イノベーションの過程で生じる「タスクの葛藤」との向き合い方
イノベーションの過程で生じる「タスクの葛藤」との向き合い方

イノベーションの過程で生じる「タスクの葛藤」との向き合い方

2021.11.12/7

創造的活動において「葛藤」は避けることのできない感情の一つです。何か新しいものを生み出すプロセスの中では、何が正しく、何が間違っているのか、絶対的な正解は誰にもわかりません。

これは、企業におけるイノベーション推進のプロジェクトにおいても同様です。イノベーションが求められる背景には、ひとつの手法や一人の有能なリーダーの力だけでは解決できない複雑な問題が存在し、だからこそ、チームで取り組み、多様な意見を出し合うことで、創造的な成果へと繋げていくことが重要だとされています。

正解のわからない問いと向き合う議論の中では、他者の多様な価値観に触れるうちに、自分の価値観にも一定の“揺さぶり”がかかります。相手はなぜそのアイデアを良いと思うのだろうか。自分のアイデアは本当に良いものだろうか。そのような葛藤を抱えることは、イノベーションプロジェクトではごく当たり前の心の動きといえるでしょう。

しかし、いくら創造的活動に不可欠とはいえ、ただ葛藤するだけでは物事は前に進みません。それどころか、長期にわたって強い葛藤状況に置かれるうちに、新しいアイデアを生み出そうとする意欲を失ってしまうことも考えられます。

チームでのイノベーションを目指す上で、私たちは否応なく生じる葛藤とどのように向き合うとよいのでしょうか。本記事では、チームでのイノベーション活動における代表的な葛藤の一つである「タスクの葛藤」に着目し、そのヒントを探ります。

中程度の「タスクの葛藤」は創造性を高める要因になりうる

Kurtzberg & Amabile(2001)は、タスクの葛藤を「チームに課された業務、もしくは課題に対する認知的な葛藤」と紹介しています。また、特筆すべき点として、これらの研究では、タスクの葛藤がチームに多角的なものの見方の獲得を促し、創造性と革新性を高める要因であることが示唆されています(Kurtzberg & Amabile, 2001; Mannix & Neale, 2005)。すなわち、葛藤を生じさせる困難なタスクに対して、各自が様々なアプローチを試すことで、それぞれの違いが表面化し、結果的に集団全体の思考や方法の幅が広がるというのです。

ただし、タスクの葛藤がチームの創造性を阻害するケースも確認されています。例えば、De Dreu (2006)では、タスクの葛藤と創造性が「曲線的で逆U字」を描く関係にあるとして、中程度のタスクの葛藤がチームの創造的なパフォーマンスをもっとも促進する一方で、タスクの葛藤の程度が大きすぎたり小さすぎたりした場合、逆に集団の創造性が抑制されてしまうことが明らかにされています。

それでは、創造性を高める「中程度の葛藤を生み出す課題(タスク)」とは、具体的にどのようなものなのでしょうか。ひとつ参考になる事例として、CULTIBASE編集長・安斎勇樹が2009年に行ったワークショップ「Ba Design Workshop」の実践研究を紹介します。

「Ba Design Workshop 」のメインワークは、3人組で「新しいカフェをレゴブロックで制作する」というものでした。ただし、安斎は参加者全体を二つのグループに分け、片方には「“居心地の良い”カフェを作ってください」という条件を、もう片方には「“危険だけど居心地の良い”カフェを作ってください」と矛盾を含んだ条件を与えます。そして、そのような異なる条件下のもと、それぞれのコラボレーションのプロセスがどのように変化するのか、記録と分析を行いました。

参考:動画「『危険だけど居心地がいいカフェ』の思考プロセス」より

その結果、課題の中に「矛盾条件」を含む条件を加えた場合、そうでないグループと比較して、参加者同士の意見の交換が活発に起こり、個々人のアイデアの連鎖の結果として新しいアイデアがグループで生み出されることが確認されました(安斎他2011)。

次の図は当時のワークショップの参加者の発話を展開図で示したものです。これを見ると、「通常条件」のグループが一人の意見が比較的すんなり通ってしまうのに対して、「矛盾条件」のグループでは誰かの意見に対して“ツッコミ”が盛んに行われるなど、多角的な観点から吟味・検討がされていることがわかります。

参考:動画「『危険だけど居心地がいいカフェ』の思考プロセス」より

ワークショップの課題設定において「葛藤」状況を作り出すことの重要性は、安斎が山内祐平さん、森玲奈さんと共に著した書籍『ワークショップデザイン論 -創ることで学ぶ』(慶應義塾大学出版会)の中でも次のように語られています。

 創る活動から学習を誘発するためには、課題に何らかの「葛藤」の要素が埋め込まれており、何らかの工夫や努力がなければ乗り越えられないハードルとなっている必要がある。“普段の自分”のままでは乗り越えられない課題に直面したとき、私たちはときにいつもと違ったやり方を試したり、いつもと違った視点からものごとを眺めたり、いつもと違った意見に耳を傾けたりする。そこに学習がある。
 葛藤状況は参加者にとって一時的に苦しい時間となるが、それを試行錯誤しながら乗り越えるプロセスには、発見を伴った知的な楽しさがある。また、個人の力で乗り越えられない課題を設定することは、他の参加者と協働する意味も生まれる。楽しさと葛藤をうまく両立させながら、「Hard-Fun(くるたのしい)」な課題を設定することが重要である。

– ワークショップデザイン論 -創ることで学ぶ[第2版]より

もちろん、ワークショップで設定された課題と現実のイノベーションにまつわる課題とでは状況が大きく異なりますが、タスクの葛藤がもたらす創造性のイメージを掴む上で、参考になる記述です。

実際のイノベーションプロジェクトにおいても、ときには目の前の課題を捉え直し、思考実験的に「適度に困難な矛盾」を含むかたちに問いをリフレーミングしてみるなど、ワークショップ的なプロセスを部分的に組み込んでみることで、多様な意見を広く集めたり、思考の幅を広げたりするきっかけを得ることもできるかと思います。

「タスクの葛藤」とチームで上手に付き合っていくためのコツ

ここまで、タスクの葛藤がチームの創造性を高める可能性があり、またそのためには葛藤の度合いが適度なレベルに収まっていることが重要だと述べてきました。それでは、イノベーションプロセスの中で、タスクの葛藤とどのように向き合っていけばよいのでしょうか?

Lovelaceら (2001) は、チームメンバーがタスクに対する懸念点を自由に表明することが可能で、それらについてオープンに議論できる機会がある場合に、葛藤がチームのイノベーションにとって有益な結果をもたらすことを明らかにしています。業務の中で各自が抱えている不安を共有することによって、チームの結束力、信頼感、オープンなコミュニケーションが促進され、結果的にチーム内で葛藤を処理するメカニズムを徐々に確立させることで成長し、このような効果が得られるのだと考えられています(Lovelace et al., 2001; Mortensen & Hinds, 2001)。

また、Song, Dyer, and Thieme (2006) は、葛藤の「質」について言及しています。彼らの研究では、統合や調整を行うなど、他者と前向きに関係性を持とうとする行為によって発生する積極的・建設的な葛藤はチームでのイノベーションを促進させますが、一方で、内向きでネガティブ、回避に向かうような葛藤は、チームに良い影響をもたらすものではないと述べています。

これらの先行研究から、「タスクの葛藤」をコントロールする上での一つの方法として、葛藤を内向きに閉じ込めようとせずに、自らが葛藤している懸念点についてシェアできる心理的な関係性と環境を構築することが大切だと考えられます。例えば近年大きな話題を集める「心理的安全性」なども、チームの関係性の力でタスクの葛藤を健全な状態に維持していく上で参考になりそうな考え方です。

より身近な例では、プロジェクトを行うにあたって今後生まれそうな葛藤をあらかじめ整理したり、たとえ少ない時間であっても今抱えている葛藤について話し合える機会を作ったりすることで、葛藤をイノベーションに繋げていきやすい風土を形成していくことができるかもしれません。

冒頭で、イノベーションにおいて葛藤を回避することはできないと述べましたが、逆に言えば、葛藤していることがイノベーションに向けて歩み出している証のひとつでもあるはずです。自分やチームが抱えている葛藤をしっかりと見つめてみて、肯定し、活かしていくことが創造的な成果に向けた第一歩になると私は考えます。今回の記事が、自分や他者の葛藤の価値を正しく認識する、創造的なチームづくりのヒントとなれば幸いです。

参考文献
Chen, M. (2006). Understanding the benefits and detriments of conflict on team creativity process. Creativity and Innovation Management, 15, 105–116.
De Dreu, C. (2006). When too little or too much hurts: Evidence for a curvilinear relationship   between task conflict and innovation in teams. Journal of Management, 32, 83–107.
Kratzer, J., Leenders, R., & van Engelen, J. (2006). Team polarity and creative performance  in innovation teams. Creativity and Innovation Management, 15, 96–104.
Kurtzberg, T., & Amabile, T. (2001). From Guilford to creative synergy: Opening the black box of team-level creativ-ity. Creativity Research Journal, 13, 285–294.
安斎勇樹・森玲奈・山内祐平(2011)「創発的コラボレーションを促すワークショップデザイン」『日本教育工学会論文誌』, 35巻 2号, 135-145.
山内祐平・森玲奈・安斎勇樹(2021)『ワークショップデザイン論  -創ることで学ぶ[第2版]』慶應義塾出版会
Lovelace, K., Shapiro, D., & Weingart, L. (2001). Maximizing cross-functional new product teams’ innovativeness and constraint adherence: A conflict communications perspective.  Academy of Management Journal, 44, 779–793
Mannix, E., & Neale, M. (2005). What differences make a difference? The promise and reality of diverse teams in organizations. Psychological Science in the Public Interest, 6, 31–55.
Song, M., Dyer, B., & Thieme, R. (2006). Conflict management and innovation performance:An integrated contin-gency perspective. Journal of the Academy of Marketing Science, 34, 341–356.

執筆・イラスト:夏川真里奈
編集:水波洸

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