社会や地球からの微々たる信号をキャッチし、小さく介入する態度を身につける──私がカタルーニャ先進建築大学院大学で学んだこと:連載「世界のデザインスクール紀行」第4回

社会や地球からの微々たる信号をキャッチし、小さく介入する態度を身につける──私がカタルーニャ先進建築大学院大学で学んだこと:連載「世界のデザインスクール紀行」第4回

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2021.05.10/ 24min read

世界各地のデザインスクールを卒業したばかりのデザイナーが、その学びを振り返る連載「世界のデザインスクール紀行」。第4回に登場するのは、カタルーニャ先進建築大学院大学(IAAC)のDesign for Emergent Futures(新興未来のためのデザイン)修士課程を卒業された神尾涼太さん。そこで学んだのは、今日の社会や地球からの微々たる信号(Weak Signal)を鋭くキャッチし、介入(=インターベンション)していくというデザイナーとしての態度だったと、神尾さんは振り返ります。


南欧にある小さな地中海都市バルセロナ、この街を一度訪れて魅了される人は少なくないはずだ。私もその一人だった。

デザインスクールといえば、ニューヨーク、ロンドン、北欧といった場所が思いつくのだが、私の中でしっくりくる「デザイン」はバルセロナの街そのものであった。それは、この街に生きる人たちが「どんな人生を送りたいのか?」を主体的に考え、次の世代に文化として残し、成熟していくための戦略を街の色んなスケールで実践していく、そんな行為だ。

バルセロナから「アーバニズム」という概念を世界で初めて打ち出したイルデフォンソ・セルダは、「人間の道徳的および知的能力が私たちの発展と個人の幸福を促進し、ひいては公共の繁栄を最大限発揮する。そのための建物とその集合体の規則や教義」を都市化(アーバニゼーション)だと定義した(「都市計画の一般理論」 1867年)。

デジタル時代において、人間の道徳的および知的能力はより一層グローバルに繋がり、交流されるようになった。そんなモノや情報に溢れる時代に生きる私たちは、成長ではなく、成熟するためにデザインという態度を身につけることが必要なんではないかと思う。

バルセロナという成熟都市から生まれた、一風変わった独立系大学IAACで経験した学びを共有することで、皆さんと一緒に新興未来について考え、議論できるきっかけになると嬉しく思う。

目次
バルセロナにおける都市計画の豊かな歴史
新興未来のためのデザインとは?
「どのように世界に介入したいのか」という態度を学ぶ
Weak Signalsをキャッチせよ!「Circular data economy」を考える
Material Driven Design – マテリアルとの対話から生まれるデザイン
課外授業編 – GDPR(一般データ保護規則)とDECODE
日本において「Emergent Futures」をデザインする現場へ

バルセロナにおける都市計画の豊かな歴史

「IAACで学びたい」という思いで日本からバルセロナに飛び立ったわけでなく、MDEFに入学した時点ですでにバルセロナに住んで4年が経とうとしていた。

それまでは、バルセロナ大学大学院で都市地理学の修士課程を取り、主にスペインにおける日本人移民の研究や、バルセロナが進める都市計画スーパーブロックとジェントリフィケーションのメカニズムを研究していた。

東京の大学での学部時代、ハンガリーのブダペスト大学へ留学し、たまたま休暇で訪れたバルセロナの生き生きとした都市の「空気」と、その当時の時代のコントラストを目の当たりにして、一気にこの街の虜になった。

私が初めて訪れた2012年は、まだ欧州経済危機の真っ只中で、スペインも国内の25歳以下の失業率が42.8%、つまり2人に1人が失業中という非常に厳しい経済状況だった(EU統計局調べ)。

そんな中、バルセロナの街はそんなことも感じさせないほどに活気づいており、豊かな公共空間に人が溢れ、通りゆく人も幸せそう(に見えた)で、都市計画の力を改めて感じた。バルセロナの都市計画の歴史を語り出すとキリがないので、この辺りは個人のMedium記事にまとめてあるので、そちらに譲りたいと思う。とにかく、単純に自分が知る中で一番魅了であると感じたこの街の都市計画を知りたいと思ったのが、私が最初にバルセロナに来た理由だ。

そんな充実した大学院生活を送っていたわけだが、当時の指導教官であり、大学内外で様々な研究グループを率いていた都市地理学者カルラス・カレラス教授から、「まだ若いのだから、今までリサーチしてきた都市問題を解決していく側にいくのがいいのでは」と助言をもらい、よりデザインの側を意識するようになったのはこの頃だった。

また、ファブシティという概念を世界へ強く発信していたファブラボバルセロナ代表のトマス・ディアスと出会った時期でもあった。自立分散型テクノロジーを通じた新しい都市のあり方、そのために必要な、真の多様性社会ひいてはデザインの考え方など……幸運なことに、このようなことをトマスとディスカッションする機会に恵まれ、その時に彼が構想していた「ファブシティ実現のためのスキルやマインドセットを学ぶ」プログラム、MEDFの第一期生として参加しないか?というお話をいただいたのだった。

新興未来のためのデザインとは?

Design for Emergent Futures(新興未来のためのデザイン)修士課程(以下、MDEF)は、カタルーニャ先進建築大学院大学(IAAC)と、ELISAVAデザイン&エンジニアリングの共同修士課程だ。

スペインはカタルーニャ州バルセロナにある独立系建築大学として2001年に設立されたIAACは、「来たるデジタル時代と建築・デザインのあり方」を探究する先進的な研究機関として、イノベーション地区22@(ポブレノウ地区)にメインキャンパスを構える。

一方で、ELISAVAはスペイン最初のデザインスクールとして、1961年に開校した伝統あるデザイン教育機関であり、2018年この新旧教育機関に加えて、「ファブシティ構想」の実践と開発を進めてきたファブラボバルセロナが、その新たな都市への介入(デザイン)を体系化し、教育を通してネットワーク化していくために生まれたのがMDEFだ。そして、その一期生として私はこのプログラムに参加した。

クラスメイトの誕生日に、IAACの前で(ティラノザウルスの彼の誕生日)

MDEFは、現代そして未来の社会における「厄介な問題(wicked problems)」に立ち向かうための次世代デザイナーを育てることを目標とした学際的なデザインコースだ。

Design for Emergent Futures(新興未来のためのデザイン)という名前から想像できる通り、デザイン行為を広く捉え、壮大な社会あるいは生態系の問題に取り組むことをミッションとしているわけだが、決してムーンショット的なアプローチを学ぶプログラムではない。

むしろ、このプログラムでは、今日の社会からの微々たる信号を鋭くキャッチしながら、「スモールスケールの介入(=インターベンション)」をデザインすることを繰り返し、wicked problemsを解決していくようなある種”地道な”アプローチを志している。ファブラボひいてはファブシティの理念がよく反映されたプログラムであると言える。

「どのように世界に介入したいのか」という態度を学ぶ

MDEF – Design for Emergent Futures(新興未来のためのデザイン)修士課程は、4つの軸:① Instrumentation(技術の習得)② Exploration(探索)③ Reflection(ふりかえり)④ Application(実装)、から構成されている9ヶ月間のプログラムだ。

① Instrumentation(技術の習得)に関しては、MDEF受講生はFab Academyへの出席が義務付けられているので、デジタルファブリケーションスキルを基礎としながら、AIや機械学習、合成化学など、デジタルからバイオまで9ヶ月という短期間で網羅的に学習することになる(この辺りはテクノロジーを習得するというより、簡単なプロトタイプができるレベルまで学び、あとは興味のあるものを自主的に深堀りしていくというスタイル)。

② Exploration(探索)は、様々な切り口から試行錯誤を繰り返し、MDEFの中でも一番時間をかけ、自分自身の「デザイナーとしての態度」を言語化/可視化していく重要なプロセスとなる。

MDEFでは、プログラムの最終制作をゴールというよりは、これからデザイナーとしてどのように世界に介入していきたいかというインターベンション(介入)を生み出すデザインすることを目的としているため、Exploration(探索)を通して、来たる新興未来に対して丁寧にナラティブを作り上げていくことが求められる。

1学期は、各クラス1週間単位でこの4つの軸を反復するという構成になっており、講師はIAACやELISAVAのメンバーだけでなく、ヨーロッパ中(中にはアメリカ、中国からも)からMDEFの授業のために集まるという、なんとも贅沢なプログラムになっている(ヨーロッパで学ぶことの利点の一つはなんと言っても、物理的な距離の近さであると改めて感じる)。

Weak Signalsをキャッチせよ!「Circular data economy」を考える

Exploration(探索)のアプローチの1つとして、「Atlas of Weak Signals」というナラティブをデザインする授業があった。Weak Signalsは文字通り「弱い信号」のことで、まだ問題として表面化されていないが、これから間違いなく社会や産業、人類ひいては地球の課題になっていくような事業を総称して、MDEFではそう呼んでいた。

Attention protection – 注意力保護
Dismantling filter bubbles – フィルターバブルの解体
Circular data economy – 循環データ経済
The truth wars (Fake news) – フェイクニュース 
Redesigning social media – ソーシャルメディアのリデザイン 
Manipulation – 情報操作
Longtermism – 長期主義 
Fighting anthropocene conflicts (movement of species)  – 人新世のコンフリクト(種の移動)
Carbon neutral lifestyles – カーボンニュートラルな生活様式
Interspecies Solidarity – 種族間の連帯 
Climate Consciousness – 気候への意識 
Future Jobs – 未来の仕事 
Human-machine creative collaborations – 人間と機械の創造的共創 
Fighting AI Bias – AIによるバイアスとの戦い
Tech for equality – 平等のためにテクノロジー 
Making UBI work – ベーシックインカムを機能させる
Making world governance – 世界政府の実現
Rural futures – 地方の未来 
Pick your own passport – 自分のパスポートを選べ 
Refugee tech – 難民とテクノロジー
Non heteropatriarchal innovation – ヒーローのいないイノベーション
Imagining Futures that are non western centric – 西欧主義でない未来の想像 
Reconfigure your body – 体の再構成
Gender Fluidity – ジェンダーの流動性 
Disrupt ageism – 高齢化社会の崩壊 
Metadesign to reclaim the technosphere – テクノスフィアを取り戻すためのメタデザイン

参加型で考える、Weak Signals – 未来の職業コレクション Job From Future
Credit: Wongsathon Choonhavan

例えば、私の最初のグループワークは、Circular data economyというWeak Signalを選んだ(余談だが、Circular data economy、Interspecies SolidarityやNon heteropatriarchal innovationなど、上に並んでいるシグナルたちは、非常に斬新でウィットに富んでおり、鋭い言葉たちが多い。これらの言葉たちはアートキュレーターやFab Cityメンバー達から生まれたものだ)。

Circular data economyは、サーキュラーエコノミー(循環経済)とデータエコノミー(データ経済)の造語であり、私のグループはまずデータを通常のモノづくりのサプライチェーンに置き換えて考えてみた。

そうすると、モノは生産・消費・廃棄あるいは再資源化のプロセスの中で少なからず形状が変わっていくのに対して、データはほぼ形状が変わらずに保存されることが多いことが議論に上がった。

また、Data Scraping(スクレイピング)を活用し、Circular data economyのキーワードをウェブ上から集め出し、自分たちだけのWikiを作成することで、より包括的に議論の材料・データを漁る作業を行った。

そうすると、データのオーナーシップやプライバシーから、データ保管にかかるエネルギーと温暖化や大気汚染といった環境問題など、様々なキーワードが浮かび上がってきた。そこで、私のグループは、この授業の最後にデータもモノと同じように「廃棄あるいは再資源化」することが選択できる架空のサービス・Funeral Homes for Data(データの墓場)を考え、発表した。

スクレイピングによるWeak Signalsウィキ
Weak Signal「Fighting anthropocene conflicts (movement of species)」を未来の新聞にしてみる

このAtlas of Weak Signalsの授業では、大きく3つの視座を与えてくれたと思う。一つは、今日の社会や地球ですでに起きているが初期段階の問題を鋭く捉え、未来の厄介な問題(wicked problems)として認識すること。

二つ目は、ウェブ上にある膨大なデータをソースにしながら、他のWeak Signalsと常に関連付けながら考えること。そして、3つ目はこのWeak Signalsが今日の社会でどこで一番顕著に現れているか、つまりWeak Signalsが結晶化されている事象(crystalized pieceと呼んでいた)はなんなのか、日常生活の中から、メディアの中から、常に目を光らせて発見する力だ。そして、その事象にこそ、インターベンション(介入)のデザインが必要であるということだ。

地球レベルから個人までのナラティブ(リサーチ)、crystalized pieceへの介入(デザイン)、そしてそれによって望ましい未来を作っていく(スペキュレーション)、これらの値によってインターベンションのデザインが生まれる
Credit: Tomas Diez in collaboration with Kate Armstrong (Fab City Global Initiative)

Material Driven Design – マテリアルとの対話から生まれるデザイン

Atlas of Weak Signalsは、デザイナーとしての態度やこれからデザイナーが取り組むべき事象を理解するためのExploration(探索)プロセスであったが、MDEFはデザインディグリーなので ④ Application(実装)の様々な手法やテクニックを学ぶ機会もある。

その一つが、Material Driven Design (MDD) の授業だ。MDDは「マテリアル=素材をデザインの中心においたデザイン手法」で、マテリアルのポテンシャルを十分に探索、実験し、マテリアルの能力次第で最終的にどのようなものがデザインできるかが決まる方法論だ。

産業革命以降、主にプロダクトデザインの領域で発達してきたような、完成図を念頭に素材を準備するというアプローチとは全く逆のものになる。モノに溢れる今の時代だからこそ、マテリアルの側から丁寧に設計していくことが、真の循環型社会やサステイナビリティの達成や、ファブシティの実現に寄与する事になると考える。

授業は、KEA – Copenhagen School of Design and Technology(コペンハーゲン・デザインアカデミー)内にあるMaterial Design Lab設立者・Mette Bak-Andersen氏が、バルセロナに駆けつけ、教鞭を取った。授業の中身はと言うと、5週間で「生ゴミの中から、循環型産業モデルを可能にする新たなマテリアルの発掘」で、そこにいくつかの条件が追加された。

1.産業レベルで大量に(少なくともトン単位/週で)排出される生ゴミであること
2.デザインを最初から頭に浮かべないこと
3.どのようなテクノロジー/ツールがマテリアルのポテンシャルを高める可能性があるかを考えること
4.原材料を超えるような量の追肥はしないこと

この授業では、まず自分が扱いたいマテリアルを先生にプレゼンするところから始まる。そして、これがなかなかOKが出ないのである。この授業では”循環型産業モデルを可能にする”という点が1つのポイントになっており、多くの生ゴミにあるように油分あるいは化学的物質が複雑に混ざっている場合、それを素材として使えるようになる状態までに必要な時間的・金銭的負荷が大きいため、産業レベルで応用できないので不適切なマテリアルということになる(先生から、マテリアルのお許しが出るまでがなかなか大変な道のりだった…)。

マテリアルチェックの様子(「これはダメね」と言われる3秒前)

私のグループは、バルセロナで流行っていたクラフトビールブームに目をつけ(単にビール好きが集まったグループでもあった)、ビール工場から出る廃棄物を第一ターゲットとした。

ビールの基本材料は、水・大麦・ホップ・イースト菌ととてもシンプルなもので、協力いただいた学校近くのクラフトビアーバーでも約300Kg/週の大麦が廃棄されており、量的にも十分であった。

一度マテリアルが決まると、そこからはとにかく「マテリアルと対話しなさい」と、触る・壊す・煮る・焼く・蒸す・干す・炙る、顕微鏡で観察する、一緒に寝る、など思いつく限り全て試すこととなる。

化学的な成分表やウェブ情報をデータベース化しつつも、大事にしていたのは五感を使って得た感覚(匂い、手触り、見た目)をその都度ドキュメンテーションしていくことだ。マテリアルを五感で捉え、言語化することは、どんなものをデザインするかにおいて非常に重要な材料になるだけでなく、そのマテリアルにまつわる文化背景を深く理解することにつながった(実際に5週間の講習のうち4週間は、この「対話」のプロセスに時間をかけた)。

2週間目が過ぎると、段々とキャンパス内が変な匂いが漂い始め、
他のコースの人たちから白い目で見られ始める

私たちはしばしばスケッチやモックアップ、なんらかの設計モデルを使ってデザインプロセスをスタートさせるが、前述の通りMDDは全く逆のプロセスからスタートする。マテリアルの性格や能力の理解に注力し、その「正しい」応用を模索する。

この授業を通して、クラスメイトとの議論の中で出たおもしろい着眼点の一つに、「MDDは一見、新素材開発の手法のように理解されがちだが、実はクラフトマンシップ(工芸技術)と非常に近い関係にある」ということ。

(話が逸れてしまうのだが…)先日、九州大学大学院芸術工学研究院と弊社リ・パブリックで開催したCircular Design Challenge 2021(今年は廃ペットボトルを課題素材にした)の中でも、「Circular Craft」というコンセプトとそのプロトタイプを発表したチームがいた。

様々な領域で大量生産・消費・廃棄を前提としてきた線形経済からの脱却が叫ばれ、ファブシティもある種の解決策を提示してきたわけだが、デザインの領域においては今後MDD、およびクラフトマンシップの現代へのアップデートが一つの鍵になりそうな気がする。

Circular Design Challenge 2021(サーキュラーデザインチャレンジ2021)の様子

課外授業編 – GDPR(一般データ保護規則)とDECODE

土木技師イルデフォンソ・セルダが手掛けた、一辺約130メートルのブロックを150個以上配置し、産業革命以降に爆発的に増えた人口を支えながらもその後の経済成長を後押しした「バルセロナ市街地拡張プラン」(1859年)。

バルセロナオリンピック(1992年)の前後で行われた「バルセロナモデル」と呼ばれる大規模な都市計画プロジェクトの数々や、今日ではスーパーブロックによる歩行者空間計画など、バルセロナが歴史的に都市計画や都市戦略の分野で、世界的な評価を受ける先進都市の一つであることに疑いの余地はないだろう。

バルセロナ市街地拡張プラン「プランセルダ」(1859年)と、
イルデフォンソ・セルダ晩年の大書「都市計画の一般理論」(1867年)
Credit: Museu d’Historia de la Ciutat, Barcelona(左)
IAAC in collaboration with the Diputació de Barcelona and the Generalitat de Catalunya(右)

そして、そのダイナミックに動く理論と実践を日々の生活で感じながら、あるいはその中に入り込みながら、デザインを学べる都市は世界を見渡してもそう多くない。

特に21世紀は、スマートシティという概念が台頭し、バルセロナもいち早くスマートシティ化を進めてきた。そして、その時代において建築家やデザイナーが担う役割を模索するために生まれたのがIAACという学校である。

その一方で、バルセロナはスマートシティがしばしば生み出す搾取の構造により、都市の分断をいち早く学んだ都市でもあった。そんな経緯もあり2015年、バルセロナはジェントリフィケーションに対する草の根運動を牽引してきた社会活動家アダ・コラウ氏を市長に選んだ。そこから「スマートシティのその先へ – Beyond Smartcity」を掲げた社会包摂型デジタルシティの推進を進めてきた。

なかでも2016年4月に制定された「GDPR(General Data Protection Regulation:一般データ保護規則)」を受け、従来のスマートシティに警鐘を鳴らし、データプライバシーの保護と個人データの民主的活用について先進的に実証実験を行ってきた。そして、その代表的なプロジェクトにEU内2都市(バルセロナ・アムステルダム)で行われたDECODE(DEcentralised Citizen-owned Data Ecosystems)プロジェクトがある。

DECODEのバルセロナパイロットの運営メンバーがファブラボバルセロナであり、私はMDEFの授業とは別にそのパイロットメンバーとして参加することができた。

ファブラボバルセロナは、その前にSmart Citizen Kitという安価なセンシングツールを使い、地域の騒音問題を市民と一緒にデータ収集、分析そしてプロポーザル立案までを行うボトムアップ型まちづくりの事例Making Senseプロジェクトを成功させた実績がある。

今回のDECODEの焦点は、「市民がデータを供給する側にまわりながら、個人データを管理し、どのような条件で社会に還元するか」を、自分たちでデータをセンシングし、市のオープンデータ基盤に共有しながら、実践的に学ぶ(Learning by Doing)ことであった。

Documentary: Citizen Science Revolution – Making Sense:https://youtu.be/hvn5LyACUYw
Credit: Fab Lab Barcelona

つまり、このプロジェクトはSNSを始めとするプラットフォームビジネスに個人データを委ねること。またはオープンソースとして誰もがアクセスできるようにする2つの一般的な方法に対して、3つ目の選択肢を提示した。

個人と組織の間にデータコモンをつくり、市民が能動的に自らのデータを供給し、そのプロセスも市民に対して透明性が保たれる、新しいデータインフラの形を模索した。実際には、Smart Citizen Kitでセンシングできるような環境汚染データがどのように個人のプライバシーと結びつくのか、様々なシチュエーションを議論しながら学ぶ。

また、プロジェクトの後半にはアプリを通して、個人のプロトコルや条件を設定しながら、自らセンシングしたデータを元に参加型合意形成プラットフォーム・Decidimに政策提案する。

DECODEでは、単に個人情報の漏洩を啓発するプライバシー保護運動ではなく、市民が自ら作り出したデータ、または日常のデジタル環境で知らず知らずに作り出している個人データを「コモングッド」のために、どのような条件や対象ならオープンにできるかを考えるためのボトムアップ型デジタルシティのエクササイズである。「次世代の石油」と言われるデータが企業や個人だけでなく、コミュニティ主導でも生成され、活用する選択肢を増やすことで、社会包摂型デジタルシティを目指す。

「まずはビール(赤い缶)」バルセロナが育んできた市民参加のスタイルなのだ。
Credit: Fab Lab Barcelona / DECODE

こうした街を巻き込んだ壮大な社会実験に入りこめることは、本当に稀有な例であり、IAACで学ぶことの大きなメリットだと言えるだろう。

日本において「Emergent Futures」をデザインする現場へ

2019年夏、バルセロナ大学大学院とIAACでの修士課程期間、計5年を経て日本へ帰国した。現在は在学中から携わっていたトランスローカルマガジンMOMENTを発行する、Re:public(リ・パブリック)に声をかけてもらい、福岡オフィスでディレクターをしている。そして、その中でも立ち上げから中心で関わっているのが、鹿児島県薩摩川内(さつませんだい)市が進めるデジタル循環社会拠点・Satsuma Future Commonsの開発である。

衣食住+デジタル技術&基礎インフラの研究開発を行うSatsuma Future Commons(2023年、分譲開始)

薩摩川内市は、鹿児島県の北西に位置し、県内最大の面積を有する地方都市である。少子高齢化や若年層の減少など典型的な地方都市の問題を抱える一方で、川内原子力発電所(1・2号機)を持つ南九州のパワーグリッドとして重要な役割を持つ都市でもある。

Satsuma Future Commonsは、ファブシティの概念でもあるData In Data Out(データを世界中で共有し、製造をローカライズさせていくモデル)による循環経済の実現を目指しながらも、地方都市ひいてはアジアならではの新しい循環経済およびサーキュラーデザインを研究開発する拠点として構想している。

ヨーロッパでは特に大都市型の循環経済政策が非常に注目を浴びており、日本でもしばしばバルセロナを始め、ヨーロッパ主要都市の事例を様々な場所で聞くようになった。いろんな議論があると思うが、誤解を恐れずにいうと循環経済社会は「サプライチェーンの書き換え」、この一言に尽きると思う。

いき過ぎたグローバル資本主義によって激化された国際格差、資源・生産要素の私有化を促進してきたグローバルサプライチェーンを根本的に変える運動であり、それには欧米大都市圏で見られるような消費の側の政策だけでなく、アジアに多く見られるグローバル生産ハブ、ひいては鹿児島県のような生産圏からのサーキュラー化が必須だ(事実、廃棄物一つ取ってみても消費より生産の工程で生まれるものの方が圧倒的に多いのだから)と思う。

また、薩摩川内市の一大産業であるエネルギー産業を見てみても、川内原子力発電所は2024年で40年の運転期限を迎える(原子力規制委員会が認めれば最長20年延長可)。どちらにせよ約20年後には、今と同じような景色がこの街に残っている可能性は少ない。まさに、ここは「新興未来(Emergent Futures)のデザインの現場」であると言える。

生産と消費の距離が近いアジアや九州という場所には、循環経済社会の実現に必要な土着の知恵や技術がたくさん残されている。それは、クラフトの現代へのアップデート – Circular Craftという方法かもしれないし、あるいはデジタル技術によって世界中と繋がることで起こる製造のトランスローカルという現象かもしれない。

そんなことを卒業した今でも、恩師トマス・ディアスを始め、MDEFの中で出会った様々な人たちと、「21世紀のデザインとは?」「21世紀型都市のあり方とは?」を、世界中それぞれの現場から共有できるプラットフォームを作ってくれたMDEFというプログラムに感謝している。

2020年からインドネシア・バリに移住したトマスと、「アジアからこれからのデザインを創っていくんだ」と一致団結

ライター:神尾涼太
Re:public・ディレクター。福岡市在住のデザイナー/アーバニスト/リサーチャー。バルセロナ大学大学院・空間プランニング&環境マネジメント修士課程卒業後、カタルーニャ先進建築大学院大学(IAAC)・Design for Emergent Futures(新興未来のためのデザイン)修士課程卒業。バルセロナ大学大学院にて、バルセロナが進める都市計画スーパーブロックとジェントリフィケーションのメカニズム研究を経て、当時の指導教官で都市地理学者のカルラス・カレラス教授の助言と、ファブラボバルセロナ代表のトマス・ディアスとの出会いを経て、デザインの領域へ入ることを決意する。2019年、株式会社リ・パブリックに入社。新興テクノロジーを用いた自立分散型都市デザインのプロトタイピング、ビジョンニングを専門とする。

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