経営層に「デザインの価値」を伝えるための5つの視点
経営層に「デザインの価値」を伝えるための5つの視点

経営層に「デザインの価値」を伝えるための5つの視点

2020.09.02/10

筆者がデザイン組織支援のご相談を受ける際、「デザインへの投資に対するリターン」についての質問を必ずいただきます。経営活動において、ROIが不明な施策に対する意思決定は難しいため、気にするのは当然かと思います。また、デザインといっても多様な方法論があり、“デザイン”の種類によって定義や対象が統一されていないことも、この議論を複雑化している要因のひとつです。

今回は「デザインが事業貢献できることを経営層へ説明するメモ」を方法論の領域別にまとめました。まとめた内容は下記です。

1.顧客獲得方法としてのデザイン
2.ブランド活動としてのデザイン
3.事業開発活動としてのデザイン
4.組織開発活動としてのデザイン
5.組織設計活動としてのデザイン
おまけ:実験や研究としてのデザイン
おわりに


1.顧客獲得方法としてのデザイン

マーケティング

事業利益につながるデザインの効果証明として最も歴史があるのは“マーケティングレスポンス”です。広告の父と呼ばれるデイヴィッド・オグルヴィは「広告とは技術である。我々は売る、そうでなければ存在する価値がない」と述べましたが、デザインの技術は“売る力”でもあります。デザインは効果検証を繰り返し成果を上げるマーケティング手法として、100年近い歴史があります。最近はDX(デジタルトランスフォーメーション)が話題ですが、リアルタイム数値分析を可能とする技術進化により、デザインの“機能性”への注目がより高まっています。

利益追求に優れたデザイナーとは

正しい知識と経験を身につけたデザイナーならば、目的に対し最適な手段をデリバリーし、成果を最大化できます。また、シニアであれば「マーケター」の知識も越境して持たれているケースもあり、単独で成長サイクルを回すことが可能です。なかにはプロダクト・マーケティングに造詣が深く、プロダクトのグロース設計や事業づくりの責任を負える猛者もいますが、まだ少数ではないかと思います。

デザインを通じたマーケティング活動のROI

マーケティング施策全体において、デザイナーには干渉範囲のKPIを任せられます。その指標の事業貢献率により、ROIは試算可能です。P/Lに貢献できる最もシンプルな方法と言えます。

2.ブランド活動としてのデザイン

ブランド

ブランドとは企業や製品を取りまく“言葉/態度/印象”など象徴的な特性のことです。ブランドは「日々の言動」「プロダクト品質や機能」「情報発信活動」等でかたちづくられ、近年デザイン・リーダーシップの発揮が重要とされています。

デザイン・リーダーシップ

デザイン・リーダーシップは研究分野でも取り上げられ「デザインの考え方を元にして、組織マネジメントを推進」する概念です。下記はデザイン・リーダーシップについての補足です。

ターナーとパトリアンは、デザインリーダーシップとは、①未来を描くこと、②戦略的意思を表明すること、③デザインへの投資を指揮すること、④コーポレート・レピュテーションを管理すること、⑤イノベーションを生む土壌をつくり・育むこと、⑥デザイン・リーダーシップを訓練すること、という6つの要素に、それぞれ意識的に取り組むことであるとしている
八重樫文・安藤拓生(2019)『デザインマネジメント論-ビジネスにおけるデザインの意義と役割』

未来を描き、戦略意思を言語化する

戦略をストーリー化する言語化/視覚化力は、近代デザイナーの基礎スキルです。従来のプロダクト等の視覚的設計だけではなく、PR/広報などの発信活動においてもデザイナーの領域は拡張しています。デザイン・リーダーシップを発揮するトップデザイナーの在籍は、ブランドを優位にするために欠かせません。

コーポレートレピュテーションの管理

デザイン・リーダーシップはデザインスターに依存しがちですが、社内外に対する発信活動の組織化の流れも生まれており、組織的なブランドづくりが進められています。

デザインを通じたブランド活動のROI

デザイン・リーダーシップの発揮で成果を生み出しやすい指標は採用活動です。事業成長の指標観点では「デザイン単体」や「広報活動」だけでブランドは生まれないので、一考の余地があります。ブランド経営指標の研究や、NPSを活用した指標化も国内で進んでおり、事業内容によっては適応することもあります。

3.事業開発活動としてのデザイン

プロトタイプの圧倒的な推進力

会議で時間を使うよりも、つくって市場検証するデザイン・プロトタイプの効率性は広く知られました。またデザインを活用し、チームの意思決定や開発速度を早めることの有用性も疑う余地はなく、もはやリーン(無駄なく効率的)な開発では欠かせない要素です。

デザイン主導の新規事業開発 

新規事業開発の鍵として、意味のイノベーションが注目されています。デザイン思考が「問題解決」手法であるのに対し、意味のイノベーションは「問題自体を問いなおす」手法です。例えば、Airbnbが事業の意味を“民泊プラットフォーム”ではなく“人同士の出会いの体験提供”を行うと定義して事業を伸ばしたように、市場が飽和した環境では大きな成果が期待されます。

事業開発に貢献する優秀なデザイナーとは

優秀なデザイナーは“意味のイノベーション”と“デザイン・プロトタイプ”を使いこなしながら、イノベーターでありながらコラボレーターとしての性質を持ちます。事業の意味を問い直し、プロトタイプを活用しながらチームの意思決定を促し、開発をリードします。優れたトップデザイナーがいることで、新規事業開発の推進力が早まることは多くのスタートアップで証明されています。

融けるデザイン領域の現実論

あるべき論をここまで話しましたが、開発現場の現実的なデザインで言えば、プロダクトマネジメント/エンジニアリングとの境目が融けており、優秀なデザイナーほど「業務が従来のデザイン領域ではない」と言われます。デザインの“イノベーター&コラボレーター”の思想をそのままに、デザイン手法にこだわりをもたず、事業全体をリードするのが現実的な姿です。

デザインを通じた事業開発のROI

デザイン単体の指標管理よりも、チームとして事業成果を生めるかが焦点です。事業進捗に対し、デザインのKR(Key Result)が、どの程度還元されているかを図ります。

4.組織開発活動としてのデザイン

対話の場のデザイン

この数年は組織開発がトレンドとなりました。組織拡大とともに「組織の求心力」が下がり、同じ目的へ向かう姿勢が希薄化します。こうした問題を解決し、同じ目的に向かう組織状態を生みだすのが組織開発です。こうした組織開発を推進する「対話の場のデザイン(ワークショップデザイン)」も活発化しており、実践的な場で有効性が確認されています。

問題解決より、問題提議

デザイン・プロトタイプやアジャイル・ソフトウエア開発の普及で、効率的にチーム開発を進める方法論が普及しました。しかし「事業が解決すべき問題」が間違っていれば、どんなに効率的に開発を進めても目的は達成できません。そうした課題感から「問題解決」より「何を解決すべきか」を検証する重要性が提唱されています。同時に「何を解決すべきか」をチーム全員で認識しながら、自分事化していく方法論として「組織開発」は注目されています。

エンプロイ・エクスペリエンスのデザイン

EX(エンプロイ・エクスペリエンス)デザインとは、従業員の就業体験設計を行い、エンゲージメントを高める活動です。このなかで組織開発は勿論のこと、デザイン方法論を用いて人事企画にアプローチします。多くのプロダクトマネージャーが、事業課題の解決に取り組んでいたはずが、組織の壁にぶつかるのはよくある話です。こうした背景をもとに、組織課題にアプローチする組織開発が有用とされています。

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デザインを通じた、組織開発のROI

検証しやすい指標は従業員の定着率(離職率)です。1つの目的に向かう求心力を得ることにより、わかりやすく数値反映がなされます。ただ、組織開発の目的は「事業活動の推進」なので、定着率(離職率)が目的化しないように配慮することが求められます。

5.組織設計活動としてのデザイン

デザイン経営

経済産業省から2018年に発令された「デザイン経営宣言」ですが、デザイン組織を社内につくり上げ、再現性を持ち事業貢献する活動と私は認識しています。この数年、国内でデザイン組織への投資が増えており、状況が変化しています。

組織デザイン

組織デザインは、組織構造や制度設計を対象としたデザイン方法論です。経営学分野で発展し、組織コンサルタントによりアップデートされてきました。デザイン経営も闇雲にすればよいわけでなく、デザイン活動に再現性をもたせるために組織化を行い、事業貢献が経常的にされる状態の実現が必要です。

デザイン成果物のマネジメント

はじめに焦点となるのが、成果物(を通じた成果)のマネジメントです。マーケティングによる数値成果、ブランドによるレピュテーション向上、事業開発による事業成長や、組織開発における求心力向上など、「成果管理」の再現設計を行います。ポイントは(a)デザイナースキルの指標設計と育成、(b)デザイナーが創造性発揮できる環境設計、(c)デザイン成果物の品質管理体制です。

デザインプロセスのマネジメント

「組織文化やワークプロセスが、生産性や品質に寄与し、他社が模倣困難なものは競争優位源泉になる」。経営学における資源ベース理論では、このように説明されています。有名な例で言えば「トヨタのカイゼン」があげられます。同様にデザイン活動が組織プロセスとして模倣困難なものになれば、競争優位になりえます。ポイントとしては(A)デザインプロセスの設計、(B)他部署横断した開発プロセスの設計、(C)経営の意思決定プロセスの設計です。

デザイン組織のROI

組織ROIをモデル化し、投資に対する「数値予測」「数値管理」ができる状態にすることがスタート地点です。組織デザインにより「デザインの組織的ROI」は検証可能になります。

おまけ:実験や研究としてのデザイン

ここまで経営を主語に、デザイン投資のメリットを説明しました。ここからは「デザイン」を主語に簡単に解説したいと考えています。

実験文化

デザインは長い間、「アート」「音楽」「演劇」「映画」「小説」「詩」などと同様に「文化」として扱われてきました。デザイナーは文化人として扱われ、非デザイナーでも「音楽」を嗜むようにデザインへの批評を行っていました(デザイン文化に焦点を当てた雑誌も当時人気でした)。今ではこうした文化が揶揄されることも多いのですが、創作意欲を大切に「実験活動」を行うクリエイター達により「新しい方法論」は発掘され、それらが実践された結果「ビジネス現場のデザイン」が発達したのも事実です。デザインの創作活動としての側面が根絶されれば、方法論のアップデートは停滞するでしょう。

研究分野

デザイン方法論はあらゆる分野で拡張が試みられ、成果も生まれるようになりました。研究分野では今でも世界中でデザイン方法論のアップデートと、検証が行われています。「○○デザイン」「デザイン○○」など多様なデザイン論が展開されているのは、その研究結果です。そのなかには有効性が確認されたものもあれば、コンセプトは素晴らしかったものの、時代とともに廃れた考えもあります。しかし研究者達の日々のたゆまぬ探索活動により、マーケティング、ブランド、事業開発、組織開発などの分野が発達を遂げ、事業に貢献できるようになりました。

短期ROI証明が困難なデザイン投資

こうした実験や研究は「ROI証明が困難」な領域です。しかし、探索的な活動を行わなければ新しい方法論が生まれることもなく、未来もありません。私が共同代表を務めるミミクリデザイン&ドングリ(現・株式会社MIMIGURI)が、こうした実験活動に投資を行っているのは、短期ROI証明が困難な投資を中長期目線で行うことで、新たなイノベーションの芽が生まれると強く信じているからです。

こうした“デザインチャレンジ”と“事業貢献するデザイン活動”は、両軸を大切にしながら最も良いバランスを探るべきと考えています。デザインにおいても、目の前の短期的な成功と、中長期的な視野をもった探索活動を果たしていかなければなりません。

おわりに

デザインを通じた事業貢献は発達し、成果を出してきました。と言いつつも、今まで組織的にデザイン投資を深めてこなかった企業からすれば、デザイン投資を深めるには覚悟が必要です。投資した先には競合優位性を築ける未来が待っています。できるところから、デザインを少しづつ取り入れていただけたら嬉しいです。

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