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​​​​本記事は、デザインビジネスマガジン“designing”との共同企画で、双方の媒体に掲載されています。

連載『クリエイティブ組織の要諦』では、デザイナーをはじめとしたクリエイティブ職の組織作りのヒントを得るため、注目企業にインタビューを重ねています。デザイン組織立ち上げを支援してきたMIMIGURI CO-CEO ミナベトモミを聞き手に、組織デザイン/組織開発の両面からヒントを探っていきます。

第3回に登場するのは、『Notion』を開発するNotion Labs(以下、Notion)です。2020年4月に企業評価額約2,100億円に達した際、従業員数は50〜60人だったという同社(2020年7月時点)。つい先日の2021年10月9日(日本時間)には、2億7500万ドル(約312億円)の新規資金調達を発表し、その評価額は約1兆1,200億円にまで上昇しました

大型ユニコーンにしては異例のコンパクトな組織で、いかにして多大なる価値を生み出しているのでしょうか?今回は、これまで日本のメディアではほとんど明かされなかった、Notionのプロダクト開発と組織づくりについて、同社でProduct and Design Leadを務めるRyo Lu氏に独占取材。

ミナベは「ここまで美しい組織は見たことがない」と、インタビューで得た驚きを表現します。世界中のユーザーを魅了するプロダクトを生み出す、プロダクト設計とも美しき相似形を描く、類稀な組織設計論とは──。

目次
プロダクトマネージャー偏重が陥る「タコツボ化」
誰もが「ユーザー全体の利益」を追える組織設計
プロダクトと組織を通底する「ブロック」というコンセプト
創業6年目まで組織の細分化・構造化を行わなかった理由
柔軟性と慎重なスケーリングを考えて、採用もブロックファースト


プロダクトマネージャー偏重が陥る「タコツボ化」

ミナベ:近年スタートアップの組織コンサルティングをしていると、「Notionさんのように、少人数でレバレッジを効かせられる組織をつくりたい」と言われることは少なくありません。今日は是非とも、その組織デザインの秘訣をお聞きしたいと思っています。50名ほどの組織で膨大な数のユーザーを支えられる組織的な強みは、どのような点にあるのでしょうか?

Lu:私はいくつかのスタートアップを渡り歩いて来ましたが、Notionの組織はどの企業よりも柔軟なんです。一般的に、会社の規模が大きくなるにつれてセクショナリズムが生じ、「この部門の仕事はこれ」と壁ができがちですよね。そうした縦割り構造の存在は、その企業が開発したプロダクトの機能の構造を通して、エンドユーザーにも伝わる。一方、Notionでは部門の枠組みを越えた緊密な連携が多く見られます。

それから、透明性がかなり高い。基本的にはどの部門のどの情報にも、すべてのメンバーがアクセスできるようになっています。

ミナベ:部門の垣根を超えた柔軟さや透明性の高さという点は大事ですが、多くのスタートアップが重視しているポイントでもあると思います。そんな中で、Notionが際立っている点はどこにあるのでしょう?

Lu:そうですね、たとえば2020年まで、あえてプロダクトマネージャーを置いていなかったことは特徴的かもしれません。

ミナベ:えっ、そうなんですか。国内のプロダクト開発組織では、まず意思決定者となるプロダクトマネージャーを配属し、その傘下にデザイナーやエンジニアと共にチーム組成するのが一般的です。さらに近年では、プロダクトマネジメントやBizDevの手法知見も蓄積されてきている感覚もあります。しかし、Notionは違うと。

Lu:もちろん、プロダクトマネジメントの役割そのものは必要だと思っていますし、創業初期からプロダクトマネージャーを置くことを一概に批判するつもりはまったくありません。

しかし、開発プロセスの中でプロダクトマネジメントに重きを置きすぎてしまうと、しばしばタコツボ化の問題を抱えることになります。プロダクトマネージャーや、その配下のエンジニア、デザイナーたち自らが担当するプロダクトや機能にしか目を向けられないようになってしまう。

他方、『Notion』はそもそも単独で成立している機能がほとんどなく、すべてが相互に関わり合っているプロダクトです。だからこそ、柔軟に協業できる組織体制が必要で、自然と構築できたのでしょう。

また、全員が「ユーザーにとって有益なツールを提供する」という共通の目的をしっかり意識できていることも大きいと思っています。プロダクトマネジメントの力が強くなってしまうと、やはりどこかで自分の責任範囲における「成功」を意識してしまう。

しかし、あくまで私たちにとっての成功とは「ユーザーにとって有益なツールを提供する」こと。この目標達成に近付くためであれば、私のようなデザイナーがエンジニアリングをサポートすることもしばしば。エンジニアがプロダクトマネージャーのような役割を担うこともあります。

左・MIMIGURI ミナベトモミ/右・Notion Labs Ryo Lu氏

誰もが「ユーザー全体の利益」を追える組織設計

ミナベ:プロダクトマネージャーを置かない、柔軟で自律的な組織は、実際に運用しようとすると非常に難易度が高いと思います。「ユーザーにとって有益なツールを提供する」という共通目標を持つという点も、理念を重視するという意味だけでいえば、国内スタートアップにも見られる。

しかし、Notionは50人で2,100億円の評価額まで引き上げたことからも、その実践のレベルが段違いに高いのだと推察されます。プロダクトマネージャーを置かずとも急成長を実現できる要因とそのための取り組み、またプロダクトマネジメント機能をどのように担保しているのか、ものすごく興味が湧いてきました。

たとえば、プロダクトマネージャーがいない組織では、一人ひとりが適切な意思決定をスピーディーに下す重要性がかなり高いのではないでしょうか?

Lu:はい。だからこそ、常に全員がプロダクト全体を考えることを大切にしています。

エンタープライズを担当するセールス&カスタマーサクセス部門や、中小企業や個人ユーザーをサポートするCX部門、あるいはTwitter……Notionには、さまざまなチャネルを経由して、日々ユーザーからの要望が届けられます。

寄せられた数々の要望をまとめ、その中からどんな機能を実装したり、改善したりするのか意思決定していく。その際に、最重視するのが「ユーザー全体の利益になるかどうか」です。この判断軸を全員がしっかりと共有することによって、組織としてスピーディーに適切な判断を下すことが可能になります。

ミナベ:「ユーザー全体の利益」は、どのように判断しているのでしょう?

Lu:「その実装が、高い汎用性を持っているか」で判断します。他社のプロダクトとNotionとの最大の違いは、ユーザーが私たちの意図とは異なる形で、機能を利用できるようデザインしている点。機能やソリューションをデザインする際、私たちはユースケースを一般化して考えるようにしています。

一般的なプロダクトは、一つのユースケースに対して一つの機能を実装すると思います。つまり、それぞれの機能は、個別の目的・用途に特化した形で構築されている。対して私たちが提供する機能は、その用途を限定していません。

もちろん、ある程度の“想定”はありますが、ユーザーがその意図を越えて機能を活用できるようにも設計しています。スピーディーに効率よくソリューションを提供するため、すでに実装している機能を進化させる形を取ることも多いですね。

ミナベ:『Notion』はユーザーが自由度高くカスタマイズすることが前提だからこそ、「汎用性が高いか」というシンプルな判断軸がセットできていると。さらに、作り手の意図を強くしすぎず、意図せず使われることも許容している。その具体例があれば、教えていただけますか?

Lu:2021年6月に実装した、ページ内の一部を別ページにも同期させ表示する「Synced Block」(同期ブロック)は好例です。この機能は、異なるチームやプロジェクト間で情報を共有する用途を想定して設計しました。しかし、ナビゲーションバー(Webページ内の階層を移動しやすくするための機能)として利用するユーザーが多く見られましたね。

プロダクトと組織を通底する「ブロック」というコンセプト

ミナベ:なるほど。部門間の垣根がなく柔軟で透明性の高い組織構造を前提に、意図的にユーザーの声を大量に集めることで、メンバー全員が最も大きなインパクトに寄与する意思決定が行える状態を実現しているということですね。言い換えるなら、CXと開発がシームレスに連携することで、ユーザーと開発者が直接つながり、ユーザーコミュニティ起点の自律的なプロダクト成長が実現しているともいえる。だからこそ、スモールチームでもこれだけ急成長するプロダクトを開発できているのでしょう。

Lu:そうですね。実際、いまでも私を含め2人だけで、『Notion』のプロダクト全般のデザインを担当しています。

ミナベ:なんと……。

Lu:ただ、これを実現できている根本的な理由には、開発する対象を厳選するだけではなく、『Notion』自体の設計思想があるんです。それが、「ブロック」という概念です。

『Notion』には多くの機能があり、複雑な構造をしているように見えますよね。でも、一歩引いて見ると、とてもシンプルな構造をしている。段落、図、表、動画ファイル……こうしたいくつかのパーツ、私たちの言葉でいえば「ブロック」をユーザーが自由に組み合わせることで、自らのニーズに合った使い方が可能になる。つまり、『Notion』に用意されているのは、この「ブロック」だけなんです。

ゆえに、Notionにおけるプロダクトデザイナーがデザインしているのも、この「ブロック」の部分が主。プロダクト全体を統合的にデザインしようとすると、たしかに2人では難しいかもしれません。でも、一つひとつのブロックをデザインするだけなら、アイデアさえあれば少人数でも十分可能です。

赤矢印で指されているものがブロック。ブロックの真左には「::」のアイコンが表示される。このアイコンをクリックすると、オプションメニューが出てきて、ブロックごと複製したり、ブロックごと消したりできる。ドラッグ&ドロップでそのブロックごと移動させることも可能だ(参考)。

ミナベ:なるほど、先ほどの自由度の高いカスタマイズ性も、汎用性の高い機能選定というのも、「ブロック」という概念が前提にあったんですね。たしかに、僕の会社での『Notion』の使い方を振り返ってみても、いくつものブロックを組み合わせてそれぞれの用途に最適な形を構築しています。その自由度と高いカスタマイズ性こそが、使い続ける理由になっている。なぜ「ブロック」という概念を取り入れるに至ったのでしょうか?

Lu:実はこの考え方自体は新しいものではありません。1960年代から70年代にかけて活躍したコンピューターサイエンスの先駆者たちの考えがベースになっています。彼らはコンピューターというツールを使って、物理世界の法則に縛られずに情報をやり取りすることに関して、たくさんの興味深いアイデアを持っていました。

しかし、現在に至るまで彼らのアイデアの多くは実現されていない。今実際に私たちがコンピューター上で使っているツールの多くは、現実世界にあるものの置き換えに過ぎません。たとえば、『Word』は紙と鉛筆でつくったドキュメントの置き換えですし、『Excel』は計算表の置き換えですよね。

そういったツールを用いて作成されるデータは、「ファイル」という形式にとらわれていて、ファイルの外には情報が流れていかないような状態になっている。たしかに、紙と鉛筆で文章を書いたり、計算したりするよりも便利であることは間違いありません。しかし、データの流動性の低さという意味においては、現実世界となんら変わりはないと言ってもいいでしょう。

ミナベ:あえて分かりやすくたとえると、『Excel』でつくったデータを、フレキシブルに『Word』へ流し込むことはできない。一方『Notion』では、テキストファイルの途中でも、他で使っている表組みを柔軟に差し込める、といったイメージでしょうか。

Lu:そうです。『Notion』は「現実世界にあるツールの代替」として設計していません。私たちが実現したいと思っているのは、情報を一箇所にまとめ、個別のファイルという形式にとらわれずに扱えるようすること。そして、それらの情報にあらゆる人が容易にアクセスできるようにすることです。

それらを実現するためには、既存のファイルという形式ではない統一のフォーマットで情報を保存できるようにする必要がある。そして、その情報をいつでも変更できるような、柔軟性を持った形にしなければならない。

既存のファイル形式では、自由に情報を統合したり、移管したりすることができません。いかにしてそういった情報の取り扱い方が可能になるのかを考えた末、たどり着いたのが「ブロック」だったんです。

ミナベ:なるほど……冒頭で、「柔軟で流動的な組織」の話が出ましたよね。その組織構造も、ブロックで構成されているようにも捉えられるなと感じました。プロダクトにおけるブロック機能と同様に、汎用性が高く、自由度も高いのでプロダクトマネージャーなしに部門越境して開発している。ゆえに、タコツボ化もせず、機能要求から機能開発までスムーズに意思決定できている。

最近は日本でも、BizDevにおいて「少人数組織のプロダクトレッドグロース(製品による自律成長)が理想だ」という議論はあります。しかし、Notionはそのさらに一歩先を行っている。ブロック的な組織構造で、先ほども触れた、CXと開発がシームレスに連携したユーザーコミュニティ起点の自律成長が実現できている。いやー、すごいですね……! 僕はいまかなり感動しています。

ブロックという概念をベースに、ユーザーの課題やニーズに応じて、無限に展開が可能な美しい組織設計。『Notion』というプロダクトの美しさは、組織の意思決定の流れや、組織自体の美しさに起因するものだったのですね。これはBizDev的な発想では生まれ得ず、プロダクトデザイン的な発想で組織を設計しているからこそ実現しているものだと思います。

「ブロック」機能によってユーザーが自由度と高いカスタマイズ性を享受できるのが、『Notion』というプロダクトの特徴。これを提供するNotionの組織構造も、PdMなしで、柔軟かつ流動的な組織体でコミュニティ全体に貢献する意思決定が行える仕組みになっている。いわば、プロダクトと組織が、同じ思想・構造で設計されているのだ。

創業6年目まで組織の細分化・構造化を行わなかった理由

ミナベ:ここまでプロダクトと綺麗な相似形を描いている組織設計は日本ではあまり見たことがありません。なぜそれが実現できたのかにとても興味があるのですが、どのように組織を構築してきたのでしょうか?

Lu:長きにわたって組織の規模を小さく保ってきたことが、大きいと思います。従業員数が増えだしたのは、創業から6年目の2019年ごろから。それまでは現在のような部門やチーム分けすら存在せず、エンジニア一人ひとりが機能開発を進め、それをデザイナーがサポートする形を取っていました。

ミナベ:2020年4月にはユーザー数が400万人を超えていたと聞いていますが、それにもかかわらず2019年なるまで組織構造すらなかった。これはとても重要なポイントのように感じますね。

というのも、スタートアップは、組織を拡大することを我慢できない。プロダクト自体が市場に適応するとすぐ、組織の再現性が生まれる前に大量採用を行なってしまうんです。その後、後追いで負債処理を行うような組織づくりの進め方が多く、それが当然と思われている。

しかし、Notionはそうではない。事業価値創出を何倍にもする“組織モデルの創造”をプロダクトと同時に行い、経営全体を一つのソフトウエアのように適応してから、スケールさせてきた。当初からブロック構造をもとに組織を構築しており、かつそれに従ってプロダクトも大きく成長してきたので、無理にメンバーを増やさずに済んだのでしょう。

Lu:それから、組織づくりにおいて大事にしているのは、有能なリーダーを採用すること。チームを成功に導けるリーダーを採用し、自走してもらうことが組織構築上の大きな鍵になると思っています。2020年にエンジニアリーダーを採用して、現在のエンジニア部門を構築してもらったことが好例ですね。

また、リーダーシップの面々がプロダクトを成長させるために、自らが管掌する組織をどう構築していくかをしっかり考え、採用にコミットしてきたことも大きいと思います。

ミナベ:人数を最小限に抑えながらプロダクトを成長させてきたということは、本当に必要な人だけを、言い換えれば純度の高い採用をして来られたのではないかと推察しています。採用において重視しているポイントも教えていただけますか?

Lu:最も重視しているのは、モノづくりに対する情熱です。それから、オープンマインドであること。周囲と協働する姿勢を持っているか、自分とは違う価値観や同僚からのフィードバックを素直に受け容れられるかどうか、といった点を見ています。

もちろん、組織のフェーズが変わっていくにしたがって、求める要素も変化するかもしれません。しかし、「モノづくりへの情熱」と「オープンマインドであること」の重要性はこれからも変わらないでしょう。

柔軟性と慎重なスケーリングを考えて、採用もブロックファースト

ミナベ:リーダー層は他のスタートアップで活躍した後にジョインした方が多いのでしょうか?

Lu:そうですね。リーダー層や経営陣はスタートアップ出身者が多いです。ただ、経験豊富なリーダーが多く在籍する他の組織とNotionには、大きな違いがあると思っています。

というのも、多くのスタートアップでは、創業者や経営陣が自らの出身企業を模倣する形でプロダクトや組織を構築しようとする。一方、私たちは創業者や経営陣のバックグラウンドや考え方、志向性からではなく、「ブロック」という概念から事業や組織づくりをスタートさせている。つまり、コンセプトファーストなんです。そこが、スタートアップ出身者を経営陣に迎えている他の企業との違いだと思います。

ミナベ:プロダクトや組織の設計のみならず、組織文化・採用にも「ブロック」というコンセプトが通底していたのですね。最後に、今後の組織的な展望をおうかがいできればと思います。

Lu:プロダクトマネージャーを配置せず、タコツボ化を避けてきたことが私たちの組織的な特徴の一つであるというお話をしました。ただ、それも組織の規模が小さかったからこそ。

より規模を拡大するにあたっては、各機能開発の進捗を管理し、部門間の調整役を担う役職は必要だと考えています。2020年にはじめてプロダクトマネージャーを採用したのですが、まさに今がそのベストタイミングだと感じています。

とはいえ、プロダクトマネジメント偏重にはしたくありません。しっかりとメンバー全員が等しく責任を持ち、全員が「ユーザーにとって有益なツールを提供する」という共通の目的にコミットできる組織をつくっていきたいですね。

ミナベ:プロダクト開発においては、まず事業を創造してから、後追いで組織・人創り…となりがちです。しかしながらNotionは、事業・組織・人を初期から駆動させながら、ソフトウエアのように検証していく経営デザインと、首尾一貫した美学によりインパクトを出されている。

今回、そうした新たな企業成長論を学べたと考えています。私にとっても今後の探求指針を得られました。本当にありがとうございました。

[文]鷲尾諒太郎[編]小池真幸


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人生100年時代。働く期間が長期化するなかで、「決められたゴールに向け邁進する、短距離走形の働き方」から、「変化を楽しみ、ストレスとうまく付き合いながら創造的であり続ける長距離走型の働き方」へのシフトが求められています。こうした長距離走型の働き方をする上で外せない要素の1つに、レジリエンスがあります。レジリエンスとは、困難な状況に直面しても、挫折から立ち直り、前進し続けることができることや、それに必要な力を意味します。本連載では、レジリエンス入門をパワーアップさせ、職場において、個人とチームのレジリエンスを高める方法を紹介していきます。第1回目のテーマは、「困難さを創造的に乗り越えるレジリエンスの4つの戦略」です。

目次
レジリエンスの4つのパターン
起き上がりこぼし型のレジリエンス
柳型のレジリエンス
風船型のレジリエンス
スーパーボール・バネ型のレジリエンス
4つの戦略のどれがいいのか?

レジリエンスの4つのパターン

働くことに関わるレジリエンスにはさまざまな定義がありますが(Hertman et al. 2020)、平たく言うと、仕事に関わる困難な状況や大きな変化に直面しても、その挫折から立ち直り、前進し続けることができることそれに必要な能力のことを「レジリエンス」と呼びます。

「前進し続けること」とあるように、レジリエンスはその定義の中に回復だけでなく、さらなる成長を含むことがあります。Fisher et al. (2019)は、下記の図にあるように、逆境に対する反応の4パターンを提示し、そのうちの「③回復」と「④繁栄」がレジリエンスであると述べています。

また、困難や変化から回復したり、それを踏まえて成長するのにかかる時間も、どのような困難や変化に遭遇したかや、個人のタイプ、仕事状況によっても異なると指摘されています(Fisher et al. 2019)。例えば、素早い対応が必要な医療現場においては、困難な状況にすぐ対処することが求められています。一方で、キャリアの問題などを解決するような場合は、ゆっくりと対処していくことが多いかもしれません。

先行研究においても、嵐に遭遇した木などに擬えるなどいくつかのレジリエンスのタイプが紹介されてきましたが(e.g. 宇野2018)、筆者らは、近年の変化の激しいビジネス環境を踏まえ、レジリエンスをパターン別に整理しました。具体的には、①困難な出来事や大きな変化に遭遇時に、それをあしらうのか、その機会を活かすのかと言う観点と、②素早く対処するのか、ゆっくり対処するのか、という観点から、下記の4つに分類しています。

起き上がりこぼし型のレジリエンス

「起き上がりこぼし型のレジリエンス」は、困難や大きな変化をあしらい、素早く対処するようなレジリエンス戦略のことを指します。

例えば、2日続くイベントのファシリテーターを任されているAさんが、1日目に大失態をおかしたとします。次の日も落ち込んだ気持ちで挑み、パフォーマンスが落とすことを避けるために、1日目終了後にサウナに行って心と身体を落ち着かせると言った対処は、この戦略に分類されます。短い時間で、気分を回復させたい時は、この戦略が取られるかもしれません。

柳型のレジリエンス

「柳型のレジリエンス」は、困難や大きな変化をあしらい、ゆっくり対処するようなレジリエンス戦略のことを指します。

例えば、新卒のBさんが、希望していた編集部に行けず、営業配属となりショックを受けたとします。その際に、営業部で働きつつ、次の人事異動で編集部配属になれるように準備をするといった対処はこの戦略に分類されます。

解決に長い時間がかかり、かつ、自分の力だけでは解決が難しいような困難に挑む時に、しばしこのような戦略が取られます。

風船型のレジリエンス

「風船型のレジリエンス」は、困難や大きな変化を活かし、ゆっくり対処するようなレジリエンス戦略のことを指します。

例えば、先の例と同様、希望していた編集部に行けず、営業部配属になったBさんの事例について考えてみます。

Bさんは、見方を変え、「営業部に配属されたということは、自分が営業部に必要だということかもしれない」と考えました。加えて、「これまでは自分がやりたいことベースでキャリアを選んでいたけれども、周りから必要とされることを極めていこう!」とキャリアの選び方を変更しました。こうした「困難や変化を機に今までの考え方を変えながら、柔軟に回復するような軌跡」はこの戦略に分類されます。

スーパーボール・バネ型のレジリエンス

最後にご紹介するスーパーボール・バネ型のレジリエンスは、困難や大きな変化を活かし、素早く対処するようなレジリエンス戦略のことを指します。

例えば、コロナウイルスの感染拡大を受け、Cさんの料理教室の会員数は大幅に減ってしまいました。その際にCさんは、「対面で料理教室はできない状況だけれど、海外に住んでいる知人から、オンラインでその地域の料理のレシピを学ぶ機会を作れるかもしれない」と、海外に住む知り合いのシェフをゲスト講師にし、オンラインで料理教室を再開しました。その結果Cさんの料理教室の会員数は再び増加し、危機的な状況を乗り越えたといいます。

1つ前の風船型のレジリエンスと同様、スーパーボール・バネ型のレジリエンスは、不確実な変化の波に乗りながら、それを活かして柔軟にやり方を変えるような戦略です。

4つの戦略のどれがいいのか?

選択肢がたくさんあると、優越を知りたい、どれが良いのか知りたいと思う人もいるかもしれません。けれども、この4つの戦略については、どの戦略が他と比べて優れていると言ったことはありません。

また、皆さんは1つの困難や変化を乗り越えるのに複数の戦略を使っているかもしれませんし、遭遇する困難の種類や状況によっても、どの戦略をとることができるかは、異なる可能性があります。

困難な状況や、変化にうまく対処できないというときは、4つの戦略の中で、自分がよく用いるパターンとは別のパターンを試してみるのもいいかもしれません。


以下の動画コンテンツ「レジリエンスの科学:創造的に困難を乗り越える4つの戦略」では、レジリエントに創造的であり続ける”長距離走型の働き方”に向けた4つの戦略と、それらを組み合わせてレジリエントに働く方法について解説しています。ぜひあわせてご覧ください。

レジリエンスの科学:創造的に困難を乗り越える4つの戦略

参考文献
Fisher, D.M., Ragsdale, J.M. and Fisher, E.C. (2019), The Importance of Definitional and Temporal Issues in the Study of Resilience. Applied Psychology, 68: 583-620.
Hartmann, S., Weiss, M., Newman, A. and Hoegl, M. (2020), Resilience in the Workplace: A Multilevel Review and Synthesis. Applied Psychology, 69: 913-959.

業内、教育現場、その他多くの分野で、自分たちの活動をふり返ることで学びを得ようとする所謂「リフレクション」という活動が実践されています。しかし、せっかく時間をかけて活動をふり返っても次に活かされないなど、うまくいかない「リフレクション」を経験したことがある方も少なくないのではないでしょうか。

本連載ではリフレクションの本質とは何なのか、背景にある理論を整理し、意味のあるリフレクションを実践するためのポイントを紹介していきます。特に、チームにおけるリフレクションの活用を軸に、チームの中の個人、そしてチームが属する組織へもたらす影響について触れていきます。

「リフレクションの技法」連載の第1回では、リフレクションとは何か、リフレクションの基本となる考え方や理論背景、理論を実践につなげていく上でのポイントをご紹介します。

目次
リフレクション(reflection)とは何か
なぜリフレクションが必要なのか?
リフレクションの理論背景
リフレクションの理論を実践へつなげる

リフレクション(reflection)とは何か

リフレクションは、日本語では「ふり返り」「省察」などと言われます。大事なことは、自分が経験した出来事について、その場の状況に埋め込まれている本質が何なのかを見出すことにあります。その結果、その後の行動をよりよくしていくことにつながる経験からの学びが得られるのです。

ただし、リフレクションは複数の分野で議論されてきており、意味の捉え方もさまざま存在します。リフレクション(reflection)の意味には「反射」「反映」「投影」などがあります。何かに「映し出される」自分の姿を見ることで自分を知る一連の出来事が、自分自身を省みる「省察する」ことにつながっていると考えられます。

なぜリフレクションが必要なのか?

リフレクションは、広く経験から学びを得る、すなわち経験学習に役立つということができます。

変化が激しい今の時代において、今日得た知見がこの先ずっと同じように使えるものにはなかなかなりません。日々これまで経験したことのない状況に直面し、その状況に適応し、新たな経験から学び、新しい知を自らかたちづくっていく必要があります。

まずは、個人・チーム・組織の3つのレイヤーでリフレクションがどのような学びに役立つのかを整理します。

①個人の学び
自分の経験についてリフレクションすることで、自分の行動パターンや考え方の傾向を自覚し、自分自身の強みや自分が大事にしていること、価値観への気づきが得られます。自身の専門性やアイデンティティの発達につなげていくことも可能です。

また、このような個人のリフレクションは、経験から学ぶ力を育てる意味で人材育成にも活用できます。

②チームの学び
チームの学びにつなげるリフレクションは、チームメンバーで一緒に行った活動についてリフレクションすることで、チームづくりやチームとしての成長につなげていくことができます。チームメンバーそれぞれが何を行い、何を感じ、何を考えているのかを共有していきます。このように、他者の価値観をわかろうとすることがチームのコラボレーション促進につながっていきます。

③組織の学び
日々新しい状況に適応しながら、新たな知をかたちづくっていくと、組織内には個人個人の知、チームや部署ごとの知が散乱していくことになります。組織の中で生み出された成果物だけを見ても、それをどのように生み出したのか、その背景はわかりません。本質的な知は共有されず、組織内に暗黙知がたまっていくことになります。リフレクションは、これらの暗黙知を明らかにし、組織内で知の循環をまわしていくために役立つものと言えます。

リフレクションの理論背景

現在実践されているリフレクションの背景には、いくつかの理論が存在します。リフレクションがこれまでどのように発展してきたか、ここではその理論背景の概要をご紹介します。

リフレクティブ・シンキング:「体験」と「省察」はセットである

まず、リフレクションの理論背景のベースとして登場するのが、経験主義哲学の思想で知られるジョン・デューイです。デューイは、ただ単に行為を積み重ねることが経験ではなく、行った行為とその行為の結果の関係性を見出すために思考することの重要性を主張しています。ここでいう思考のことをリフレクティブ・シンキング(反省的思考)と定義しており、リフレクションという考え方が登場しています。現代において、実践したことをふり返ってその意味を考察することなく次の実践をいくら繰り返しても、事業の成功や人の成長に繋がらないと言われますが、その部分に通じる理論と捉えられます。

デューイの経験学習の特徴とその捉え方の誤解については、組織学習の連載記事でも触れられています。

経験学習サイクルの3つの誤解:連載「組織学習の見取図」第2回

経験学習サイクルにおけるリフレクティブな観察(Reflective Observation)

経験学習サイクルは、デューイの理論を実務者にも扱えるように経験を活かした学習プロセスを「具体的経験」「省察的観察」「概念的抽象化」「能動的実験」の4段階でモデル化したものであり、デイビッド・コルブが提唱したモデルとして知られています。

この経験学習サイクルにおいて、具体的な経験から大事な要点を抽出し概念化する段階で、省察的観察(Reflective Observation)が必要とされています。省察的観察とは、個人が一旦実践の現場を離れ、自らの行為・経験・出来事の意味について俯瞰的にさまざまな観点から意味づけることを指します。

経験学習サイクルの「抽象的概念化」では、経験を他の状況で活用できる知をつくり出します。コルブによると、学習とは「経験と内省のプロセスを通じて、他で活用できる知を生み出す活動」といえます。

リフレクション・イン・アクション:行為の中で吟味し、とっさの判断でなんとか切り抜ける

次に、専門家の熟達の文脈からリフレクションの理論を主張したのがドナルド・ショーンです。不確実で複雑な問題状況に対応していくには、単に専門知識をインプットし実践でそのまま適用することで熟達していくとする専門家像(技術的合理性モデル)では不十分であるとして、リフレクティブ・プラクティショナー(省察的実践家)という専門家像を提唱しました。ショーンによると、専門家は直面する現場の状況の中で、いまいちしっくりこない違和感を感じたり、スッと腑に落ちた感覚を感じるなど、さまざまな感覚を感じとり、それまでの経験を総動員して状況を適切に読み取りながら、とっさの判断でその場をなんとか切り抜けています。このように、実践する行為のなかでさまざまなことを感じとりながら「これでいいのか?もっとよいやり方はないのか?」などと吟味し、判断していくことをショーンは「リフレクション・イン・アクション」と名付けています。

経験学習サイクルを発展させたALACTモデル

オランダの教師教育研究者であるフレット・コルトハーヘンは、コルブの経験学習サイクルをもとに、より具体的なリフレクションのプロセスモデルとしてALACTモデルを提唱しました。

​​ALACTモデルで肝となるのは、「③本質的な諸相への気づき」をいかに深められるかです。そのためには「②行為のふり返り」でしっかり行為の背景にある気持ちを表出させておく必要があります。

業務のリフレクションにおいて扱われるのは、行った行為が多くなります。行為と合わせて思考が語られることもありますが、感情やさらにそれより深くにある価値観まで扱われることは少ないものです。コルトハーヘンは、行動の背景にある感情や価値観まで扱うことで、それまで無意識だった経験の本質を見出そうとしています。この点からコルトハーヘンの理論は、リフレクションする人の主観を大事にしており、社会構成主義の考え方に基づいていると捉えられます。社会構成主義では、現実は個人の中に存在するのではなく、人びとの関係性の中で言語を通してつくられると考えます。例えば、チームでリフレクションの対話を行う場合、一人ひとりの感情や解釈に客観的な真実は存在しません。一人ひとりの主観的な感情を場に出しながらチームの関係性の中で見出された気づきが、そのチームにとっての「現実」として意味づけられていくのです。

社会構成主義については他のCULTIBASEコンテンツでも触れているので、ご参照ください。

ファシリテーターはなぜ「対話」を重視するのか:社会構成主義入門
ブックレビュー『現実はいつも対話から生まれる』​​

強みに目を向けるコア・リフレクション

自分が行ってきた活動をリフレクションすると、どうしてもうまくいかなかった部分に目が行きがちで、ネガティブ思考になってしまうことも少なくありません。そこで、コルトハーヘンは成功体験を語り、自分たちの強み(「コア・クオリティ」と呼んでいます)に目を向けるアプローチとして「コア・リフレクション」を提唱しています。成功体験について語り、そのエピソードの中に埋め込まれている強み(コア・クオリティ)を見出していきます。ただし、成功体験を語るだけで終わってしまうと、過去の成功体験にしがみつき、新たな状況に適応できないことにも陥りかねません。リフレクションから見出されてきた強みを、さらに不確実な未来でどのように活かしていくことができるか、ポジティブ思考で未来へ目を向けて考えていくことが大事だというわけです。

このように、コルトハーヘンの理論は、より深い気づきと実践における行動の変化へ結びつけることを重視し、個人の主観や強みを大事にしていることが特徴です。コルトハーヘンのリフレクションモデルは、現在のあらゆる組織で活用できる方法論ですが、より具体的な方法はまたの機会に触れたいと思います。

リフレクションの理論を実践へつなげる

いまいち捉えどころが難しいとも思われるリフレクションですが、行動の変化へ結びつけ、これから先の未来に役立つリフレクションを実践する際に重要となるキーワードが「前提を疑う」と「メタ・リフレクション」です。

前提を疑う

リフレクションを実践するにあたってのキーワードとして「前提を疑う」があげられます。経験から学ぶには、前提を疑い、問い直すことが必要です。

リフレクションでは、まず、自分が経験した出来事が何だったのかをつかみます。その出来事について、自分の行為、思考、感情など事実や現象を表出させていきます。さらに、その行為や感情の理由にあたるものとして、どんな価値観を持っているのかに迫っていきます。すなわち、行為や感情の背景にある「前提」に迫っていきます。これは、自分が行った試行錯誤と向き合うこととも言えます。

この前提を疑い、問い直す考え方は、組織学習におけるダブルループ学習に通じています。未来に起こり得る異なる状況へ対応していくためには、価値観まで見直す可能性を視野に入れ、特定の考え方に固執しない態度で臨むことが求められます。

ダブルループ学習について詳しくは組織学習の連載記事で触れられています。

組織学習はどのようにして進むのか:連載「組織学習の見取図」第3回

メタ・リフレクション

自分が経験した出来事について、その場で主体的に動いていた自分自身を含めて、そこで起こっていた状況を読み取り、意味づけしていくことが重要となります。自分自身をリフレクションの対象にするという意味で「メタ・リフレクション」と呼ばれます。

リフレクションは、経験を客観視して考えるものと言われることもありますが、リフレクションを人がする限り、それはリフレクションする人の主観が入らざるをえません。そして、コルトハーヘンが主観によるリフレクションを大事にしているように、リフレクションの対象に自分自身の存在を含めてあくまで自分の主観で捉えることが重要なのです。過去の自分が何を感じていたのか?過去の自分について考える「今」の自分が何を感じているのか?過去と現在の二重構造による主観的な視点で経験を吟味し、意味づけをすることが大事だということです。

自分の経験を「三人称視点」で客観視することが困難であると捉えると、自分と関わりの深い関係性を持つ対象として自分を捉え直す、すなわち二人称視点で自分を視る「二人称的アプローチ」の考え方が重要ではないかという議論も出てきています。「一人称視点」では見えなかった意味づけが可能と考える「二人称的アプローチ」という方法論も今後さらに議論が進んでいくと考えられます。


ここまでリフレクションの理論と実践の概要を紹介してきましたが、リフレクションは、人材育成、組織学習をはじめ多くの分野で日々実践と研究がされ、発展を続けている領域です。リフレクションの方法も形式化されたものがいくつか存在しますが、状況によってやり方をアレンジすることも求められます。リフレクションの方法自体をリフレクションしながら、新たなリフレクションの知を生み出していく必要があるともいえます。この連載では、リフレクションの理論と実践に関するトピックを取り上げながら、リフレクションに関する知の探究を進めていきたいと思います。

参考文献
ドナルド・ショーン著, 佐藤学, 秋田喜代美 訳,「専門家の知恵 ―反省的実践家は行為しながら考える」, ゆみる出版, 2001
ドナルド・ショーン著, 柳沢昌一, 三輪建二 訳, 「省察的実践とは何か-プロフェッショナルの行為と思考」, 鳳書房, 2007
坂田哲人, 中田正弘, 村井尚子, 矢野博之, 山辺恵理子 著, 一般社団法人学び続ける教育者のための協会(REFLECT) 編, 「リフレクション入門」, 学文社, 2019
フレット・コルトハーヘン 編著, 武田信子 監訳, 今泉友里, 鈴木悠太, 山辺恵理子 訳,「教師教育学:理論と実践をつなぐリアリスティック・アプローチ」, 学文社, 2010
佐伯胖, 刑部育子, 苅宿俊文 著,「ビデオによるリフレクション入門: 実践の多義創発性を拓く」, 東京大学出版会, 2018

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