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昨今、クリエイティブ職の人材を社内で集約し、「デザイン組織」「エンジニア組織」といった、機能別組織を組成する流れが強まっています。ただ、クリエイティブ職は成果を定量的に計りづらく、他職種に比べマネジメントコストや難易度が高いといわれ、組織作りも従来と同様にはいかない場面も少なくありません。

本連載『クリエイティブ組織の要諦』では、こうしたクリエイティブ職種の組織作りに取り組む企業にインタビュー。デザイン組織立ち上げを支援してきたDONGURI 代表 ミナベトモミを聞き手に、組織デザイン/組織開発の両面からヒントを探っていきます。

第2回目にお話を伺ったのはメルカリです。創業当初から「グローバル企業」を目指すと掲げ、外国籍メンバーの採用や海外事業にも積極的に取り組んできた同社。グローバル企業を標榜するものの実態が伴っていない企業も少なくない中、メルカリのエンジニア組織は約半数が外国籍のメンバーで構成されています。

国際的な競争力を獲得するためには、言語や文化的な壁を越え、世界で通用する実力を兼ね備えた人材を獲得しなければなりませんが、そういった人材の採用や受け入れる体制を整えることは容易ではありません。

本記事ではメルカリの執行役員VP of Product Engineering(以下、VPoE)の若狭建氏と、エンジニア組織のHR business partner(以下、HRBP)田井美可子氏に、組織作りの裏側を聞きました。

目次
よりよいプロダクトのために組織作りへ
メンバーの約半数が外国籍のエンジニア組織
多国籍を前提に再構築する「言葉」と「文化」
「言語化」と「透明性」がMVV浸透の鍵
エンジニアのキャリアラダーを1本に絞る理由
まだまだ道半ば。真の「グローバルテックカンパニー」へ


よりよいプロダクトのために組織作りへ

ミナベ:メルカリといえば、圧倒的な勢いで事業・組織とも拡大されているのは周知の事実かと思います。同時に、社外の人でも『Go Bold(大胆にやろう)』というバリューを知っているほど、文化的に特色があることも知られています。個人的には、そうした事業成長・文化浸透の裏には、構造や組織的観点での取り組みも数多くあるだろうと思い、今回お話を伺う機会をいただきました。

はじめにお二人についてお伺いさせてください。若狭さんはVPoE、田井さんはHRBPと伺っていますが、具体的にはどのような役割を担われているのでしょうか。

メルカリ 若狭氏(左上)、田井氏(右上)、DONGURI ミナベ(下)

若狭:VPoEのミッションは、プロダクトをよりよくし続けること。そのために、サスティナブルな開発体制をつくることです。よくVPoEというと「組織作りが仕事なんでしょ?」と言われるのですが、目指す先は「よりよいプロダクト」であって、そのために組織作りをしているイメージですね。

現在のメルカリは、短期目線で競争力を高め一気にグロースさせるフェーズが終わり、これまで築いてきたものを土台にどう広げていくかを考えるフェーズ。そのため、中長期の目線でプロダクト開発に取り組める体制を今まさに作っている最中です。

現在、メルカリのエンジニア組織は大きく2つに領域に分かれており、僕がVPを務めるプロダクト領域と、VP of Backendである田中(田中慎司氏)が率いるプラットフォーム領域があります。それら2つをCTOの名村(名村卓氏)が束ねる構造です。

田井:HRBPは人事部門に属しながら、担当する事業部の戦略実現を組織と人の課題解決を通してサポートする役割です。そのなかで私はエンジニア組織を担当しており、CTOの名村やVPの若狭、田中と協働し組織課題と向き合っています。

全社を横断した人事や組織に属するメンバーの声を吸い上げつつ、事業の全社的な優先度や重要度を踏まえ、CTOやVPと組織的に取り組むべき手段を議論、実行しています。

メンバーの約半数が外国籍のエンジニア組織

ミナベ:ありがとうございます。「よりよいプロダクト作りのために組織に取り組まれている」というお話がありましたが、具体的にはどのようなことに注力しているのでしょうか。

田井:ここ数年は、組織の多様化が大きなテーマです。山田(メルカリ代表取締役CEO・山田進太郎氏)は創業当初から「新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る」というミッションのもと、日本発のグローバルテックカンパニーへの成長を目指してきました。そのためには、国籍を問わず優秀なメンバーを集める必要があり、エンジニア組織はその旗振り役を担ってきていると自負しています。

実際、2020年11月時点でメルカリ東京オフィスのエンジニアリング組織に所属するメンバーの約半数が外国籍です。

ミナベ:グローバルに舵を切られている認識はありましたが、そこまでグローバル化が進んでいるとは思っていませんでした。もちろん簡単ではない道だったと思うのですが、どのように進めてこられたのか、その足跡を伺えますか?

田井:海外事業を展開していたので、元々外国籍のメンバーも在籍はしていたのですが、本格的に力を入れはじめたのは、4年前(2016年)頃からです。採用面では、特に新卒採用へ注力。2018年10月に入社した新卒社員の100名中44名が外国籍のエンジニアだったように、高いポテンシャルを持つ海外学生の採用を推し進めました。

しかし、高いポテンシャルを持っているとはいえ、実務経験はこれから積んでいく必要があります。そのため、オンボーディングや育成を担うチームの負荷が高くなりすぎてしまいました。そこで、2〜3年前からは、育成を担える即戦力人材の確保にもより力を入れるようになりました。

ミナベ:それぞれの役割のバランスが崩れてしまったんですね。蛇口を絞り、シニアかつエンジニアを育てられる人を増やす方針に舵を切り直したと。

田井:おっしゃるとおりです。ただ、国内だけではそもそもエンジニアの数は限られています。そこで、海外にいる外国籍の人材にも積極的に声を掛けていくようになりました。

若狭:それと同時に、マネジメント層の外国籍比率も高まってきています。やはり日本人だけがマネジメントを担うと、どんなに外国籍の人とのコミュニケーションに慣れている人でも、コンフリクトは起こってしまう。考え方やコミュニケーションのスタイルも大きく違いますからね。

メンバーの国籍が多様なのであれば、マネジメント層の国籍も多様でなければならない。だからこそ、単にシニアを増やすだけでなく、外国籍のマネジャー職も意識的に増やしてきています。

多国籍を前提に再構築する「言葉」と「文化」

ミナベ:そこまで振り切って、多国籍な組織を作っている事例は国内ではかなり希有かと思います。是非、もう少し深くお伺いしたいのですが、採用側以外の組織面、受け入れ側はどのように対応していったのでしょうか。言語や文化的な差異はもちろん、評価やキャリアの考え方も含め対応すべき箇所が多いのではないかと感じています。

田井:言葉の壁で言うと、まずは翻訳や通訳を専門とするグローバルオペレーションズチーム(Global Operations Team/以下、GOT)があります。2017年に組成されたチームなのですが、日本語・英語双方の言語の研修から、教育機会の提供、社内資料の翻訳や会議の通訳まで、円滑に業務を遂行してもらうための体制を整えました。それと同時に、日本人のマネジャーやメンバーには、外国籍のメンバーが理解しやすい話し方を身につける研修を受けてもらうなど、地道に施策を重ねてきました。

ミナベ:かなり手厚くカバーされていますね。

田井:ただ、その力の入れ方も徐々に変えているんです。実は私、HRBPを担当する前まではGOTのメンバーとして、そこの部分を担っていたんです。発足当初のGOTは、依頼があればすべてのミーティングに参加し、通訳の役割を担っていました。また、ほとんど日本語で書かれていたドキュメントも可能な限り英語化していましたね。

しかし、第三者のサポートがなければ、メンバー同士のコミュニケーションが完結しない状態は理想的とは言えません。そこで、最近はあえて全てのミーティングには同席せず、必要最低限に抑え、サポートは徐々に減らしています。単に言葉を理解するということではなく、「自分たちでできることは、まずやってみる」というように、お互いに歩み寄る工夫や意識が必要だと考えています。

仕様書などのドキュメントも、現在はエンジニア自らが英語で書くようにしてもらい、今では9割方は英語になっています。開発組織内のSlackのコミュニケーションも基本は英語ですね。

若狭:正直、英語が苦手なエンジニアは苦労しています。ただ技術に関する最新の情報は英語で発信されますし、この業界で良い仕事を続けるなら英語は避けて通れません。メルカリは日常的に英語に触れられる環境なので、大変ではあるものの、この環境を生かす意識で取り組んでくれています。

文化面では、日本的な「阿吽の呼吸」に頼ったコミュニケーションをいかに減らせるかに注力しています。よく日本は諸外国に比べてハイコンテクストだと言いますよね。前提となる考え方が自ずと共有されているので、「言わなくても分かる」ことが多い。

しかし、外国籍のメンバーの多くにとっては「言わなければ分からない」のが当たり前。たとえば、日本人のメンバーがほとんどだった頃は、業務の内容や責任範囲、求めるスキルなどを詳細にしたいわゆるジョブディスクリプションを作成せずとも、暗黙的に理解し、業務を遂行していました。多国籍化にあたっては、それもすべてしっかりと言語化し、期待値や目的意識など明確にするコミュニケーションへと変化してきています。

田井:文化的観点で言うと、直近で取り組んでいる、無意識バイアストレーニング(Unconscious Bias Training、以下UBT)もバックグラウンドを問わず、全員が活躍できる環境をつくる打ち手の一つです。

自らのバックグラウンドに起因するバイアスを自覚するためのもので、特にマネジャー側には必須なものとして捉えています。人は自らに近い価値観やバックグラウンドを持つ人に親近感を覚えるもの。それは本能的なものなので、評価や関係性に悪い影響を与えないよう、“自覚的である”ことが重要と考えています。

ミナベ:私自身、マネジャーなど「評価する側」の方々向けの研修で講師を務めることがあるのですが、問題になるのがまさにバイアスの存在なんですよね。同じ人を評価する際も、評価者それぞれのバイアスがあるからこそ、評価が分かれてしまう。「属人的な評価」を脱せない理由の一つにもなっています。この問題に組織として取り組んでいるのはすばらしいですね。

「言語化」と「透明性」がMVV浸透の鍵

ミナベ:ミッションやバリューの浸透という点ではどのような工夫をされているでしょうか。先程若狭さんが言っていたように、外国籍メンバーのコミュニケーションスタイルや会社に対する考え方は、日本人メンバーのそれらとは大きく違うかと思います。ミッションやバリューなど、会社の根底をなす考え方の浸透も、従来とは異なるのかなと感じました。

田井:やはり言語化が大事だと感じています。最近では、会社としてのスタンスや考え方、働く環境を言語化した「Mercari Culture Doc」を2019年に策定し、全メンバーに展開しました。創業から6年が経ったこのタイミングで改めて指針となるものを作成した背景には、外国籍のメンバーが増え、価値観が多様化したことがあります。“共通認識”が成り立たなくなってきたからこそ、「なんとなく共有できていたもの」を言語化する必要があったんです。

ことエンジニア組織でいえば、全社のバリューである「Go Bold」「All for One」「Be a Pro」をブレイクダウンして、組織に適した言葉で表現するための議論をしているところです。というのも、メンバーから「バリューに沿った行動と言われても、具体的にどういった行動を指すのか分からない」といった意見があがっていたんです。会社のバリューをエンジニアのコンピテンシーでどう表現するかを皆で考え、『Mercari Engineering Principle』という形にまとめました。

この浸透においては、メルカリの『Trust & Openness(信頼によって生まれるオープンな組織風土)』というカルチャーを強く意識しています。情報も多様化し、一カ所に情報を集めるのがもはや難しい。その中では「起こっている議論や意思決定の背景」が価値観を理解する上で重要になる。誰もが欲しい情報にアクセスできることのベースには信頼関係があり、そうすることでよりスピーディかつ良質な意思決定につなげる。そういう意味で『Trust & Openness』は組織をつくる上で大事な価値観ですね。

ミナベ:具体的にはどう取り組まれているのでしょうか?情報透明性を高めようと「情報は全部Slackにあります」という企業もありますが、誰も目を通してないと結局は透明性が担保できていないという状況はよく目にします。

田井:痛いところです(笑)。我々もまだ最適解を見つけたわけではないのですが、意識的にやっているのは、オールハンズを定期的におこなったり、スクラムごとの動きを同期で共有すること。非同期だと先ほどおっしゃったような状況にどうしてもなりやすいので。

かつ、経営とメンバー、あるいはメンバー同士のコミュニケーションを積極的に図っています。例えばエンジニア向けのAll Hands(全体定例)では、Q&Aの時間をかなり長めにとり、意思決定者や経営陣、リーダシップ側にあらゆるトピックをオープンに聞けるようにしています。「質問ありますか?」と聞いても質問が出てこない——という状況はどこの企業でもあると思いますが、時間が長いと自然と誰かは質問を上げる。すると、その人をトリガーに徐々に話が広がり、耳が痛い話や答えにくい質問も次々と上がってくるようになります。その積み重ねですね。

エンジニアのキャリアラダーを1本に絞る理由

若狭:エンジニアの成長の指針となる「キャリアラダー」の策定も、カルチャーを浸透させるための取り組みの一つです。「メルカリのエンジニア」として、どのようなスキルを身につけるべきなのか、どういった成長を期待するのかといったことを言語化・能力定義したものになっています。

ミナベ:デザイナーやエンジニアの技能型組織の場合、能力定義を作り、グレードを上げられるように育成等を考え、展開していくのは定石かと思います。開示可能な範囲で、定義表がどのような構造になっているか伺えますか?

バリューごとに設定されているコンピテンシー

若狭:全社の等級制度に沿ったグレード表が縦軸にあり、横軸にバリューがあるイメージです。バリューが3つあり、エンジニアは1つのバリューにつき3つのコンピテンシーを設けているので1グレードで9個要素あるイメージですね。ただ、点数表ではないので「これが全部埋まったら次のグレード」というものではありません。スキルを点数化して合計点で評価してしまうと、個人の強みや伸ばすべき部分が埋もれてしまうからです。

あくまで、マネジャーとメンバーが円滑なコミュニケーションを図るツールというイメージです。具体的には、評価の期待値をすり合わせるために活用してもらっています。「なぜこういった評価になるのか」などを説明する際にエンジニアリングラダーを参照しながら、メンバーの現在地や期待を伝える。「どのスキルを伸ばして欲しいのか」「そのためにはどんなことに取り組むべきなのか」をコミュニケーションする土台として機能させるようにすすめています。

ミナベ:こうした能力定義には「会社として、こういった人材に育ってほしい」という願いが込められていると思います。メルカリの考えるエンジニア像はどのようなものなのでしょうか。

若狭:どんなポジションであっても、あくまで全員が「メルカリのソフトウェアエンジニアである」という意識を持ってほしいと考えています。ソフトウェアエンジニアとして包括的な視点を持ってプロダクトをつくってほしい。逆に言えば、「自分はフロントエンドだ」「自分はモバイルエンジニアだ」といった職種意識を持って欲しくない。そのため、あえて職種ごとのラダーは用意せず、「ソフトウェアエンジニア」として統一されたラダーを作成しました。

この説明をすると、よく「全員フルスタックエンジニアを目指せということですか」と聞かれるのですが、そうではありません。もちろんそれぞれの強みを持ち、専門性は高めてほしい。ただ、「自分はこの分野の専門だ」という考えだけが強くなりすぎると、縄張り意識が生じて、自分の領域に他の人が入ってくることを嫌がり、他の領域には無関心になってしまう。そういったマインドセットを排除したいと考えたんです。

我々がやるべきは、良いプロダクトをつくりお客さまに価値を届けること。そのためには高い専門性は必要ですが、縄張りは不要です。アドバイスできることがあれば、領域を超えて力を貸せばいいし、協力すべきなら協力すればいい。専門外でも、自分が手を動かして解決できるなら手を動かすべきです。良いプロダクトをつくることだけにフォーカスできる環境を構築していきたいんです。

ミナベ:HowではなくWhyに意識を持たせ、「価値を発揮できればやり方は問わない」というスタンスを持つイメージですね。ミッションやバリューを大切にする御社らしいアプローチだと感じました。大胆ですが納得感があります。

若狭:これは、私が在籍していたAppleやGoogleなどを参考にしています。いずれも巨大企業ですが、ラダーはあまり細分化されていなかったんですよ。良いプロダクトをつくり、価値を社会に届けることだけにフォーカスしていた。

たとえば、Googleで『Google Maps』チームに所属していたときには、専門外のバックエンドを触ったりするのも日常茶飯事でした。Googleにおいてこれは特別なことではなく、「やりたいことがあるなら、周りと協力しながらやればいいじゃん」といった雰囲気がありました。メルカリのエンジニア組織でもそういった世界を実現したいと思っています。

ミナベ:日本の会社の評価制度は、職種ごとに用意されたチェックシートに沿って運用されていることが多いと思います。その中でメルカリがシンプルな基準を用いた制度で成果を上げられれば、新たな潮流が生まれるかもしれませんね。

若狭:まだまだ成果はあげられていませんが、良い流れになってきているとは思います。これまでにお話してきた施策を推し進めていけば、組織にも考え方がより浸透し、良いプロダクトを生み出せると信じています。

まだまだ道半ば。真の「グローバルテックカンパニー」へ

ミナベ:試行錯誤をしながらだとは思いますが、徐々に組織の多国籍化は成果が見えはじめている段階かなと伺えます。今後、力を入れていこうとされている部分はどこなのでしょうか?

若狭:ここまでお話しした取り組みを続けるのはもちろんなのですが、それ以上に、現状を正しく把握・発信し続けていくことが、とても大事だと感じています。

以前、CTOの名村が「『メルカリはグローバルテックカンパニーである』なんて言わなきゃよかった」とこぼしていたことがあります。そこを目指しているのは事実ですが、現在のメルカリはまだ真のグローバルテックカンパニーだとは言えない。

パブリックイメージと実態に大きくギャップが生じないよう、目標と現状のギャップを正しく把握し、しっかりと外へも伝えなければ、これから入社してくるメンバーを失望させてしまう可能性さえある。「あれ?言ってたことと全然違うじゃん」と思われるのは避けなくてはいけません。良くも悪くも、我々は今「グローバルテックカンパニー」になろうと、環境から自分たち自身を追い込んでいるフェーズ。

取り組みを評価いただけるのはとてもありがたいのですが、同時に毎回一瞬不安になってしまいます。まだまだ、課題だらけですから(笑)。

田井:そうですね。メルカリは上場もして、オーガナイズされた組織になってきていると思われているかもしれませんが、まだまだ整えなければならない部分はたくさんありますから。わかりやすい話で言えば、レガシーな部分も多いですし、サービスの基盤で改修しなければならないものの手付かずになっている部分もあります。まだまだ“道半ば”なんですよ。それを理解し、外にも伝えながら、やり続けていくのみです。

編集:小山和之
ライター:鷲尾諒太郎

まだ探究しきれていない「問いのデザイン」のナレッジを、CULTIBASE編集長の安斎勇樹が様々なゲストとともに探求する連載企画「『問いのデザイン』を拡張せよ」。今回は、株式会社ロフトワークの加藤翼さんをお招きした「問いのデザインゼミ」12月の模様をお届けします。

ロフトワークは、グローバルに展開するデジタルものづくりカフェ「FabCafe」や、問いから新たな可能性の種を生み出すコミュニティ「SHIBUYA QWS(シブヤ キューズ)」、未来をつくる実験区「100BANCH(ヒャクバンチ)」など、オープンコラボレーションを通じたコミュニケーションや空間などをデザインするクリエイティブ・カンパニーです。今回は、加藤さんがコミュニティーマネジャーを担当する100BANCHでの「問いが生まれ、育つコミュニティデザイン」について、実践知をお話しいただきました。

本記事では加藤さんによる話題提供と合わせて、安斎と株式会社ミミクリデザインの和泉裕之による鼎談の模様をお届けします。

目次
未来をつくる実験区「100BANCH」で問いが生まれる理由とは
内発的動機を生み出すのは、「言論的問い」ではなく「探究的問い」である
自分が存在しない100年先の未来を、なぜ考えられるのか?
“社会的正しさ”に抑圧された衝動の芽を、コミュニティが承認する
失敗を許容する「実験」の場だからこそ、様々な問いが生まれる


未来をつくる実験区「100BANCH」で問いが生まれる理由とは

加藤:初めに「100BANCHとは何か」「なぜ100BANCHをテーマとするのか」からお話ししたいと思います。

加藤:ロフトワークが運営する100BANCHとは、渋谷にある古いビルをリノベーションして生まれた「未来をつくる実験区」です。パナソニック創業100周年を記念して、パナソニック、ロフトワーク、カフェ・カンパニーの3社が手を組み、2017年に作られました。

この100BANCHを象徴するプログラムが、次の100年につながる実験プロジェクトを公募するという「GARAGE Program」です。

「GARAGE Program」はビジネスや社会的意義に囚われない、“実験そのものの面白さ”を重視することが特徴です。毎月、各分野のトップランナーである23人のメンターが審査を行い、誰か一人でも「応援する」と言えば採択が決定します。採択されたプロジェクトには3ヶ月間自由に使える「プロジェクトスペース」や「トップランナーのメンタリング」などを提供しています。3年目時点で596の応募があり、178の実験プロジェクトが生まれてきました。

ロフトワークは、この100BANCHとは別に、問いをコンセプトとする「SHIBUYA QWS」という共創施設の運営にも参画しています。この問いのデザインゼミで、なぜSHIBUYA QWSではなく100BANCHを中心にお話しするのかといえば、「100BANCHもまた、100年先への問いかけを大事にしているから」です。

というのも、100BANCHが大切にする7つの原理の中に「Will から未来はつくられる」という思想があるんです。Willの中には、問いの先にある解に迫ろうとする内発的動機、「どう社会を変えていきたいのか」のモチベーションが付随しています。今日は、この「100年先への問いかけ」をテーマにお話ししていければと思います。

加藤:100BANCHはこれまでにも、昆虫食やアスリート向けの生理用品の開発、高校生による小学生向けの放課後寺子屋教室など、多種多様なプロジェクトが生まれています。

その視座は様々ですが、運営側としては必ずエントリー時点で「100年先をどうしたいのか?」と問いかけるようにしています。理想的な未来から逆算して現在の解決策を考えていく「バックキャスティング」の手法ですね。100年先を問いかけることで、実験プロジェクトの視座が上がるんです。

合わせて、「3ヶ月後をどうしたいのか?」ということも聞いています。これは100年先への問いを大事にするだけでなく、近しい未来への解法も考えてもらうためですね。

加藤:100BANCHでは「仮説・実験・検証」のサイクルを早くすることを大事にしているんです。仮説や問いの部分は固まっていなくてもいいので、「いかにサイクルを早く回せるか」ということを重視しています。

内発的動機を生み出すのは、「言論的問い」ではなく「探究的問い」である

加藤:問いには、「言論的問い」と「探究的問い」の2種類があります。これは古代ギリシアの哲学者であるプラトンが「対話篇」の中でも述べていることで、言論的問いは「徳とは何か」というように、原理に迫り言語化することです。一方で、探究的問いはその実体に迫るものであり、知的探求を促すもののことです。

加藤:100BANCHが大事にするWillも、探求的問いにあたります。例えば実験プロジェクトにおいて「ジェンダーとは何か」という定義の話はしません。「よりよいジェンダーバランスが取れる社会は何であるのか?」と、フラットな知的好奇心で実験をしていくというスタンスです。定義に迫るとアクションが生まれない側面があるので、探求的問いを大事にしているんですね。

加藤:場を運営する側のコミュニティマネージャーの役割としては、メンバーの視座をストレッチさせる問いを投げかけるようにしています。皆が好奇心のもとで知的探究へと向かえるように、本人が内発的動機で実体に迫れるように促しているんです。

自分が存在しない100年先の未来を、なぜ考えられるのか?

和泉:話題提供ありがとうございました。ミミクリデザインはSHIBUYA QWSのプロジェクトに参画していたので、100BANCHの取り組みについても知ってはいましたが、改めて聞いてみたいことがたくさん出てきました。

「100年先をどうしたいか」から始まるのはすごく面白いなと思うんですけど、素朴な疑問として、100年先って自分が存在していない未来でもあるじゃないですか。100年先をイメージできる人とできない人がいる時に、その人が100年先を考えるための足場がけをどのようにしているのか、っていうのは聞いてみたいなと。

加藤:実際、「100年先」はわからないことが多いですし、想起が難しいところもあります。ただ、100BANCHのいいところは、先輩たちが作った先行プロジェクトが既に200くらいあるんですね。「100年後は皆がふんどしを履いているんじゃないか」みたいな(笑)、皆が自由に未来のあり方を考えているんですね。

加藤:思考が固まっていると「そういうことはないだろう」となってしまうかもしれませんが、100BANCHでは様々な未来の考え方が許容されているんです。

あとは「100年先の面倒臭さは今の自分たちで引き受けよう」というプライドがあることも特徴かもしれません。自分たちが今ここで考えれば100年後の人が考えなくてよくなる、というモチベーションですね。だからこそ、100年の時間軸が大事だなと思うんです。その時間軸で見た時に振り返ることができるし、イノベーションが周りきったサイクルを見ることができるというか。

和泉:「既に先行事例がある」って言うのは確かに思考の枠を外してくれるんだろうな、と思いました。自分のニッチな思考で未来を考えられるというか。だからこそ、そのスタート地点を考えるプロセスを運営がどうサポートしているのか、というのが気になりました。

加藤:確かに、100BANCHのオープン時は「どんな人が応募するんだろう」みたいな感じで、僕らも探り探りだったんですよ。誰が使うのかよくわからないので、空間設計の難しさはありました。それぞれの具体的なニッチは事前に想定できないので、「できるだけ可変な空間を用意しよう」というところで、テーブルや棚も動かしてレイアウト変えられるようにしたり、電源も床にOAフロアを敷くのではなく天井から取るようにすることで、レイアウトの制限を作らないようにしたりとか。

和泉:そこがすごいですよね。大体のプロジェクトは何かしらターゲットを定義しますけど、ターゲット定義なしで「イメージできないけど始めよう」と進める運営チームの胆力がすごいなと思います。

加藤:世の中にいるであろう、潜在的な声やポテンシャルを見抜いていたところはあるかもしれないですね。ロフトワークはこれまでにも、3Dプリンターなどが自由に使えるクリエイティブコミュニティ「FabCafe」などを運営してきたので、顕在化してなくともこういった場所を求めてる人達はいて、ビジネスやスタートアップの文脈じゃなくても世に必要とされる人、活躍する人がいるだろうっていう思いがあったんだと思います。

安斎:今日は深掘りしないですけど、空間設計の話も大事ですよね。SHIBUYA QWSと100BANCHって空間の設計思想も違いますもんね。

加藤:違いますね。僕も両方で作業しますけど、意識とか考えるスピードとか、空間に影響されて変わるなあと思います。

安斎:「100年先」の話については、書籍『問いのデザイン』でも、長期と中期、短期でスコープを持とうという話をしたんですよね。その中で、1920年に100年先の日本を考えた『日本及日本人』という特集を紹介していて。ただ、我々にとって「100年」は長期の局地でもあるものの、実践としては100年先を考えることって本当にワークするんだろうか?と疑問に思っていたところがあったんですよ。

加藤さんの話で面白かったのは、「100年先の未来を精度高く見る」というよりは、「個人が抱く、100年先の部分的な未来像を自由に考える」であるところ。例えば昆虫食のように「あるかもしれない」「あってほしい」未来像をたくさん提示している人がいるから、未来予想とかシナリオプランニング的な発想とはまた違うのかな、とも思いましたね。

加藤:そうですね。「自分の個人的な趣味思考の分野は100年先に実現したいけど、他の部分は他の人に任せた」みたいな割り切りがあります。仲間を信頼しているから、何かあった時に任せられる仲間がいればいい、という考え方ですね。

安斎:100BANCHでは、同時期に採択された複数の実験プロジェクトが並行して動いているような感じなんですよね。プロジェクト間の横のやり取りってどのように交わされているんでしょうか。

加藤:それで言うと、そもそも100BANCHで採択されるのは他のインキュベーションで採択されなかったプロジェクトとかが多いんです。まさに「昆虫食作らせてください」「コオロギ1万匹飼育したいです」みたいなのって、商業施設でやってるようなインキュベーションだと断られてしまうんですね。すごくニッチな人たちであるがゆえに、社会的に受け入れる場がなかった、みたいなのがあって。

100BANCHは、そういうニッチなアイデアを持つ人たちの拠り所になるような場であるというのと、それまで孤独に取り組んでいた人たちが集まった時に、互いに痛みを知っているから助け合える、っていうのがあるんですよね。あと、それぞれのプロジェクトの個性が強く別世界くらいの違いがあるので、そういうプロジェクト間の対話って面白いな、というのも中にいると感じられるんです。

安斎:20世紀初頭のパリのカフェにも似ているかもしれませんね。ピカソやモディリアーニ、藤田嗣治のようにメインストリームから外れてしまった芸術家たちが集まって対話をする場のような。

“社会的正しさ”に抑圧された衝動の芽を、コミュニティが承認する

安斎:今日のお話って、コミュニティを作る人にもファシリテーションする人にも、大事なことが詰まってるなと思います。参加者の方から「内発的動機を促す働きかけをどのようにしているのか?」という質問をいただいていますね。

加藤:内発的動機はあらかじめ強い人もいますが、社会課題のように外部から刷り込まれた期待値で入ってくる人もいるんですよ。例えば、ある大学生の「ストロー」の実験プロジェクトでは、当初環境問題に対して、「プラスチックストローを変えていこう」ことを掲げていたんですよ。でも、アウトプットがしっくりこない状況が続いていたんですね。そこで事務局が色々と対話していくと、「本当は純粋にストローが好きだった」という思いが出てきたんですよ。

時流としても環境問題やSDGs(Sustainable Development Goals/持続可能な開発目標)が重要視される中で、当人は大学生で、周りもソーシャルグッドを目指している。その状況の中ですぼまってしまったというか、自分の中にある「本当の好き」を言えなかったんですね。

そこで「ストローが好きでいいんじゃない? ストローを悪者にされているのが嫌なんでしょ?」という対話をしたんですね。「じゃあもっとストローを使ったいろんな楽しみ方の提案をしたらいいんじゃないか?」「他の材質のストローとの比較とかをしていくことでも環境問題に向き合えるかもしれないし、そういう社会的意義は後から考えればいいじゃないか?」と。

結果的に、そのプロジェクトでは「試吸式」というイベントを作って、いろんな材質のストローを集めて使い分けたり、食べ物とストローの相性を組み合わせて試してみたりという取り組みをしたんですね。結果的に、今は「ストローマエストロ」として、飲食関連の企業などに向けてコンサルティングのお仕事もしていたりするんですよ。なので、内発的動機に向けた働きかけについては、コミュニティの運営側が丁寧に対話していくっていうのは必要かなと思います。

安斎:確かに、人によって「内発的動機を抑制したまま社会課題に向かう」ということはありますよね。僕らはよく「衝動」という言葉を使って、衝動に蓋がされているままだとプロジェクトがうまくいかない、という言い方をしているんですけど、その蓋を開けてあげる作業が必要なんですよね。こういう場合、何が蓋になってしまうんでしょうか。

加藤:蓋になりうるのは、「ちゃんとしなきゃ」とか「正しさ」とかの気持ちかもしれないですね。特に日本は“社会的正しさ”を求める空気のようなものがあると思っていて。それに対して、「このコミュニティの中では世間の評価軸から自由になっていいんだよ」っていうのを作っていくのはひとつのアプローチかなと思います。会社や大学の評価軸と100BANCHの評価軸は全く違うので、どれだけ資金調達してても実験が面白くないと評価されないんですよ。

安斎:コミュニティ運営側の介入の仕方としては、「ちゃんとしなきゃ」とか「社会的正しさ」とか世間的な物差しが押しかかっている中で、その人の抑圧されてる衝動の芽が見えたら、それを「いいんだよ」と承認してあげる、ということなのかもしれないですね。

加藤:あと100BANCHは、周りがみんなメインストリームからちょっと外れる人ばかりなので、そういった仲間を一種の鏡としながら、「何を考え過ぎていたんだろう」というように、自分を見つめなおせるっていうのも一つあるかなと思います。

安斎:確かに、周りの人の毛穴から衝動が放たれてたら影響されますもんね(笑)。

失敗を許容する「実験」の場だからこそ、様々な問いが生まれる

安斎:「視座をストレッチさせる問いかけ」についても参加者の方から質問が来てますね。100BANCHのプロジェクトにあるWillは「昆虫食」とか「ふんどし」とか、強烈にニッチなこだわりであると共に、強烈な固執にもなりうると思うんですよ。Willが強すぎて視座が固まってしまう、というか。でも、そういう人って常にストレッチしたいとは限らないんじゃないかなと思っていて。人って、問われたい時と問われたくない時があると思うんですよ。そこに対して、どう距離感を取ったり、どうやってストレッチかけたりするのかは知りたいなと思います。

加藤:頑固な人は頑固なので、それもいいとは思ってるんですよ。ただ、こだわりがあるならなるべく早く検証したほうがいいよ、という話はします。なぜなら、100BANCHは失敗してもいい場所でもあるんですね。毎月「実験報告会」があるんですけど、必ずしも成功だけをプレゼンしなくていいんですよ。実験のいいところは、「成功と失敗、両方含んで実験」であること。そういう意味で「失敗を許容している」ということは一つ言えるかもしれません。

もちろん、素直な人達も多いので、いろんなアイデアを聞いてインプットしているという面もあります。ただ、聴きすぎて流されてしまうこともあるんですよ。周りに引っ張られて「コラボレーションしよう」となったりしていると、「この3ヶ月でやりたかったことは本当にそれだったのか?」という話にもなる。両方ともあるんですね。

安斎:以前に読んだ集団の創造性に関する論文の中で、シンプルだけど面白いなと思ったのが「創造性はコラボレーションの中だけでは起きない、孤独な時間が大事である」というものなんですね。孤独なだけでもダメで、コラボレーションだけでもダメ。バランスが大事なんですよ。でも、ファシリテーターってつい話し合いを支援したり、コラボレーションを促進したりするきらいがあるので、ちょっと反省した記憶があるんです。どちらかに振り切らないようにバランスを取るのが大事なんですよね。

こうして全体を振り返ると、100BANCHの「実験」というコンセプトが腹落ちしますね。「問い」という言葉を表立って使うことはせずとも、失敗を許容する実験の場であることで、様々な問いが生まれ、育っているという。

和泉:QWSとは設計の思想が違いますよね。

安斎:そうですね。現代においては「問うていい場所」とか「問うていい時間」って大事だと思っていて、QWSはそういう場所ですよね。対して100BANCHは「いいじゃん、やってみなよ」と失敗を許容する実験を支援する場所。「100年先の未来」という時間軸を考えるにあたり、欠けている長い時間スパンを「3ヶ月間の実験」という形で体現している施設が100BANCHなのかなと思いました。

和泉:思想として「こういう未来を作りたい」というものがあったときに、自分自身が実験の中でそれを体現するとか、隣の人は本当に体現しているのか? とか、100BANCHはそういう要素が全部絡まり合ってますよね。こういうコミュニティって一朝一夕で作られるものではないので、ちゃんと実践できている100BANCHはすごいなと。

加藤:僕も100BANCHについて、問いという視点で改めて言語化できたのですごくいい機会になりました。改めてプラトンの論文とか読んで、問いの構造を考えて面白いなと思ったりとか。コミュニティと問いの関連を考えていくのは引き続き取り組みたいなと思ったので、ぜひこれからもディスカッションしていきたいですね。


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