イノベーションの二項対立を超える:連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」第1回

イノベーションの二項対立を超える:連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」第1回

安斎 勇樹

2020.09.04/ 7min read

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“リサーチ・ドリブン・イノベーション”と聞くと、「また新しいイノベーションメソッドが提唱されたのか」と、思われたかもしれません。確かに昨今、世界中で様々なイノベーションの手法論やフレームワークが提案され、書籍やセミナーなどが溢れています。こうした状況に、企業の新規事業開発担当者やマーケティング担当者の方は、やや食傷気味に感じているかもしれません。

新しいアプローチが提唱されるたびに、現場に研修を導入するも、明確な成果が現れる前に、また次のアプローチが提案される。そうしたことを繰り返しているうちに、結局のところ、ユーザーが欲しいものを作るべきなのか、自分が作りたいものを作るべきなのか。デザインを信じればよいのか、アートを信じればよいのか。現場は混乱をしたまま、「レシピ」ばかりが溜まる一方で、肝心の「自分たちの作るべき料理」に向き合う時間がなかなか取れないのが、現状ではないでしょうか。

本連載『リサーチ・ドリブン・イノベーション』は、このような状況に対して、さらに新しいイノベーションのレシピを新たにひとつ追加しようと試みるものではありません。むしろ、これまでのイノベーションの方法論の主張の本質や、指摘されてきた課題について相対化しながら、本質的に重要であると思われる「リサーチ」という考え方から、既存の方法論について問い直し、編み直すことを試みた連載です。

といっても、マーケティング・リサーチの具体論や、リサーチ&ディベロップメントの投資論について語ろうというものではありません。本連載における「リサーチ」とは、「問い」を起点に、「データ」を手がかりとしながら、企業にとって「事業の新たな可能性を探り出す」ための、汎用的な思考法を指しています。それが、なぜ今イノベーションにおいて重要なのか。なぜ既存のレシピを編み直すためのキーワードとなるのか。具体的にどのように推進すればよいのか。それらを解説することを通して、イノベーション論の本質に迫っていくことが、この連載の目的です。

外から内(アウトサイド・イン)か、内から外(インサイド・アウト)か
リサーチとは、内と外の絶えざる往復による探究である


外から内(アウトサイド・イン)か、内から外(インサイド・アウト)か

筆者は、これまで学習や創造性のメカニズムを専門とする「研究者(Researcher)」として、また同時に会社を経営し、様々なプロジェクトを手がける「実践者(Practitioner)」として、二つの顔を通して「イノベーション」に関わってきました。

研究者の眼からみても、実践者の眼からみても、昨今のイノベーションを取り巻く状況は、やや混迷しているように見えます。なかなか決着がつかない代表的な議論として、結局のところ、イノベーションのプロセスは「外から内(アウトサイド・イン)」でやるべきなのか、「内から外(インサイド・アウト)」でやるべきなのか、という二項対立が挙げられます。

(1)外から内(アウトサイド・イン)アプローチ

外から内(アウトサイド・イン)アプローチとは、イノベーションの起点を市場やユーザーなど、企業の「外側」に求め、外的な問題を解決するためのソリューションとしてのアイデアを生み出していく考え方です。「人間中心」「ユーザー中心」といった言葉とともに広く流通している「デザイン思考(design thinking)」の考え方が代表的です。デザイン思考においては、まずプロダクトやサービスの「ユーザー」を丁寧に観察するところから始め、ユーザーに深く「共感」し、潜在的なニーズを洞察することで、新奇なアイデアを生み出していきます。

従来の技術主導のイノベーションでは、変化が速く複雑化する市場のニーズを捉えることができず、時間をかけて新しい機能を追加した割に、ユーザーの「痒いところ」には手が届かないことが少なくありません。そのようなリスクを回避し、手を動かしながらスピーディにアイデアを試作し、確実にユーザーに受け入れられるプロダクトやサービスを作り出していく方法として、外から内(アウトサイド・イン)アプローチは重宝されています。

外から内(アウトサイド・イン)アプローチのキーワード
「ユーザー主導」「共感」

(2)内から外(インサイド・アウト)アプローチ

内から外(インサイド・アウト)アプローチとは、イノベーションの起点を企業の「内側」に求め、世に未だない新しいアイデアを作り手から提案していく考え方です。現在注目されているミラノ工科大学のロベルト・ベルガンティ教授が提唱する「意味のイノベーション」が代表的です。また「デザイン思考」に対比的に扱われる「アート思考」という考え方も、まだ定義が定まっていない概念ですが、これに当たるでしょう。

外から内(アウトサイド・イン)アプローチが、ユーザーにとっての「どのように(How)」課題を解決するかのアイデアを作り出す方法だとしたら、意味のイノベーションは「なぜ(Why)」を追求し、作り手の内にある「人々が愛するであろうもの」の仮説を、外へ向けてかたちにしていく「ビジョン主導」のプロセスを重視します。コモディティ化を避け、ものづくりの主体を取り戻すスタンスとして、近年注目されています。

通常、デザイン思考などで重宝されているブレインストーミングでは「批判厳禁」がルールとされていますが、自分自身の内側から湧きあがる仮説が他の人々にとって意味のあるものなのかを確認する「批判精神」を大切にし、「スパーリング」と呼ばれる批判的セッションを通して、仮説をビジョンへと昇華させていくのです。

内から外(インサイド・アウト)アプローチのキーワード
「ビジョン主導」「批判」

この2つのアプローチは、一見すると相反したベクトルを向いているように見えます。実際に、現場では「デザイン思考の次は、アート思考だ」「批判厳禁のブレインストーミングはもうやめよう」「意味のイノベーションを推進するために、市場データを頼ることはやめよう」といった具合に、二項対立にある意味で振り回されることで、どのように事業に向き合ってよいのか、スタンスを見失っているケースも見かけます。筆者自身も、研究者として先行研究を読めば読むほど「どちらが正しいのか?」といった思考に嵌まり、現場の判断の指針を失いそうになるときもあります。

リサーチとは、内と外の絶えざる往復による探究である

あらかじめ結論を言ってしまうと、本連載の目指すところは、「外から内(アウトサイド・イン)」と「内から外(インサイド・アウト)」を共存させた、両利きのアプローチです。どちらもイノベーションプロセスのある本質を捉えていたはずで、二者択一の方法ではないはずだからです。実際に、欧州委員会では、この2つのアプローチの両輪を回すことを政策の基盤としています。

しかし一見相反するように見えるこのアプローチに、どのような折り合いをつけて、具体的な思考プロセスとして共存させればよいのでしょうか?この問いに対峙したときに、筆者はハッと、気がついたのです。これは、研究者として、アカデミックアウトプットを生み出す「研究(リサーチ)」の思考法にヒントがあるのではないか?ということに。

研究者の仕事は、多くの場合、リサーチクエスチョン(明らかにしたい問い)から始まります。膨大な先行研究のレビューを踏まえながらも、未踏の知を切り拓くための「自分らしい問い」を立てる。これは、「外から内(アウトサイド・イン)」と「内から外(インサイド・アウト)」のどちらが欠けても成立しない、「外と内をつなぐための出発点」です。

そして、研究者は、決して問いに対して「思いつきの答え」を振りかざすことはせず、外部からデータを真摯に集め、それらと向き合います。答えのよりどころとしてデータを収集する行為は「外から内(アウトサイド・イン)」アプローチに他なりませんが、研究者はデータそのものの中から答えを引っ張りだそうとはしません。データに主体的な解釈を加えることで、自らの探究心を納得させる、新たな意味を発見していくのです。このプロセスは、まさに「内から外(インサイド・アウト)」のプロセスです。

このように、「問い(=わからないこと)」と「データ(外から集めた手がかり)」をいったりきたりしながら「外から内(アウトサイド・イン)」と「内から外(インサイド・アウト)」を絶えず往復し、まだ世界の誰も思いついていないアイデアを探究すること。これが、本書が提案する、「リサーチ・ドリブン・イノベーション」の本質なのです。

リサーチ・ドリブン・イノベーションの考え方

本記事では、既存のイノベーション論の二項対立を避けて、それぞれの良さを活かすための手がかりとして「リサーチ」というキーワードの可能性を紹介しました。今後、本連載『リサーチ・ドリブン・イノベーション』では、改めて現代のイノベーション課題における「リサーチ・ドリブン・イノベーション」の意義や、方法の全体像、具体的な手順について解説していきます。


次回からは、「リサーチ(Research)」という言葉の意味について、掘り下げて解説します。

組織論から「リサーチ」の意味を再考する:連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」第2回

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