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サービスの立ち上げと成長フェーズでは、デザイナーに求められる素養もスキルも異なります。特にプロダクトの0→1を支えるデザイナーには、何もないところから、事業の根幹を見極め、形にしていくさまざまな力が求められるでしょう。

いま名を知られるサービスは、どのように0→1を乗り越えてきたのか。創業期を支えてきたデザイナーに、当時の舞台裏を伺う本連載。

今回お話を伺ったのは、エムスリーでCDO(Chief Design Officer)を務める古結隆介さんです。2021年4月現職に就任した同氏がキャリアにおける最大の転機と振り返るのが『エムスリーデジカル』(以下、デジカル)の立ち上げです。デジカルは2015年にいち早くその可能性を見いだされ事業化。今では群雄割拠のクラウド電子カルテ業界で、導入数No.1を誇ります。

本記事では、エムスリーのデザイン組織推進にも携わるMIMIGURIのCo-CEO・ミナベトモミを聞き手に、0→1デザイナーの素養、エムスリーが新規事業を次々と生み出せるゆえんに迫ります。

目次
「まずは、医師に話を聞こう」と誰もが語る文化
事業意思決定を支えるインパクト文化
大企業特有の「説明責任過大要求」に陥らせないプロダクト文化
プロダクトビジョンを、対話を通じて問い直し続ける
デジカルチームが耕した文化を、全社へ

「まずは、医師に話を聞こう」と誰もが語る文化

ミナベ:エムスリーは「医療」領域に特化し、様々なサービスを通して圧倒的なシェアを持たれています。特定領域の中で次々と新規事業を生み出し、価値を積み上げられてきました。5兆円を上回る時価総額(2021年6月現在)がその価値の証左でもあります。

今回の記事では、古結さんが担当されたデジカルを切り口に、「エムスリーが次々と新規事業を生み出せる理由」と「そこにおけるデザイナーの役割」を探っていければと思います。

古結:よろしくお願いします!

ミナベ:まずは、デジカルがどのように生まれたのかご紹介いただけますか?

古結:デジカルは、プロダクトマネージャーを務めた山崎(現・執行役員VPoE)の意志から生まれたプロダクトです。山崎は以前からエムスリーのグループ会社で、クラウドではないオンプレミスの電子カルテを開発、PCとセットで販売する事業を担当し、現場にさまざまな課題があることを認識していました。ですが、医師たちは患者と向き合うのが最優先。診療の合間にも、研究や学習に励むような人たちで、電子カルテの運用やメンテナンスは多大な負担になっていました。

そこで山崎は医師が直面しているそれらの課題をチームを立ち上げて自主的に分析。メンテナンスフリー、業務効率化へつながるアプローチの検討をはじめました。その一つが、処置行為の入力パターンを自動学習するクラウド型の電子カルテ(=現在のデジカル)だったんです。

ミナベ:医療に限らず、多くの産業で「課題は山のようにあるが、どう解決すればいいかがわからない」という状況が生じています。エムスリーのような事業会社はその課題解決を担う役割なのですが、各社とも“課題の抽出”に苦労されてる。デジカルの場合、山崎さんが自主的に取り組まれたとのお話ですが、エムスリーではどのように課題を見いだしているのでしょうか。

古結:エムスリーは、とにかく現場へ足を運ぶことを重視しています。職種関係なく「まずは、医師に話を聞きに行こう」と皆が言うんです。

新たなプロダクトに着手する時には、仮説を立てた上で必ず医療従事者のもとを訪れ、どのように業務を行っているかを観察したり、直接お話を聞いたりする。現場で聞くことや観察する内容などはプロダクトや目的次第ですが、どのような場合でも「現場へ行くこと」は変わりません。

デジカルを立ち上げる際も、エンジニアやデザイナーを含めて6名、チーム全員で話を聞きました。最初は、皆で医師を取り囲んでプロトタイプを見てもらい、フィードバックをもらっていましたね。

事業意思決定を支えるインパクト文化

ミナベ:デジカルの初期の資料を拝見したのですが、情報量が少なく、かなりシンプルなことに驚きました。これで社内合意が得られるんですね。 10名ほどのスタートアップならわかりますが、エムスリーの企業規模を考えると、数十枚、ないしは数百枚にわたる事業概要や拡大可能性、ロードマップなどを含めたドキュメントがあってもおかしくない。そうした「社内承認のための作業」が圧倒的に少ないのだろうと感じました。

ヒアリングに使った資料もたった4枚。これも驚くべきシンプルさですね。

ヒアリングの際に用いた要件資料

古結:最初は僕もびっくりしました(笑)実際にはこれに付け加えて画面イメージが1枚だけありました。

山崎から「このスライドを持ってヒアリングに行こう」と言われたとき、「それだけでわかるんだろうか?」と疑問を抱いた記憶があります。

ミナベ:ですが、よく見てみると、情報量は少ないながらヒアリングをするうえでの勘所は押さえられている。地味な資料ですが、レベルの高さを感じます。

これに関連し、僕がエムスリーさんとお仕事をして印象的だったのが、皆さんかなりハイコンテクストなコミュニケーションで意志決定をしている点でした。山崎さんはその極地のような人で、前提をすりあわせたり共有を求めることをほぼしない。

これはエムスリーにおける何かしらの文化によって成立しているのではないかと感じていたのですが、古結さんの見立てだと、なにが要因だと思われますか?

古結:それは、ミッションだと思います。

エムスリーのミッションは「インターネットを活用し、健康で楽しく長生きする人を1人でも増やし、不必要な医療コストを1円でも減らすこと」。つまり、医療業界における生産性を高めるために、何ができるかをひたすら考えているんです。そして、私たちは医療領域に特化しているため医療従事者の行動や市場感などを深く理解している。

ゆえに、事業のROIやインパクトがすぐに算出できるんです。たとえシンプルな資料でも、「このアイデアにはどれくらいのインパクトがあるか」を、背景知識や経験から一定イメージできる。だからこそ、明らかにインパクトがあるなら、数分の議論で数百、数千万円の決裁も下ります。

ミナベ: おそらく医療現場や医療業界の情報を国内で一番もっているのはエムスリーですからね。長年の蓄積で、定量的にも定性的にも判断の勘所が皆さんのなかにある。かつ、インパクトの大きさから考える文化があるから、意思決定が早い。

古結: そうですね。デジカルが与えるインパクトでいえば、「煩雑な納品作業」「煩雑な入力作業」といった一言で、どれくらいの手間があり、削減することで生まれる価値がイメージできる。もちろん細かい数字を出すこともありますが、一つひとつ丁寧に説明するのは基本的に不要という感触はあります。

大企業特有の「説明責任過大要求」に陥らせないプロダクト文化

古結:デジカルは、エムスリーとして最初期に仮説検証型のアジャイルを導入したプロジェクトでもありました。当時は自分もそれが仮説検証型のアジャイルだとは知らず、「見慣れないやり方だな」と思いながら、取り組んでいました。

ただ、かなりざっくりとしたプロトタイプで検証を重ねるので「こんな中途半端なものをユーザーに見せて大丈夫なのか?」と、しばらくは葛藤もありました。ユーザーに見せるのなら、ちゃんとデザインしたものを持っていきたいなと思っていたんです。

ミナベ:デザイナーなら、そう思うのも当然ですよね。

古結:ただ、実際に医師の方々に見てもらうと、僕たちがやろうとしていることがちゃんと伝わるんですよね。かつ「そういうことがやりたいのなら、こういったことも必要かな」と的確なアドバイスもいただける。

どんなにざっくりとしたものでも、本質をじっくりと理解し、良くするために協力してくださる。その姿勢を見たとき、「自分はなんて小さいことにこだわっていたんだ」と反省しました。向き合うべきは、“どんなものを作るか”ではなく“ユーザー”や“事業”なんだと。この経験が、デザイナーとしての価値観をアップデートするきっかけになりました。

簡易的に作成したHTML/CSSモック

ミナベ:アジャイルだからこそできた経験ですね。はじめてアジャイル導入にあたり、アカウンタビリティ(説明責任)の観点で苦戦はされなかったのでしょうか?アジャイルは成果までのリードタイムが短くなりますが、短期的には「明確な成果」を説明しづらいという点もあります。ここに大企業の新規事業はよく苦戦される印象を持っています。

古結:僕も詳細は把握できていないですが、山崎が経営陣の間でうまく立ち回られていたのだと思います。事実、後に自分がデジカルのようなチームを増やそうとしたときに難しさを感じたので、山崎の力量や信頼は間違いなくあったのだろうと思います。

先述の通り、エムスリー自体アカウンタビリティを強く求めない基本的な文化がありつつも、すべてのシーンで不要というわけではない。今、CDOとしてデザイン組織の変革に取り組んでいるのも、こうした文化を浸透させ、より早くより優れた事業を生み出し続けるための打ち手ですから。

プロダクトビジョンを、対話を通じて問い直し続ける

ミナベ:現在ではデジカルは2,600を超える施設に導入され、クラウド電子カルテ市場ではシェア70%以上と圧倒的な数値を誇っています。ここまで成長できた要因はどこにあったと考えますか?

古結:身もふたもない話ですが、一番はクラウドの性質を生かして価格を抑えたことだと思います。もちろん使いやすさや機能も重要な要素です。ただ、クラウド電子カルテのプレイヤーも増え続けてきた中、それだけでは選ばれ続けることは難しかったでしょう。

実はリリース当初はなかなか売れなかったんです。いいもののを作れば売れると思っていたけれど、実際は売り方も伝え方も、考えなければいけないことが膨大にあった。そこからどう売るかについて議論や試行錯誤を重ねた結果、今があります。

あとは、デジカルに携わったチーム全員がプロダクトのあるべき姿に対し目線を揃え続けられたことも大きかったと感じます。

ミナベ:なるほど。そのお話は事業の正否を決める重要な要素に聞こえます。「目線を揃える」のは、言うのは簡単ですが実践は決して容易ではありません。何が肝になったと思いますか?

古結:一番はプロダクトのビジョンだと思います。山崎や私がよく口を揃えていたのが「医師を楽にして、医師が患者と向き合える時間を作る」という話でした。それが医師の喜びにつながり、患者の体験向上にも直結する。そのビジョンが根付いているのは大きいと思います。

これを根付かせたのは、とにかく「対話」を繰り返したからにほかなりません。何か劇的な体験があったとかではなく、とにかくみんなでビジョンの話をし、それに対して何ができるかを考えていた。話の中心に常にビジョンがあったんです。「この技術を使いたいからこう作る」とか、「こういうデザインを取り入れたいから」といった話は多くはなかったですね。

ミナベ:山崎さんは、すごく「対話を」大事にされる方ですよね。

古結:そうですね。その影響もあってか、デジカルのチームは当時としてはめずらしい取り組みで毎日朝会をしていました。当初はエンジニアの発案で、課題解決を早めようという意図だったのですが、その中では「その機能はユーザーのためになるのか」「なぜ、その機能を実装するのか」といったそもそも論をよく対話的に話したり、問い直したりしていました。

ミナベ:デイリースクラムですね。対話機会も素晴らしいですが、「そもそも」を問い直せていることにも感心します。新規事業で一番難しいのは、そうした「問い直しの文化」を生むことですから。

大きい会社ほど、承認文化によって「正解探し病」になってしまい、そもそもを問い「違うんじゃないか」と言えなくなってしまう。逆に「いかに皆を納得させるか」という方向に力を使ってしまい、本質からずれてしまうんです。ですが、新規事業こそ「問い直し」を定期的に回すことが重要になる。

その文化を生むには、本質的な議論が許されていたり、論理的にうまく説明できずとも承認される土壌が必要になる。デジカルの場合、対話を重ねることでそれが実現されていたんでしょう。

古結: たしかに。「考えをまとめて場に持ってくる」というより、会話のなかで固まっていない段階でも問いかける。それを皆で解決するというのが、当たり前に回っていました。 

ミナベ:合意形成や社内政治の力が強くなると、これが難しくなるんですよね。動きが重くなってしまう企業を見ていると、声の大きい人が意見を押し通すために、固まってない意見を潰し、余計な声が上がらないように制圧してしまっていたりする。

すると、上層部に声を通せるパスがないと、担当している事業や部署の声が全く届かないといったことが起こる。ですが、エムスリーはそうした状況に陥らず、デジカルのチームのように「問い直しの文化」が根付いているのでしょう。

デジカルチームが耕した文化を、全社へ

古結:振り返ると、デジカルの経験は私がエムスリーに戻ってきた理由の1つでもあります。山崎は「デジカルのようなチームを増やしたい」と話をしていたのですが、これは僕もずっと思っていたことでした。

デジカルのように、本質を共有しつつ、問い直しを重ねて前進できるチームが増えれば、医療従事者の課題をもっと迅速に解決できるようになるはず。新規事業を生み出し続けるためにも、デジカルチームのような文化を広げていくことが必要なんです。

ミナベ:最後に、ここまでの話をふまえ、新規事業開発の「0→1」を担うデザイナーに必要なスキルはなんだと思われますか?

古結:ありきたりな表現にはなってしまいますが、結局は「形にする力」でしょうか。新規事業では、プロダクトマネージャーが抽象度の高いビジョンを描く。それに対して、体験設計から仕様設計、UI、UX……あらゆるところを、形にする力が問われます。

かつ、事業背景や社会変化、ユーザーなどを見ながら、その都度最適な「形」を模索し続けていくことが求められる。そして、その「形」は“デザイナーとしていいもの”ではなく、”ユーザの困りごとを見事に解決する”、“事業の価値につながる”という視点で作らなければいけません。

僕がCDOとして取り組むのは、それが仕組みとして生まれやすくなる組織作りです。デジカルで自分が得た成功体験を再現できるよう、成功事例を増やし、認知、仕組み、文化から変革していく。時間軸的には長い道のりだと思いますが、やりきる価値は大きいと確信しています。

[文]鷲尾諒太郎
[編集]大矢幸世

いま政策の現場に「デザイン」を取り入れ、その変革を行おうとする動きが始まっています。経済官庁に勤める半谷英里子さんは、パーソンズ美術大学のTransdisciplinary Design学科に留学し、同大学院に留学した仲間とともに「STUDIO POLICY DESIGN」を設立。日本の政策の現場に「デザイン」の考え方を取り入れる実践を行なっています。同質性の高い組織への疑問から留学を決意した半谷さんが、パーソンズ美術大学で学んだ「デザインのもつ可能性と暴力性」について振り返ります。


「帰ってきたら転職するの?」

留学前、同僚や知人に挨拶まわりをしている時、たびたび言われた言葉です。

公務員がデザインを学ぶ──。そう聞いても、当時の私の同僚や知人と同じように、いまいちピンと来ない方が大半でしょう。“公務員”と“デザイン”もしくは“デザイナー”、まったく対極にあるかのようなイメージを持たれるであろうこの2つの言葉もしくは職業。しかしいま、霞ヶ関にて政策にデザインを取り入れていこうとする動きが、少しづつ拡がっています。そんな政策とデザインの関係性について、私のパーソンズ美術大学での学びを中心にご紹介したいと思います。

目次
同質性の高い組織への疑問
Transdisciplinary Designプログラムとは何か?
デザインは時として無意識に他者への暴力となりうる
現場に飛び込んで得られたもの
あらゆる未来の可能性を模索するために
パンデミック下での授業
公共組織と市民のコミュニケーションを考える

同質性の高い組織への疑問

職場で働いていたある日、1人の先輩がシカゴ・イリノイ工科大学のデザインスクール留学から帰ってきたことをたまたま耳にします。私はもともとグラフィックやプロダクトなどモノに関するデザインを見ることが好きで、大学の専攻も建築と、いわゆる“狭義”のデザインに関心があったため、“デザイン”というその言葉1点に食いつきました。

しかし当時(ほぼ現在も)は公務員の留学といえば公共政策大学院や法科大学院などが主流であり、デザインスクールに留学をした公務員はその先輩が初めてでした。公務員として海外にデザインを学びに行くとはどういうことか? “デザイン思考”という言葉が日本でも有名になってはいたものの、その時は正直まったく検討がつきませんでした。

そんな折、同期でもある橋本直樹がニューヨークのパーソンズ美術大学にデザイン留学するということもあり、彼も含めて情報を収集し始め、デザイン思考を始めとする様々なデザインアプローチによる製品やサービスの開発・改良事例などを知ります。

翻って霞ヶ関での仕事を思い出すと、1年を通じた予算要求プロセスや国会などにより、物事の動いていくスケジュールがかなり硬直化されているため、ある程度それに合わせて動いていかなければなりません。

また、官庁にはどうしても似たようなバックグラウンドの方が集まり、そもそも女性も少なく、同質性の高い組織となっています。当たり前かもしれませんが、人は自分とは異なるバックグラウンドや立場の人の状況や気持ちを理解することはなかなかできません。

しかし、世の中の状況が変化していく中で、多様性の少ない組織の中だけで政策を考えているだけでは対応できなくなっていくのではないか。なかなか馴染みにくいところもあるだろうが、それでもデザイン思考における「共感から始めること」や「プロトタイピング」といったアプローチを政策の現場に取り入れていくことで、新たな切り口が生まれるのではないか。そう思い、デザインを学びに行くことを決めました。

Transdisciplinary Designプログラムとは何か?

しかし、「デザイン」と言ってもさまざまなアプローチがあります。その中で私が選んだのは、橋本やもう1人の同僚・羽端大くんも既に学んだ、パーソンズ美術大学のTransdisciplinary Design学科、通称TD。学科名を言うと大抵「何やってるの?」と聞かれるか、そういう顔をされます(笑)。

同プログラムはパーソンズの中でも比較的新しい学科で、2010年に設立されました。古くからあるファッションデザインやインテリアデザイン学科などは、何らかのモノの見た目や機能を具現化するといったことに主眼を置いています。

一方でTDでは、製品やサービスそのものというよりは、いわゆる広義の“デザイン”によるアプローチを主として、人々を取り巻く社会課題などを研究対象とし、その課題やその中での人々の体験・考え方などをどうやったら変えていくことができるかに着目して研究・教育が行われています。

またTransdisciplinary と冠する所以とも言えるTD最大の特徴が、課題に対するアプローチを1つの考え方や分野に限定するのではなく、サービスデザイン、コミュニケーションデザイン、スペキュラティブデザインといった様々なデザイン分野、またデザインを超えた人類学、社会学などの考え方を取り入れ、あらゆる視点から課題に取り組んでいくところにあります。この特徴は教授陣の専門の幅広さや、学生のバックグラウンドの多様さにも現われています。

またTDでは、サービスデザインを専門とする教授を中心に、Parsons DESIS Labという研究室が設置されています(DESISとは、Design for Social Innovation and Sustainability の略であり、イタリア・ミラノ工科大学のEzio Manzini名誉教授が提唱した国際ネットワークで、世界の他大学にも同ラボが設置されています)。

同ラボではその名のとおりソーシャルイノベーションとサステナビリティに主眼を当てて、NY市、NY市公立図書館などの公共組織と連携し、当事者たる市民も巻き込んで課題に取り組むなど、公共的なプロジェクトを行っており、私が同プログラムを選んだ理由もそこにありました。

デザインは時として無意識に他者への暴力となりうる

さまざまな専門性を持った教授陣がさまざまな視点からレクチャーするTransdisciplinary Design、教え方も内容も異なります。サービスデザインで使われるデザインリサーチ手法なども一通りレクチャーを受けましたが、2年間を通した学びで最も重要だったと感じているのは、デザインを行っていく上での前提となる根本的な考え、姿勢、発想でした。

最初の学期ではデザインリサーチ手法のレクチャーを受け、インタビュー方法やユーザーデータの収集・整理の方法、課題の設定方法などを学びます。それと同時に、自分とは異なる他者(多くの場合は自分がその社会や場における被マイノリティである場合、マイノリティ。また人間以外のものも含む)の視点があることにまず気づくこと、それを認め理解しようとすること、そうしたことがなされない場合、デザインは時として無意識に他者への暴力となりうること、自分の当たり前は他人の当たり前ではないことに気づくこと。こうした根本となる考え方を、毎週の課題リーディングとそれに関する同級生とのディスカッションでみっちり培いました。

リベラルな土地であるニューヨークの中でも、パーソンズが属するニュースクール大学(連載第2回参照)は、黒人史学などの新しい学問を初めて立ち上げるなど、そもそも旧弊のアカデミアに対して新しい学問の場をという意志に基づき設立された学校であり、「マイノリティの視点」「多数派による無意識の暴力」というものに一貫して関心を寄せてきた場であると感じます。

例えば人種問題の議論など、これまで海外で暮らしたことのない日本人である私にとって、渡米直後は「気にしすぎではないか」「言った本人にそこまでの悪意はないのではないか」と思うことも正直たびたびありました。しかし途中から、その場で何かが問題であると提唱する努力を、時に痛みも伴いながらもこの国では続けてきているのではないかと感じるようになりました。

議論を提唱することは意見の違いや対立を生みます。しかし議論によって、そこに問題があることを多数派が認識すれば、現状を変えるための大きな一歩となります。

授業では、AIやビッグデータなどのテクノロジーに関しても、人種問題や男女の格差問題などが議論に大きく絡んできました。留学前は研究開発関連の部署にいましたが、毎日のように話題になったAIの話で、そうした論点は一度も出てきていなかったため(研究者の方はそうした議論を認識していたかもしれませんが)、改めて自分と異なる視点を持つこと、またそれによってデザインの方向性が大きく変わりうることを実感しました。

現場に飛び込んで得られたもの

自分とは違う他者の視点や新たな視点を獲得することは、今まで見えていなかった問題を発見し、アプローチしていくことに繋がります。Transdisciplinary Designでは、今ある「問題の解決」そのものよりも、そのような視点を獲得して隠れている問題を提起し、その視点からどういった未来が描けるかをいかにデザインするかに主眼を置いています。授業ではそのユニークなアプローチ方法を、体感して学んでいくこととなりました。

例えば、デザインリサーチの手法を学ぶ授業。一通り手法についてレクチャーを受けたあとは、自分たちで課題を設定し、その中で実際にそれらの手法を使ってみました。私たちのグループは「どうやったらニューヨークの地下鉄を利用者にとってもっと心地よい空間にできるか?」という問いを自らの経験を踏まえて設定しました。

そして問いや仮定を設定したあとは学校の最寄り駅に繰り出し、ホームにテープを貼って仮想スペースを作ってみたり、学科のスタジオになぜか置いてあったフラフープを使い、駅の利用者にその中に入ってもらって話をしたりと、実践の場でのプロトタイプを行いました。いま思えば、最初の授業だったので「とりあえずやってみよう」という体当たり的なものでしたが、アンケートやレポートなどから得られる紙上のデータだけでなく、現地に行ってみて実際に動くことで得られる何かがある、と認識する最初の大きな機会となりました。

ホームにテープを貼って仮想コンフォートゾーンを設定してみる
フラフープを個人のコンフォートゾーンに見立てて話を聞いてみる

またある授業では、ブルックリンの公共図書館のスタッフと連携し、利用者に対する図書館の価値をどう再定義するかを考えました。ある日グループの友人と図書館をいつものように訪ねると、暖房設備の故障により終日閉館するという張り紙と、放課後の行き場をなくし途方に暮れる子どもたちの姿。

そこで急遽、友人と近所のダンキンドーナツでコーヒーを爆買いし、図書館に来た人たちに振る舞いながら(友人が提案した時は驚くと同時に感心しました)、彼らの話を聞いてみたところ、地域の人たちにとって図書館はどういう役割を果たしているのか、ヒントをいくつも発見できました。

閉まる図書館 /途方に暮れる子どもたち

ニューヨーク市の図書館は、日本で図書館を利用してきた側からするとと幅広いサービスを地元住民に提供し、地域のコミュニティハブとなっています。本の貸し出し、勉強の場以外にも、幅広い世代への就職活動の支援、子育て家庭への情報提供、子どものパソコン教室、収監されている地元住民とその家族への支援など。

この日話を聞いた人々が図書館を訪れる目的も様々でした。2人の子どもを遊ばせに来たが閉まっていて、公園も寒いので帰るしかないというお父さん。学校が終わって友達とだべりに来たのにと言う少年たち。外が寒いので暖を取りに来たという人。またトイレ機能として図書館を利用しているという人もおり(ニューヨーク市は公共トイレが絶望的に少なく、飲食店でもトイレだけだと借りづらいため、トイレ事情は地味に大きな問題となっています)、わたしたちの想定外の役割を図書館に求めている人がいたことに気づきました。

この日の体験から、この日のようなハプニングや老朽化による建て替えなどで地域のコミュニティハブとしての図書館がクローズした場合、その機能が散逸してしまうのではないかという考えに至りました。

また様々なサービスを提供しているがゆえに、図書館職員の負担は大きなものとなっています。こうしたことから、最終的にわたしたちのグループは、図書館と同様の機能を一部でも持つ周囲の公共・民間施設との常日頃からの図書館との連携を提案し、また図書館の利用者にどういう機能が地域に点在しているかを知らせるための子ども向け絵本(風パンフレット)を作成しました。

例えばアンケートを取ってみてもある程度は市民の声が集まるかもしれませんが、「図書館に行ったらたまたま閉まっていて途方に暮れる」状態が市民に発生していること、彼/彼女らがその時どういうことを感じているかなどは、やはり現地に行ってみて初めて(偶然も含み)得られる情報です。

なんでもかんでも現場に飛び込めばいい訳ではないし、図書館のように市民と密​​接なサービスと政策立案ではまた性格も異なりますが、政策の結果である制度や公共サービスが実際にどのようにユーザーに使われているか、現地で見たり聞いたりすることの少なかった自分にとって、授業でのこうした経験は新しい気づきを与えてくれたように思います。

あらゆる未来の可能性を模索するために

本連載の第2回で登場した岩渕正樹さんが紹介されたように、パーソンズの特色として、スペキュラティブデザインを提唱したダン&レイビーが教鞭を取っており、その視点を踏まえた授業が複数提供されている点があります。

私は彼らの授業は取れませんでしたが、ダン&レイビーがもともと教えていたイギリスのRoyal College of Artで学んだ准教授の授業で、スペキュラティブデザインを学びました。内容は、気候変動をテーマに、将来もしかしたらあるかもしれない未来についての作品をめいめい作るというもの。

その頃、新型コロナウィルス感染症が急速に拡大していたことも踏まえ、コロナ禍も気候変動も、実際に体験した人にしか痛みや苦しみ、切実さがわからなくなってしまっていた中で、いずれも他人事ではない、誰でも当事者になりうるというメッセージを込め、1人の日本人を題材とした近未来のドキュメンタリー風動画を作成しました。

また同級生の別のグループも、AIや樹木が政治家になる未来のニュース風作品を作るなど、人間以外の生き物の視点からの世界はどうなっているかという視点を提供し、興味深いものでした。

製作した近未来のドキュメンタリー風動画

この授業の先生に関しては、授業外でも印象に残っています。まだ新型コロナウイルスが拡がる前、ふと彼に大統領選の話を聞いてみたことがありました。当時は民主党の候補者選びが行われている最中で、若者に圧倒的人気の左派バーニー・サンダースや、現在大統領となっているバイデンなどが残っていましたが、民主党内をまとめトランプに対抗するために、それまでパッとしなかった中道派のバイデンが、民主社会主義者を標榜するサンダースと一騎打ちの状況になってきているところでした。

ニュースを観ていた私も、「現実的にはバイデンかな」などと思っていました。しかしスペキュラティブデザイン・フューチャーデザインを専門として活動するその先生は、「自分はバーニーを支持している」と答えました。これは私にとって意外でした。サンダースは特に若者に熱狂的人気だったのですが、彼は30代後半から40代前半で、それぐらいの世代の人はもう少し現実的な候補を支持しているかと勝手に思っていたのです。

彼は理由をこう語りました。「バーニーの言っている政策が全て実現可能だとは思っていない。しかし今この国にはビジョナリーリーダーが必要だ。どういう社会を作りたいか、それを掲げた上で、そこに一歩ずつ近づいていけばいい。だからバーニーの政策がすぐに全て実現しないことは問題ではない。」

これを聞いて私は衝撃を受けました。自分がいかに、現実に妥協して落とし所を見つけるという、これまでの仕事のやり方をベースとした頭で考えていたか気付かされたのです。例えば、ある方針ひとつをまとめるにしても、様々な利害関係者がいますが、すべての利害関係者が理想的な方針に諸手を挙げて賛成してくれるわけではありません。影響力の大きい人がいれば、その人の言うことを必ず方針に入れなければいけないということもしばしばです。

しかし仕事をしていくうち、「しょうがない」と、そういうことにだんだん慣れていってしまいます。また現実的にできることできないことを鑑みた上で、今あるデータの延長線上で将来の目標を設定することが多い政策現場では、“ありうるかもしれない未来”を考えた上で、そこから逆に現代における課題を議論するスペキュラティブデザイン的なやり方はなかなか登場していません。

もちろん実際に仕事を行っていく上で落としどころを探すのは重要ですが、これまでとは違う考え方を学ぼうと思ってアメリカに来た身としては、まだまだこれまでの思い込みが抜けきれていなかったと、考えさせられる出来事でした。と同時に、彼がまだない未来を模索するスペキュラティブデザインのリサーチャーたる理由を垣間見た瞬間でした。

パンデミック下での授業

このようにニューヨークの街を舞台にいろいろと学ばせてもらっていたところ、パンデミックが発生します。最初は完全に対面の火事だったニューヨークもあっという間に感染爆発の中心地となり、飲食店やコンサート、スポーツ等の娯楽施設、美術館など、あらゆるものがクローズもしくは営業を縮小する事態となってしまいました。私の通うパーソンズでも、3月の春休みを境にオンライン授業へと移行しました。

学生だけでなく教授陣もまったく初めての経験となるこの状況。実家や自国に帰った学生や教授もおり時差もある中での授業。オンラインになってみて初めて、いかにスタジオが創発生を刺激してくれる環境だったかということがわかりました。

そのまま書いたり消したりできる壁やテーブルに思いついたことを書き留めながら議論を交わす。雑多に置かれているいろいろなものや道具・工具などから何か作ってみる。友人とばったり会ってアドバイスをもらう。その辺に置かれている作品を見て刺激をもらう。こうしたデザインスクールの大きな特徴、特に偶発から何かを生み出すといったきっかけがほとんど失われてしまい、みんな戸惑っていました。

しかし少しでも失われた偶発性、セレンディピティを取り戻すため、徐々に工夫がなされていきました。例えばSlackやWhatsappグループ等の充実、オンライン授業でのチャットでの交流(非ネイティブには速すぎてついていけないこともしばしばでしたが…)、オンラインでの飲みパーティなど。

授業では、Mural, miro, Canvaなどのオンラインツールの活用や、現場でできなくなったユーザー観察をTwitterやFacebookの投稿などで行ってみるデジタルエスノグラフィー、Zoomなどを活用したオンラインインタビュー、観察対象自身に自分の周りの環境の音や写真などを撮ってきてもらう手法など……。

一方通行で講義するだけではない様々な学び方が前提となっていたデザインスクールにとって、オンライン下ではどうしても厳しい部分があったと感じますが、それでも、次々と現れるオンライン上のツール、そうした新しいツールを活用してなんとかやっていこうとするところ。ここでも、それまでのやり方にこだわらず、思い込みを捨て新たな視点を獲得することを地で行っていくことの大切さを感じる日々でした。

オンラインホワイトボードmiroを使ってのグループワークの一幕(ちょっとカオス)

公共組織と市民のコミュニケーションを考える

それでもやはり、コンタクトを取る人数は減りました。特に仲のいい友人以外、学校でばったり会って話すのと個人にダイレクトメッセージを送るのでは、ハードルの高さがだいぶ変わります。

感染を避けるための対策としてのソーシャルバブルという言葉が使われていましたが、同時にこのバブルは、より同質性の高い人たちの集団を作ることを助長し、自分の周りにいない、普段出会わないような人たちとの関わりを深刻に減らしてしまうのではないかとずっと危惧していました。

これは冒頭で述べたような霞ヶ関の同質性にも繋がります。どうやったらこのバブルを壊すことができるのか(感染対策は別問題ですが!)。どうやったらバブルの外にいる、今まで出会うことのなかった人たちと出会い、一緒にデザインしていくことができるのか。

こうした問題意識を基に修論では、国や市等の公共組織と市民のコミュニケーションのあり方について考え、またどういうコミュニケーションの仕方がありうるか、市民などのステークホルダー自身が考えるためのゲームを作りました。

具体的には、各ステークホルダーの認識を揃えるために、現在のステークホルダーの関係性を粘土やプラスチックボール、糸などを使って立体的に表すためのツールを作り、またこれらを用いて、仮想の場面においてステークホルダー間でどういったコミュニケーションがありうるか考えるためのゲームを作りました。しかし正直に言ってこの作品は非常に中途半端なものになってしまったため、こうして日本に帰国した現在、実際の政策現場において引き続きこうしたテーマを模索していきたいと思っています。

コミュニケーションのあり方を考えるゲームのプロトタイプ

また前述の橋本くん、羽端くんとともに、Studio Policy Designという一般社団法人を立ち上げ、政策現場におけるデザインの可能性を模索する活動を始めています(私はまだポッドキャスト以外ほとんど活動できていませんが、お時間あればお聞きください!)。

最初はデザインの手法を学ぼうと思っていたこの留学。しかしそこで得られたのは、むしろ政策をデザインしていく上での前提となる考え、姿勢、発想でした。「自分の当たり前は他人の当たり前ではない」。こうして文字にすると当然のことのように思えますが、政策の現場ではまだまだ当たり前とは言えない状態にあると思います。

本連載第1回の川地さんの記事にもありましたが、デザインを学んでいく上でよく出てくるキーワードのひとつに、“privilege (特権)” という言葉があります。そもそも何かのサービスや政策をデザインできる立場にあることは、ある種の特権を持っているとみなされます。

参加型デザインという考えも学びましたが、その中でも、もし様々なユーザーをデザインプロセスに巻き込み、その声をうまく聞けたとしても、最終的にどの声を拾うか、どう設計するか決めるのがデザイナーであれば、そこにはデザイナーの恣意が存在し、結局は立場が替わらないのではないかという議論もありました。

これまでの政策現場においては、公共政策等を学んだいわゆる“専門”の公務員が政策のデザイン、執行を担ってきました。しかし世の中の価値観が多様化するいま、分野によっては、最終的に役所が決めるという考えも、もしかしたら​​思い込みに捉われているのかもしれない。自戒も込めつつ、留学で学んだことを基に、政策現場でのデザインの活用をこれからも模索していきたいと思います。

プロフィール:
半谷英里子
慶應義塾大学理工学研究科修了後、経済官庁に入省。これまで地方創生政策、環境政策、産業技術政策等に携わる。2019年よりニューヨーク・パーソンズ美術大学大学院に留学し、MFA(美術学修士)を取得。また留学の傍ら、一般社団法人STUDIO POLICY DESIGNを共同設立し、政策現場における様々なデザインアプローチの活用について模索中。

本連載「組織開発の理論と効果」は、現場で組織開発が効果的に取り入れられるために、組織開発の理論やその効果について紹介します。これまでは、学術文献にもあたりながら組織開発の定義や概要を示した上で、診断型組織開発や対話型組織開発といった非日常のアプローチと、日々のルーティンの中で行われる日常のアプローチを紹介してきました。

今回の記事では、組織開発によってもたらされる成果を整理し、前回および前々回紹介したアプローチを含めて、筆者なりの「組織開発のアプローチ」を1枚絵にまとめて紹介します。

目次
組織開発のアプローチと成果別整理
(1)日常的なアプローチで低次学習を起こす
(2)非日常的なアプローチで高次学習を起こす
(3)日常と非日常的のアプローチで高次学習を起こす
(4)日常と非日常的のアプローチで低次学習を起こす

組織開発のアプローチと成果別整理

組織開発によってもたらされる成果は、「メンバー間でのコミュニケーションがスムーズになった」「お互いに思っていることを伝えられるようになった」「チームで追いかける目標がクリアになった」など様々です。これらは「行動の変化」「価値前提の変化」に分けることができます。前者は「低次学習」、後者は「高次学習」とも言い換えることが可能です。

もう少し具体的に言うと、低次学習とは、既存の価値観や規範のもとで、「部分的・短期的な行動を修正すること」を指します(安藤, 2019)。高い生産性や効率を上げるために行われる「改善活動」のことで、短期的には確実な成果をもたらしますが、その効果は必ずしも長期に及ぶわけではありません。

他方、高次学習とは、「価値観・規範・参照枠組みの変革を通じて新たな理解を構築すること」を指します(安藤, 2019)。短期的な成果は明確ではありませんが、中長期的には組織全体への大きなインパクトをもたらします。

ちなみに、「低次学習」「高次学習」と書くと、「高次学習を起こさねばならない」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。たしかに、組織を根本的に変えようとする場合、その組織がどういう価値前提を持っているのかを認識し、時に価値前提から変えていく、つまり高次学習を起こす必要性があります。しかし、高次学習は頻繁に起こせるものではありません。頻繁に起こしすぎると、むしろ組織が疲弊してしまう可能性もあります。本連載の第2回目でも紹介したように、組織開発の目的である「健全で効果的で、自己革新力のある組織」を目指す上では、低次学習と高次学習を適切に起こしていく必要があります。

いずれにしても、こうした2つの成果を日常/非日常のアプローチと組み合わせると、以下の図のように整理可能です。本記事では、このモデルをもとに、組織開発のアプローチと成果別の整理を行っていきます。

(1)日常的なアプローチで低次学習を起こす

組織開発のアプローチと成果は4パターンに整理することができます。まず1つ目は、通常のルーティンの中で行動の改善を図るものです。日常的にお互いの考えていることを共有することで、チームに健全な人間関係が育まれ、結果的に、ミクロな行動改善が促されます。

組織へのインパクトは少ないかもしれませんが、日常的にこのサイクルを着実にまわしていくことで、健全な組織づくりにつながっていくと考えています。

(2)非日常的なアプローチで高次学習を起こす

2つ目もよく取り入れられるパターンで、非日常なアプローチによって価値前提の問い直しを図ろうとするものです。いわゆる「診断型組織開発」や「対話型組織開発」と呼ばれるような方法で、通常のルーティン外でサーベイや対話の場を設け、組織の価値前提の見直しを図っていきます。

(3)日常と非日常的のアプローチで高次学習を起こす

3つ目のアプローチは、2つ目のアプローチの応用系で、日常と非日常のアプローチを用いて価値前提の見直しを図っていくことを目指します。

2つ目のアプローチでも、組織に揺さぶりをかけていくという点では有効ですが、効果が一時的であったり、なかなか組織の根本改善につながらないといったケースもあります。また、非日常で取り組めるアプローチには限界があるため、日常的なアプローチと組み合わせることが有効です。

(4)日常と非日常的のアプローチで低次学習を起こす

(1)~(3)では、日常的に行動変化を促す方法や、非日常のアプローチを使って組織の価値前提を捉え直す方法を紹介してきました。

しかし、チームや職場の人間関係が硬直化していたり、構造的に行動改善を図ることも困難であったりと、「そもそも日常的に行動変化を促すことも厳しい」という場合も、もちろんあると思います。そうした場合には、日常と非日常のアプローチ両方を駆使して、まずは行動の改善から促していくことも必要だと思います。これが4つ目のアプローチです。

筆者自身、中長期的には「行動」レベルの変化は日常的に促すことが望ましいと考えています。そのため、このパターンでは「非日常」に頼りすぎないこともポイントです。「非日常」と「日常」を組み合わせることで、日常的に行動改善が生まれるチームや組織へとシフトしていくきっかけになります。


以上、組織開発のアプローチと成果を4パターンで整理し紹介してきました。みなさんの職場やチームでは、どのような方法を取られていますか?

「日常的な取り組みを行っているけれども行き詰まりを感じている」という方は非日常のアプローチを取り入れてみたり、「非日常のアプローチは行っているけれども活動内容が日常に定着しない」という方は日常のアプローチを組み合わせてみたりと、ぜひご自身の所属するチームにあったやり方で取り入れていただけたらと思います。

また、組織開発についてもう少し踏み込んで体系的に学びたいという方はぜひ以下の動画をご覧ください。「なぜ組織開発が必要なのか?」といった背景から、組織開発の定義、非日常と日常の2つのアプローチ方法を紹介し、実際に企業における組織開発の事例を非日常と日常のアプローチで読み解いています。

組織開発概論:関係性を耕す“ハレ“と”ケ“のアプローチ

参考文献
安藤史江(2019)『コアテキスト 組織学習』