「どうでもいいこと」から生まれる「余白」と「対話」──IDEOが実践するwithコロナ時代のコミュニケーション
「どうでもいいこと」から生まれる「余白」と「対話」──IDEOが実践するwithコロナ時代のコミュニケーション

「どうでもいいこと」から生まれる「余白」と「対話」──IDEOが実践するwithコロナ時代のコミュニケーション

2021.03.10/8

コロナ禍において、オンライン上でどのように人々をマネジメントし、企業文化を構築すればいいのか、多くの企業にとって喫緊の課題です。

CULTIBASEでは、クリエイティブ職種の組織作りをテーマにした連載『クリエイティブ組織の要諦』にて、世界9都市に700名以上の社員を擁するグローバルデザインファームIDEOを取材。同社の「対話文化」という独自の企業文化が、その組織デザインの根底にあることが明らかになりました。

IDEOに聞く、とにかく時間を掛け“対話文化”を醸成する姿勢:連載「クリエイティブ組織の要諦」第1回

そこでCULTIBASE Lab会員向けオンラインプログラム「マネジメントゼミ」の1月の回では、IDEO Tokyoのタレント・リードを担う杉浦絵里さんに改めてご登場いただき、「オンラインでの『対話文化』の実践」にフォーカス。

コロナ禍により働き方がオンライン下に移行したいま、同社はどのように対話文化を育み続けているのか。本ゼミを主催するドングリのミナベトモミ、ミミクリデザインの野島繁昭とともに語り合いました。

ゲスト:杉浦絵里
IDEO Tokyoでタレント・リードを務める。IDEO Tokyoの採用や社内教育等を担当し、人事業務を通してIDEOのクリエイティブエクセレンスを発展させることを目指す。IDEO以前は明治大学の国際連携部にて、世界各国の教育機関とのパートナーシップやプログラム開発、学生の海外留学支援を担当していた。

ペンシルバニア大学にて高等教育修士号、千葉大学にて行動科学・文化人類学学士号を取得している。教育、特に学習プロセスと教育制度に対するデザインシンキングのインパクトに関心を持っている。

創造的に働くためには「余白」がなければならない

IDEOは対話文化を重視していますが、ともするとそれは直接、業務に関係のないことのように映るかもしれません。しかしこの「余白」があるからこそ、組織のなかで創発が生まれると杉浦さんは語ります。

杉浦:IDEOではコミュニケーションをとても大事にしています。たとえばどの国のオフィスにもキッチンが中央にあるのですが、そういった場所をつくることで、ランチタイムでは自然とさまざまな会話が行き交います。その9割はくだらないことですが、それが期せずして大事な話につながったりもする。私も夕方になると、率先してワインのボトルを開けていました。

この「余白」を大切にするIDEOの文化を象徴するのが、こんなエピソードです。

杉浦:ある日、全社員宛のメールアドレスに対してサンフランシスコオフィスの人から、「今日ちょっと体調悪いから家で仕事します」というメールが送られたんです。普通なら「ああ、間違えたんだな」と思って終わると思います。ですがIDEOではこのメールに対して、世界中のメンバーから返信が相次ぎました。

IDEO Tokyoでも、みんなで写真を撮って「はやく良くなってね」というメッセージを送りました。世界中からメッセージを受け取った彼は後日、自分に届いたメッセージをみて「大変なことをしてしまった……」と思ったそうですが、同時に「いい会社に入った」と全員宛にメッセージを送ってくれました。IDEOには、そういうことを楽しめる人が集まっているんです。

ミナベ:間違えて全社員宛に送ってしまったら、普通は上司に怒られますよね。でもIDEOの場合、そういうものに「乗っかる」文化がある。長年かけて組織文化を培ってきたからこそ、こういうことが起きるわけです。なかなか1年や2年でこうはなりません。組織文化を変える「魔法のスイッチ」はない。ただひたすらやってきたことの積み重ねなのだと思います。

対話文化があれば、オンラインでも創発が生まれる

そんなIDEOも、コロナ禍により大きな変更を余儀なくされました。在宅勤務に切り替わったことで、仕事上のコラボレーションは、ZoomやTandemなどオンラインツールを介したものに変わりました。

しかし、オンラインツールだけのやり取りになってしまうと、課題解決を目的としたコミュニケーションばかりになってしまうのではないか――と杉浦さん。人との対話を大切にする会社だからこそ、半年もすれば飽きがきてしまうのでは、と危機感があったといいます。杉浦さんは、創発的なコラボレーションを起こすうえで、いかに「必要」ではない会話や対話をしていくかがカギになると語ります。

杉浦:Zoomの一番の課題は、必要ではない会話がしづらいこと。オフィスのキッチンでの会話は、くだらないことが9割でしたが、そこから新しいアイデアの種が生まれたり、人とのつながりができたりという側面があった。それがなくなってしまったというのは、みんな感じていました。

人に会わず、それでも人と実際に会ったような体験をいかにつくるか。IDEO Tokyoが実践したのは、無人のオフィスを利用したアートギャラリーでした。

杉浦:IDEO Tokyoの社員たちが出展して、かわりばんこでギャラリーを鑑賞できる時間をつくりました。それぞれの作品には製作者の思いが込められています。私はキッチンで飲んだり喋ったりできなくなってしまったので、インスタントカメラとワインボトルにメッセージが書けるようにして、作品として提示しました(写真右下)。このような状況下で、どうやって会わずして会ったような感覚をつくれるか。大変ななかでも楽しみながら試行錯誤できるのは、IDEOのバリューが生きているからだなと感じます。

コロナ禍で会えないから、アートギャラリーを開催する――。これは一般的な企業だと、まず考えられない施策です。それほどまでに対話文化の醸成に力を入れているIDEOですが、なぜ営利企業がそこまでのことをするのか。ミナベは次のように分析しました。

ミナベ:アートギャラリーを観るという体験だけでなく、アートギャラリーをつくる活動そのものを通してコラボレーションが生まれ、それが組織全体の活動につながる。観るという体験だけでなく、つくるという内部での体験も含めて、まさにデザインファームであるIDEOならではの取り組みだと感じました。

こうした活動が組織としてできるのは、もともとのIDEOの文化によるところが大きいと杉浦さんは述べます。

杉浦:IDEOでは、もともと毎年「オフサイト」と呼ばれるイベントを実施していました。日本国内の地域をターゲットにして、その文化を学んだり、人と話したりする活動です。それに代わるものとして、昨年はアートギャラリーをやったんです。そういう大きなイベントをやるとき、IDEOではまずコミッティー(委員会)が組成されます。

何人かでチームをつくり、アイデアを出し合いながら作業して進めていくという経験がもともとあったから、アートギャラリーのときも自然とチームを組んで、いろいろアイデアを考えながら実施していくことができました。

対話文化醸成のためにトップが率先して「どうでもいいこと」をする

もちろん、こうした活動は労力もかかります。それでもみんなで協力して、くだらなさの効用や余白を楽しめるという文化は、どのように醸成していくべきなのでしょうか。

杉浦:くだらないことを話してもいい、自分の興味のあることを話してもいいという空気感が大事だと思います。新しく入ってきた人の中には、いままでの会社とギャップを感じてしまい、なかなか自分を出せずにいる人もいます。だからこそ安全安心な場を、こちらから提供していくのが大事です。

コロナが流行してから数カ月経ち、在宅にもストレスが溜まってきた頃に、IDEO全社員を対象とした「May Frenzy(5月の狂乱)」というイベントを1週間行いました。これはIDEOの役員が発案したもので、まじめなミーティングもありましたが、さまざまな時間枠を設けて、「みんなで完璧なオムレツをつくろう」とか、「ウィスキーを飲んでギター弾いている人をただ見る」など、一見どうでもいいと思われるような時間もありました。

私も電車が好きなので、日本の電車のデザインのすばらしさを40分語りましたね。IDEOという会社は、全社をあげてそういうことをやるんです。こういったことの積み重ねから、メンバーは会社の文化に馴染んでいくのだと思います。

全社をあげて、「どうでもいいこと」をするイベントを開催するというのは、相当な覚悟がなければできません。しかし組織文化をつくるうえでは、トップの姿勢がきわめて重要です。トップが率先して動くからこそ、その熱狂にあてられてボトムアップの活動が盛んになり、余白を大切にする組織文化が形成されるのです。

ミナベ:IDEOほどの規模の会社が、1週間こういうイベントをやるというのは純粋にすごいことです。トップの人が、余白の可能性を信じてやってしまう。そして会社としても、「それをやっちゃおう」となる文化と歴史がある。

野島 :「うちの会社でも、明日からこういう活動を取り入れていこう」ということ以上に、「どうやったらそれを継続的な活動としてやっていけるのか」というところに問いをもったほうがいいと思います。長いスパンで取り組み続けるのが大事だと、改めて気づかされました。

オンラインで余白をつくり、「対話文化」を深めていくのは簡単ではありません。実際にIDEOも、まだ試行錯誤している段階だといいます。しかしそのような難しい状況下だからこそ、文化を大切にする姿勢を積極的に示すことが、組織に「余白」を生みだし、その後の創発につながるのではないでしょうか。

IDEOと探究するオンラインでの「対話文化」の実践(ゲスト・杉浦絵里さん)

この他にも「対話文化とバリュー浸透の実践知」などディスカッションを重ねた今回の「マネジメントゼミ」。

本イベントのフルでのアーカイブ動画は、CULTIBASE Lab限定で配信しています。

CULTIBASE Labでは今回のマネジメントゼミのようなイベントに加え、毎週配信される動画コンテンツやメルマガ、また会員専用のオンライングループでの交流を通じて、人とチームの「創造性」を最大限に高めるファシリテーションとマネジメントの最新知見を学びます。興味のある方は、まずは下記バナーより詳細をご確認ください。

CULTIBASE Lab

執筆:石渡翔
編集:大矢幸世

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