デザイン経営宣言が担った真の意味とは。20年の歴史から紐解く背景──Takram田川欣哉さん×Goodpatch土屋尚史さん

デザイン経営宣言が担った真の意味とは。20年の歴史から紐解く背景──Takram田川欣哉さん×Goodpatch土屋尚史さん

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2021.09.09/ 14min read

本記事は、デザインビジネスマガジン“designing”との共同企画で、双方の媒体に掲載されています。

経産省・特許庁から「『デザイン経営』宣言」が発表されたのは、2018年5月。それ以降、CDO(Chief Design Officer)/CXO(Chief Experience Officer)ポジションの登用事例も増え、デザインに関する議論が経営レイヤーにおいても活発に交わされるようになった。

そこから3年。社会におけるデザインの役割や立ち位置は、どのように変わったのか。その実像を探るべく、日本におけるデザイン経営振興に大きく貢献してきた二人を招き、対談を開催。一人は、デザイン・イノベーション・ファームTakramの代表であり「『デザイン経営』宣言」策定のコアメンバーも務めた田川欣哉氏。もう一人は、2020年6月にデザイン会社として初の上場を果たしたグッドパッチ代表取締役兼CEOとして、企業のデザイン経営を支援してきた土屋尚史氏だ。

「『デザイン経営』宣言」はなぜ発表され、日本社会にいかなる変化をもたらしたのか。その背景文脈である2000年代からの「デザイン」の変遷までさかのぼりながら、現在地までに迫る。

目次
起業家に見る、デザインとビジネスの距離感の変遷
なぜ「デザイン“経営”」だったのか
「デザインの力」について、エビデンスがあったわけではない
最もデザインが活きやすい「デジタル×BtoC」、最も活きづらい「非デジタル×BtoB」
デザインはアセットであり、B/Sに組み込むべきもの

起業家に見る、デザインとビジネスの距離感の変遷

──お二人とも、2000年代からデザインに関わる仕事に携わってきました。田川さんはデザインエンジニア、土屋さんはディレクターとして経験を積まれていますが、2000年頃のデザインはどのような立ち位置だったのでしょうか?

土屋:Webデザインに携わっていた僕の感覚では、当時のデザイナーは「末端の形を整える人」でしたね。自分の周りに限らず、大方20年前のデザイナーに対する認識は、そういうものだったのではないでしょうか。

田川:2000年前後、僕はイギリスの大学院に通っていました。そこでは、デザイナーは建築士や弁護士、医者のような他の「専門職」のひとつとしてある程度認められている感覚はありました。ただ、日本を見てみると、土屋さんのお話に近い印象でした。

Takram 代表・田川欣哉氏

土屋:起業家のエピソードを掘ると、面白い話が出てきます。たとえば、Airbnb CEOのブライアン・チェスキーは、ロードアイランド・スクール・オブ・デザインというアメリカの有名な美大卒です。ただ、1999年に入学を決めた時、周囲から心配されたと語っています。

田川:「デザイナーになるのか、お前は!?」と(笑)。

土屋:「“お絵描き師”になってどうするの?」と言われたそうです。彼はインダストリアルデザインを専攻していたので、「お絵描き」を学びにいった訳ではなかったのですが、多くの国で、一般の人にとってはそれだけ“デザイン”は手を動かしたり、見た目に関わる仕事だと思われていたのだと思います。

──しかし、いまやその認識は大きく変わったと。

土屋:起業家たちの出自を並べてみると、違いが見えてくると思います。2000年代までは、世界に名を馳せる企業を生み出した起業家の多くは、エンジニアリングをバックグラウンドに持つ方々でした。

80年代でいえば、Appleのスティーブ・ジョブズ、Microsoftのビル・ゲイツ。90年代にAmazon.comを創業したジェフ・ベゾスもエンジニアですし、Googleのラリー・ペイジもそうですよね。

──たしかに、言われてみればそうですね。

土屋:しかし、2010年代に近づくにつれデザイナー出身の起業家が増えるんです。先程も触れた、Airbnbのブライアン・チェスキー、Slack Technologiesを創業したスチュワート・バターフィールド、Snapの創業者であるエヴァン・シュピーゲル……みんなデザイナー出身です。

このように世界的な起業家たちのバックグラウンドを見ても、この10年ほどでデザインはビジネスにおける重要な要素のひとつになったことがわかります。2010年代は、デザインが「サービスの末端で形を整えるもの」から、「ビジネスの根幹を担う存在」へと変わっていった10年だったわけです。

グッドパッチ代表取締役兼CEO・土屋尚史氏

なぜ「デザイン“経営”」だったのか

──そんな2010年代も終盤に差し掛かった2018年5月、『「デザイン経営」宣言』が発表されました。これはどのような経緯で出されたのですか?

田川:大元を辿れば、意匠法の改正内容を検討するために、官民合同で開催された『産業競争力とデザインを考える研究会』がきっかけでしたね。僕は、民間側の委員として参加していました。当時特許庁の長官を務めていた宗像直子さんが、規定の回数を終えたとき、「もう少しデザインについてみんなで考えませんか」とおっしゃり、会を延長することになりまして。『「デザイン経営」宣言』は、その延長部分のディスカッションをまとめたものなんです。

その会議には、幅広いメンバーが集まっていました。デジタル領域でのデザインを生業にしているメンバーから、プロダクトデザインやグラフィックデザインといったクラシカルな領域を手がけている人まで。最初は、「そもそもデザインとは何ぞや」というディスカッションからスタート。最終的には、「デザインとは、社会や人々の暮らしをより良くしていくものである」旨を、経営者に伝えようという話になったんです。

そこで経営者に「あなたに関係のあることを言っていますよ」と認識してもらうために、「デザイン経営」という言葉を使うことになりました。

──なぜターゲットを経営者に?

田川:デザインの力で社会をより良くするには、サービスやプロダクトを生み出す主体である企業を介するのが効率が良いのではないかと考えたからです。そのために、まずは企業のトップである経営者からアプローチすべきと判断しました。

経営者は自社のミッション・ビジョンを実現するために、テクノロジーやヒト・モノ・カネといったさまざまなリソースを活用します。少し前であれば、マーケティングが重要なリソースのひとつと見なされるようになりました。ただ当時、デザインを「経営のリソース」と捉える経営者は少なかった。だから、「デザインも有効なリソースだよ」と伝えようと考えたんです。

──それが『「デザイン経営」宣言』にあった、“「デザイン経営」の効果=ブランド力向上+イノベーション力向上=企業競争力の向上”という文言の意図なんですね。

田川:その通りです。多くの企業はマーケティングかプロダクトのどちらで勝っていくのかを選択し、事業戦略に落とし込んでいる。マーケティングで勝つためには、強いブランドの構築が必要であり、勝てるプロダクトをつくるには、イノベーションをおこさなければいけない。

デザインの力とはこの2つ、つまり、ブランディングとイノベーションの促進に活用できるんです。要は、マーケティングで勝つかプロダクトで勝つか、どちらの戦い方を選ぶにせよ、デザインの力は欠かせないものだということです。

──なるほど。

田川:ただ、単に「すべての企業にとってデザインの力は重要なんです」と言っても伝わらないと思ったんですよね。というのも、「デザイン」という言葉そのものは一般的で、先ほども触れたように「サービスの末端で形を整えるもの」とイメージする経営者が多かったから。

極論ですが、「デザインの力を活かそう」と言っても、「いい感じのチラシをつくるのが重要ってこと?」と思われかねない。だから、デザインの力を「ブランディング力」と「イノベーション力」に言い換えた。そうすれば、すべての経営者に「うちの会社にとっても重要だ」と感じてもらえるはずだと。

「デザインの力」について、エビデンスがあったわけではない

土屋:そもそも、国はずっとデザイン自体には注目していたんですよ。1957年には優れたプロダクトデザインを選定するグッドデザイン商品選定制度を整えるなど、50年以上も前からデザインに関する政策を打ち出してきた。2017年にクールジャパン政策課を設立したこともデザイン政策の一環です。

ただ、それらはグラフィックや非ソフトウェアプロダクトのような、昔からある領域における話。そんな中、先程お話したように、2010年代頃から風向きが大きく変わってきた。スマートフォンの登場や、ソフトウェアの重要性が高まる中で、国としてもIT領域におけるデザインの力を認識するようになったんです。

田川:土屋さんのおっしゃる通り、『「デザイン経営」宣言』の背景にあるのは第四次産業革命、つまりはソフトウェアの台頭によって産業構造が大きく変化したことです。ソフトウェアがそれ以外のプロダクトと違うのは、「ユーザーが複雑な操作をしなければ機能を発揮できない」という点。それが発展して、UXやユーザー関与の視点が出てきました。人類史上、人の大きな関与を前提とするプロダクトが産業の中心になることは初めてのことなんです。

たとえば、車の操作は「アクセルを踏む」「ハンドルを切る」と随分とシンプルなものです。対して、スマートフォンアプリの操作はもっと複雑ですよね。複雑な操作をなるべくシンプルに、わかりやすくするために、インターフェイスやインタラクションが重視されるようになった。

そして、デザインの力によって使いやすいインターフェイスや心地よいインタラクションをいち早く実現したのが、シリコンバレーの企業だった。日本の経営者たちにもこういった文脈を分かりやすく伝え、デザインの力を正しく活用してもらうために、『「デザイン経営」宣言』は必要だったとも言えます。

産業競争力とデザインを考える研究会『第四次産業革命とデザインの役割』より

──産業構造の変化を整理した上で、「デザインの力とは何か」を明確にし、その重要性を明示したわけですね。

土屋:「デザインの力とは何か」については、一旦ピン留めした感じですよね。「明らかにした」というよりは、「定義はこうしておきましょう」と仮置きしたという表現の方が適切だと思います。

田川:『「デザイン経営」宣言』には、デザインの定義だけではなく、デザイン経営の実践法も盛り込みました。「経営チームにデザイン責任者を置こう」「事業戦略やプロダクト開発の最上流からデザイナーを関与させよう」といったものです。ただ、それだけを実践したからといって、ブランド力やイノベーション力が簡単に向上するわけではありません。継続的に、経営の中に深く埋め込んでいく必要があります。

でも、重要なのは「合意し、ビジョンとして打ち出せたこと」だと思っているんです。ディスカッションには、前田さん(マツダ常務執行役員 デザイン・ブランドスタイル担当 前田育男氏)のように大企業のデザイン部門のトップを務めている方から、僕や林さん(ロフトワーク共同創業者 代表取締役会長 林千晶氏)のようにデザインファームやクリエイティブカンパニーと呼ばれる企業の経営者なども参加しました。

所属している企業の規模やバックグラウンド、専門領域が全く異なるデザイナーたちが、デザインの力やデザイン経営の実践法について合意できた。めちゃくちゃ時間をかけた熱い議論で、途中は「取っ組み合いが始まるのでは?」という局面もありました。なので、合意できたこと自体が奇跡的なんですよ。だからこそ、かなり芯を食った内容になっているはずです。

最もデザインが活きやすい「デジタル×BtoC」、最も活きづらい「非デジタル×BtoB」

──現段階では、『「デザイン経営」宣言』によって、どのような変化を生み出せたと感じていますか?

田川:多くの企業が経営層にデザイナー出身者を入れるようになったのは、一つの成果かなと思っています。特にスタートアップは、想像よりもかなり動きが早い。日本の主要なスタートアップにはCXO、CDOがいる企業が明らかに増えました。それに、創業時にデザイナーを巻き込もうとする起業家も増えていて、ボトムラインはだいぶ上がったのかなと思っています。

他方で、当時僕が気になっていたのは、この動きに大企業が続くか否かでした。この宣言の真価が問われるのはそこだろうと。だから、2021年に入ってパナソニックが創業以来初めて執行役員にデザイン担当を配置したのは、とても嬉しかった。

さらに、経営層にデザイン担当を置かないにしても、新たな事業を始めるときに、かなり上流からデザイナーをアサインするといった動きが増えてきたとも聞きます。これも嬉しい変化ですね。

土屋:とてもいい流れが生まれていますよね。定量的な振り返りはできていませんが、『「デザイン経営」宣言』によって、多くの日本企業が「ビジネスにおいてデザインの力は重要だよね」と同意してくれたような感覚はあります。

田川:デザインの力が活きやすい場所から順に変化が現れたと感じています。企業が展開する事業をプロットするために、縦軸の両端を「デジタル」「非デジタル」、横軸の両端を「BtoC」「BtoB」とする、簡単なマトリクスを頭の中につくってみてください。

「デジタル×BtoC」「デジタル×BtoB」「非デジタル×BtoC」「非デジタル×BtoB」と、4つのエリアができますよね。そして、いま挙げたエリアの順番こそが「デザインの力が活きやすい」事業領域の順です。つまり、最もデザインの力が活きやすいのが「デジタル×BtoC」領域で、その逆が「非デジタル×BtoB」領域。

『「デザイン経営」宣言』後、動きがもっとも早かったのは、やはり「デジタル×BtoC」事業を展開している企業でした。現在、動きが活発になっているのが「デジタル×BtoB」領域の事業を手掛けている企業。ここにも経営層にデザイナーを配置するなど、デザインの力を活かそうとする動きが出てきている。

「非デジタル×BtoC」「非デジタル×BtoB」領域にも、変化の兆しはあります。とくに、D2Cトレンドにも後押しされ、「非デジタル×BtoC」は徐々にデジタルに寄ってきました。それに伴って、デザインの力を取り入れようとする動きも活発になっているように感じますね。

でも、変化はまだ始まったばかり。「デジタル×BtoB」「非デジタル×BtoC」「非デジタル×BtoB」ですら、デザイン経営の実践に向けて動き出している企業はまだまだ少ない。肌感では、全体の20%ほどかもしれません。

デザインはアセットであり、B/Sに組み込むべきもの

──ちなみに、土屋さんが『「デザイン経営」宣言』を策定する会議の一員だったら、どんなことを宣言に盛り込みますか?

土屋:うーん、「デザインはアセットである」ですかね。たとえば、中長期でブランドを支えるデザインアセットや、デザイナーがファシリテーションして策定するミッション・ビジョン・バリューなど。これらデザインへの投資は、いずれもコストに分類されてしまうんですよ。でも、僕は資産だと言い続けていて。

田川:おお、いいですね。

土屋:ミッションをつくったところで、すぐに社内に変化が起こるわけではありません。その効果が見え始めるのは、策定から何年も後の話。ミッション・ビジョン・バリューは策定後何年にもわたって自社に利益をもたらす資産、つまり「のれん」なんです。

デザインに投資をすることは、人の感情価値に投資をすることだと僕は言い続けてきました。昨今、アメリカなどの企業では人的資本の定量化・可視化がトレンドになっています。人的資本が企業の中で重要な指標であり、資産価値も高まっている。

人的資本を活かす観点で、デザインの力によって生み出されるミッション・ビジョン・バリューは欠かせないピースですよね。その意味でデザインにリソースを割くことは、中長期で人的資産の資産価値を向上させる投資であると言える。

ミッションを絵に描いた餅にせず、しっかりと事業やメンバーの指針になっている企業は強い。さらに、理念に共感する人材を集められれば競争力も高くなる。ですから、「デザインはアセットであり、B/Sに組み込むべきだ」と追記したいですね。

田川:それはたしかに書くべきですね。土屋さん、ぜひ提案してください(笑)。

デザインの過去と現在が語られた前編に続き、後編ではデザインのこれからを展望。両氏は、デザインがより大きな価値を社会に提供するために重要なのは、「伝統的な『デザイン』と、多くのITサービスの基盤をなす『デザインシンキング』の対立を終わらせること」だと語る。

さらに、昨今はSDGsやESG投資に注目が集まるなど、サステナビリティが社会的な重要テーマとなっていく。そのとき、デザインに期待される役割とは?

[文]鷲尾諒太郎[取材・編]小池真幸[写真]今井駿介


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