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私たちは、家族やチームでの小さな約束事から法律に至るまで、日々さまざまなルールに接しています。ルールと聞くと、「創造性やイノベーションを阻害する、窮屈なもの」として捉えられがちかもしれません。しかし、チームの創造性を引き出すためには、「自由」と「制約」を適切にデザインすることが重要です。

では、創造性を最大化するルールとは、どのように設計されるべきなのでしょうか。本記事では、法律家であり、2021年7月から開催中の「ルール?展」の展覧会ディレクターのひとりでもある水野祐さんをゲストにお招きし、『CULTIBASE』編集長の安斎勇樹がモデレーターを務めたトークイベント「職場の創造性を高めるルールのデザイン」の内容を中心に、個人の創造性を引き出す方法について紹介します。

目次
ルールへの主体的参加感覚が、オーナーシップを育む
ルールを逸脱する自由を許容すれば、不確実性に向き合えるしなやかな組織が生まれる
ルールから「逸脱」する創造的な個人の力が、社会を前進させる

ルールへの主体的参加感覚が、オーナーシップを育む

私たちは、自分が従う身近な「ルール」を自分たちの共同体で決めています。しかし、法律・社則・校則といったルールは、なぜか「変えられない窮屈なもの」として嫌われています。それはなぜでしょうか。

水野さんは、「ルールとは所属メンバーの合意によって絶えずデザインされる可変的もの」だと語ります。しかし、多くの日本の組織では「なぜそのルールが必要なのか?」を問い返されることなく、一方的に押しつけられることが多くなっているのが現状です。つまり、「自分たちの手でルールは変えられる」という効力感を持つ人が少なくなっている。他方で、自分たちがルール設計に主体的に関与することで、「この場所は自分たちのものである」という当事者意識を育むことができるという事例もあります。

ルールへの主体的参加感覚を涵養する取り組みとして、水野さんが挙げてくれた事例が、山口情報芸術センターが制作した「コロガル公園」でした。この公園の特徴は、子どもたちが出したアイデアで公園の構造や遊びのルールが変わることにあります。自分たちが言い出したアイデアで公園のルールが本当に変わることで、子どもたちは「どうしたらこの場所がもっと面白くなるか」を真剣に考える。それを繰り返すうちに、ルールへの参加意識が育まれるというプロジェクトになっています。

CULTIBASEでは、以前「コロガル公園」をプロデュースした、ミュージアムエデュケータの会田大也さんにも登壇していただいております。会田さんは、このプロジェクト事例に「遊びと破綻と自治組織」というタイトルをつけ、次のように語りました。

「子どもたちは公園の設計をいじって斜面をつくったり、ヤギを連れて来たりします。それだけではなく、『子どもスタッフ』という自治組織を勝手につくり、ゲームや祭りの運営まで自分たちで始めたんです。公園のルールを子ども自身が考えることで、『自分たちで決める』というオーナーシップを学習できるんです。」

ルールを逸脱する自由を許容すれば、不確実性に向き合えるしなやかな組織が生まれる

「コロガル公園」では、子どもたちは自治組織をつくり、公園の設計を通じてルールへの参加意識やオーナーシップが育まれていました。しかし、安斎は「ルールに介入できる設計」そのものが、創造的な個人が遊びの中で発揮する、クリエイティブな「逸脱」を阻害するのではないかと指摘します。

「たとえばコロガル公園の事例は、ルールへの主体的参加感覚を涵養する取り組みとしては非常に魅力的だと思います。しかし、コロガル公園は『こういう風に逸脱してね』と、すでに設計されてしまっている。逸脱する方法を提案されている時点で、それは本質的には逸脱ではないようにも感じるんです」

安斎は、あらかじめ遊び方が設計された公園について、「本当に怒られるかもしれない“路上”で遊ぶ楽しさには勝てない」と語ります。また過去にCULTIBASEで開催した「僕たちの組織に“遊べる路上“はあるか」では、『Tired Of』編集長の渡辺龍彦さんが、“路上”で遊ぶスケートボーダーを例に出しながら、次のように語りました。

「優れたクリエイティビティは、遊ぶことが許容されていない場所で遊ぶことから生まれます。“路上”は遊び場ではないし、他人からすると、『そんなところで遊ぶなんて許せない』と怒られる可能性もありますよね。でも、創造的な人たちは、若気の至りのようなエネルギーで、勝手にルールを逸脱して遊び始めてしまうんです。すなわち、人間が本当にクリエイティビティを発揮するのは、本来遊び場ではないところで “遊んじゃう” 性質が発揮された時なんですよね」

近年、従業員の創造性を促進するために、遊びを許容する制度を取り入れようとする企業が増えています。しかし、こうした試みは「サードプレイス」や「ワーケーション制度」といった仕組みの話に終始し、うまくいかないことが多いと安斎は言葉を続けます。

企業が「ここで遊んでいいよ」と遊び方を設計してしまうと、もともと会社を“路上”に見立てて遊んでいたクリエイティブな人たちが、興醒めしてしまう。「遊びを許容する仕組みをつくる」取り組みは、かえって創造的な個人を漂白し、クリエイティビティを停滞させかねない側面があります。

では、企業内に “公園”ではない、 “遊べる路上”をつくりだすには、どのようなデザインをすればよいのでしょうか。渡辺さんが例示していたのは、イギリス・ブリストルの住宅街で路上を開放する際に設けられている「道路を堰き止めて封鎖するだけで、イベントや企画は仕掛けない」というルールでした。普段は車が走っている路上が、ある一時期のみ開放されるだけで、思う存分に遊ぶことができる。そのシチュエーションを提供し、余計な設計はしないことで、創造的な個人が遊ぶ余白を生み出せるかもしれません。

また、立教大学経営学部准教授としてリーダーシップ開発等を研究する舘野泰一さんは、「従業員の創造性が発揮されるのはどんなシチュエーションか?」という議論の中で、「社内の闇勉強会」を例に挙げました。SONYの初代ウォークマンが「上司から隠れて」数人の技術者によって開発されたように、誰かが設計したわけでもないのに、なぜかイノベーションが誕生するような空間が、企業内で自発的に生まれることがあるのです。

こうした例から、創造的な個人にクリエイティビティを最大限発揮してもらうヒントが見えてくるかもしれません。「個人が勝手に始めた遊びや、闇勉強会のようなアンオフィシャルな空間を、どのように許容して見守っていくか」がポイントとなるのです。そうしたインフォーマルな“遊べる路上”は、対話を通してつくられると安斎は語ります。

「企業の中でも、ルールから逸脱して“路上”で遊んでいると、『遊ぶなよ』と怒られて規制されそうになります。でも、そこで遊ぶ人たちは、特に反省や改善をしないことが重要なんです。怒ってきた相手と丁寧に対話し、『そこそこ上手く怒られる』ことで、その場をやり過ごす。それを繰り返すことで、初めて“遊べる路上”というグレーゾーンを保ち続けられるんです」

ルールから「逸脱」する創造的な個人の力が、社会を前進させる

“遊べる路上”を保つことで、創造的な個人はルールを逸脱し、クリエイティビティを発揮できる。けれども、「逸脱されることもあり得る前提」でルールをデザインするためには、どうすればよいのでしょうか。水野さんは、建築家の青木淳さんが提唱する「原っぱ」論を例に挙げながら次にように語ります。

「青木さんは、あらかじめ設計され用途が決まっている空間を “遊園地” と呼び、それに対して無目的な逸脱できる空間を“原っぱ” と呼んでいます。そして、本当に新しいものは遊園地ではなく、逸脱ができる空間、すなわち原っぱから生まれてくると主張しているんですね。この比喩では、いわゆる『設計』の限界が問われているのですが、最近青木さんは『ただ原っぱだけがあっても、遊び場として使えない。遊園地を一度つくろうとしなければ、原っぱも生まれない』とも言っています。つまり、制約がない完全な自由だけでは、人は遊ぶことができないとも考えられるんです」

あらかじめ設計されたルールが存在するからこそ、そこから逸脱しようとする人や、ルールをハックする人が生まれる。ルールを設計すること自体は悪ではなく、むしろルールこそが創造的な逸脱を生み出す可能性をもっています。そのうえで、私たちはルールを逸脱する人たちの存在をもっと肯定的に捉えるべきだと水野さんは言葉を続けます。

「ルールは常に不完全で、絶えずアップデートされていくものだという視点を忘れてはいけません。法律から企業のルールまで、現行のシステムには普段は気づかないバグが潜んでいますし、時代の変化によって古びるルールも出てきます。創造的な個人の逸脱行為は、そのバグを発見してくれる。逸脱者の存在を許容することで、ルールはよりよい形にアップデートされ、社会が前進するエネルギーが生まれるんです」

この話を受けて、安斎は「ルールを逸脱しようとする力」の強さについて、自身が起業した原体験を振り返りました。安斎は大学教員として研究活動を始めた頃に、面倒なルールが多すぎて大学の予算を自由に使うことができず、強いストレスを感じたことが会社を立ち上げることにつながったそうです。

いま思い返せば、私は『大学という路上』で、ルールを逸脱しながら遊んでいたんです。周囲からは『なにやってるんだ、真剣に研究しろ』と思われていたでしょうが、プレッシャーをかいくぐりながら、学外でワークショップを実践する日々を続けていました。それが起業家としてワークショップ事業を運営する、現在の仕事の礎になっています。嫌だと思うルールがあるから、人はクリエイティビティを発揮して工夫する。もし大学に予算を自由に執行できる仕組みがあったら、『大学の外でやればいい』と強くは思わなかったでしょう。私が起業家になれたのは、大学にルールの強い縛りがあったからだと、いまでは感謝していますね」

水野さんがイベントで繰り返し語ったのは、ルールそのものは悪ではないということです。逆にルールを利用することで、個人の創造性を高めたり、社会を良い方向に誘導できたりします。しかし、安斎は、個人の創造性を引き出すために「逸脱」を許容しすぎる設計をすると、かえってクリエイティビティが失われる可能性があるとも指摘します。ルールが存在するからこそ、そこから逸脱しようとする個人の力が、社会を前進させる。あらかじめ設計された“公園”をつくるのではなく、創造的な個人が遊べる“路上”を組織のなかにつくり、対話によって維持していくことが、不確実性の高い時代を乗りこなすために大切なことではないでしょうか。

Text by Tetsu Ishida


水野さんと安斎によるフルでの対談は以下からご覧いただけます。

職場の創造性を高めるルールのデザイン

​​​​本記事は、デザインビジネスマガジン“designing”との共同企画で、双方の媒体に掲載されています。

連載『クリエイティブ組織の要諦』では、デザイナーをはじめとしたクリエイティブ職の組織作りのヒントを得るため、注目企業にインタビューを重ねています。デザイン組織立ち上げを支援してきたMIMIGURI CO-CEO ミナベトモミを聞き手に、組織デザイン/組織開発の両面からヒントを探っていきます。

第3回に登場するのは、『Notion』を開発するNotion Labs(以下、Notion)です。2020年4月に企業評価額約2,100億円に達した際、従業員数は50〜60人だったという同社(2020年7月時点)。つい先日の2021年10月9日(日本時間)には、2億7500万ドル(約312億円)の新規資金調達を発表し、その評価額は約1兆1,200億円にまで上昇しました

大型ユニコーンにしては異例のコンパクトな組織で、いかにして多大なる価値を生み出しているのでしょうか?今回は、これまで日本のメディアではほとんど明かされなかった、Notionのプロダクト開発と組織づくりについて、同社でProduct and Design Leadを務めるRyo Lu氏に独占取材。

ミナベは「ここまで美しい組織は見たことがない」と、インタビューで得た驚きを表現します。世界中のユーザーを魅了するプロダクトを生み出す、プロダクト設計とも美しき相似形を描く、類稀な組織設計論とは──。

目次
プロダクトマネージャー偏重が陥る「タコツボ化」
誰もが「ユーザー全体の利益」を追える組織設計
プロダクトと組織を通底する「ブロック」というコンセプト
創業6年目まで組織の細分化・構造化を行わなかった理由
柔軟性と慎重なスケーリングを考えて、採用もブロックファースト


プロダクトマネージャー偏重が陥る「タコツボ化」

ミナベ:近年スタートアップの組織コンサルティングをしていると、「Notionさんのように、少人数でレバレッジを効かせられる組織をつくりたい」と言われることは少なくありません。今日は是非とも、その組織デザインの秘訣をお聞きしたいと思っています。50名ほどの組織で膨大な数のユーザーを支えられる組織的な強みは、どのような点にあるのでしょうか?

Lu:私はいくつかのスタートアップを渡り歩いて来ましたが、Notionの組織はどの企業よりも柔軟なんです。一般的に、会社の規模が大きくなるにつれてセクショナリズムが生じ、「この部門の仕事はこれ」と壁ができがちですよね。そうした縦割り構造の存在は、その企業が開発したプロダクトの機能の構造を通して、エンドユーザーにも伝わる。一方、Notionでは部門の枠組みを越えた緊密な連携が多く見られます。

それから、透明性がかなり高い。基本的にはどの部門のどの情報にも、すべてのメンバーがアクセスできるようになっています。

ミナベ:部門の垣根を超えた柔軟さや透明性の高さという点は大事ですが、多くのスタートアップが重視しているポイントでもあると思います。そんな中で、Notionが際立っている点はどこにあるのでしょう?

Lu:そうですね、たとえば2020年まで、あえてプロダクトマネージャーを置いていなかったことは特徴的かもしれません。

ミナベ:えっ、そうなんですか。国内のプロダクト開発組織では、まず意思決定者となるプロダクトマネージャーを配属し、その傘下にデザイナーやエンジニアと共にチーム組成するのが一般的です。さらに近年では、プロダクトマネジメントやBizDevの手法知見も蓄積されてきている感覚もあります。しかし、Notionは違うと。

Lu:もちろん、プロダクトマネジメントの役割そのものは必要だと思っていますし、創業初期からプロダクトマネージャーを置くことを一概に批判するつもりはまったくありません。

しかし、開発プロセスの中でプロダクトマネジメントに重きを置きすぎてしまうと、しばしばタコツボ化の問題を抱えることになります。プロダクトマネージャーや、その配下のエンジニア、デザイナーたち自らが担当するプロダクトや機能にしか目を向けられないようになってしまう。

他方、『Notion』はそもそも単独で成立している機能がほとんどなく、すべてが相互に関わり合っているプロダクトです。だからこそ、柔軟に協業できる組織体制が必要で、自然と構築できたのでしょう。

また、全員が「ユーザーにとって有益なツールを提供する」という共通の目的をしっかり意識できていることも大きいと思っています。プロダクトマネジメントの力が強くなってしまうと、やはりどこかで自分の責任範囲における「成功」を意識してしまう。

しかし、あくまで私たちにとっての成功とは「ユーザーにとって有益なツールを提供する」こと。この目標達成に近付くためであれば、私のようなデザイナーがエンジニアリングをサポートすることもしばしば。エンジニアがプロダクトマネージャーのような役割を担うこともあります。

左・MIMIGURI ミナベトモミ/右・Notion Labs Ryo Lu氏

誰もが「ユーザー全体の利益」を追える組織設計

ミナベ:プロダクトマネージャーを置かない、柔軟で自律的な組織は、実際に運用しようとすると非常に難易度が高いと思います。「ユーザーにとって有益なツールを提供する」という共通目標を持つという点も、理念を重視するという意味だけでいえば、国内スタートアップにも見られる。

しかし、Notionは50人で2,100億円の評価額まで引き上げたことからも、その実践のレベルが段違いに高いのだと推察されます。プロダクトマネージャーを置かずとも急成長を実現できる要因とそのための取り組み、またプロダクトマネジメント機能をどのように担保しているのか、ものすごく興味が湧いてきました。

たとえば、プロダクトマネージャーがいない組織では、一人ひとりが適切な意思決定をスピーディーに下す重要性がかなり高いのではないでしょうか?

Lu:はい。だからこそ、常に全員がプロダクト全体を考えることを大切にしています。

エンタープライズを担当するセールス&カスタマーサクセス部門や、中小企業や個人ユーザーをサポートするCX部門、あるいはTwitter……Notionには、さまざまなチャネルを経由して、日々ユーザーからの要望が届けられます。

寄せられた数々の要望をまとめ、その中からどんな機能を実装したり、改善したりするのか意思決定していく。その際に、最重視するのが「ユーザー全体の利益になるかどうか」です。この判断軸を全員がしっかりと共有することによって、組織としてスピーディーに適切な判断を下すことが可能になります。

ミナベ:「ユーザー全体の利益」は、どのように判断しているのでしょう?

Lu:「その実装が、高い汎用性を持っているか」で判断します。他社のプロダクトとNotionとの最大の違いは、ユーザーが私たちの意図とは異なる形で、機能を利用できるようデザインしている点。機能やソリューションをデザインする際、私たちはユースケースを一般化して考えるようにしています。

一般的なプロダクトは、一つのユースケースに対して一つの機能を実装すると思います。つまり、それぞれの機能は、個別の目的・用途に特化した形で構築されている。対して私たちが提供する機能は、その用途を限定していません。

もちろん、ある程度の“想定”はありますが、ユーザーがその意図を越えて機能を活用できるようにも設計しています。スピーディーに効率よくソリューションを提供するため、すでに実装している機能を進化させる形を取ることも多いですね。

ミナベ:『Notion』はユーザーが自由度高くカスタマイズすることが前提だからこそ、「汎用性が高いか」というシンプルな判断軸がセットできていると。さらに、作り手の意図を強くしすぎず、意図せず使われることも許容している。その具体例があれば、教えていただけますか?

Lu:2021年6月に実装した、ページ内の一部を別ページにも同期させ表示する「Synced Block」(同期ブロック)は好例です。この機能は、異なるチームやプロジェクト間で情報を共有する用途を想定して設計しました。しかし、ナビゲーションバー(Webページ内の階層を移動しやすくするための機能)として利用するユーザーが多く見られましたね。

プロダクトと組織を通底する「ブロック」というコンセプト

ミナベ:なるほど。部門間の垣根がなく柔軟で透明性の高い組織構造を前提に、意図的にユーザーの声を大量に集めることで、メンバー全員が最も大きなインパクトに寄与する意思決定が行える状態を実現しているということですね。言い換えるなら、CXと開発がシームレスに連携することで、ユーザーと開発者が直接つながり、ユーザーコミュニティ起点の自律的なプロダクト成長が実現しているともいえる。だからこそ、スモールチームでもこれだけ急成長するプロダクトを開発できているのでしょう。

Lu:そうですね。実際、いまでも私を含め2人だけで、『Notion』のプロダクト全般のデザインを担当しています。

ミナベ:なんと……。

Lu:ただ、これを実現できている根本的な理由には、開発する対象を厳選するだけではなく、『Notion』自体の設計思想があるんです。それが、「ブロック」という概念です。

『Notion』には多くの機能があり、複雑な構造をしているように見えますよね。でも、一歩引いて見ると、とてもシンプルな構造をしている。段落、図、表、動画ファイル……こうしたいくつかのパーツ、私たちの言葉でいえば「ブロック」をユーザーが自由に組み合わせることで、自らのニーズに合った使い方が可能になる。つまり、『Notion』に用意されているのは、この「ブロック」だけなんです。

ゆえに、Notionにおけるプロダクトデザイナーがデザインしているのも、この「ブロック」の部分が主。プロダクト全体を統合的にデザインしようとすると、たしかに2人では難しいかもしれません。でも、一つひとつのブロックをデザインするだけなら、アイデアさえあれば少人数でも十分可能です。

赤矢印で指されているものがブロック。ブロックの真左には「::」のアイコンが表示される。このアイコンをクリックすると、オプションメニューが出てきて、ブロックごと複製したり、ブロックごと消したりできる。ドラッグ&ドロップでそのブロックごと移動させることも可能だ(参考)。

ミナベ:なるほど、先ほどの自由度の高いカスタマイズ性も、汎用性の高い機能選定というのも、「ブロック」という概念が前提にあったんですね。たしかに、僕の会社での『Notion』の使い方を振り返ってみても、いくつものブロックを組み合わせてそれぞれの用途に最適な形を構築しています。その自由度と高いカスタマイズ性こそが、使い続ける理由になっている。なぜ「ブロック」という概念を取り入れるに至ったのでしょうか?

Lu:実はこの考え方自体は新しいものではありません。1960年代から70年代にかけて活躍したコンピューターサイエンスの先駆者たちの考えがベースになっています。彼らはコンピューターというツールを使って、物理世界の法則に縛られずに情報をやり取りすることに関して、たくさんの興味深いアイデアを持っていました。

しかし、現在に至るまで彼らのアイデアの多くは実現されていない。今実際に私たちがコンピューター上で使っているツールの多くは、現実世界にあるものの置き換えに過ぎません。たとえば、『Word』は紙と鉛筆でつくったドキュメントの置き換えですし、『Excel』は計算表の置き換えですよね。

そういったツールを用いて作成されるデータは、「ファイル」という形式にとらわれていて、ファイルの外には情報が流れていかないような状態になっている。たしかに、紙と鉛筆で文章を書いたり、計算したりするよりも便利であることは間違いありません。しかし、データの流動性の低さという意味においては、現実世界となんら変わりはないと言ってもいいでしょう。

ミナベ:あえて分かりやすくたとえると、『Excel』でつくったデータを、フレキシブルに『Word』へ流し込むことはできない。一方『Notion』では、テキストファイルの途中でも、他で使っている表組みを柔軟に差し込める、といったイメージでしょうか。

Lu:そうです。『Notion』は「現実世界にあるツールの代替」として設計していません。私たちが実現したいと思っているのは、情報を一箇所にまとめ、個別のファイルという形式にとらわれずに扱えるようすること。そして、それらの情報にあらゆる人が容易にアクセスできるようにすることです。

それらを実現するためには、既存のファイルという形式ではない統一のフォーマットで情報を保存できるようにする必要がある。そして、その情報をいつでも変更できるような、柔軟性を持った形にしなければならない。

既存のファイル形式では、自由に情報を統合したり、移管したりすることができません。いかにしてそういった情報の取り扱い方が可能になるのかを考えた末、たどり着いたのが「ブロック」だったんです。

ミナベ:なるほど……冒頭で、「柔軟で流動的な組織」の話が出ましたよね。その組織構造も、ブロックで構成されているようにも捉えられるなと感じました。プロダクトにおけるブロック機能と同様に、汎用性が高く、自由度も高いのでプロダクトマネージャーなしに部門越境して開発している。ゆえに、タコツボ化もせず、機能要求から機能開発までスムーズに意思決定できている。

最近は日本でも、BizDevにおいて「少人数組織のプロダクトレッドグロース(製品による自律成長)が理想だ」という議論はあります。しかし、Notionはそのさらに一歩先を行っている。ブロック的な組織構造で、先ほども触れた、CXと開発がシームレスに連携したユーザーコミュニティ起点の自律成長が実現できている。いやー、すごいですね……! 僕はいまかなり感動しています。

ブロックという概念をベースに、ユーザーの課題やニーズに応じて、無限に展開が可能な美しい組織設計。『Notion』というプロダクトの美しさは、組織の意思決定の流れや、組織自体の美しさに起因するものだったのですね。これはBizDev的な発想では生まれ得ず、プロダクトデザイン的な発想で組織を設計しているからこそ実現しているものだと思います。

「ブロック」機能によってユーザーが自由度と高いカスタマイズ性を享受できるのが、『Notion』というプロダクトの特徴。これを提供するNotionの組織構造も、PdMなしで、柔軟かつ流動的な組織体でコミュニティ全体に貢献する意思決定が行える仕組みになっている。いわば、プロダクトと組織が、同じ思想・構造で設計されているのだ。

創業6年目まで組織の細分化・構造化を行わなかった理由

ミナベ:ここまでプロダクトと綺麗な相似形を描いている組織設計は日本ではあまり見たことがありません。なぜそれが実現できたのかにとても興味があるのですが、どのように組織を構築してきたのでしょうか?

Lu:長きにわたって組織の規模を小さく保ってきたことが、大きいと思います。従業員数が増えだしたのは、創業から6年目の2019年ごろから。それまでは現在のような部門やチーム分けすら存在せず、エンジニア一人ひとりが機能開発を進め、それをデザイナーがサポートする形を取っていました。

ミナベ:2020年4月にはユーザー数が400万人を超えていたと聞いていますが、それにもかかわらず2019年なるまで組織構造すらなかった。これはとても重要なポイントのように感じますね。

というのも、スタートアップは、組織を拡大することを我慢できない。プロダクト自体が市場に適応するとすぐ、組織の再現性が生まれる前に大量採用を行なってしまうんです。その後、後追いで負債処理を行うような組織づくりの進め方が多く、それが当然と思われている。

しかし、Notionはそうではない。事業価値創出を何倍にもする“組織モデルの創造”をプロダクトと同時に行い、経営全体を一つのソフトウエアのように適応してから、スケールさせてきた。当初からブロック構造をもとに組織を構築しており、かつそれに従ってプロダクトも大きく成長してきたので、無理にメンバーを増やさずに済んだのでしょう。

Lu:それから、組織づくりにおいて大事にしているのは、有能なリーダーを採用すること。チームを成功に導けるリーダーを採用し、自走してもらうことが組織構築上の大きな鍵になると思っています。2020年にエンジニアリーダーを採用して、現在のエンジニア部門を構築してもらったことが好例ですね。

また、リーダーシップの面々がプロダクトを成長させるために、自らが管掌する組織をどう構築していくかをしっかり考え、採用にコミットしてきたことも大きいと思います。

ミナベ:人数を最小限に抑えながらプロダクトを成長させてきたということは、本当に必要な人だけを、言い換えれば純度の高い採用をして来られたのではないかと推察しています。採用において重視しているポイントも教えていただけますか?

Lu:最も重視しているのは、モノづくりに対する情熱です。それから、オープンマインドであること。周囲と協働する姿勢を持っているか、自分とは違う価値観や同僚からのフィードバックを素直に受け容れられるかどうか、といった点を見ています。

もちろん、組織のフェーズが変わっていくにしたがって、求める要素も変化するかもしれません。しかし、「モノづくりへの情熱」と「オープンマインドであること」の重要性はこれからも変わらないでしょう。

柔軟性と慎重なスケーリングを考えて、採用もブロックファースト

ミナベ:リーダー層は他のスタートアップで活躍した後にジョインした方が多いのでしょうか?

Lu:そうですね。リーダー層や経営陣はスタートアップ出身者が多いです。ただ、経験豊富なリーダーが多く在籍する他の組織とNotionには、大きな違いがあると思っています。

というのも、多くのスタートアップでは、創業者や経営陣が自らの出身企業を模倣する形でプロダクトや組織を構築しようとする。一方、私たちは創業者や経営陣のバックグラウンドや考え方、志向性からではなく、「ブロック」という概念から事業や組織づくりをスタートさせている。つまり、コンセプトファーストなんです。そこが、スタートアップ出身者を経営陣に迎えている他の企業との違いだと思います。

ミナベ:プロダクトや組織の設計のみならず、組織文化・採用にも「ブロック」というコンセプトが通底していたのですね。最後に、今後の組織的な展望をおうかがいできればと思います。

Lu:プロダクトマネージャーを配置せず、タコツボ化を避けてきたことが私たちの組織的な特徴の一つであるというお話をしました。ただ、それも組織の規模が小さかったからこそ。

より規模を拡大するにあたっては、各機能開発の進捗を管理し、部門間の調整役を担う役職は必要だと考えています。2020年にはじめてプロダクトマネージャーを採用したのですが、まさに今がそのベストタイミングだと感じています。

とはいえ、プロダクトマネジメント偏重にはしたくありません。しっかりとメンバー全員が等しく責任を持ち、全員が「ユーザーにとって有益なツールを提供する」という共通の目的にコミットできる組織をつくっていきたいですね。

ミナベ:プロダクト開発においては、まず事業を創造してから、後追いで組織・人創り…となりがちです。しかしながらNotionは、事業・組織・人を初期から駆動させながら、ソフトウエアのように検証していく経営デザインと、首尾一貫した美学によりインパクトを出されている。

今回、そうした新たな企業成長論を学べたと考えています。私にとっても今後の探求指針を得られました。本当にありがとうございました。

[文]鷲尾諒太郎[編]小池真幸


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人生100年時代。働く期間が長期化するなかで、「決められたゴールに向け邁進する、短距離走形の働き方」から、「変化を楽しみ、ストレスとうまく付き合いながら創造的であり続ける長距離走型の働き方」へのシフトが求められています。こうした長距離走型の働き方をする上で外せない要素の1つに、レジリエンスがあります。レジリエンスとは、困難な状況に直面しても、挫折から立ち直り、前進し続けることができることや、それに必要な力を意味します。本連載では、レジリエンス入門をパワーアップさせ、職場において、個人とチームのレジリエンスを高める方法を紹介していきます。第1回目のテーマは、「困難さを創造的に乗り越えるレジリエンスの4つの戦略」です。

目次
レジリエンスの4つのパターン
起き上がりこぼし型のレジリエンス
柳型のレジリエンス
風船型のレジリエンス
スーパーボール・バネ型のレジリエンス
4つの戦略のどれがいいのか?

レジリエンスの4つのパターン

働くことに関わるレジリエンスにはさまざまな定義がありますが(Hertman et al. 2020)、平たく言うと、仕事に関わる困難な状況や大きな変化に直面しても、その挫折から立ち直り、前進し続けることができることそれに必要な能力のことを「レジリエンス」と呼びます。

「前進し続けること」とあるように、レジリエンスはその定義の中に回復だけでなく、さらなる成長を含むことがあります。Fisher et al. (2019)は、下記の図にあるように、逆境に対する反応の4パターンを提示し、そのうちの「③回復」と「④繁栄」がレジリエンスであると述べています。

また、困難や変化から回復したり、それを踏まえて成長するのにかかる時間も、どのような困難や変化に遭遇したかや、個人のタイプ、仕事状況によっても異なると指摘されています(Fisher et al. 2019)。例えば、素早い対応が必要な医療現場においては、困難な状況にすぐ対処することが求められています。一方で、キャリアの問題などを解決するような場合は、ゆっくりと対処していくことが多いかもしれません。

先行研究においても、嵐に遭遇した木などに擬えるなどいくつかのレジリエンスのタイプが紹介されてきましたが(e.g. 宇野2018)、筆者らは、近年の変化の激しいビジネス環境を踏まえ、レジリエンスをパターン別に整理しました。具体的には、①困難な出来事や大きな変化に遭遇時に、それをあしらうのか、その機会を活かすのかと言う観点と、②素早く対処するのか、ゆっくり対処するのか、という観点から、下記の4つに分類しています。

起き上がりこぼし型のレジリエンス

「起き上がりこぼし型のレジリエンス」は、困難や大きな変化をあしらい、素早く対処するようなレジリエンス戦略のことを指します。

例えば、2日続くイベントのファシリテーターを任されているAさんが、1日目に大失態をおかしたとします。次の日も落ち込んだ気持ちで挑み、パフォーマンスが落とすことを避けるために、1日目終了後にサウナに行って心と身体を落ち着かせると言った対処は、この戦略に分類されます。短い時間で、気分を回復させたい時は、この戦略が取られるかもしれません。

柳型のレジリエンス

「柳型のレジリエンス」は、困難や大きな変化をあしらい、ゆっくり対処するようなレジリエンス戦略のことを指します。

例えば、新卒のBさんが、希望していた編集部に行けず、営業配属となりショックを受けたとします。その際に、営業部で働きつつ、次の人事異動で編集部配属になれるように準備をするといった対処はこの戦略に分類されます。

解決に長い時間がかかり、かつ、自分の力だけでは解決が難しいような困難に挑む時に、しばしこのような戦略が取られます。

風船型のレジリエンス

「風船型のレジリエンス」は、困難や大きな変化を活かし、ゆっくり対処するようなレジリエンス戦略のことを指します。

例えば、先の例と同様、希望していた編集部に行けず、営業部配属になったBさんの事例について考えてみます。

Bさんは、見方を変え、「営業部に配属されたということは、自分が営業部に必要だということかもしれない」と考えました。加えて、「これまでは自分がやりたいことベースでキャリアを選んでいたけれども、周りから必要とされることを極めていこう!」とキャリアの選び方を変更しました。こうした「困難や変化を機に今までの考え方を変えながら、柔軟に回復するような軌跡」はこの戦略に分類されます。

スーパーボール・バネ型のレジリエンス

最後にご紹介するスーパーボール・バネ型のレジリエンスは、困難や大きな変化を活かし、素早く対処するようなレジリエンス戦略のことを指します。

例えば、コロナウイルスの感染拡大を受け、Cさんの料理教室の会員数は大幅に減ってしまいました。その際にCさんは、「対面で料理教室はできない状況だけれど、海外に住んでいる知人から、オンラインでその地域の料理のレシピを学ぶ機会を作れるかもしれない」と、海外に住む知り合いのシェフをゲスト講師にし、オンラインで料理教室を再開しました。その結果Cさんの料理教室の会員数は再び増加し、危機的な状況を乗り越えたといいます。

1つ前の風船型のレジリエンスと同様、スーパーボール・バネ型のレジリエンスは、不確実な変化の波に乗りながら、それを活かして柔軟にやり方を変えるような戦略です。

4つの戦略のどれがいいのか?

選択肢がたくさんあると、優越を知りたい、どれが良いのか知りたいと思う人もいるかもしれません。けれども、この4つの戦略については、どの戦略が他と比べて優れていると言ったことはありません。

また、皆さんは1つの困難や変化を乗り越えるのに複数の戦略を使っているかもしれませんし、遭遇する困難の種類や状況によっても、どの戦略をとることができるかは、異なる可能性があります。

困難な状況や、変化にうまく対処できないというときは、4つの戦略の中で、自分がよく用いるパターンとは別のパターンを試してみるのもいいかもしれません。


以下の動画コンテンツ「レジリエンスの科学:創造的に困難を乗り越える4つの戦略」では、レジリエントに創造的であり続ける”長距離走型の働き方”に向けた4つの戦略と、それらを組み合わせてレジリエントに働く方法について解説しています。ぜひあわせてご覧ください。

レジリエンスの科学:創造的に困難を乗り越える4つの戦略

参考文献
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