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マネージャーがまず乗り越えるべき壁として「情報と意思決定」の問題が挙げられます。

本記事では、“ハブアンドスポーク”を例にして、「情報」がいかに組織の健全性を握るのかを考察していきます。

目次
“ハブアンドスポーク”とは
情報処理の遅延によってもたらされるリスク
階層が上がったときに求められるマネジメントのコツ
“ハブアンドスポーク”を脱し、フラットな組織をつくる


“ハブアンドスポーク”とは

ハブアンドスポークとは、物流輸送や飛行ネットワークの基本となる考えです。ハブ(hub)は車輪の中心部、スポーク(spoke)は車輪の中心軸を繋ぐ棒を指しています。

海外旅行をする際、中継飛行場を通じてから、目的地に向かったという経験がある方も多いと思います。世界中で常に1万以上の飛行機が飛び交う中で、その管理を行うのは大変です。そのため、航空業界では、中継地点に資源を集中し「ハブ」とすることで、より多くの飛行機が飛び交うことができるよう「ハブアンドスポーク」という方法論が生まれました。

これは組織においても援用できる考え方です。組織で多くの人が一緒に働くにあたって、数々の「情報」が飛び交います。そこで、中継地点として「マネージャー」を設置する必要があります。マネージャーが中継地点となって「情報」を一度取りまとめてからメンバーに展開し、さらにメンバーからの情報もまとめて他の中継地点であるマネージャーへと送り返します。

この考え方を基にすると、中継地点となる優秀なマネージャーを増やすほど、組織は大きくすることが可能だと言えます。

組織は中継地点同士のマネージャーがお互いに「情報リレー」し合い物事を進める事が可能になります。この行き交う情報の「速度」と「質」が良いほど、メンバーは「情報透明性が高い」と感じられます。そしてこの状態を維持することで「組織全体」が健全にワークするのです。

情報処理の遅延によってもたらされるリスク

しかし、中継地点のマネージャーが「情報を貯めて処理しない」と、メンバーはいつまでたっても他チームの状態、ひいては組織全体の状態がわからなくなり、不安や不信を募らせることとなります。

こうなってはメンバー自身が何か決めることも、進めることもできなくなってしまいますし、意欲を持って取り組みたい人達の情熱に蓋をする事にもなります。

こうならないために、まず他中継地点からくる情報を打ち返す必要があります。マネージャー経験が薄いうちは、「メンバーの分のタスク」も自分だけでこなして他中継地点に打ち返し、メンバーと連携しないということをやりがちです。マネージャーは常に忙しい日々を過ごすことになりますが、メンバーにとっては不満や不信感が高まります。

マネージャーからしたら「こんなに頑張ってるのに…」と思うかもしれませんが、この状態ではマネージャーがワークしているとは言えません。

そして、メンバーの数がさらに増えてきた場合、メンバーの分まで自分ひとりで片付けることはもはや不可能です。マネージャーがタスク処理しきれずパニックになるうちにも、次々と他中継地点マネージャーから情報が届き続けます。

こうなると自チームだけでなく、周囲チームにも悪影響が起き、組織の動きが遅くなります。

ここでマネージャーに対し、上司が「早くメンバーにボールを渡しなさいね」とフィードバックしてしまうと、多くのマネージャーはメンバーに無茶振りをします。

キャパシティが10の相手に、20の負荷がかかる仕事を渡したり、Whyを説明しないまま指示だけしたりと、エラーを繰り返します。

また、無茶振りをするマネージャーはメタ認知スキルが低くなってしまっており、「相手のためにやっている」「チームのためにはやむえない」と思い込みがちです。

こうなると今度はチーム内で物事がうまく進まず、結果的に遅延が起こります。さらには、メンバーに大きな不満が起こり、別の問題に発展するかもしれません。

重要なのは相手能力値や理解値、そして趣向に合わせて丁寧に情報を渡すことです。また頻繁にチーム内の点検を行い、悩み考え込む人がいたら「分からないところ」「理解できないところ」を一緒にWhyから言語化し、行動に進められるようフォローすることが大切です。

さながらマネージャーの立ち位置は、飛行機の行きかいを見届ける「管制官」とも言えます。

興味がある方はぜひSL理論についても参照してみてください。人の発達4段階に合わせ、マネジメントフォローは変えるべきといったことが書いてあります。こちらを見ていただくと、チームメンバーの顔を思い浮かべつつ、どの程度フォローすべきかを理解することも出来るかもしれません。

階層が上がったときに求められるマネジメントのコツ

さらに困難を極めるのは、いわゆる課長レベルのマネジメント(人の業務管理)から、部長レベルのマネジメント(人を介した組織全体管理)に切り替える時です。

マネージャーを介してマネジメントすることは、自分が直接メンバーをマネジメントするよりもはるかに困難です。どんなに優秀なマネージャーでも、初めて組織全体管理をするとき目線の違いに気づけず、組織全体を機能不全にしがちです。

多くの場合、課長レベルのマネジメント感覚でメンバーを直接フォローしてしまいがちですが、そうするとタスク処理しきれなくなり組織の健全性を低下させることになります。

部長レベルのマネジメントで大切なのは、組織全体の情報リレーが健全か「交通整理」をすることです。マネージャー同士が直接やりとりして物事を決められる状態をつくり、改善しつづけます。

また同時に、うまく管理ができてないチームがあればフォローをします。これにより組織全体が風通しのよい状態になり、メンバーが物事を進めやすい状態をつくれます。

また、もう一つのコツは、チームの優先順位を決めることです。全ての物事を無理に進めようとすれば、あっという間に組織全体の処理能力を超えて、皆がパンクします。

大切なのは「今やらないこと」を決めることであり、「最も価値あること」に集中して取り組める状態をつくり続けることです。

アジャイル開発に取り組まれるプロダクトマネージャー(以下、PdM)の方はこの辺りの感覚が強いかもしれません。PdMに限らず、常にチームは「コストはかからず価値が高い」ことにリソース投資を行うべきです。

マネージャーが優先順位を決めない限り、目の前の「顕在課題」に対応し続けることになり、チームが疲弊しがちです。忙しい割に前進しないと感じる時は、マネージャーが“モグラ叩き症候群”にかかっています。

マネージャーが優先順位を決めながら、風通しの良い状態を保つと、意思決定が効率化します。マネージャーやメンバーが意思決定に慣れるので、悩んだり調整する時間が必要なくなるわけです。

ここまでくると効率化により「リソース」が空くので、新しい取り組みをする余地が生まれます。次々と新たなチャレンジを成功させるチームは、このプロセスを繰り返し、チームを育成しているのです。

“ハブアンドスポーク”を脱し、フラットな組織をつくる

また航空経路の新たな方法で「ポイントトゥポイント」と呼ばれる方法もあります。これは、技術の発達によって生み出された、中継地点を挟まずに直接目的に向かう方法です。

組織も同様に、マネージャー同士が情報効率化を進めていくと「メンバー同士」が直接やりとりをして物事を進められるようになります。そしてマネージャーはその「環境」のマネジメントをする形に役割を変えることができるのです。

マネージャーが目指すべき到達点は、効率化を進めることで「ハブアンドスポーク」を脱し、メンバー同士が自律的に動きやすい状態をつくることです。そのためには一つ一つ「情報」を軸にしながら、時間をかけてチーム作りをすることが重要です。ここまで来るといわゆる「フラット」な状態をメンバーが感じられる「良いチーム」と言えるのではないでしょうか。

また今回の解説は、サイモンやガルブレイスと言った組織デザインの巨人の知見をソースとしています。彼らについては下記記事でも解説してるので、ご興味のある方はぜひこちらの記事も併せてご覧ください。

人の意思決定はなぜ不合理なのか?チームの課題を乗り越えるための組織デザイン15のヒント | CULTIBASE | 組織イノベーションの知を耕す。

CULTIBASEでは、「イノベーション」「経営・マネジメント」「デザイン」「学習・人材育成」「ファシリテーション」を切り口として、「組織のポテンシャル」を引き出し、クリエイティビティ溢れる組織づくりやイノベーティブな事業の創出に役立つ様々な考え方やノウハウを紹介していきます。

人と組織、互いがどのような関係であるべきなのか。環境の移り変わりの影響も受けて、絶えず変化する関係に対して、私たちは向き合っていかなければなりません。今回、『CULTIBASE』がゲストでお招きしたのは、このテーマにずっと向き合ってきた研究者の服部泰宏さん(神戸大学大学院経営学研究科准教授)です。

2020年9月に『組織行動論の考え方・使い方』を出版された服部さんに、組織行動論の基本的な考え方と最新の研究動向について、『CULTIBASE』編集長・安斎勇樹と副編集長・東南裕美がCULTIBASE Labの会員も参加した公開インタビュー形式でお話を伺いました。

目次
個人と会社のリベラルな関係を考える「心理的契約」
「組織の中の人間行動を探る」のが組織行動論
2000年以降に現場で生まれた組織に関する4つのトレンド


個人と会社のリベラルな関係を考える「心理的契約」

安斎:『組織行動論の考え方・使い方』のご出版、おめでとうございます。服部先生とは、数年前から何度かやりとりをさせていただきましたが、出版のタイミングで改めてお話をお伺いしたいと思って、今回は公開インタビューを依頼させていただきました。

服部:こちらこそどうぞよろしくお願いします。

東南:服部先生は、ずっと経営学の中でも組織に関することを研究されてきていると思いますが、どのような経緯で今の研究テーマにたどり着いたのでしょうか?

服部:私の主な研究テーマは、「人と組織の関わり方」です。コアテーマはずっと変わっていません。最近、話題となることも増えたホラクラシーやティール組織などのテーマも、ずっと学術的に見つめてきました。

最初は、「社員の組織へのコミットメント」で修論を書き、「日本企業の心理的契約」の研究に取り組みました。その他、「オランダのサッカークラブの人材育成」「ビジネスパーソンの時間的展望」など、いろいろな研究を行ってきました。

2013年頃から、研究の実践とのつながりを考えるようになり、「経営学的知識の普及と帰結」「日本企業の採用に関わる研究」などに取り組むようになりました。ここ数年は、「日本企業の知識マネジメント」「日本企業におけるスター社員の生態とマネジメント」に関する研究などをしています。

東南:出発点とされていた、心理的契約に興味をもたれたきっかけはどのようなものだったのでしょうか?

服部:原体験としては、公務員だった自分の父親から仕事の話を聞いたときに、会社とは違う世界を目指そうと思ったことがきっかけだと思います。学部時代は議員インターンシップを経験したこともありました。職業として会社員とは違う働き方を模索する中で、心理的契約の話が個人的にはピンときたんですよね。

心理的契約が土台であることは、いまも変わっていません。最初に研究した「コミットメント」は、個人的にコミュニタリアニズム的だなと感じていたんです。自分にとって、その感覚に違和感があって。個人と会社の関係は、もう少し、ドライで、フラットな関係性がしっくりくる。心理的契約は、とてもアメリカ的でドライなんですよね。自分にとってこれがとてもしっくりきて、これをリベラルな関係と表現しています。

安斎:以前、別の取材で服部先生のお話をお伺いしたことを思い出しました。一点、聞いてみたいと思ったのがエンゲージメントと心理的契約の関係についてです。ちょうど、CULTIBASE Labのゼミでエンゲージメントについて掘り下げる機会があり、心理的契約との関係はどのように位置づけられるのかなと。

服部:心理的契約は、個人が会社に何を求めるのかという人事管理のような意味合いを持ちます。例えば、会社が言っていることとやっていることが違うときに、昇進を嫌がったり、退職するなど、キャリアに関連するものとして位置づけられている。エンゲージメントは、会社で上司とどういう関係を築くかなどのテーマとして捉えられています本来、これらはつながりがあるはずですが、別々で語られることが多いですね。ただ、エンゲージメントはここ数年の重要テーマのひとつになっています。

「組織の中の人間行動を探る」のが組織行動論

東南:改めて、今回出版された書籍のテーマでもある、組織行動論についてお伺いできればと思います。組織行動論とは、どのような学問なのか簡単にご説明いただいても良いでしょうか?

服部:組織行動論(Organization Behavior)は、大まかにいえば、「組織の中の個人や集団の行動の研究」です。あらゆる人間行動を対象とするのではなく、企業などの経営組織の中での人間行動が考察の対象となっています。

組織行動論は、心理学を始めとして社会学、経済学、人類学など、基礎学問分野の科学的知識を積極的に参照したり活用したりするため、学際的な学問領域です。また、研究方法としてサーベイ、実験、フィールドワークなど社会科学のあらゆる手法を用います。

組織行動論において、モノの見方は社会心理学者のクルト・レヴィンが提示している考え方を参照しており、下記のように表現されます。

Behavior = f(Person, Environment)

つまり、「人の行動は個人と環境の2つの関数によって成立する」というわけですね。人の要素とは、年齢・性別・学歴などのデモグラフィックな要因や、パーソナリティ、欲求、キャリア志向などの個人特性、組織の成果に貢献する仕事遂行能力やスキルです。環境は、物理的・心理的環境や組織風土などが含まれ、「上司には恵まれているのか?」「人事制度はどうか?」などの意思決定や役割状態などが該当します。

組織行動に関する要素をマッピングしてみると、下記のようになります。

東南:「組織行動」という言葉でありながら、個人の成長などに焦点が当たっていることが気になりました。組織ではありながら、個人について考えるというのが基本になるのでしょうか?

服部:実は、「組織行動」という言葉は問題視されてきたんです。厳密には、組織の中における行動、「Behavior in Organization」なんですよね。「経営が求める成果につながる行動と、個人の幸福。どうやったらこれらを融合させられるか?」が組織行動の問題意識でした。

時期によっては合理性が流行ったり、人の幸福が重要視されたりと、循環してきたなかで、最近はウェルビーイングや人の全体性を重視する時期に入っています。組織行動論は、タスクとヒューマンの間で、関心が揺れ動いてきた学問なんです。

そのため、さきほどのエンゲージメントのような概念との相性もよく、心理学の中で経営に関心ある人々が取り組む、産業組織心理学と重なる領域は大きいですね。経営学から心理学的に研究する領域が組織行動論になります。

安斎:少し学問領域の話になりますが、組織行動論に組織学習や知識創造といったプロセスが出てこないのはどこかに境界線があるのでしょうか?

服部:組織学習や知識創造は、よりマクロな経営組織論での議論になっていますね。組織行動論はよりミクロなテーマで、領域がタコツボ化してしまっている状態です。

最近では、「マイクロファウンデーション」という考え方が出てきています。会社のイノベーションなどのマクロ変数と、現場の人たちのミクロ変数を融合していかないとねという考え方が2000年以降注目されてきています。

ただ、図の右下にあるように、個人の成果が上がると、会社の成果が上がるかというと、実は研究している人がまだいないんです。実際に、一人ひとりの能力が集まったら会社が伸びるかというと、立証が難しい。このあたりも今は過渡期ですね。

2000年以降に現場で生まれた組織に関する4つのトレンド

安斎: 今回、出版された著書『組織行動論の考え方・使い方』の内容も踏まえ、もう少し組織行動論についてお伺いできますか?

服部:今、お話したような組織行動論の位置づけについて紹介したのが書籍の第1部になります。2000年以降、どのようなトレンドがあるのか?リーダーシップの研究は重要だが、どれくらいのシェアを占めているのか?研究は実務においてどのような意味を持つのか?など、研究に寄せられる批判等も束ねて回答しているのが第1部です。

第2部は、組織行動論においてどのようなコンセプトがあるかを網羅して紹介しています。例えば会社でリーダーシップについての現状を計測をする場合、どうすればいいのかを、コンセプトごとに紹介しています。

第3部で触れているのは、実務家の方々とどういった関係になれば、研究者は価値が発揮できるのか?を考察しています。組織行動論という社会科学はどのように社会に役立つのか?を重層的に考えていこうというのがこの本です。

安斎:この本は、研究者と実務家のそれぞれに刺激を与える本ですよね。私も研究者としての立場で非常に刺激を受けました。自分は研究と実務の間で揺れ動いているので、大変考えさせられました。現場の問題意識に合わせてどこを参照すればいいかをまとめている内容となっており、実務家にとっても参考になる内容にまとまっている印象を受けました。

服部:ありがとうございます。せっかくなので、書籍で取り上げているトレンドについて簡単にここでも紹介できればと思います。第一部で2000年以降、北米を中心にどのような議論がされているかを紹介しました。登場している組織行動研究のトレンドは、大きくくくると以下の4つになります。

1.個人の能動性への注目 (proactivity) 
2.会社への業績の分散が非正規 (non-normal distribution)
3.会社との関係が不均一 (heterogeneity) 
4.科学的厳密性と実践的有用性の緊張関係 (rigor and relevance)

それぞれどのようなトレンドなのかも合わせて紹介します。

(1) 個人の能動性への注目 (proactivity)                   

これは、組織の中の個人が、組織側の施策や上司の指示に受動的に反応するだけでなく、自ら思考し、自身をマネジメントする側面への注目です。「プロアクティブ行動」「ジョブ・クラフティング」「自己調整」などの研究が含まれます。

※プロアクティブ行動:個人がとる自分自身や環境に影響を及ぼすような先見的な行動であり、未来志向で変革志向の行動
※ジョブ・クラフティング:個人が自らの仕事のタスク境界もしくは暗勁的境界においてなす物理的・認知的変化
※自己調整:広義には、反応性、興奮性、覚醒を抑える神経的・認知的・感情的・行動的プロセスの調整

(2) 会社への業績の分散が非正規 (non-normal distribution)

2000年代以降、「スター社員」の研究が盛んになっています。ここでいうスター社員とは、①きわめて高い生産性②労働市場における高い顕在性③組織内の他のメンバーにとっても有益・有用な社会関係資本の保有といった特徴を持つ社員のことを指します。

これまで組織行動研究は、組織内の個人の業績が正規分布に従うという仮定がありました。それがスター社員の登場等により、見直されつつあります。スター社員の研究には、スターの形成、スターのマネジメント、周囲への影響、スターの流動性、スターの処遇および他者との公平性といったテーマがあります。

(3) 会社との関係が不均一 (heterogeneity) 

スター社員の登場により、特定の社員をひきつけ、つなぎとめるための、特別扱いにかかわる研究もあります。エグゼクティブ層に限らず、一般的な労働者にも、特別扱いの可能性が開かれるようになっている。2000年より以前は、組織と個人の良好な関係を保ち、従業員のポジティブな行動・態度を導くためには、従業員の処遇の公平性を担保する必要があると考えられてきました。その前提も変わりつつあります。

(4) 科学的厳密性と実践的有用性の緊張関係 (rigor and relevance) 

組織行動の研究においても、研究の「権威」や「正統性」が認められるためには、同じ分野の専門家による相互評価をクリアするか否かによって決まります。そのため、組織行動の研究者は、自らの理論が実務家に対してどのような影響を与えるのかに対して関心を持たなくなってしまい、実践に対する無関心が広がっていたのです。

こうした状況に対して、体系的で、事実に基づいたマネジメントの実践であり、意思決定の中身とそのプロセスにおいて科学的知識を取り込む「エビデンス・ベースド・マネジメント」に関する議論も活発化しています。こうした議論は、研究を評価する際、科学的・統計的な厳密性という基準に加えて、実務家にとってどこまで有用であるかという重要な基準を提示しました。

4つのアプローチを武器に、仮説の精度を高めて組織を改善する「エビデンス・ベースド・マネジメント」とは

今回出版した本では、こうした昨今の研究トレンドに触れるところから始めています。

安斎:2と3のトレンドについてお伺いさせてください。これは、現場の現象として生まれてきており、それが研究から明らかになっているという状況なのでしょうか?

服部:そうですね。経営学は基本的に現場先行で動きます。それが研究で明らかになってきている。2と3に関係するのが「I-Deals」という概念です。日本語で表現するなら、「特別扱い」ですね。

「I-Deals」は、2つの言葉を組み合わせた造語。1つは、「idiosyncratic(特別な、特異な)」、もう1つの意味は「ideal(理想的)」です。つまり、「I-Deals」とは、人の能力や適性に応じて働き方や環境を特別に用意する。昔の考え方からすると特別扱いは「えこひいき」のような印象でしたが、特別扱いが周りにも組織にとっても理想的であるという価値観が醸成されつつあるんです。

安斎:大変興味深いです。最近発売された石山先生の『日本企業のタレントマネジメント』 のなかでも、選別的なスター社員を増やしていこうという話と、包摂的に社員全員のポテンシャルを伸ばしていこうとする動きなどの思想が存在していると語られていました。今のお話だと、選別的なアプローチが優位になってきているという理解でいいのでしょうか?

服部:アメリカの場合はそうですね。ただ、スターに対するアンチテーゼも存在していて。スターの虚構性や、スターの危うさ、スター本人の立場で生まれる苦悩などに向き合おうとする立場もあります。スター社員についても、バランスを考えようという動きがありますね。

服部泰宏さんによる新刊、『組織行動論の考え方・使い方』が好評発売中です。2020年現在の組織行動論領域において学術的に確立された理論を概観しています。リーダーシップ、組織内の公正、欲求とモチベーション、人的資本や社会的資本、組織と個人の心理的契約、組織コミットメントなどのテーマを網羅した、ビジネスパーソンも必読の書です。

組織行動論の考え方・使い方 — 良質のエビデンスを手にするために

また、本取材のフルでのアーカイブ動画をCULTIBASE Lab限定で配信しています。

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後編ではコロナ禍の組織研究で明らかになった「無駄や冗長性(リダンダンシー)」の重要性などの具体例を交えて、経営学を今なぜ学ぶのか、について議論を深めます。

*1 ※心理的契約:企業において従業員が雇用される場合に、暗黙の了解において結ばれるような契約のこと
*2インディアナ大学のアーネスト・オボイルとジョージ・ワシントン大学のヘルマン・アグイニスによる
O’Boyle,E.<Jr.<andAguinis,H[2012]“The best and the rest : Revisiting the norm of normality of individual performance,”PersonalPsychology,vol.65,no.1,pp.79-119.

連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」の第4回目の記事では、リサーチ・ドリブン・イノベーションのイメージを具体的なものとするために、「素朴な問い」と「曖昧なデータ」から生まれた、「トイレ」をテーマにしたプロジェクトの事例をご紹介しました。

“トイレ”の意味を探究する:連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」第4回
https://cultibase.jp/2323/

本連載第5回目の記事となる今回は、リサーチ・ドリブン・イノベーションのプロジェクトの出発点である「問いを立てる」工程について解説します。

目次
問いのデザインの2つのアプローチ
価値探究型の問いのデザイン
2つの問いのデザインを組み合わせる


問いのデザインの2つのアプローチ

リサーチ・ドリブン・イノベーションの出発点としての「問い」を立てる手順について解説する前に、問いの立て方には大きく「課題解決型の問いのデザイン」「価値探究型の問いのデザイン」の2つのアプローチがあることを整理しておかなくてはなりません。

課題解決型の問いのデザインとは、文字通り、課題を解決するために適切な問いを立てるアプローチです。現状に対して何かしらの問題を感じており、ある程度「こうなりたい」「こうなってほしい」という目標が存在する場合は、課題解決型の問いのデザインのアプローチが有効です。目標に従って、問題の本質を見極め、解くべき課題を定義することで、問いを導いていきます。拙著『問いのデザイン』は、この課題解決型の問いのデザインについて体系的に解説した書籍です。

課題解決型の問いのデザインのポイントは、「問題」と「課題」を区別することです。「問題」とは、目標に対して動機付けられているが、到達する術がわからない状況のことです。多くの場合、チームにおいてメンバー一人ひとりにとって「問題の捉え方」の目線が揃っていないことが、問題がなかなか解決されない原因となっています。言い方を変えれば、想像している「目標」に齟齬があることが多いのです。

したがって、課題解決型の問いのデザインアプローチでは、まず目標を精緻化するところから、問いのデザインを開始します。チームメンバー、ステークホルダーが問題をどのように解釈しているのか。丁寧にすり合わせながら、どんな成果にたどり着くことを目標にするのか(成果目標)。その過程で、どんな気づきやコミュニケーションをたどることを目標とするのか(プロセス目標)。そしてその先に、何を見据えるのか(ビジョン)。

目標を構造的かつ段階的に整理して、「正しい目標を立て、チーム全員で合意する」ところにコストを使います。そのようにして、チームメンバーの間で「解決すべきだ」と前向きに合意された問題のことを、「課題」と呼びます。

課題解決型の問いのデザイン

課題解決型の問いのデザインの特徴は、あくまで目標と現状の差分から、課題を設定し、問いを立てるところです。たとえば、「1年間で100万円を貯金すること」が成果目標だとします。現状の収入は十分だが、飲食費など出費が多いことがお金のたまらない原因なのであれば、「日々の浪費を抑える」というプロセス目標を辿って、「1年後に100万円の貯金がある」という状態にたどりつくことが目標となります。しかしながら、これまで通りの生活習慣では、浪費がなかなか無くせそうにない、とします。そのような現状との差分から、「どうすれば浪費を抑えられるか?」「1ヶ月あたりの飲み会を半分にするのはどうすればいいか?」「なぜ私はお酒を飲み過ぎてしまうのか?」といった問いを立てて、課題解決を試みるわけです。

課題解決型の問いのデザインでも、リサーチ・ドリブン・イノベーションの起点となる問いを立てることは可能です。たとえば「なぜ私はお酒を飲み過ぎてしまうのか?」という問いは、自分自身の課題を解決するための嘆きでもありますが、世の中に顕在化している共通する課題としても解釈できます。この課題に迫ることは、人間の性質について探究する一助になるかもしれません。これをリサーチ・クエスチョンとして、一般的に人々がお酒を飲み過ぎてしまう理由について、生活者調査をしたり、アルコール依存の文献を調べたりすることで、解明を試みることはできるでしょう。

しかしながら、実はリサーチ・ドリブン・イノベーションと相性の良い「問いのデザイン」のアプローチは、目標主導の課題解決型の問いのデザインよりも、実は「価値探究型の問いのデザイン」なのです。

価値探究型の問いのデザイン

「価値探究型の問いのデザイン」とは、解決したい問題状況や、特定の到達目標があるわけではないけれど、長期的に人間や社会の本質について明らかにすべく、洞察を得るための探究的な問いを立てるアプローチです。目標や問題状況が解消されないストレスに基づいて問いを立てるのではなく、自分自身の「関心」を大切にしながら問いを立て、好奇心を駆動させながら、唯一の答えがない命題に迫っていくことを大切にします。

たとえば、人間とお金の関係性に関心があるのであれば、人間の本質に興味を持ち「人は“浪費”とわかりながら、なぜお金を使ってしまうのか?」「人間にとってお金とは何か」「正しいお金の使い方とは何か?」「そもそもお金を貯める必要はあるのか?」など、探究のテーマを設定して、人間や社会の本質に迫っていくのです。

この過程を通して、人間の真理を発見することは必ずしも期待しません。問いを深めていく過程で、自分自身の思考と感情が刺激され、他者と対話を深めることで、何らかの洞察を得ることが、価値探究型の問いの重要な役割なのです。

長期的には「人間や社会の本質を解明すること」を目指すため、ある意味では大きな「目標」がはっきりしています。それゆえ、広義には「価値探究型の問いのデザイン」と「課題解決型の問いのデザイン」は本質的には同じだと言えなくもありません。けれども、価値探究型のアプローチで立てる問いは、そう簡単に答えが出るものではない、というところが重要な違いです。課題解決型のアプローチで設定した問いは、目の前の問題状況を解消し、目標を達成するための手段として立てたものですから、解決されなくては困ります。答えを出すために、問いを立てているのです。

ゼロからイノベーションを生み出そうとする場合、多くの場合、何を目標とすればいいのかすら、わからないことが多いのではないでしょうか。そもそもどの山に登るのか。進むべき方向性、すなわち目標が定まらぬまま、あいまいな霧の中で、新たな価値を生み出すことを目指す。そのようなときには、課題解決型ではなく価値探究型の問いのデザインが有効なのです。

2つの問いのデザインを組み合わせる

しかしながら、リサーチ・ドリブン・イノベーションに「課題解決型の問いのデザイン」が不要なわけではありません。2つの組み合わせが有効なのです。具体的には、まず「価値探究型の問いのデザイン」で問いを立て、その後「課題解決型の問いのデザイン」でプロジェクトを着地させることが求められます。

商品開発やサービスデザインのプロジェクトにおいては、どこかのタイミングで必ずプロジェクトのゴールを定めて、解くべき課題を定義しなければ、明確なアウトプットを出すことはできません。これはどのようなプロジェクトであっても同様です。

けれども、リサーチ・ドリブン・イノベーションのプロジェクトの場合は、プロジェクトの前半は、あえてゴールすら曖昧な状態からスタートするのです。リサーチのための明確な問いが立つまでは、漠然とした、関心を指し示すキーワードしかない場合も少なくありません。

この関心に基づくキーワードを、便宜上「リサーチトピック」と呼びましょう。リサーチ・ドリブン・イノベーションの出発点は、キーワードレベルの「リサーチトピック」から、「価値探究型の問いのデザイン」のアプローチを使って「リサーチクエスチョン」と呼ばれる問いの形式に変換することです。

そしてリサーチクエスチョンを探究していくうちに、方向性が定まり、「プロジェクトゴール」が見えてくる。ここで初めて「課題解決型の問いのデザイン」のアプローチを使って、解くべき課題を定義するのです。

リサーチトピック・リサーチクエスチョン・プロジェクトゴール

次回からは、リサーチ・ドリブン・イノベーションの成否を握っている価値探究型の問いのデザインに着目し、問いを立てるポイントについて解説します。