実践と研究の往復運動をいかに実現するか?自己の探究を続けるための技法──WORKSIGHT山下正太郎さん×安斎勇樹対談
実践と研究の往復運動をいかに実現するか?自己の探究を続けるための技法──WORKSIGHT山下正太郎さん×安斎勇樹対談

実践と研究の往復運動をいかに実現するか?自己の探究を続けるための技法──WORKSIGHT山下正太郎さん×安斎勇樹対談

2020.12.16/13

いかに研究と実践を往復させ、自らのテーマを探求するか。これはビジネスパーソンにとっても重要な問いです。目先の効率だけに囚われ、既存のリソースの深化ばかりに取り組んでいては、可能性を広げていくことはできません。

自分なりのテーマを見つけ、深化を続けながら探索をする。さらに、研究と実践を往復させていくような動きが求められる場面が増えています。こうしたアクションの重要性が増す一方、いかに取り組むのかは暗黙知になっています。

CULTIBASE編集長の安斎勇樹がホストを務める連載企画「『問いのデザイン』を拡張せよ」では、「問いかけ」の技法や、これからの時代における「問い」の重要性を深堀りするべく、ゲストを迎えて対談を行います。

第三回となる今回は、WORKSIGHT編集長/ワークスタイル研究所 所長の山下正太郎さんをゲストに迎え、「働く」のフロンティアを開拓している山下さんに、新たな潮流を見出す問いの技法について聞きました。


自らの探究テーマの粒度をどう定めたか?

安斎:山下さん、今日はよろしくお願いします!お名前はずっと伺っていたので、今日はお話するのを楽しみにしていました。

山下:こちらこそよろしくお願いします。私も、安斎さんのお名前はずっと聞いていたので、ついにお話できるなと興奮していました。

安斎:山下さんは、「働き方」や「オフィス」というテーマに関心を抱いたきっかけはなんだったのでしょうか?

山下:「働き方」や「オフィス」に出会ったのは大学生のときですね。19歳か、20歳の頃です。大学では建築を学んでいました。当時、建築学生が関心があったのは、花形と呼ばれる、美術館や博物館など「館」がつく建築をつくる仕事なんです。

僕は、建築学生としてはあまり設計が得意ではないと考えていたので、同じ領域で勝負するのではなく、自分なりのテーマを模索した結果、オフィスにたどり着きました。

安斎:オフィスにはどういった経緯で関心を?

山下:都市にあるほとんどの建物って、住宅かオフィスですよね。特に、都会の面積の半分以上はオフィスで占められている。では、オフィスやそこでの働き方が変われば、社会に与えるインパクトも大きいのでは?と関心を持ちました。

また、オフィスは組織やテクノロジー、デザインまで、幅広い領域が関係してきます。時代の変化とともにどんどん新しいテーマが出てくるので、長く楽しめそうだと思ってこのテーマを選びました。

安斎:テーマを定める思考過程に共感します。特に、自分が長く楽しめそうだという点を考えられたというところ。「長く楽しめそう」だと判断したのは、デザインやテクノロジーなどオフィスに内在される複数のテーマに関心をお持ちだったからですか?それとも、飽き性で、切り口を変えながら取り組めそうな部分に魅力を感じたからでしょうか?

山下:後者ですね。僕は飽き性で、大学を選択する際も、自分の専攻が決められなくて非常に悩みました。結局、「デザイン経営工学科」という幅広いテーマを扱う学部を選択しました。ジャンルにとらわれないことをやりたいという思いは、「オフィス」というテーマに着目した際にもあった考えかもしれません。

安斎:僕も飽き性なので非常に共感します。幅広く総合的なテーマに関心を持ちやすい性格なので、学部時代も「システム創成学科」に所属してました(笑)。簡単に、僕がワークショップに関心を持った背景も共有したいと思います。僕の場合、テーマのポテンシャルに目をつけたというより、ある原体験がありました。

もともと教育に関する問題意識があり、子ども向けにワークショップを開催していました。あるワークショップで、吃音のある子の何気ない一言が、周りの子ども達の注目を一斉に浴びた瞬間があったんです。周りの子たちが「なに、その遊び!」とワッと喜んだその瞬間、その子は目を輝かせ、饒舌に話すようになりました。

「この現象がなんだったのかをもっと知りたい」と考えて、大学院に進学したんです。こうした原体験を話すと、周囲からは「心理学では?」「自尊心の研究では?」と言われることもありましたが、その領域に心惹かれたわけではなくて。漠然と「この現象の原因を解明したら問いが終わってしまいそう」という予感がありました。

それでワークショップを手法にして生まれる結果である、創発や人の創造性をテーマに研究をするようになりました。10年間、ワークショップを研究してきて、創発や創造性というテーマがワークショップに閉じなくなってきています。

山下:興味深いです。僕も、オフィスというテーマを問いの対象として設定するに当たり、テーマの粒度を考えました。オフィスに飽きたら都市にいくこともできるし、オフィスではなく椅子に焦点を当てて研究することもできる。そんな私がオフィスをテーマの粒度として選んだのは、デザインよりも人に関心があったから。人がいる場所、使うツール、組織などに興味がありました。そのテーマに向き合う上では、テーマの粒度としてオフィスがちょうどよかった。

なので、出発点からオフィスだけを探求しようとは考えていなかったんですよね。安斎さんのように、私も最近はオフィスという限られた空間のなかの話は食傷気味で。「働く」という行為はオフィスに閉じなくなっているので、テーマを広げているところです。

社会に埋め込まれた潜在的なリサーチクエスチョンを抽出する

安斎:テーマはどのように広げていますか?山下さんが編集長を務めている『WORKSIGHT』では、働き方やオフィス以外にも、都市のエコシステムや社会連帯経済など幅広いテーマを扱っていますよね。これらのテーマはどう発見されているのでしょう?

山下:僕はリサーチをする際、「地図」を作ることが大事だと思っています。すでに社会で起きている兆しの塊のようなものにどう気づくか。水彩画を描くようなイメージですね。なにか兆しを見つけたら点を打っていって、自然と点が重なった場所が濃くなっていく。俯瞰して見てみると、濃い場所がわかり、「ここに面白いテーマが潜んでいそうだな」「このテーマとつながりそうだな」と見えてくるんです。

最近は、情報収集の方法として海外のニュースレターを毎日100通ぐらいチェックしています。そうすると、ランダムにいろんな情報が入ってくる。入ってきた情報で点を打ち続けていくと、段々と地図ができてくる。それをリサーチの手がかりにして、次におさえるべきテーマを定めていきます。テーマに近い、人、場所、現象など一つひとつ調べていきながら、仮説を検証しています。

安斎:水彩画のメタファーは面白いですね。

山下:ただ、インプットしているニュースをただ消費するだけでは点が固まる場所は見えてこないんですよね。どれだけ抽象的に物事を観察して、解釈を与えるかが重要です。

『Whole Earth Catalog』という有名な雑誌を創刊したスチュアート・ブランド氏は、著書「The Clock of the Long Now」の中で、「ペースレイヤリング(※)」という概念を提唱しています。これは、社会変化のペースが異なる6つのレイヤー(流行、商慣習、インフラ、統治構造、カルチャー、自然)で構成されるという考え方です。

※Pace Layers Thinking: Paul Saffo and Stewart Brand @ The Interval — January 27, 02015

日常的に追いかけるニュース情報は、レイヤーにおける表層=流行に分類されるものが多い。その下に積み重なっているレイヤーを捉えることが重要です。

安斎:山下さんはレイヤーをどのように捉えているのでしょうか?

山下:例えば、「最近、天気予報の精度が上がった」と「Uber Eatsが全国的に普及している」という二つのニュースがあったとします。これらは一見違う話になりますが、スマートフォンの普及によって各自がリアルタイムに情報を提供するから天気予報の精度が上がり、多様な人が労働に参加できるプラットフォームの確立がUber Eatsの普及を後押ししています。どちらも「民主化」という点では共通するなぁと考えるんです。そうやって、水彩画の点が重なる場所の仮説をつくっていきます。

安斎:いやぁ、めちゃくちゃ面白いですね。社会の兆し、フィールドの中に埋め込まれた、潜在的なリサーチクエスチョンを抽出する点が素晴らしいなと。

参考:特集「リサーチ・ドリブン・イノベーション」

研究が追いついていない領域を解明する

安斎:僕のリサーチテーマの設定方法と対比できると面白いかもしれないと思ったので、シェアします。僕のリサーチの主戦場は大学での研究です。学会に論文を投稿する、先行研究を調べる、文献データベースで検索といった行動をとります。

調べていて、先行研究がたくさんあるテーマだと、自分もそこを歩きたいとは思えないんですよね。なので、先行研究があまりなくて、なぜだか取り組まれていない領域、学術的新規性の高い領域を見つけたいという欲求があります。

現場の感覚を大事にしながら、先行研究を重視してテーマを見つける。ワークショップの研究をし始めた当時は、先行研究がヒットしなかったので、とてもテンションが上がりました。

最近では、ワークショップの研究が発展して、卒論や修論でワークショップを研究しているという学生さんから連絡をもらうことも増え、大学でワークショップデザインの授業も増えている。開拓から普及のモードに変わった感覚があります。

山下:ワークショップの次はどんなテーマに関心をお持ちなんですか?

安斎:最近は、組織に関心を広げて、元々関心のあった「遊び」というテーマと重なる領域を研究できないかなと考えています。「遊び、組織」というキーワードで検索しても、あまり先行研究がないんです。現場では「遊び」の重要性が語られるものの、現場で大事にされているという感覚に対して、研究が追いついていない印象があります。そういう領域を見つけると科学したくなるんですよね。

遊びのデザイン:組織変革のプレイフル・アプローチ | CULTIBASE

組織変革の方法論は、組織に潜んだ無意識の病理に迫るもの、危機感を起点に構造を再編するものなど、ネガティブなアプローチに傾倒しがちです。しかし、人と組織が変わる契機は「痛み」だけではないはずです。本特集では、仕事や日常生活に「遊び心」を取り入れることで創造性を高める「遊びのデザイン」に着目し、組織の変化を楽しむ「プレイフル・アプローチ」の可能性と方法について探究していきます。

山下:これ安斎さんに聞いてみたいなと思ったのですが、安斎さんは研究テーマを探す前からその領域に対する強い意思はありますか?

安斎:どうでしょう。見つける前に意思があるわけではないかもしれないですね。実践をより良くしたい、言語化したいというのがファーストプライオリティになっていて。実践で求められていながらも、言語化や科学がなされていない領域を見つけたときに衝動がわきます。

山下:近い感覚があるかもしれないですね。自分は、研究者というより、編集者のほうがしっくりくるところもあって。編集ってすごい不思議な作業なんですよね。本人は特定のジャンルのプロフェッショナルでもないのに、イノベーションの特集をやった次は、副業の特集を組んだりして、その都度、簡易的に専門家になっていく。

いい意味で傍観者なんですよ。自分はその感覚が好きで、イベントでも前のめりで参加するより、遠くから眺めていたい性格で(笑)、全体がどう動いているかに興味があるんですよね。研究のテーマも、全体を俯瞰したときに相対的に面白そうな領域を見つけている感覚です。

アンラーンを繰り返し、実践と研究の往復運動をつくる


安斎:山下さんは、未来の働き方と学び方を考える研究機関「ワークスタイル研究所」でワークプレイスのあり方も研究しながら、企業のオフィスづくりのコンサルティングを実践されています。山下さんはどのように、「研究」と「実践」の活動を行き来していますか?

山下:実は、あまり「研究」をしている意識はありません。物事の真理がどうなってるのかなという衝動で動いてるだけなので、休日も仕事の平日もずっと同じ感覚なんです。それが結局、研究というライフスタイルになっている。

僕の場合、「実践」は、クライアントのオフィスや働き方のコンセプト作ることなどがそれにあたります。日常の行動で見出した真理や仮説を検証する場であり、プロジェクトの実践を通じて真理を発見する場合もあります。研究と実践は、補完する関係だと思っています。

一方で、これまでは研究に重きを置いてきた気がします。最近では、次第に実践と研究の比重が逆になってきてる感覚があります。

安斎:どういうことでしょうか?

山下:すべてを計画的に実行することが困難な時代です。熱心に研究する間に世の中が変化し、真理も変わってしまう。WhyやWhatに時間をかけるよりも、Howをデザインして実践していく中で、WhyやWhatがあぶり出されるような実践的アプローチの方が重要かなと。

以前はオフィスづくりの相談に来た方に「まず働き方の目的を考えてからオフィスを作るんですよ」とドヤ顔で言ってたんですけど(笑)。最近は、働き方が多様化している中で、最初から働き方を決めることは難しくなってきています。実践の中から、真理を見つけていく方が現実的なプロセスかなと思いますね。

安斎:なるほど、面白いですね。研究者として活動していて、半年〜1年間かけて先行研究を読んでリサーチクエスチョンを導き、必要なデータを収集して結論を出して、論文を刊行しています。このプロセスを経ているうちに、リサーチクエスチョンの背景にあったWhyが変わってしまうこともある。領域によっては、環境変化のスピード感と、知識創造のペースが合わないケースも出てきていると感じています。

山下:そうなんですよね。『WORKSIGHT』では、年2回発行の紙媒体も発行していますが、僕はこの雑誌というフォーマットがすごく好きなんです。一つの暫定的なテーマに対して、暫定的な結論を出す。それをどんどんテーマを変えながら継続していく。雑誌のスタイルは、速いスピードで流れていくウェブ上のニュースと、論文の厳正なプロセスを経て発行するプロセスとの中間的なスピード感で物事を考えられるなと。

安斎:なるほど。そう考えると雑誌というフォーマットは面白いですね。

山下:そうやって、いろいろなテーマに関心を持って取り組んでいくうちに、自分も影響を受けて関心が変化していく。ある領域の専門家として周囲から見られることとのバランスは難しいところですが。

安斎:僕も、実践に関わることを通じて事象に対する解像度が変わるので、それに合わせて研究で明らかにしたいことの矛先が変わることはありますね。見ている景色と好奇心は相互作用している感覚があります。実践のフィールドに身を投じて調査する際、逆に専門家として蓄積した知識が、足を引っ張ったりとかすることもあるのでしょうか?

山下:フィールドに身を投じること自体が、アンラーンする機会になっていますね。取材やフィールドワークの醍醐味は、自分の意識がリフレームされていく感覚にあると思っています。自分なりの仮説を持って取材に臨んで、そのとおりの答えが返ってきていては発見はない。質問自体が無効化されてしまうようなインタビューが経験できたときに、「なんでこんな凝り固まった考えをしていたんだろう」となる。そういう取材やフィールドワークが経験できると、アンラーンできるなと。

安斎:アンラーニングのお話も、とても参考になりました。ありがとうございます。


山下さんの探究テーマである「働く」や「オフィス」についてもCULTIBASEでお話を伺いました。合わせてぜひ読んでみてください!

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編集:モリジュンヤ

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