拡張するデザイン、もしくはデザインではない何かへ──「Designs for the Pluriverseを巡って:デザイン、人類学、未来を巡る座談会」前編
拡張するデザイン、もしくはデザインではない何かへ──「Designs for the Pluriverseを巡って:デザイン、人類学、未来を巡る座談会」前編

拡張するデザイン、もしくはデザインではない何かへ──「Designs for the Pluriverseを巡って:デザイン、人類学、未来を巡る座談会」前編

2021.03.15/13

モダンデザインを確立したバウハウスの設立から約100年。その中でデザインの対象は、従来のグラフィックやプロダクトから、サービスや組織といったより社会性を持つものへと広がり、いまや政策や社会システムにまで拡張されようとしています。

シンプルな問題から、より複雑な問題へ。この変化は人への深い理解を要求し、デザインは人類学などの他分野と影響し合うことで適応してきました。デザインがエスノグラフィーを用いたプロダクトの開発や改善を行うようになった一方、人類学はその活動にデザインすることを取り込み、社会や文化へ積極的に介入する。これらの実践が交差する領域はデザイン人類学と呼ばれ、近年注目を集めています。

これからの人や社会、そしてデザインのあり方を問う。人類学の眼差しを通して見出す可能性とはどのようなものでしょうかーー。

持続可能な世界への戦略としてデザインの持つ可能性を論じ、世界的な注目を集めるのが人類学者アルトゥーロ・エスコバルの著書『Designs for the Pluriverse』です。

2020年12月3日、本書を取り上げたオンラインイベント『Designs for the Pluriverseを巡って:デザイン、人類学、未来を巡る座談会』が、エスノグラフィーを通して文理融合や学産連携を担う大阪大学Ethnography Labによって開催されました。

本イベントでは森田敦郎さん(大阪大学Ethnography Lab代表)、岩渕正樹さん(デザイナー、パーソンズ美術大学非常勤講師)、中野佳裕さん(早稲田大学地域・地域間研究機構 次席研究員)、上平崇仁さん(専修大学教授)、清水淳子さん(デザインリサーチャー、グラフィックレコーダー)をお招きし、持続可能な世界へ移行のためにデザインと人類学が果たす役割について議論します。


人類学とデザインにおける新しい協働のかたち

森田「エスコバルが2018年に出版した『Designs for the Pluriverse』は、デザインと人類学、そして開発学にまたがった分厚い理論書です。ここでは、本書がデザインと人類学に新しい協働の視点を提示しているのではないか、という観点から議論したいと思います。まず上平さんに伺いたいのですが、デザインの歴史においてエスコバルはどのような位置づけになるのでしょうか?」

上平「まず大前提としてデザインは、その時代背景と密接に関わりながら発展してきましたね。『モダンデザイン』※1が成立していくのは産業革命期です。その後急速に発展してきた情報技術を背景に、ユーザーに主眼を置いてデザインしようとする『人間中心デザイン』※2という概念が生まれてきます」

平「そうして『人』に焦点を当てようとしてきた一方で、その外側にある自然を軽んじた結果、現在私たちは気候変動という世界的な問題に直面していますね。これまでいくつか変遷はあったものの、デザインによって様々な物が作られてきたのは変わりません。つまりデザインに対する捉え方そのものが狭かったのではないか。近年そんな批判的な見方も増えるようになってきました。本書は、このようなデザインの根源的な在り方に対する疑問を、人類学側から提言したものだと捉えられます。

この時代背景への関心はエスコバルの『いまの世界では “得ていること” より“ 失っていること” が上回っているのではないか?』という言葉がよく表しています。彼は、地球全体の持続可能な道があるとしたら新しいデザインによって導くしかない、と私たちに訴えているのです」

森田「なるほど。エスコバルはデザインの次なる発展を示唆していると。これに加えて、私のほうから人類学におけるエスコバルの位置づけを説明しましょう。

まず、デザインと人類学の接点である『デザイン人類学』という領域には大きく分けて2つの潮流があります。1つ目は応用人類学的な観点から情報システムや人工物のデザインにエスノグラフィーを用いるものです。文化人類学者のルーシー・サッチマンがコンピューターのインターフェース・デザインに非常に大きな影響を与えたように、人類学の分析方法をデザインへ応用するという流れが80年代から現在まで脈々と受け継がれています。

2つ目がデザイン(つくること)にインスパイアされた人類学の存在です。前者に比べると比較的新しいもので、代表的な人類学者ティム・インゴルドの『メイキング 人類学・考古学・芸術・建築』※3が2013年に邦訳されましたね。

これらとは異なり、エスコバルの『Designs for the Pluriverse』は、社会変革のためにデザインと人類学の実践的な協働を進めようとする独自性を持っています。というのも、エスコバルはもともと、資本主義に疑問を投げかける社会運動のリーダーの一人と言ってもよい人物なんです。

本書に登場する人類学者マリオ・ブレーザーやマリソル・デ・ラ・カデナも、研究活動だけではなく、社会運動家であったり、先住民とともに組織を立ち上げるなど、アクティビストの側面を持っている。このような活動は、従来の人類学においては応用的な仕事や時間外で好きにやっていることという位置づけでした。しかし、エスコバルは人類学の理論的な研究と社会を変えようとする社会運動を一体のものだと一貫して主張するんですね。

これは気候変動の問題を考えるにあたりとても重要なことです。気候変動の悪化は加速度的に進んでいて、私たちは今すぐにでも世界を作り替えることに加わらなければいけない状況に置かれているわけです。つまり研究者としての研究だけしているわけにはいかない状況なんです。

エスコバルはまさにこのタイミングで『人類学者はデザイナーたちと協力して世界をつくる活動に従事せよ』と呼びかけたんだと思っています。この点で人類学と『Transition Design(持続可能な社会への移行を目的としたデザイン)』が密接に結びつくことが、本書の一番重要な主張なのかもしれません」

エスコバルが主張する、デザインにおける3つの変化

森田「エスコバルはこれまでのデザイン人類学とは異なる視点でデザインの変化に注目している。それでは本書の中でデザインのどのような変化を主張しているのでしょうか?」

上平「本書の中で、私が重要だと感じたのは次の3つのポイントです。

1つ目は『その地域固有の、小さなデザインを自分たちでやろう』という主張です。これは1970年代に世界でいち早く人類学的な視点からを取り入れ、地域固有のデザインに注目し持続可能な世界へ向けたデザインの変化が必要だと説いたヴィクター・パパネックの『生きのびるためのデザイン』の延長にあると理解しました。

2つ目は『誰の目にも自明なことから、目をそらし続けてデザインすることはできないことを、改めて強く突き付ける』ということ。私たちはつい、イノベーションのような新しいものを求めてしまいがちですが、それが引き起こすデメリットについては見落としがちです。そんな見方を根本的に変えてしまうような創造が求められているとエスコバルは言います。果たしてデザインはそれにどう答えられるでしょうか。

3つ目は『気候変動のようなスケールの大きな問いに対し、日本人が忘れ去ろうとしている概念に彼は活路を見出している』という点です。これは、あらゆるものは単体で存在せずに関係しあっている、と考える仏教的な存在論と一致しています。私たち日本人にとって昔からあった「縁起」のような捉え方で、海外のデザインの文脈がここに繋がるのは非常に興味深いことです。

これらは全く新しい話ではないものの、僕らがあまり見ないでいたところを鋭く指摘する内容になっていると感じました」

森田「なるほど。エスコバルの『Designs for the Pluriverse』は、パパネックの『生きのびるためのデザイン(原題:Design for the Real World)』にある『Real World』を『Pluriverse(多元的な世界)』へとアップデートする意識が伺えて、続編だという見方は納得感がありますね。このPluriverseについては後編で触れることにして、ここではデザインの変化について触れていきたいと思います」

「一元的」から「多元的」なデザインへ

森田「エスコバルがPluriverseを目指して、デザインを新しく捉えなおそうと提案していると分かりましたが、まさにデザインの新しい可能性を切り開こうと実践されている岩渕さんはどのように捉えているのでしょうか?」

岩渕「本書は現在の勤務先であり、学生としても通ったパーソンズ美術大学の課題図書です。デザイナーにとってもかなり衝撃的な本で、今その理論を基に活動しています。エスコバルが目指すPluriverseにおけるデザイン、Pluriversal Designとは何かを考えるにあたり、これまでのデザインに対するいくつかの見方と対比させた図がこちらです」

岩渕「1つ目は欧米的なデザインという見方で、先ほど上平さんがお話されたデザインがここに該当します。利益追求や人間の利便性のためのデザインを続けた結果、環境問題に直面している。これに対する1つの切り口が土着的なもの、そしてローカルな自律性に注目したデザインがありうるのではないかと思っています。

例えば2020年に開催されたPlurivesal Designの国際学会『Pivot2020』で、インドネシアの伝統工芸で生計を立てているお婆ちゃんから、ローカルで培われている英知を発見するプロジェクトが行われていました。

2つ目は実用的・現実的なものへの切り口として、スペキュラティヴ・デザイン※4と呼ばれる思索的・未来的なデザインです。これは作品自体というよりも、それが今まで注目されていなかった議論や価値観を具体化する、という点が一番重要な部分だと思っています。

3つ目は人間中心的に対するカウンターとして、???に人間以外が入るような捉え方があると考えています」

森田「デザインの実践と人類学の理論が複雑にリンクすることを感じさせてくれる、とても興味深い図ですね」

中野「エスコバルもカーネギーメロン大学が提供しているTransition Designの概念図※5を引用し、デザインの段階的な変化にも言及していますね」

中野「彼は資本主義社会のなかで、マーケットの論理にサービスを提供するデザインから、現在は真ん中のソーシャルイノベーションのためのデザインが動き出していると述べています。とはいえ、ソーシャルイノベーションのためのデザインが確立できたと言える状態には至っていないとも感じています」

岩渕「分かります。私たちデザイナーから見ても、図の左から右へデザインの役割が広がっていると感じるわけですが、一般的なデザイナー像はいまだにグラフィックを描く人やプロダクトを作る人だという限定的な見方がありますね。

そして、この図で示されるTransition Designとは、まだ確立されていないソーシャルイノベーションのためのデザインより先にあるわけですから、これまでとは異なる概念だと想像しています。そしてTransition Designのなかでデザイナーという言葉や役割も再定義される必要があるのかもしれませんね」

拡張するデザイン、もしくはデザインではない何かへ

森田「Transition Designとは社会を変革するような政治的な運動であり、デザイナーがその役割を拡大して担う流れと、社会運動や社会科学者がデザインに加わろうとする流れがあると感じています。これらの潮流を中野さんはどのように捉えているのでしょうか?」

中野「エスコバルも主張していますが、デザインという概念やデザイナーという役割を、デザイナーではない人にも扱えるようにする、つまり民主化していくことが重要なのだと思います」

森田「デザインの民主化は、デザイン業界でも議論されているテーマですね。代表的な人物にソーシャルイノベーションにおけるデザインの役割を研究するエツィオ・マンズィーニ※6がいます。彼は『Design, When Everybody Designs(誰もがデザインする時代における、デザイン)』の中で、デザイナーの役割は誰もがデザインできるようになったときでも無くならず、むしろ誰もがデザインすることをコーディネートする、より重要なものになると話しています。これは上平さんが専門とするCo-Design※7とも深く関わる領域ですね」

上平「この民主化されたデザインに対して、欧州から生まれてきた『デザイン』という言葉が果たして適切なのか…?と、エスコバルは葛藤しています。僕もこれに同感で、もっと適切な言葉がないか探しているところなんです」

岩渕「ビジネスや実践の現場においても、デザイナーだけがデザインするだけではなく、誰しもが持つクリエイティビティを結集して新しいものを作っていこう、という流れがあります。つまりデザインが全ての人が持つ教養※8のような立場になりつつあるということですね」

中野「私はエスコバルが持つ葛藤に近い違和感を持っていて、アカデミックな言説において『デザイン』にカテゴライズされるものと、現場の生活者として『ものを作り出す行為』とでは、異なるものがあるんじゃないかと考えています。

エスコバルの本は、あくまでアカデミックな言説として、デザインの理論をどう変えていくかという部分に狙いがあると思うんです。地域の生活は、何世代にもわたる日々の実践の蓄積として形作られた『ものを作り出す行為』を、自律的なデザインやヴァナキュラーなものとして再評価したかったんじゃないかと」

森田「そうですね。地域に宿っている創造性を再評価することの重要さと、一方でデザインと呼んでしまうことの難しさを感じますね」

本記事ではエスコバルが主張する持続可能な世界へ向けた人類学とデザインの変化について、デザイン実践の視点をもとに議論してきました。特にデザインの民主化に代表される実践領域の拡張と、それによるデザイン概念自体の揺らぎは、私たちの生活でも感じる機会が増えてきたのではないでしょうか。後編では人類学の視点からデザインが私たちにもたらす変化、その先にあるPluriverse(多元的な世界)とは何かに迫っていきます。

登壇者紹介
森田敦郎(もりた あつろう)
大阪大学Ethnography Lab代表。大規模な技術システムであるインフラストラクチャーが、人々の情動、身体、社会性を惑星規模の環境プロセスと結びつけてゆく過程について国際共同研究を実施。著書に『野生のエンジニアリング』、共編著に『Infrastructure and Social Complexity』などがある。

岩渕正樹(いわぶち まさき)
デザイナー、パーソンズ美術大学非常勤講師。研究者・実践者・教育者として最新デザイン理論と実践の橋渡しに従事。近年の受賞にCore77デザインアワード(スペキュラティヴデザイン部門 2020)、KYOTO Design Lab デザインリサーチャー・イン・レジデンス(2019)などがある。

中野佳裕(なかの よしひろ)
早稲田大学地域・地域間研究機構 次席研究員。社会哲学・開発学を専門とし、日本の地域づくりの在り方を世界的な視点から見直す研究・教育活動を行っている。書著『カタツムリの知恵と脱成長ーー貧しさと豊かさについての変奏曲』、共編著『21世紀の豊かさ—経済を変え、真の民主主義を創るために』などがある。

上平崇仁(かみひら たかひと)
専修大学ネットワーク情報学部教授。専門家だけでは手に負えない複雑な問題や厄介な問題に対し、社会の多様な人々の相互作用を活かして立ち向かうためのCoDesign(協働のデザイン)の仕組みや理論について探求している。主著『コ・デザイン―デザインすることをみんなの手に』がある。

清水淳子(しみず じゅんこ)
※本イベントではグラフィックレコーディングを担当
デザインリサーチャー、グラフィックレコーダー。多摩美術大学情報デザイン学科専任講師としてメディアデザイン領域を担当。多様な人々が集まる話し合いの場で、既存の境界線を再定義できる状態“Reborder”を研究している。主著『Graphic Recorder―議論を可視化するグラフィックレコーディングの教科書』がある。

※1
モダンデザインの定義は諸説あるが、その成立には産業革命期のイギリスが中心的な役割を担い、欧米各地のデザイン運動へと広がっていくこととなった。このモダンデザインの広がりはペニー・スパークの『近代デザイン史―21世紀のデザインと文化』や、エイドリアン・フォーティの『欲望のオブジェ』が詳しい。

※2
人間中心デザインの代表的な著作には、 1988年にデザインと認知の基本原則を結び付けたD・A・ノーマンの先駆的な著作『誰のためのデザイン?』がある。本書は出版されて以降、プロダクトデザインやUI/UXデザインのバイブル的存在となった。

※3
2013年に邦訳された本書は、人類が歴史的に制作(メイキング)してきた様々な物を分析対象に、製作者が描くイメージを素材との対話を通した「つくること」の根源的な意味を問う一冊である。

※4
スペキュラティヴ・デザインについては、2015年に邦訳されたアンソニー・ダンとフィオナ・レイビーの『スペキュラティヴ・デザイン』が詳しい。

※5
詳しくは岩渕正樹さんがカーネギーメロン大学のTransition designの概念図を解説したnoteを参照されたい。

※6
エツィオ・マンズィー二はソーシャルイノベーションの文脈でデザインを研究する第一人者であり、2020年には『日々の政治 ソーシャルイノベーションをもたらすデザイン文化(原題:Politics of the Everyday)』が邦訳されている。

※7
イベント後の2020年12月23日に上平崇仁さんの『コ・デザイン デザインすることをみんなの手に』が出版された。

※8
Co-Designが仕組みによってデザイナーではない人々との協働を志向するものだとすれば、その反対に一人ひとりがデザイナーになる、もしくはデザイナーの思考方法を持つことを志向するデザイン思考もある。このデザイン思考を社会に普及させたのは世界的なデザインファームIDEOのティム・ブラウンであり、『デザイン思考が世界を変える』が代表的な著書に挙げられる。

執筆:中塚大貴
編集:岡田弘太郎

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