archive

前回の記事では、イノベーションにおける「データの3つの誤解」を示し、リサーチ・ドリブン・イノベーションにおいて、「良いデータとは何か?」をご紹介しました。

イノベーションにおけるデータの誤解:連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」第7回

リサーチにおけるデータは、思考プロセスを前進させるための触媒であるとお伝えしましたが、本記事では具体的にデータは触媒としてどのような役割を果たすのか紹介していきたいと思います。

目次
「わかるためのデータ」と、「つくるためのデータ」
つくるためのデータを用いて「未知の未知」にアプローチする
新たな方向性を探索するためのデータの要件
新たな方向性の定義を固めていくためのデータの要件


「わかるためのデータ」と「つくるためのデータ」

「思考プロセスを前進させるための触媒としてのデータ」という観点で捉えた時、リサーチ・ドリブン・イノベーションの思考プロセスを前進させるためのデータは2つに大別されます。

1つは問いに対する理解を得ることを目的としたデータです。より正しく、より深くその状況を捉えることで、生活者に対する共通の理解を形成することができるようになります。そうした理解につながるデータを「わかるためのデータ」と呼びます。

「わかるためのデータ」からは、ある程度誰から見ても妥当だと考えられるような気づきが得られます。また気づきの根拠として示すことが可能なデータで、気づきの確からしさを伝えることができます。確かな気づきはチームの中に共通の理解を生み、そうした理解をベースに新しい問いが生まれていきます。

わかるためのデータ
チームメンバーに共通の理解を形成するためのデータ

もう1つは、新しい問いや仮説を導き出すために活用するためのデータです。データを見ていると、ふと「なんでこうなっているのだろう」という疑問が湧いたり、「ここには何かがありそうだ」という仮説が浮かんできたりすることがあります。そうした気づきをもたらすデータを「つくるためのデータ」と呼びます。

「つくるためのデータ」は、多様な解釈を生み出します。同じデータを複数人で読み解いていても、相反する気づきが生まれたり、違う疑問が立ち上がったりしてきます。そこから新たな問いや探究のプロセスを生み出すことが大切であり、必ずしもデータから直接結論を見出す必要はありません。

つくるためのデータ
チームメンバーに多様な解釈を生み出すためのデータ

つくるためのデータを用いて「未知の未知」にアプローチする

イノベーションにおいては、「今はまだわからないこと」にこそ可能性が潜んでいます。さらに言えば「わからないことさえわからないような領域」にこそ、イノベーションの種は潜んでいると言えます。この曖昧な領域を見つけられるかどうかが、より新たな探索の方向性を見出していく上で重要になってくるのです。

そのような領域を説明する言葉として知られているのが「未知の未知」という言葉です。アメリカの元国防長官であるドナルド・ラムズフェルド氏の発言※1 が元になった言葉で、下図のように、知っていることを知っている領域(既知の既知)、知らないことを知っている領域(既知の未知)、知らないことさえ知らない領域(未知の未知)というように整理することができます。

既知と未知の関係性

つまり、「つくるためのデータ」は、新たに思考を深めていく領域となる、今までわからないことさえわかっていなかったことを発見するためのデータです。つまり「未知の未知」にアプローチするためのデータであると言えます。

他方で「わかるためのデータ」とは、「既知の未知」にアプローチするためのデータであると言えます。「既知の未知」にアプローチすることは、チームの中で思考を深めていく上での前提を構築するためにとても大切です。しかしながら、それだけでは誰もが驚くようなイノベーションは生まれません。

これまでにない新しい探索の方向性は「未知の未知」に潜んでいます。解釈の違いが生まれること自体に興味を持ち、新しい「わからないこと」との出会いを楽しむことが、イノベーションには欠かせません。

このように、2つの種類のデータをプロセスの状況に応じて使い分けていくことが、リサーチ・ドリブンなプロセスには必要不可欠なのです。

では実際にはどのように使い分けていくべきなのでしょうか。

新たな方向性を探索するためのデータの要件

新しい方向性を広げていくためには、問いやデータをきっかけとして、創り手の中に様々な解釈を立ち上げていくことが重要になります。新しい方向性を探索している訳ですから、「まだ正確にはわからないけれども、何かがそこにありそうだ」というような「未知の未知」への可能性やイメージを膨らませることが大切です。

より主観的な解釈が求められるため、解釈者同士での解釈の違いが起こることはよくあります。そのため、ここでは「なぜその違いが生まれるのか」に興味を持って対話を広げることが大切になってきます。同じような理解を形成することに意識が向いてしまうと、容易に合意できるところばかりに解釈が偏ってしまいます。安易な合意はより新しい方向性にはつながらないことが多いので注意が必要です。

こうした意味で、新たな「わからなさ」と出会うことが求められる方向性の探索フェーズでは、様々な見方が広がるような「つくるためのデータ」がより効果を発揮します。

新たな方向性の定義を固めていくためのデータの要件

このフェーズでは、チームや組織として進む方向性をまとめていくことが必要になります。もう少し踏み込んだ言い方をすれば、自分たちが進みたいと思える、共通の向かいたい方向を定められるかどうかが大切です。

新しい方向に歩みを進めようとすればするほど、そこには「不安」が伴います。また大きな組織になればなるほど、その不安を少しでも解消しながら、多くの人を巻き込んでいくことが必要になります。しかしながら、どの方向が「正しいか」に目が行き過ぎてしまうと、結果としてイノベーションを導くことは難しくなってしまいます。

確からしさに縛られ過ぎないようにしながらも、歩みを進める自信を与えてくれるような「わかるためのデータ」が必要になってきます。


ここまで、リサーチ・ドリブン・イノベーションを進めていく上でデータには2つの役割があることを紹介してきました。次回の記事では実際にどのようなデータをどのように活用することができるのか、その一例を紹介をしていきたいと思います。

連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」のそのほかの記事はこちら

リサーチ・ドリブン・イノベーション | CULTIBASE | 組織イノベーションの知を耕す。

CULTIBASEでは、「イノベーション」「経営・マネジメント」「デザイン」「学習・人材育成」「ファシリテーション」を切り口として、「組織のポテンシャル」を引き出し、クリエイティビティ溢れる組織づくりやイノベーティブな事業の創出に役立つ様々な考え方やノウハウを紹介していきます。

※1 ラムズフェルドの発言:イラク政府がテロリスト集団に大量破壊兵器を提供している証拠がないことを記者会見でとがめられた際に、当時国務長官だったラムズフェルド氏が発した言葉。当時は言い訳だと批判的に受け止められたが、その後物事の本質を表現しているとする擁護的な意見も広がった。
参考:知られていると知られていることがある(最終アクセス日 2020/11/30)

2020年秋に上梓された『スマイルズという会社を人類学する-「全体的な個人」がつなぐ組織のあり方』は、“未来型”と称されることの多いユニークな会社・スマイルズの組織構造を、人類学的な手法で解体する一冊です。人類学と組織論・経営論がブリッジするこの本は、未来のよりよい会社のあり方を考える上で、とても示唆に富んだ内容となっています。

今回CULTIBASEでは、本書の発刊に合わせて、著者の一人である文化人類学者の小田亮さんと、スマイルズ代表取締役社長の遠山正道さんの対談を企画しました。スマイルズという組織を人類学的に考察する小田さんと、その鋭い視点に触発されて言葉を紡ぐ遠山さん。二人の言葉が折り重なった先に、果たしてどんな「組織の未来像」が見えてくるのでしょうか。

前半は、共同体におけるシステムとネットワークの役割や、自律的な組織を目指す上でカギとなる概念「全体的個人」とはなにかについて伺いました。後編となる今回は、前編の考察を引き継ぎつつ「よりよい組織となるために、何を守り、何をエンパワーメントしていくべきか」といった具体の方法論について言及していきます。

目次
システム偏重な組織に必要な「雑」なるもの、そこから芽生える「背もたれの幸福」
「全体的個人も、ネットワークも、人為的にはつくれない」――ならば、よりよい組織づくりのために、何ができる?
組織やシステムに依存しない。代替不可能な個人が「社会的私欲」でビジネスの主体になる時代へ


システム偏重な組織に必要な「雑」なるもの、そこから芽生える「背もたれの幸福」

小田:近代的な資本主義の思想に寄ったシステムが、全体的個人の居場所を奪っていることは明白です。しかしながら、そのシステムをぜんぶ壊せばいい、という話にはなりません。組織が大きくなればなるほど、円滑な運営のためにある程度のシステムは不可欠になってきます。そこで私たちが考えるべきは、システムの操り人形にならないよう、どう“雑”な要素を混ぜていくか、なのだと思います。

遠山:雑な要素、ですか。

小田:20世紀は「旧来的なシステムから脱却しよう」とさまざまなアプローチがされましたが、結局は違うシステムが生まれて吸収されるだけ、という失敗を繰り返してきました。その反省を生かし、これからは「現状のシステムの中に“雑”な要素を巣食わせて、全体的個人でいられるようバランスを取る」ためのアプローチを取っていくべきなのでしょう。

その“雑”とは、全体のシステムからすれば、ノイズと見なされるようなこと。すなわち、効率や生産性にとらわれない一人ひとりのユニークさ、そこから立ち上がる「個人の衝動、周りから言われなくても勝手にやってしまうこと」だったりする。スマイルズでは、そうした“雑”な要素を切り捨てず、むしろ奨励して、積極的に組織に取り入れていますよね。

遠山:そうですね。言うなれば、我々は“雑だらけ”の組織かもしれません(笑)。

小田:その雑さがシステムの中に張り巡らされているからこそ、スマイルズには効率や利益を盲目的に追い求めない文化が根付いているのだと思います。それは言わば「システムを飼いならしている」とも表現できる状態です。

遠山:食われないように、飼いならすと。とてもイメージがしやすいですね。システムに食われてしまうと、自分に「1/1の人生」があることを忘れがちになる気がします。誰のため、何のために生きているのか、そもそもの自分の幸せの在り処を、見失ってしまう。

コロナ以降、社員に「自分の幸せは自分で設計しよう」という機会が増えました。幸せの設計って、会社や社会、他人の尺度に依存しなくていいんです。1万人の組織、数百万人の共同体の幸せの設計なんかは大変だけど、自分ひとり、1/1を満たすことは、本来そんなに難しくないことのはずで。それを充足させる要素は、誰にとっても分かりやすいものではなくて、かなり“雑”なものだと思うんですよね。

写真左:株式会社スマイルズ 代表取締役社長 遠山正道さん
写真右:首都大学東京・都市教養学部人文社会系社会人類学分野前教授 小田亮さん

小田:なるほど。

遠山:そうそう、雑な幸せと言えば、最近「背もたれの幸福」に気づいたんです。

小田:背もたれの幸福?

遠山:数か月前から、北軽井沢に物件を購入してシェア別荘を始めたんです。モノや情報にあふれた都会から離れて、いろいろと考えごとをしたり、心を休ませたりする場所があるといいなと思って。なので、当初はモノをまったく置かずに「茶碗ひとつと寝袋だけ持ち込んで過ごすぞ」などと息巻いていたのですが……さすがに身体的に無理があるな、となって。背中が痛むのなんの(笑)。

やむを得ず、ソファベッドとダイニングテーブルセットを導入したんですが、もうわずかでも「背もたれがある!」ってだけで、めちゃくちゃ幸せな気持ちになれたんです。これを、「背もたれの幸福」と名づけました。

小田:環境を変え、「足るを知る」ことによって、すでに身近にあった幸せを再発見できたと。

遠山:まさにそうです。万人が背もたれに幸せを感じられるかは分かりませんが、「背もたれの幸福」のような要素は、皆それぞれの身の回りにたくさん転がっているはず。そして、こういうことを家族や友人と分かち合うことで、幸せはさらに膨らんでいくんですよ。

人生、仕事だけじゃない。自分の中にある雑な要素をいろいろと組み合わせながら、まずは1/1を満たして、前向きに生きていく。「1/1の人生」が満たされた状態から生まれる健全でポジティブなエネルギーが、素直に会社や社会へと接続していけば、大きな資本のシステムに支配されない世の中になっていきそうだな、と感じます。

「全体的個人も、ネットワークも、人為的にはつくれない」――ならば、よりよい組織づくりのために、何ができる?

遠山:小田さん、ちょっと相談してもいいですか。

小田:はい、なんでしょう?

遠山:よく「どうしたらスマイルズみたいに、社員が生き生きと主体性を持って働く組織をつくれるんですか?」と聞かれるのですが、私はそこまで意図的に組織づくりをしていないもので……こういった質問に、どう答えたらいいと思われますか。

小田:スマイルズの組織の強さは「全体的個人が生み出すネットワークが、システムよりも前面に出てきていること」だと捉えています。なので、ポイントを抽出すると「構成員が“全体的個人”として尊重されること」「システムの中にネットワークを巣食わせること」と言えるかなと。

ただ、身もふたもないことを言いますが、全体的個人もネットワークも、人為的につくれるものではありません。それらは「すでにあるもの」であり、「自然に発生するもの」です。設計しようとしても、できあがるのはまがいもの。すぐにシステムに吸収されてしまいます。

遠山:つくろうとしてはいけない、すでにあると。

小田:「つくれる、コントロールできる」という傲慢さを、まずは手放すことが大事です。

そして、すでにあるものをちゃんと評価すること。個人のユニークさを抑え込まず、自然に生まれようとしているネットワークの形成を阻害しないこと。これらの方法論は、スマイルズの組織文化のなかに、たくさんヒントが詰まっていると感じました。詳しくはね、皆さんにもぜひ本を読んでいただけたらと(笑)。

遠山:たしかに、スマイルズでは「組織が個人を抑え込まない」という点は、かなり徹底して意識していますね。

小田:近代的な組織が「意味のない、非生産的だ」と捨ててきたものが、実はネットワークの形成に寄与していた……なんてことは、山ほどあるんです。それをもう一度拾い集めるのは、そこまで難しいことではありません。

ひとつ、現状のシステム寄りの組織に変化を加えていく上でのアドバイスができるとしたら、「考えすぎずに、小さく始めること」ですね。広い範囲、大きい対象をどうにかしようとすると、どうしてもリスクに目がいって、結果的に合理的な解決の発想になってしまいます。

遠山:その考えにはとても共感します。私もかつて大企業に所属していた頃には「誰にも頼まれていない、小さなことから始めていくこと」を大事にしていて。それを積み重ねていった結果、スープストックトーキョーの事業が生まれました。こうした姿勢は今も変わっていませんし、何なら当時よりも今のほうが、さらに大事にしている気がしますね。

小田:やることのサイズや適応範囲が小さいと、自分が全体の責任を持てるんですよね。人間がマズい失敗するのって、大抵は見栄を張るからなんですよ(笑)。共同体レベルで見ても、集団が小さければ小さいほど、「見栄を張る」という行為は発生しにくくなります。なぜなら、お互いのステータスが大体わかっているから。そこでわざわざ、見栄を張って自分を大きく見せたりするのは、無意味なことなんです。

遠山:それはごもっともですね(笑)。他人や世の中の目を気にしすぎると、うまくいかなかったときに、必要以上に自分に腹が立ったり他責思考になったりしがちです。人の意見に耳を傾けるのは重要だけど、言いなりになってはいけない。それは、自分の人生の主導権を手放すことに繋がります。

小さく、リアルに、人肌や手触り感を大切にする。そして、自分に嘘をつかない。素直にやりたいことに向かっていると、上手くいかなくても全然大丈夫なんですよね。やったこと自体に充実感を覚えるし、仮に失敗だと感じることがあっても、次やるときに生かせばいいだけだから。

小田:「自分に嘘をつかない、素直に動く」という視点を持つ人は、日本でも増えてきているのではないかな、と感じます。複業や移住、二拠点生活などを始める人が増えているのも、その兆候とも言えるでしょう。まだまだ母数は少ないかもしれませんが、そういった「全体的個人としての選択を尊重する生き方」が「イケてる、かっこいい」といった人々の直感的な憧れの的になっていくと、システム優位の社会がいい方向に変わっていきそうです。

組織やシステムに依存しない。代替不可能な個人が「社会的私欲」でビジネスの主体になる時代へ

遠山:今日は組織の話をするつもりで来ましたが……どちらかというと、個人の在り方の話になっちゃいましたね(笑)。

小田:そうですね。しかし、やっぱりそれが大事なのだと思います。個人なくして、組織は成り立ちませんから。

遠山:実はここ数年で、「会社組織」というものに、あまりこだわらなくなってきたんです。スマイルズも、ずっと存続しなくていいと思っている。いや、なくなれって言っているわけではないんですけど(笑)。

その時々の状況に置いて、仮に存在価値を失ったら、ただただ存続することだけにしがみつかずに、退場するべきだろうなと。あるいは、物理的にサイズを小さくしたり、分割したりするとか。結果として長く続くのはよいことだけど、「組織として持続可能であること」自体には、そこまで意味を感じなくなったんですよね。

小田:「継続を目的にすること」に違和感を覚えている、という感じなのでしょうか。

遠山:そうだと思います。「お呼びがかからなくなったら退場する」、そういう潔さを大事にしたい。今いる場所からは退場はするけど、それまで培ってきた知識や関係を頼れば、きっとほかの場所で居場所は見つかるはず。社会の変化に合わせて身の振り方を変えていく柔軟性が、ひいては自分の幸せにも繋がってくると思います。

小田:システムではなく、ネットワークを頼るような生き方ですね。それは従来の価値観で見ると「不安定」だと捉えられがちですが、特定のシステムに依存するよりも、実はよっぽど安定感や安心感を得やすい選択でしょう。

遠山:依存しないように、人生における会社や仕事の割合は、どんどん減らしていって。空いた分を、好きなことや興味のあることで満たしていく。そうすると、全体的個人としてどんどん豊かになるし、魅力的になっていくはずで。

小田:そうですね。

遠山:そうやって仕事以外の文脈で豊かにしていったものが、現代では仕事に繋がりやすくなっています。インフラやツールが発達したおかげで、従来では混ぜ合わせることが難しかったさまざまな「○○×ビジネス」が、たくさん生まれていますよね。

私もずっと趣味でアートをやり続けてきましたが、今ではそれがしっかりとビジネスに結びついています。仕事とプライベートを接続するような“公私同根”が、いまや職業人としてのユニークネスとして、明確な強みになっている。こういった「社会と通じてしまう個人の欲」のことを、私は最近「Social Self Interest≒社会的私欲」と呼んでいます。

小田:社会的私欲、とても面白い概念ですね。自分の素直な欲求や好奇心から沸き上がる行動が、そのまま社会に接続して、生きるための糧を得る行為になると。全体的個人として無理のない自然な在り方のまま、社会で生きていく術を模索する上で、「社会的私欲」という言葉はひとつの目印になりそうです。

遠山:「社会的私欲で駆動する人たちが、一番イケている」という世の中になってほしいですね。少なくともスマイルズは、そういう集団であり続けたいと思います。

小田:今日はお話できて、たくさんのキーワードをもらえました。ありがとうございます。

遠山:こちらこそ、刺激的な時間でした。ありがとうございました!

執筆:西山武志
編集:モリジュンヤ
撮影:須古恵

「企業は単なる収益を生み出す道具ではなく、知の創造体である」。これは、“ナレッジマネジメントの生みの親”とも称される経営学者・野中郁次郎さんの言葉です。1990年代、彼はイノベーティブで生産性の高い組織の特徴を、工業的システム下で全体が統制された構造ではなく、知識創造のサイクルを絶え間なく回し続ける小さなチームの集合だと捉え、昨今のアジャイル開発の基盤となった「スクラム」という概念を打ち立てました。

大きなシステムから、小さなネットワークへ。経済合理性ばかりではなく、知識創造や個人の当事者性にこそ重きを置く……近年の組織論の文脈で盛り上がりを見せるこうした視座は、かつてレヴィ=ストロースが示した「真正性の基準」に象徴されるような、人類学者たちが持つ共同体への眼差しと、多くの共通項を見出せます。

丁寧な参与観察、フィールドワークなどを通して、土着的なコミュニティの本質をじっくりと透かし見て抽出する人類学者たち。もし彼らが、“会社組織”という名の共同体に足を踏み入れたら、どんな発見を持ち帰るのでしょうか――。

2020年秋に上梓された『スマイルズという会社を人類学する-「全体的な個人」がつなぐ組織のあり方』は、“未来型”と称されることの多いユニークな会社・スマイルズの組織構造を、人類学的な手法で解体する一冊です。人類学と組織論・経営論がブリッジするこの本は、未来のよりよい会社のあり方を考える上で、とても示唆に富んだ内容となっています。

今回CULTIBASEでは、本書の発刊に合わせて、著者の一人である文化人類学者の小田亮さんと、スマイルズ代表取締役社長の遠山正道さんの対談を企画しました。スマイルズという組織を人類学的に考察する小田さんと、その鋭い視点に触発されて言葉を紡ぐ遠山さん。二人の言葉が折り重なった先に、果たしてどんな「組織の未来像」が見えてくるのでしょうか。

前編となる今回は、「なぜスマイルズの組織や社員は“面白い”と言われるのか?」という問いの探求からスタートし、共同体におけるシステムとネットワークの役割や、自律的な組織を目指す上でカギとなる概念「全体的個人」について、考察を深めていきます。

目次
「スマイルズの共感は、うさんくさくない」――組織としてのユニークさの秘訣
人を代替可能な部品にしてしまう「システム」、そこに抗うための「ネットワーク」の重要性
ネットワーク組成のカギを握る「全体的個人」の存在


「スマイルズの共感は、うさんくさくない」――組織としてのユニークさの秘訣

遠山:この度は、スマイルズを題材に素敵な本をつくってくださって、ありがとうございました。

小田:いえいえ、こちらこそ約1年にわたる調査にご協力いただけて、感謝しております。おかげさまで、私たちもいろいろと勉強をさせてもらえました。

遠山:人類学というと、“未開の土地”と呼ばれるような場所を調査の対象にするイメージがあるのですが、今回のような“会社組織”を対象にするケースって、学術的にはよくあることなのでしょうか。

小田:日本では事例が少ないですが、世界的に見ればそこまで珍しいことではありませんね。人類学には「経営人類学」というジャンルがあって、会社組織をフィールドワークして本を出している学者は何人もいます。

株式会社スマイルズ 代表取締役社長 遠山正道さん

遠山:小田さんも何度かご経験があったと?

小田:いえ、実は初めての試みでした。2017年、今回の本の企画者である弘文堂の加藤聖子さんから「面白い会社があるので、研究対象にして本にまとめませんか?」と声をかけられて。話を聞くと確かに「風変わりな共同体を形成していて、分析しがいのありそうな会社だな」と感じたので、お引き受けしたんです。

ただ、調査を始めた当初は、加藤さんからの「面白い会社」という情報しかなくて(笑)。ほぼほぼ白紙の状態からのスタートだったので、その時点でどんな本になるかは、まったく想像ができていませんでした。

遠山:そこからウチの社員にインタビュー調査を始めてみて、会社としてどんな印象を持たれましたか。

小田:実際に現場でのインタビューを担当してくれた共著者の熊田(陽子)さんや阿部(朋垣)さんは、何人か話を聞き終わって「みんないい人たちだ」と口を揃えて言いました。あと、「共感」という言葉がやたら出てくると。僕はその時点では「なんかうさん臭いなこの会社、大丈夫なのか?」と不審がっていました(笑)。

けれども、インタビューの書き起こしを読みこんでいくと、スマイルズの社内で使われる「共感」は表面的な意思疎通のためのものではなく、もっと深い意味を持つキーワードなのだと分かってきたんですよね。

遠山:というと?

小田:一般的な共感とは「同感」に近く、元からある感覚を“確認し合う”ことで生まれるものです。しかしスマイルズでは、共感は“ないところから生み出していく”ものだと捉えられている。「自分がやりたいことを社内でやるために、周りの共感を獲得していく」といった具合に。こうした感覚が組織全体で共有されていることが、とてもユニークだと感じました。

遠山:ご指摘いただいた通り、我々は日頃から「共感」という言葉をよく使いますね。共感は、仕事を「自分ごと」にしていくための、大事なキーワードです。社内で主体的に興味を持てるものを見つけて、それを軸に周りの共感を集めてチームを組み、プロジェクトを走らせていく。私もそうやって、「Soup Stock Tokyo(スープストックトーキョー)」を事業にしていきました。

小田:仕事を自分ごとにする、つまりは「自分の内発的な関心を、仕事の起点とする」という意識を、スマイルズの皆さんはかなり強く持たれていますね。そして、そうした個人の思いの強さや「周りの共感を得られるか」といったことが、数字的なノルマよりも優先される判断軸として、社内に存在している。このあたりにも、スマイルズが「面白い会社だ」と言われる由縁だと思います。

遠山:面白い会社をつくりたいと思っているわけじゃないんですけどね(笑)。社員の一人ひとりが“ユニーク ≒ 唯一無二の存在”として、自分ごとに打ち込んでいく。そういう人間が集まっている組織だから、結果的に“ユニーク ≒ 面白い”と思ってもらえているのかなと。

組織にいる人々が、自然であってほしい――このことはコロナを経て、さらに強く感じるようになりました。自分の体や心に正直に過ごさないと、やっぱり人間はしんどくなってしまう。そういう意味で、スマイルズは「無理のない、自然な人間でいられる組織」であってほしいと思っています。

小田:「自然な人間」という表現は、とても素敵ですね。多くの会社組織は、ある目的の達成のために効率よく人材が配置される、非常にシステマチックな構造を有しています。資本主義的なシステムの中では、人は単なる歯車であることが求められる。そうした環境にい続けるのは、人間として不自然なんですよね。「人間はシステムの中だけでは生きていけない」というのは、人類学の原則でもあります。

では、人間が自然にその人らしく生きていくには、システムのほかに何が必要なのか。それが「ネットワーク」です。本書でも頻出するワードですが、共同体における「システム」と「ネットワーク」のあり方を考えていくことが、スマイルズの組織としてのユニークさをより鮮明にし、ひいてはよりよい未来型の会社組織の形を考えるヒントに繋がっていくでしょう。

人を代替可能な部品にしてしまう「システム」、そこに抗うための「ネットワーク」の重要性

遠山:組織における「システム」と「ネットワーク」について、少し解説をいただいてもいいですか?

小田:かみ砕いて説明すると、システムとは「複数の要素が一定の秩序を持って並んでいるまとまり」です。一般的に従来型の組織は「縦割りで固い階層構造を持つツリー状のシステム」で構成されています。なぜならば、こうした構造になっているほうが、組織内の不確定要素を減らし、生産性を効率よく上げることができるからです。

システムとは設計主義的で、構造内にある構成要素のすべてをコントロールしようとする力学が、否応なしに働きます。システムの影響下では、個人のユニークさはノイズとして排除される傾向にあり、構成員は「部分的な役割を淡々とこなす、代替可能な存在であること」を求められます。

遠山:それは肌感としてよく理解できます。私もそういった縦割りの大組織に限界を感じて、外に出てきた人間なので(笑)。

小田:一方でネットワークは「複数の要素が網目状に繋がっているまとまり」です。「ティール組織」などに代表される、水平方向に柔軟に広がる非階層的なネットワーク型の組織は、従来型と対比させて“未来型”だと言われることも少なくありません。

近代の資本主義社会では、あらゆる組織がシステムに寄りすぎてしまっていて、人間一人ひとりが「代替可能な部品」のように扱われがちになっている。しかし本来、人間は生まれながらに一人ひとり異なる存在であり、そのような無個性的な扱いをされれば、自尊心はすり減り続け、生きるよすがを失っていきます。「人間はシステムの中だけでは生きていけない」という言葉は、こうした背景から出てくるものです。

遠山:なるほど。

小田:そこでセーフティネットとなるのが、ネットワークの存在です。人類学の立場から見るネットワークとは、代替不可能な個人が、同じく代替不可能な個人と、役割や属性に縛られず有機的に繋がる関係性です。

たとえば、映画『釣りバカ日誌』の世界では、一社員の浜ちゃんと社長であるスーさんが、縦割りの社内の立場を超えて親交を深めていますよね。ああいった関係は、とてもネットワーク的だと言えます。

遠山:システムの中にも、ネットワークが根付いていると。

首都大学東京・都市教養学部人文社会系社会人類学分野元教授 小田亮さん

小田:そう、共同体の中でシステムとネットワークは共存するものなのです。近年のビジネス界隈には「縦割りの組織からフラットでネットワーク型の組織への移行しよう」といった主張もありますが、そこには誤解があります。共同体においてシステムを完全に棄却することは不可能ですし、ネットワークとはシステムのように“意図して設計できるもの”ではありません。

システマチックな組織内でも、個々が時間をかけて互いを知っていくことで、水平的なネットワークは自然と生まれます。ネットワークとしての繋がりは、一人ひとりがかけがえのない存在であること、つまりは個々の代替不可能性を担保し、システムのシャドーとして組織を支える働きをするのです。

遠山:それで言うと、スマイルズはネットワークとしての繋がりをベースにして、プロジェクトを組成するケースが大半ですね。

小田:もちろんスマイルズにも、ビジネスを堅実に回していくためのシステムは存在していますが、どちらかと言えばネットワーク型のチームや動きのほうが、組織全体で目立っています。普通の会社ならネットワークがシャドーなのに、むしろシステムが表から見えづらいシャドーになっている。この点はほかになかなか類を見ない、未来感のあるスマイルズの組織的な特徴だと感じます。

遠山:我々の中ではもはや文化として当たり前に溶け込んでいるものを、こうしてあらためて言語化してもらえること、とてもありがたいです。たしかに社風として、組織としても個人としても「システムの逆張り」を推奨する空気は、色濃く存在していますね。

小田:個人としても、ですか?

遠山:はい。「自分の内部にある要素を部分ではなくすべてを大事にしよう、それらを繋ぎ合わせてユニークなネットワークを設計しよう」といったニュアンスです。そのネットワークの一部に、仕事も組み込みましょうね、と。持っている興味関心や知識、経験などをすべて繋いで、かけ合わせの妙を見出していけば、一人ひとりは必ずユニークな存在になります。すべての要素が被る人間なんていませんから。

そして、個人の内部ネットワークから立ち現れるユニークネスが、仕事や生活に結びついていくと、それは「働きがい、生きがい」に接続していって、幸せを感じる時間が増えていく。まずは自分を満たす「1/1の幸せ」を大事にしてほしい……という話は、最近よく朝礼でするんですよ。手触りのある幸せが身近にあり、その延長線上に仕事があれば、人はシステムに管理されるような環境以上に、自走的でいいパフォーマンスをするはずです。

ネットワーク組成のカギを握る「全体的個人」の存在

小田:遠山さんが仰った「自分の内部にある複雑さ、全体性を大事にしよう」という姿勢は、まさに今回の本の副題にも掲げた「全体的個人」の在り方に重なります。この言葉は、一時的なシステムの都合や役割分担のために分割されることのない、“その人のすべて”という意味合いを表現するために、本書で初めて用いた造語です。

ネットワークとは全体的個人によって形成され、全体的個人はネットワークにおいて立ち現れてきます。ネットワークは人為的に設計できませんが、全体的個人が複数いれば、おのずと発生してくるものです。つまり、組織においては「いかに構成員がシステムに浸食されすぎず、全体的個人のままでいられるか」という視点を持てるとよいのではないか、と考えています。

遠山:全体的個人、すごくいい言葉ですよね。これにはジェラりました(笑)。日本語で「ユニーク」と言うと、「風変り」とか「尖った個性」「ファニー寄りの面白さ」みたいに誤解されがちですもんね。本来、誰もがそのままで十分ユニークなのに。その誤解を埋める言葉として「全体的個人」というのは、とても的を射ている表現だと感じました。

小田:スマイルズは、まさに全体的個人の集合体ですね。社員それぞれが自発的にユニークな動きをして、お互いを刺激し合いながら、ネットワークを広げていっている。どうして、そのようなユニークな人たちが集まる組織になっているのだと思いますか?

遠山:それで言うと、採用の視点が独特だからかもしれません。新卒採用の際、人事部に「私よりイケてる人を採ってよ」と頼んだことがあるのですが(笑)。私は「イケてる」って、社会的地位や役割にかかわらず「人の興味を引く要素がある」ということだと思っていて。お互いにずっと興味を失わないようなイケてる仲間と、一緒に仕事をしていたいんですよね。もっとも、こういった視点が「利潤を出し続けないといけない会社組織」として最適なのかどうかは、ちょっと判断しかねますけど。

小田:先ほど遠山さんは、「自然な人間」という表現を使っていましたよね。「自然な人間」と「イケてる人」と「全体的個人」は、それぞれ同じような対象を指す言葉なのでしょう。人は自然体で、十分複雑で面白みのある、イケてる存在であり得るのだと。

遠山:確かにそうですね。イケてる状態とは、人為的につくれるものではない気がします。

小田:今の流れで思い出したエピソードがあるのですが、お話しても?

遠山:ぜひ!

小田:最近、フィールドワークのためにケニアの農村に行った時のことです。その村では、みんなが同じ環境下で同じ作物をつくっていたのですが、その育て方がビックリするくらいバラバラだったんですよ。

遠山:同じものを、同じようにつくっているのに?

小田:そう、普通だったらお互いのやり方を参考にし合ったりして、「このやり方が一番いい」みたいな最適解を見出して、みんな似たようなやり方に落ち着いたりしそうですよね。でも、その村は違った。「こうするべき」「こうしちゃいけない」などと指揮を執ろうとする人は、誰もいません。システムのように縛るものがない自然な環境下だと、人間はここまでバラバラになるのだなと実感しました。

ただ、だからといって村人たちの関係性が希薄だったり、仲たがいをしていたりするわけじゃない。むしろ「お前のところはそんな感じでやってるのか、なるほどな!」とお互いに面白がっていて、農作業中もずっと楽しそうにおしゃべりしているんですよ。

遠山:自然なままだから、一人ひとりがユニークさが際立つ。そして、彼らはそれぞれの違いをそのまま面白がり合うことで繋がながら、ありのままの生活を享受しているのですね。

小田:そうなんです、私にはその様子がとてもまぶしく見えました。いま目の前にいるのは、たしかに全体的個人なのだ、とも感じましたね。

こうした「自然な違いを否定するでもなく、ただ面白がる豊かさ」を損ねてしまうシステムが、現代の企業社会には、あまりにも多い。そこにどう抵抗していくかが、これからの会社組織において、大きなキーポイントになってくると思います。

(後編へ続く)

執筆:西山武志
編集:モリジュンヤ
撮影:須古恵