経験学習サイクルの3つの誤解:連載「組織学習の見取図」第2回

経験学習サイクルの3つの誤解:連載「組織学習の見取図」第2回

安斎 勇樹

2020.08.25/ 7min read

連載「組織学習の見取図」2回目の記事となる今回は、組織学習の重要なキーワードである「経験学習(experiential learning)」という言葉を取り扱います。この言葉は、学習理論のなかでも比較的ポピュラーな用語で、企業研修やビジネス書でもよく登場します。その分、誤解されている部分や、本質が掘り下げられていない側面もあります。本記事では「経験学習」の誤解と本質について、掘り下げていきましょう。

組織学習といっても、いきなり「組織」そのものが、何かを覚えたり身に付けたりすることはありません。あらゆる組織学習は、かならず組織を構成する「個人」の学習からはじまります。個人が業務のなかで学んだことが、チームや組織で増幅されることで、組織レベルの変化へと昇華するのです。
組織における「個人の学習」の性質を捉えるまなざしは、さまざまです。そのなかでもポピュラーかつ便利な枠組みが、「経験学習」の理論です。組織の複雑さに対して、シンプルな理論ではありますが、組織学習を構成する最小単位のユニットを捉えた、強力な理論群なのです。

組織学習は個人の経験学習からはじまる

本記事では、一般的によくみられる「経験学習に関する3つの誤解」を解き明かすことで、経験学習の本質に迫っていくことにします。

誤解(1)とにかく経験を積むことが大事
誤解(2)PDCAサイクルのようなものである
誤解(3)イノベーションとは無縁である


誤解(1)とにかく経験を積むことが大事

経験学習とは、人間の学習を外部からの「知識の注入」ではなく、主体的な「経験」を通して生起するものだと捉える考え方です。教育哲学者のジョン・デューイ(1859-1952)の理論に端を発しています。その思想は「真実の教育はすべて、経験を通して生じる」「為すことによって学ぶ(Learning by doing)」などの言葉によって知られています。学習が経験によって生まれることは、当たり前のように思えますが、当時は伝統的な学校教育に対する批判として、非常に重要なメッセージを含んでいました。

筆者が大学院時代に研究していた「ワークショップ」の系譜を辿ると、このデューイの経験学習の理論にたどり着きます。デューイは経験を重視しながらも、「学習を阻害する経験」もあり得ることを指摘し、何よりも「経験の質」を重視し、いくつかの原理を提唱しました。

しかしデューイの理論は、教育や人材育成の現場において、誤解されるところがありました。それは「なるほど、経験が大事なのか」「机に座って本を読んでいないで、とにかく現場で経験を積もう!」という「とにかく経験を積むことが大事」という誤解釈です。

デューイは「経験とは、環境との相互作用である」と述べましたが、「外界」に対して働きかけるばかりでは、学習は深まりません。デューイは同時に、自分の「内側」に籠って深く考える時間も、経験においては必要不可欠だと考えていました。その手段として、デューイは「反省的思考(リフレクション)」の重要性を説いたのです。ワークショップの最後に「振り返り」の時間をとるのは、実はデューイの理論の影響なのです。

リフレクションによる熟慮がなされぬまま、現場経験ばかりを積み重ねることを、教育学では「這い回る経験主義」と批判されます。文字通り、現場という地べたを這い回るばかりで、メタ的なリフレクションが欠落したり、知識と知識を結びつける視点が持てなかったりすることで、学習が断片化してしまうのです。

このことは誰もが頭では「大事だよね」と納得できると思いますが、いざ日々の業務に忙殺されると、なかなかじっくりリフレクションする時間はとれません。事業が順調な組織に属していれば、いやでも経験を積み重ねることになるでしょう。したがって、経験を増やそうとするよりも、むしろ意識的に内側にこもって、じっくり内省することのほうが、経験学習においては重要なのかもしれません。

誤解(1)とにかく経験を積むことが大事
本質(1)リフレクションの時間を確保することが大事

誤解(2)PDCAサイクルのようなものである

デューイの経験学習の理論は、抽象的かつ難解でした。それをビジネスパーソンにとって馴染みがあるように定式化したのが、デイビッド・コルブ(1939-)です。コルブの経験学習のサイクルは、一度くらいは見かけたことがあるのではないでしょうか。

コルブの経験学習のサイクル

簡単にいえば、現場における「具体的経験」があったのちに、デューイが重視するように、その経験を精緻にリフレクションする「省察的観察」を経て、別の場面で応用可能な「抽象的概念」としての仮説を生成し、次の場面での「能動的実験」の計画を立てる。このサイクルの循環のなかで、経験学習は生起されるとしました。

しかしこのコルブの経験学習のサイクルは、広く普及している一方で、単なる「PDCAサイクルのようなものである」と誤解されているきらいがあります。正確にいえば、これは間違ってはいません。けれども、コルブの言いたかったことは「PDCAを回しましょう」ではなかったのではないかと、筆者は考えています。

コルブの整理の本質は、このサイクル図の背後にある「2つの軸」にあります。コルブは、デューイをはじめとする先人たちの学習性質を考察し、第一に、外側の環境に働きかけていく「活動的(Active)」というベクトルと、内側にこもって熟慮する「内省的(Reflective)」というベクトルの対立軸に整理しました。そして第二に、現場に直接的に紐づいた「具体的(Concrete)」というベクトルと、知の汎用性としての「抽象的(Abstract)」というベクトルの対立軸に整理しました。経験から学ぶためには、この相反する対立軸のすべてが重要であると考え、マトリクスの各象限に「適応」「発散」「同化」「収束」という「異なる学習スタイル」を配置したのです。さきほどの「具体的経験」「省察的観察」「抽象的概念」「能動的実験」の4つのステップは、それぞれの軸の方向を示しています。

コルブの学習のマトリクス

コルブは、「遺伝や環境の要因によって、学習スタイルには得意・不得意がある」ことを指摘しています。各象限の学習スタイルについて本記事では詳述しませんが、たとえば右上の「適応型」は、実行力が高く、計画やアイデアをとにかくやってみるのが得意なタイプです。他方で、左下の「同化型」は、観察と抽象化が得意で、理論を作り上げるのが得意なタイプです。当然、自分が得意な象限の逆象限は、苦手な傾向にあります。

経験学習のサイクルを回すためには、この「相反する学習スタイル」を統合させ、高度にバランスすることが必要です。自分の学習スタイルを理解し、苦手なスタイルを意識的に補完しないと、”PDCAを回す”ことは容易ではないのです。

誤解(2)PDCAサイクルのようなものである
本質(2)相反する複数の学習スタイルの統合が必要である

誤解(3)イノベーションとは無縁である

このような経験学習のサイクルは、日々の業務において「やってみる」「ふりかえる」「仮説を立てる」「試してみる」ことを繰り返していくうちに、「前に比べて、だんだんと上手に仕事ができるようになる」サイクルです。

イノベーションは「新結合」と訳される通り、今まで全くやったことのなかったことにトライしたり、新しい事業やアプローチを開発したりするレベルの「大きな変化」が必要です。現場の試行錯誤を通して技を「改善」していく経験学習サイクルを回していても、イノベーションのプロセスとは無縁のように思えます。

経営理論「両利きの経営」では、既存業務の改善を「知の深化」と呼び、実験を通した事業の拡張を「知の探索」と呼びました。コルブの経験学習のサイクルは、一見すると「知の深化」に位置づいているように思えます。

けれども、コルブの経験学習のマトリクスの本質を突き詰めていくと、実はこのモデルはまだ拡張可能性を残しています。その全貌を少しだけお見せすると、以下が、筆者が経験学習モデルを拡張させた「両利きの経験学習サイクル」です。

両利きの経験学習サイクル

このモデルは、経験学習の「回し方」に工夫を加えたもので、単なる「改善」のループから逸脱するサイクルを想定したものです。本記事では、理論拡張の可能性を示唆するにとどめ、また詳細は本連載の後半に解説したいと思います。

誤解(3)イノベーションとは無縁である
本質(3)経験学習は、イノベーションの基盤となりえる


本記事は、連載「組織学習の見取図」の第2回目の記事です。

本連載のその他の記事は下記特集ページよりご覧いただけます。

CULTIBASE | 組織学習の見取図

CULTIBASEでは、「イノベーション」「経営・マネジメント」「デザイン」「学習・人材育成」「ファシリテーション」を切り口として、「組織のポテンシャル」を引き出し、クリエイティビティ溢れる組織づくりやイノベーティブな事業の創出に役立つ様々な考え方やノウハウを紹介していきます。

関連記事はこちら

https://cultibase.jp/1917/

CULTIBASELabの紹介

Most Popularランキング トップ5

Tag人気のタグ

タグ一覧へ
CULTIBASE編集部がテーマごとに
動画・記事・音声コンテンツを
厳選してまとめました。

パッケージ

CULTIBASE編集部がテーマごとに動画・記事・音声コンテンツを厳選してまとめました。

もっと見る