ものの見方や態度の変容を促す役割としての「デザイナー」へ──「Designs for the Pluriverseを巡って:デザイン、人類学、未来を巡る座談会」後編
ものの見方や態度の変容を促す役割としての「デザイナー」へ──「Designs for the Pluriverseを巡って:デザイン、人類学、未来を巡る座談会」後編

ものの見方や態度の変容を促す役割としての「デザイナー」へ──「Designs for the Pluriverseを巡って:デザイン、人類学、未来を巡る座談会」後編

2021.03.17/9

人類学者アルトゥーロ・エスコバルの著書『Designs for the Pluriverse』は、デザイン・人類学・開発学を俯瞰する大きな視点から、持続可能な世界への戦略としてデザインの持つ可能性を論じ、世界的な注目を集めています。

前編ではエスコバルが本書で主張する持続可能な世界へ向けたデザインの変化と、近年のデザイン実践を踏まえ、これからのデザインとは何かを探ってきました。後編となる今回は、Transition Designやデザインの民主化がエスコバルの言う新しいデザインとしたとき、それが私たちにどんな変化をもたらし、どのような世界へと導くのかを議論していきます。

本イベントでは森田敦郎さん(大阪大学Ethnography Lab代表)、岩渕正樹さん(デザイナー、パーソンズ美術大学非常勤講師)、中野佳裕さん(早稲田大学地域・地域間研究機構 次席研究員)、上平崇仁さん(専修大学教授)、清水淳子さん(デザインリサーチャー、グラフィックレコーダー)をお招きし、持続可能な世界へ移行のためにデザインと人類学が果たす役割について議論しました。


ものの見方を変容させるデザイン

森田「新しいデザインが私たちにとってどのような影響をもたらすものなのか。それを議論する前にエスコバルが『Designs for the Pluriverse』で言及している存在論的デザインという捉え方から議論を始めたいと思います。

はじめに背景を説明します。『存在論』とはもともと哲学用語で、現実、もしくは世界がどのようにできているかを指す概念です。近代人である我々は、本当の現実とは自然の世界 — 人間の活動とは無関係に存在しているモノや自然のプロセスの世界 — だと考える傾向があります。この自然の世界の上で、人間は社会を作ったり、テクノロジーをデザインしたりするわけです。

90年代以降、人類学はこのように自然と人間を切り離す存在論は近代社会に固有のものだということを明らかにしてきました。さらに我々が住むこの地球が人間の力によって作り替えられているという認識も高まってきました。例えば、ダムが建設されるようになってから100年ほど経ちますが、近年ダムが地球の地形をものすごく変えていると分かってきました。世界が巨大な技術システムによって刻一刻と作り替えられており、地球全体が人新世という新たなそして危機的な時代に入ったと考えられるまでなっています」

森田「こうした持続可能性の危機に立ち向かうためには、一つひとつのデザインだけではなく、それらが相互に依存しながら作り上げていくインフラストラクチャーを意識する必要があります。このインフラストラクチャーこそが世界を作り替える原動力となっており、それをどのようにデザインし直すか、考える必要があるわけです。こうした課題に取り組むのが存在論的デザインの視点だと思います」

上平「エスコバルは存在論的デザインの捉え方こそが鍵だと重点的に説明していますね。

現在、私の研究室では『人間以外の存在と協働する』取り組みを行っていて、1人の学生が自宅のベランダでコンポストをしています。コンポストの土はただの土ではなく、大量の微生物たちが生きています。その微生物と相互に関わりあうことによって、逆に人間の側がどのように変わっていくかを観察しているんです。

彼女はコンポストを始めてから生ゴミが微生物たちの美味しいごはんにみえるようになって、バイト先から生ゴミをもらってくるようになりました。さらには、日々変化する土の反応について親子で会話するようになっていったと言うんです。物事の見え方だけでなくて、日々の行動や人間関係まで変化するんですね。微生物の存在を通して影響を与える主体と客体が曖昧になり、ある意味で人間の方が耕されていくのはとても面白いと思っています」

コンポストダイアリー:土によって耕されていく人の記録

森田「面白いですね。実は私もコンポストをやっているんですが、とてもいい加減なコンポストなので……非常にきれいに微生物が育っているのを聞いて、恥ずかしくなりました(笑)。我が家のコンポストは箱ではないのですが、そうした物的条件の違いが微生物と人の関係の違いを生み出すのかもしれませんね。相互に依存しながら作り上げていくインフラをデザインし直すための例としてコンポストを挙げていただきましたが、岩渕さんはどのように捉えましたか?」

岩渕「上平さんのコンポストの話を聞いて、デザインとは結局なんだったんだっけ……と私自身が混乱しています。もはや具体的な物や形ではなくて、その人の気づきやイデオロギーのようなものすらデザインの範疇に入っている印象です」

上平「まさにおっしゃる通りで。私も『これはデザインなのか?』と考えさせられます。存在論的な見方を取り入れて、土と人間が相互に作用する関係に踏み込んでいくと、コンポストの取り組みはもはや関係を修復するような『ケア』のほうが近いように思えます。でも『デザイン』という既存の枠を問い直すためにも、こういった『よくわからないこと』をいろんな方向から解釈してみる機会は大事ですね」

脱人間中心設計へのクリティカルな問い

岩渕「zoomのコメント欄を見ると、脱人間中心設計と言っても、人間に分かるアルゴリズムを介しているので、結局は人間中心設計から脱し切れていないのではないか、という指摘がありますね。私もまさにその通りだと思っています。

1つ例を出すと、情報学研究者のドミニク・チェンさんのNukaBot(ぬか床をロボット化して人とコミュニケーション可能にするプロジェクト)に対して、『人間はぬかと会話したいだろうけど、ぬかは人間と会話したいと思ってるんですか?』という質問がきて、新たな議論が盛り上がったとお聞きしました。

本日の内容を振り返っても、双方向の対話を作り上げていこう、という態度ではなく、いかに人の意識が変わっていくか、が非常に重要なんじゃないかと感じています。新しいオブジェクトやエンティティを見て、人間の態度や視野が拓けていくことが本質だったのかな、と自分でも問い直しているところです」

森田「その変容に繋がる学びをデザイナーである上平さんが指導していることに意味があるんじゃないでしょうか。デザイナーの物に対する感性や捉え方が気づきを引き出し、拡げやすいように促しているのではないかと思うんです」

上平「私はデザイナーだからというより、デザインを乗り越えていくために新しい見方に切り替えたいというのが大きいですね。これまでブランディングやサービスなどの人工的な仕組みを考える際のデザイナーの三人称的な視点と、目の前で起こっている物事と対峙する一人称的な視点を対比させながら、本当に必要なことはなんだろう?と考えたいんです。

また、デザインリサーチのなかにリサーチ・フォー・デザインとリサーチ・スルー・デザインがありますよね。前者は何かをデザインするためのリサーチで、後者はデザインされたものを通じて叡智を生み出すためのリサーチです。態度としては後者に近いのかもしれないと感じました」

森田「リサーチ・スルー・デザインだと捉えると、分野を横断し、多元的な議論を行う人類学や社会科学のクリティカル・メイキングとも近いですね。

デザインは既にある物についてのスキルを用いながら新しい領域へ展開していて、人類学はインタビューやエスノグラフィーにデザイン(つくること)を加えて探求し始めている。異なるスキルやセオリーを持ち寄って新しいことが生まれると想像すれば、とても面白いですね」

Pluriverseとは部分的につながりながら、違う方向へ発展すること

上平「さて、最後に1つ気になっていることがあります。エスコバルが目指すPluriverse(多元的な世界)が実現されていくとして、そこで現れることになる複数の文化や信条は、全く別々で交わらないのか、それとも繋がっているものなのかという疑問があります。例えば、地球の反対にある南米と日本ではそれぞれ別の世界がある一方で、私たちはインターネットを介して、南米を主題とするエスコバルの本について距離や文化を超えて議論しています。Pluriverseにおいて、このつながりはどう解釈すればよいのでしょうか?」

森田「Pluriverseについてはこれまで様々な論争があったんですが、重要なポイントは、世界は独立して在るわけではないということです。繋がっているんだけど、ズレていたり、繋がっているからと言って簡単に包摂や理解できるわけではないという在り方です。そのような状態で異なる方向に発展することが持続可能性のためにも、先進国と開発途上国の構造的な不平等を正していくためにも必要だ、というのがエスコバルの主張です」

上平「なるほど。白か黒かに単純化するのではなく、複雑さのなかで捉えなければならないということですね」

中野「森田さんがおっしゃった空間的な捉え方に加えて、時間軸の捉え方もあると考えています。

これはフランスの哲学者セルジュ・ラトゥーシュの解釈ですが、Universeという語の中にあるverseとはラテン語のversumに由来しており、『ある方向に進む』という意味です。Universeとは単一の方向に進むという意味で、開発論においてはまさに近代化論にあたります。

対してPluriverseとは、複数の方向に世界の運命(未来)が開かれるという意味となり、ラトゥーシュもそうした意味を込めて用いています。こうした時間軸の視点も加えて考えると、Pluriverseの持つ意味とパースペクティブが豊かになるんじゃないでしょうか」

森田「そうですね。私たちは過去の積み重ねの上で生きていくしかありません。インターネットはすごく均一化されたグローバルなインフラですが、“それなしには生きていけない私たち”から出発するしかないわけですよね。そしてエスコバルが示すような多様な方向に発展していくか、1つの方向に収斂するかという選択肢が今目の前にあるんだと思います」

■登壇者紹介
森田敦郎(もりた あつろう)
大阪大学Ethnography Lab代表。大規模な技術システムであるインフラストラクチャーが、人々の情動、身体、社会性を惑星規模の環境プロセスと結びつけてゆく過程について国際共同研究を実施。著書に『野生のエンジニアリング』、共編著に『Multiple Nature-Cultures, Diverse Anthropologies』などがある。

岩渕正樹(いわぶち まさき)
デザイナー、パーソンズ美術大学非常勤講師。研究者・実践者・教育者として最新デザイン理論と実践の橋渡しに従事。近年の受賞にCore77デザインアワード(スペキュラティヴデザイン部門 2020)、KYOTO Design Lab デザインリサーチャー・イン・レジデンス(2019)などがある。

中野佳裕(なかの よしひろ)
早稲田大学地域・地域間研究機構 次席研究員。社会哲学・開発学を専門とし、日本の地域づくりの在り方を世界的な視点から見直す研究・教育活動を行っている。書著『カタツムリの知恵と脱成長ーー貧しさと豊かさについての変奏曲』、共編著『21世紀の豊かさ—経済を変え、真の民主主義を創るために』などがある。

上平崇仁(かみひら たかひと)
専修大学ネットワーク情報学部教授。専門家だけでは手に負えない複雑な問題や厄介な問題に対し、社会の多様な人々の相互作用を活かして立ち向かうためのCoDesign(協働のデザイン)の仕組みや理論について探求している。主著『コ・デザイン―デザインすることをみんなの手に』がある。

清水淳子(しみず じゅんこ)
※本イベントではグラフィックレコーディングを担当
デザインリサーチャー、グラフィックレコーダー。多摩美術大学情報デザイン学科専任講師としてメディアデザイン領域を担当。多様な人々が集まる話し合いの場で、既存の境界線を再定義できる状態“Reborder”を研究している。主著『Graphic Recorder―議論を可視化するグラフィックレコーディングの教科書』がある。

執筆:中塚大貴
編集:岡田弘太郎

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