1.認識の固定化
2.関係性の固定化
3.衝動の枯渇
4.理念の形骸化

1.認識の固定化

第一の要因は、「認識の固定化」の病いです。組織を構成する一人ひとりに暗黙のうちに形成された固定観念によって、物事の深い理解や、新しい発想が阻害されている状態を指しています。長年、特定の事業領域で改善を繰り返してきた結果、過去の競争優位性の源泉であったはずの専門性が、未来の発想の囚われになってしまう状況です。

2.関係性の固定化

第二の要因は、「関係性の固定化」の病いです。「認識の固定化」は、チームの中でも副次的に悪影響を及ぼします。それぞれの当事者に形成された暗黙の前提は、他者に対しても、たとえば「若手は主体性がない」「技術者は頭が堅い」などといった「決めつけ」を生み出し、お互いの関係性を固着化させます。認識に断絶があるまま関係性が凝り固まると、相互理解や、創造的なコミュニケーションが阻害され、いわゆる「わかりあえない」状態を生み出します。

3.衝動の枯渇

第三の要因は、「衝動の枯渇」の病いです。認識と関係性の固定化は、結果として、個人の内側から湧き上がる、本来あるはずの「衝動」を抑圧し、主体的な行動や発想のストッパーとして働きます。

上司から「頭が堅い」を決めつけられている技術者が、日常の業務において、柔軟な発想を披露できるでしょうか。おそらく心理的安全性が失われ、「どうせ提案しても、聞いてもらえない」「どうせアイデアを考えても、実現されない」といった考えにつながってしまうはずです。

4.理念の形骸化

第四の要因は、「理念の形骸化」の病いです。認識と関係性が固定化し、衝動が枯渇したチームでは、何のために働くのか、組織の存在意義に対する納得度やコミットもやがて失われてしまいます。そうした状況が長く続くと、組織が掲げた理念は形骸化し、現場の個人やチームの活動とは完全に切り離されたものになっていくでしょう。

上述の通り、これらの要因は絡み合っています。日々の業務によって固定化された個人の認識が、関係性を固定化させ、それによって個人の衝動は悪循環的に抑圧されていく。そうした状況が継続することで、組織と現場の解離が進み、理念が形骸化していく。影響力を失った理念は、現場のエネルギーをさらに失わせていきます。

解決の鍵は、ミドルマネージャーのファシリテーションスキルにある!?

これらの問題は、経営者はもちろん、新人のメンバーまで、組織を構成するすべての人にとって”自分の問題”であるべきです。

しかし筆者は、これらの絡み合った複雑な問題の解決の鍵を握るのは、組織のミドルマネージャーであると考えています。

現場の個人と直接的にコミュニケーションを取りながら、理念を反映した事業と組織の推進する立場にあるマネジメント層。重い責任から精神的な負荷が高く、体力的にも忙殺されがちなポジションではありますが、だからこそ、組織のミドルマネージャーがこれらの”現代病”に立ち向かい、組織の創造性を取り戻す「組織ファシリテーション」の力を手に入れることで、組織の創造性を高めるレバレッジポイントになると考えています。

以下の動画コンテンツ「組織ファシリテーション論 最新講義:組織の創造性を賦活する見取り図」では、上記の問題構造の詳細と、それを解決する処方箋となる「組織ファシリテーション」の全貌について解説しています。是非あわせてご覧ください。

組織ファシリテーション論 最新講義:組織の創造性を賦活する見取り図

ここまでの連載で紹介してきたように、問いを立ててデータを集め、解釈を重ねるプロセスを歩んできたチームの中には、様々な発見や気づき、こんな方向に向かってみたいという、新しい方向性のイメージが湧き始めてきているはずです。最後のステップとして、そのイメージをすり合わせ、チームの中での「合意」を形成することが必要になります。

そこで今回の記事では、リサーチ・ドリブン・イノベーションにおいて、そもそも「合意」とはいったい何のことを指すのか、どのように「合意」を捉えているのかを紹介していきたいと思います。

目次
「答え」で合意することの弊害
「答え」ではなく、新たな「前提」を合意する
探究的ダブルダイヤモンドモデルにおける、合意すべき5つの前提

「答え」で合意することの弊害

「合意」という言葉を和英辞典で調べると、consensus、common consent、mutual agreement といった言葉が挙げられています。いずれの言葉も、「複数の人たちの間で、何かしらについて一致をする」ということを意味しています。

「一致」と言うと、どうしても「答え」で一致しようとしてしまいがちです。しかしながら、「答え」で合意しようとすることによっていくつかの問題が生じてしまうと考えています。

(1)安易な結論に陥りやすい

納得感のある「答え」で一致するのは非常に難しく、往々にして意見は割れてしまいます。むしろ意見の割れない「答え」は、実現が難しかったり、さほどイノベーティブな結果をもたらさなかったりと、罠が潜んでいることが多いのです。

そのため、「答え」の一致を求める場合には、「気になることはあるけれど、それだと意見もまとまらないし..」..と、「妥協」することをしてしまいがちです。さらには、「妥協したのだから、あとはそれを推した人ががんばってくれよ」と他責的な状況が生まれることも少なくありません。

(2)決めたあとに主体的な活動が生まれにくい

「答え」で合意すると、そのあとに誰が次の活動への責任を持つのかが曖昧になることが多々あります。「その『答え』は誰かが推し進めてくれるはず」と待ちの姿勢になりやすいのです。

誰かが最終的なジャッジを下して意思決定した場合、その人が次の活動への責任を持つこともあるでしょう。しかしながら「上長承認」という言葉もあるように、上長が承認したので、その「答え」を実現するための活動を部下が展開するというような構造も生じやすく、実現したいという想いや衝動に基づいて進む活動にはなりにくいのです。結果、「答え」で一致したあとには、主体的な活動が生まれにくくなってしまいます。

(3)決めたあとに後戻りしにくくなる

さらに挙げられる問題として、「一度合意した『答え』は問い直しにくい」というものがあります。上長の承認を得た「答え」は、うまくいかない状況が見えてきたとしても、そこに異を唱えるのが難しくなってしまいます。「答え」に責任を持って推し進めた当事者も、自らの考えが間違っていたことを否定しにくくなってしまい、結果として明確な「失敗」が立ち上がるまで、その「答え」を形にしようとする活動が続いてしまうのです。

「答え」というのは、それだけ思考の「固着化」を招いてしまいます。「答え」で一致することは、イノベーションとは非常に相性の悪いアプローチなのです。

「答え」ではなく、新たな「前提」を合意する

では、イノベーションプロセスにおいて、我々はいったい何に納得し、一致を図ればよいのでしょうか?

リサーチ・ドリブン・イノベーションでは、「前提」で一致するという捉え方が大切だと考えています。

納得できる前提で合意するという捉え方には、その前提のもとで様々な活動を広げていこうという「余白」が含まれています。この「余白」があることで、合意した先に考えるべきことが自然と立ち上がります。

また、「余白」があることで安易な妥協を避けることもできるでしょう。納得していない部分は、「これから考えるべきこと」として、包含することが可能です。

また「前提」で合意しておくと、たとえその後の活動がうまくいかなかったとしても、前提が間違っていたのではないか、と後戻りしやすくなります。他方、「答え」を問い直すと、どうしてもその「答え」全てを否定してしまいがちです。合意しているものが「前提」であれば、どこが間違っていたのかを確かめやすくなり、問い直す活動がしっかりと「学習」と紐づくことになるのです。

こうした理由から、リサーチ・ドリブン・イノベーションにおいては、次の活動やプロセスに進み、さらに考えを進めていくための「前提」で合意することが大切なのです。

リサーチ・ドリブン・イノベーションにおける合意のポイント(1)
次の活動やプロセスのための「前提」で一致すること

探究的ダブルダイヤモンドモデルにおける、合意すべき5つの前提

リサーチ・ドリブン・イノベーションのプロセスの中で、具体的にはどのような「前提」で合意すべきなのでしょうか?

以前別の記事で紹介した探究的ダブルダイヤモンドモデルをベースに整理すると、大別して5つの合意が必要になると考えています。

探究的ダブルダイヤモンドモデル
探究的ダブルダイヤモンドモデルをベースにした5つの合意

合意すべき5つの前提の中でも、⑶の「向かいたいと考える方向性」の合意は、具体的なアイデアを広げていくために非常に重要なポイントです。

こうした「合意すべき前提」を表現する際、「How Might We」(私たちはどうすれば〜〜することができるのだろうか?)という構文を用いると、より明確にその前提を表現することができるようになります。これは、進みたいと考えている方向性を「〜〜」の部分に記述し、実際にアイデアを考えるための前提を表現します。

ここでのポイントは「問い」の形で表現することです。この前提はあくまで仮説であり、実際により良い方向に向かっているとは限りません。しかしながら、歩みを進めてみなければわからないこともあります。問いの形で表現することで、「いったんこの方向を目指してみよう」というニュアンスを生み出すことができているのです。これを「問い」ではなく、「答え」の形で表現してしまうと、なにかうまくいかなかった際に、方向性を改めて問い直そうという力が働きにくくなってしまいます。

例)「問い」と「答え」の表現による違い
問い: 私たちはどうすればより深い内省に浸るお酒の時間を実現することができるのだろうか?答え: 私たちが目指すのは、深い内省に浸るお酒の時間を実現することである。

一致させた合意の一つひとつを「答え」としてではなく「問い」で表現しておくと、その問いを起点に新たな探究の活動が広がり、活動を広げていく上での協力関係を築くこともできます。

リサーチ・ドリブン・イノベーションにおける合意のポイント(2)
問いの形で合意を表現することで、新たな探究活動につなげやすくなる。

合意を形成する対話に必要な「違和感」への着目

では、実際に合意を形成するためには、どのような対話を展開していけばよいのでしょうか?

合意と言うと、どうしても「一致させる」ことばかりに意識が行ってしまい、一人ひとりの考え方に共通する部分を探ろうとしてしまいがちです。しかしながら、安易に共通点を見出すことは、結果としてその後のプロセスでのズレを生むことや、新規性のない合意を形成する原因となります。

そもそも対話には、「考え方に違いがある」という前提に立つことが大切です。自分たちの価値観や考え方を共有し受け止め合い、そこに存在する違いを明らかにしながら、「なぜそうした違いが生まれるのか」を語り合っていくことで、新しい価値観や考え方が生まれてきます。その意味でも、「一致させること」に拙速に意識を向けるのではなく、まずは「今ある違い」に目を向けることが重要です。

加えて、ここで言う「違い」とは、互いの間に存在している「違和感」とも言えるものです。「Aさんが表現している考え方は、基本的には理解できるが、妙に腹落ちしない違和感を覚える」といったように、ロジカルに整理できる違いではなく、非常に曖昧で主観的な違いに目を向け、その違いについて対話することで、より強固な共通の前提で合意できるようになります。

この違和感の立ち上げ方には、大きく3つのアプローチが存在しています。

(1)違和感を確かめ合う

データの解釈を重ねるにつれて、チームの中には共通の理解が生まれていきます。しかし同時に、抱いた違和感を表明しにくい状態へと推移もしています。全体が、ある方向に向かおうとしていることに対して違和感を覚えたとしても、空気を読んでそのままのみ込んでしまうことは少なくありません。

そこでまずは、シンプルに「今抱いている違和感はないか」を確かめ合うことが大切です。違和感が示された場合には、そのことを好意的に受け止め、その違和感がどこから来ているのかを語ってもらいます。傾聴の姿勢を持ち、違和感を言葉にしてもらうと、自分たちがまだ見えていなかった視点が見えてきたり、それぞれが大切にしている価値観に触れたりすることができます。

(2)違和感を立ち上げやすい環境をつくる

明確な違和感が存在していなかったり、なかなか違和感が言語化できない場合には、より違和感を立ち上げやすい状態をつくることが重要になります。自分が感じていることを直接言語化するのは非常に難しい行為です。しかしながら、何かしらの形で考えを「目に見える状態」にしてみると、違和感を言葉にしやすくなります。

例えば、今自分たちが想定しているビジョンを絵に描いてみたり、大切にしたいキーワードを数に制限をつけて挙げてもらい、その違いを語り合ったり、一度描いている方向性のビジョンを実現するアイデアを考えて、それぞれのアイデアを批評したりするなど、様々なアプローチがあります。

(3)あえて批判してみる

もう一歩踏み込んだアプローチとして挙げられるのが、これまで対話されてきた内容や解釈に対して、チームの外にいる人になったつもりで、あえて批判をしてみるというものです。外の目を意識してみると、自分たちでは見えていなかった違和感に気がつくことができます。

批判をくれそうな知識人や経営者の視点で捉えようとしてみたりするなど、より良い批判のまなざしを向けてくれる人のイメージを自分たちの中にあらかじめつくっておくと、より批判を広げやすくなるでしょう。

こうした活動をせずに合意を形成してしまうと、後々のプロセスで致命的な違和感を生んでしまうことにつながったり、安易な結果に落ち着いてしまいがちです。しっかりと時間をかけて向き合う姿勢が欠かせません。

以前紹介した「多様決」も、こうした違和感に着目するためのアプローチとして、活用してみてはいかがでしょうか?


以上ここまで全11回の内容で、リサーチ・ドリブン・イノベーションの概要・要点をお伝えしてきました。

ぜひ改めて記事をご覧いただき、さらに内容を深めていきたい方は、ぜひ書籍「リサーチ・ドリブン・イノベーション 「問い」を起点にアイデアを探究する」もご覧ください。